ビジョンとやら

 白兎の脚力と馬力をもってすれば1日で5万里を進むことも可能じゃが乗る側の人間どもがそんな異次元のスピードでは体がもたん。

 白兎は常に力をセーブしとるのじゃ。


「白兎。駆けておいで」

「ヒヒン」


 おや。鈴木は白兎が珍しいようじゃの。


「姫さま。白兎はどこへ」

「地の果てじゃ。ほれ、もう帰ってきた」


 わらわは白兎のたてがみを撫でてやった。それを見て鈴木は無礼なことを申したわ。


「はは。姫さま、まさか」

「ほれ、これが証拠じゃ」


 白兎は口に咥えておった枝を鈴木に突き出した。


「こ、これは・・・!」

「ほう。さすが鈴木。知っておるのか」

「は、はい! 不老不死の果実と言われる白桃でござります! これは彼方のコモロ国にしか生えず、しかも実を取れば半日もたぬという」

「コモロ国への往復で丁度1万里じゃ。白兎にしたら朝飯前の早駆けトレーニングに過ぎぬ」

「し、失礼しました、姫さま!」

「わらわにはよい。それより白兎に詫びてやってくれ。これでプライドの高い馬なのじゃ」

「はい。すまなかった、白兎」

「ヒヒン」

「鈴木も素直な心じゃな。ところでその桃、食してみんか? 不老不死になれるぞ」

「姫さまは召し上がられたのですか?」

「いいや」

「では私も要りません」

「ほう? よいのか? 不老不死じゃぞ」

「はい。姫さまがなさることには必ず理由があります。ならばなさらぬことにも理由がおありなのでしょう」


 鈴木め。

 こやつ、とんだ掘り出し物かもしれぬな。


青子ショウコー、醤油取ってくれー」

「こら! 緑子リョッコ! その干物はわしの当たりぶんじゃぞ!」

「ひいさまー、漬物欲しかったですねー」

「おのれら朝食ぐらい静かに食べれんのか」

「ひいさま」

「なんじゃ、赤子せきこ

高天原タカマガハラに着いたらどうするのですか」

「どうもせぬわ」

「えー。でも、こんなに苦労して10万里も離れた所に行って、宝の1つも欲しいですよー」


 やれやれ。

 ものの道理の分からぬ奴らじゃ。


「姫さま」

「なんじゃ、鈴木」

「恐れながら私の上司、佐藤は『ビジョン』を持っておりました」

「ほう。どんなビジョンじゃ」

「はい。『自国の盛栄をもって世界を統治・安定させる』です」

「ほう」

「姫さまのビジョンは?」

「わらわのか」

「はい」

「ない」

「はい?」

「ないのじゃ。ビジョンなど」

「え。ですがそれで国民をどのように導くのですか」

「なら訊くが鈴木。お主は自分のビジョンを持ち、その通りに生きておるか」

「え」

「任務を果たせず、敵国の姫に捕虜同様に同行しておるおのれの姿は、それがビジョンじゃったのか」

「・・・」

「ひいさま」

「なんじゃ、緑子」

「今度は飛行機が」


 おお。

 無人のドローン爆撃機じゃな。


「鈴木。パラダイスではあんなものまで作っておったのか」

「は、はい。つい先月試作機のテスト飛行を終えたばかりです。まさかもう実戦配備するとは・・・」

「ありゃあ、核を積んどるじゃろ」

「は、はい・・・直径10cmの原子爆弾の開発にも成功しております・・・姫さまの国を爆撃するために・・・」

「ふ。佐藤のビジョンはそんな程度か。赤子!」

「はいな!」

「えーい、ふざけた返事をすな! 戦車の砲台にワイヤーを掛けるのじゃ!」

「ひいさま、どうするんですか?」

「白兎に引かせて砲台を真上に垂直に向ける! 鈴木!」

「は、はい!」

「砲弾に細工できるか!?」

「ほ、砲弾にですか!?」

「そうじゃ。砲弾にフックを溶接するのじゃ! ドローンの機体自体はせいぜい5mじゃろ。砲弾で引っ掛けて成層圏に飛ばし去るのじゃ!」

「ま、まさか!」

「ええい、核の実験台になりたいのか! やれ!」

「は、はいっ!」


 いざ命が掛かったらあんぽんたんのトリオも敏速じゃわ。

 それにしても鈴木の手際のよいことよ。


