道無き道を来た結果

『過酷』などと言葉で言えば一言じゃが、こやつらはよう着いてきてくれたわ。

 特に鈴木はじゃしのう。


 例えば森をひとつ抜けるとしようかの。


 何が生息しとる森かということを把握して準備万端で踏み入れたとしてもそれでも万全ではないのう。


 まず、白兎がいくら100万馬力でも、戦車を引っ張って森林ごとなぎ倒していくわけにもいくまい。基本は迂回地を探してできるだけ森を壊さんようにはするが、わらわたちとて生身。

 できればラクをしたいのじゃ。

 無意味かもしれぬが木々の一本一本に、すまぬ、と心で詫びて、最低限の木の命を奪いつつ進む。木々の上で暮らしとる動物やら、そもそも踏みしめとる地盤に虫どもが無数におるからのう。そこを白兎と戦車とわらわたちが通れば、いわば皆殺し状態じゃ。


 それでも、すまぬ、としか言えぬわらわたちなのじゃ。


 じゃがのう、さすが最長老の緑子に今回は救われたのじゃ。


「ひいさま」

「なんじゃ緑子リョッコ。見たこともない真面目な顔をしおってからに」

「ひいさま。今からウチが言うことを真面目な話としてお聞きください」

「ふむ。ふだん不真面目なお主が真面目というのなら際立った真面目な話じゃろうの」

「お戯れを。眼前に幹の太い木が横にずっと並んでおりましょう」

「うむ。たしかにその横一列だけ異様な老木のようだわいのう」

「すべて御神木です」

「なに?」

「すべての木々に一柱ずつ、神さまがお住まいです」

「木の上にか?」

「はい」

「見えぬが」

「ひいさまともあろうお方が。ひいさまですら天井のお声しか聞けなかったでしょう」

「ふむ。そういえばそうじゃった」

「ウチも気配でしか感じられません。ですが、間違いなくおられます。これは貴賎の問題ではなく、年の功、でございます」

「分かった。齢6000のお主の言葉を採ろう。で、どうしろと言うのじゃえ?」

「引き返すのです」

「なんじゃと?」

「ひいさま、ご覧ください。両手すら広げられぬほどの間隔でおそらく数万本、左右に横一列に広がっております。ひいさま。馬車と戦車を捨てて先の道程を進めますか」

「パラダイス側の攻撃も頻度を増しておる。馬車も戦車もなしでは無理じゃろうのう。例えば、何本か伐採して通れるスペースを開けたらどうなるのじゃ?」

「死にます」

「わらわがか」

「いいえ。ひいさまだけではありません。国民の大半が、神さまの怒りによって」

「緑子。神とはそんなに不寛容なものなのか? わらわたちの都合などお聞き入れはくださらぬのか」

「ひいさま。もしひいさまがお父上やお母上と夕餉でご歓談のところを食事ごと戦車で蹂躙されたら、どうなされますか」

「うむ・・・わらわの父ならば報復に敵を殺すであろうの」

「では、神さまのお住まいであるこの木を切り倒すのも同じことではないですか?」

「すまぬ。わらわの思慮が足らなかった。浅知恵じゃったわ」


 さて、どうしたものか。

 まずは謝らねばならぬな。


赤子セキコ青子ショウコ緑子リョッコ、すまぬ。ただ天井からの声を聞いただけの思いつきでおのれらをこんなところまで連れてきてしもうた。しかも危険で心身ともに擦りへらせてのう」


 おや。トリオども、泣いておるのか?

 まあよい。鈴木にも謝らねば。


「すまぬ、鈴木。そもそもわらわが駄々っ子のような遠征など思い立たなければ鈴木は今頃家族と団欒しておったであろう」

「姫さま、進みましょう」

「なに?」

「横はダメ、地中も根を張ってダメ。ならば、上を越えましょう」

「鈴木、木の上をか?」

「はい」

「この樹齢数千年の木々、優に100m以上の高さぞ?」

「櫓を建てましょう」

「ヤグラ?」

「そしててっぺんに滑車をつけるのです。白兎さえ向こうに行けばワイヤーで引かせて釣り上げ、クレーンの要領で越えられるでしょう」

「本気か」

「姫さまは本気ではなかったのですか」


 鈴木の重厚な言葉でわらわたちは大工事に取り掛かった。

 これも大工事、などと一言で言うとそれまでじゃが、緑子の目立てで後方の神の居られない木を見分け、伐採しカットし、組んだ。そもそも道具すら満足になく、持ち合わせの刀の刃を刻んで鋸のように目立てし、木を切った。釘もなく木と木の接続部分は組み木にするしかなかった。


 図面を書くのに1ヶ月、木の伐採のための選木と下地面の整地に1ヶ月、途中まで組み上がったヤグラの自重を支える施工に1ヶ月、5mの高さにするだけで計3ヶ月を要したのじゃ。


 その間もドローンやら小銃を積んだ自走小型車など、パラダイス側のAI兵器がひっきりなしにわらわたちに襲いかかってきた。全員交代で番をし、危険と分かっていたが防戦は起きて番をしている者の責務と厳重に決め、それぞれが疲れ切った体でAI兵器どもと戦い、就寝する仲間たちの安眠を死守した。当たり前じゃが、わらわも交代で番に当たった。


 そして、そもそも、ここは森じゃ。


 獣だけでなく地表・地中に虫どもが無数に蠢いておる。危険生物と呼ばれぬ毒も持たぬ虫であったとしても、我が身の体の下を別の生物が活動しておること自体、精神の休まる時がない。


 じゃが、これすらわらわたちの理屈じゃ。


 虫どもからすればわらわたちこそが彼らの安息を破壊する外道じゃろうて。


 2年、かかった。


「ひいさま・・・できましたね」

「うむ。赤子、青子、緑子、鈴木」


 わらわはみんなの前でかしこまった。

 そして生まれて初めての言い回しを言うたわい。


「ありがとう」


 ・・・ん?

 なんじゃ?

 誰も何も言わぬのか?


「ぶはははははははっ!!」

「な、なんじゃおのれら。わらわが礼するのがそんなにおかしいのか?」

「ふ・ふ・ふ。いえ。ひいさまはいつもウチらに礼はしておられますよ? 『うむ』とか『おお』とか『ああ』とかがニュアンスでお礼だというのはちゃんと分かっておりまする」

「だ、だったら、なんじゃ!?」

「い、言うに事欠いて『ありがとう』とは!」

「やかましいのう! そんならもう二度と言わんぞ!」

「いえ、後一回は言っていただかないと」

「いいや、言わぬわ!」

「ひいさまあ、ウチらじゃなく、白兎にですよぉ」

「あ」

「白兎、頑張ってこぉんなスリムになりましたもん」


 そうじゃった。

 体躯の大きい白兎は木の間を通り抜けられなかったのじゃ。

 もともと極限にムダのない筋肉の白兎が、その限界を超えて減量し、いつ工事が終わってもよいように削ぎに削いだ体型をおそるべき精神力を持って自制とトレーニングを繰り返し、2年間も維持してくれたのだ。


「白兎・・・ありがとう」


 わらわは白兎に頬ずりしてやったのじゃ。

 おお、嬉しそうに鳴いてからに。


「姫さま、予定通り明朝に!」

「おお。鈴木、おのれら、乗り越えようぞ!」

「おおーっ!」



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