「姫さま、完了しました!」

「よおし。装填するのじゃ。そしてな、赤子セキコ青子ショウコ緑子リョッコ! 屁をひれい!」

「わ。ひいさま、はしたない」

「えーい、こんな時だけ上品ぶるな!」

「ひ、姫さま、何を!?」

「鈴木。こやつらトリオはのう、普段ジャンキーなものばかり食べとるからとんでもなく毒性の高いガスを腹腔に貯めておるのじゃ」

「な、なんと・・・」

「ただ、可燃性も凄まじい。こやつらの屁を爆発させて砲弾をブーストするのじゃ。ほれ、3人とも! 砲口に屁を貯めてくるのじゃ!」


 ちょこまかとこやつらは戦車までお腹を抑えて走りおって。

 屁をひねっておるのじゃろう。

 まあ、乙女どもに可哀想な醜態を晒させてはしまうが・・・


「ひいさま!」

「なんじゃ!」

「ガスだけじゃないものまで・・・」

「言うな!」


 ガスエネルギーを貯めたところで、白兎が戦車ごと引いて砲台を真上に向ける。


「ドローンめ・・・生意気にもAIで白兎の走行スピードを測っておるわ」

「え? どういうことですか?」

「鈴木。白兎のスピードをもってすればわらわたち5人を乗せて放射能の影響がない安全地帯に一瞬で脱出できることなどAIはわかっておるのじゃ」

「な、ならば、白兎で逃げれば」

「投下されたら四方の国すべて吹き飛ぶわ! それが鈴木のビジョンとやらか!」

「あ・・・」

「さて、撃つか」

「ひいさま、砲弾の発射ボタンが押せません」

「鈴木、どういうことだ?」

「あ。車体が高角度になったので安全装置が外せないのかも」

「なるほどのう。ならば、わらわがやるわ」

「ひいさま、どうするのですか?」

「青子、ライターを貸せ。わらわが直接ガスに火を点ける」

「ひいさま、危険です!」

「どのみちやらねば死ぬ。わらわも含めた百万人の人間がな」


 さて。着火するか。


「姫さま、私がやります!」

「あ、鈴木!」


 わらわのライターをひったくって鈴木が戦車に全力疾走したわ。


 ふうむ。やっぱりな。

 鈴木は勇者じゃったわ。


「あ。鈴木、頑張れ」

「頑張れ鈴木」

「いけ鈴木」

「えーい。3人とも、もっと気の利いた応援せぬか。鈴木ーっ! 屍は拾うぞっ!」

「ひいさまが一番ぞんざいです」


「あ」


 ドローンのハッチが開いた。


「鈴木っ!」

「せいやあっ!」


 鈴木が倒れこみながら砲口の隙間にライターをかざす。着火と同時に体をローリングさせて戦車から離れた。


 ズガン!!


「おお」


 屁の爆発でブーストされた砲弾はまるでライフルの弾丸のように軽々とした超スピードでドローンに迫る。


「あ、ひいさま、直撃します!」


 砲弾そのものが核弾頭に当たればこのまま世界が吹き飛ぶ。


 わらわは小石を投げた。


「ほれっ」


 わらわの小石が砲弾に追いつき、軌道を微調整した。フックがぶらん、と揺れてドローンを引っ掛けた。


 ごうん、とそのまま空の彼方へ、砲弾はドローンを連れ去って行く。


 はるか成層圏を抜け、宇宙へ。


 ドオオオオオオオオオオオン・・・・


「ひいさま、もうひとつ太陽が」

「赤子。あんなものとお日様を一緒にするでない」


 一寸先は核爆発とは。

 この世は油断も隙もないのう・・・


「ひいさまが最初から砲弾を投げればよかったのでは?」

「青子、人を化け物みたいに言うな。砲丸投げの選手でも戦車の砲弾など投げれぬわ」

「小石であんなことができるだけでも十分化け物ですよぉー」


 それより、鈴木は?


「う、うがあああっ!」

「だ、大丈夫か、鈴木!?」

「く、臭い! 死ぬ! 死んでしまうっ!」

「まあ、鈴木。ウチら乙女を捕まえて失礼な」


 まあ、この4人にしたら上出来じゃろ。

 はあ。

 少しだけ、疲れたのう・・・

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