身を捨てて浮かぶ瀬もあるやなきや
「せーのおっ!」
わらわたちは
白兎が非力な訳ではないのじゃ。まあ、多少の減量苦で万全ではないが、そうではなく。
微調整が効かんのじゃ。
「うおっとお!
「うるさいわ、
「ええい、おのれら、喧嘩すな! なんと言うてもヤグラは木製ぞ。息を合わせて釣り上げる白兎側と釣り上げられる戦車側で力を拮抗させんと崩れ落ちてしまうわ!」
「は、はいな! ひいさま!」
「ふざけた返事すな!」
そうは言いながらも作業を開始してから3時間じゃ。いい加減わらわも上腕筋とそれから握力がギリギリじゃわ。
「姫さま! AI爆撃機です!」
「ええい、この忙しい時に! 鈴木! 核搭載か!?」
「いいえ! あれは・・・2nd時代の原始爆弾です」
「なら核じゃろうが!」
「違います! primitiveの原始です! 焼夷弾です!」
「なんじゃとおっ!」
なんたるバチ当たり!
佐藤め、この数万本の御神木と神さまを燃やし尽くすつもりか!
「
「はい、ひいさま!」
「すまぬが1人で迎撃してくれ!」
「はい! 青子! ライターをくれい!」
「おお、もうひいさまに巨大化してもらってあるわ! じゃが、火に火で抗うのか!?」
「おうよ。火の粉一粒木にかからぬよう、逆に上空で燃やし去ってくれる!」
緑子なら年の功で大丈夫じゃろ。
とにかく早く馬車と戦車を御神木の向こうへ渡さんと。ようやく半分まであげたのじゃからのう。
「ほれ、ごおおおっ!」
緑子め、乗ってきておるな。じゃが、少々火力が弱いようだのう。
焼夷弾が何本か火炎をすり抜けてきとるぞ。
「あっ!」
「おお」
マズいのう。 一本、中腹の枝に引火したか。どうする?
「ふん、ふん、ふん!」
「り、緑子! 何をするのじゃ!?」
「ひいさま、ウチの失態です。登って消して参ります」
「うぬう・・・」
「ひいさま! 燃えているのは神さまですぞ!」
「分かったあっ! 緑子、無理するでないぞ! みんな、全力を込めろおっ!」
「おうよ! そおれえっ!」
うむ! 戦車も馬車も絶妙のバランスじゃ!
あと10mで木のてっぺんじゃ!
「うあ・・・」
あれっ?
「ああああああっ!」
「緑子!」
「ひいさま、緑子が落ちてきた焼夷弾を素手で!」
なんとしたこと!
「緑子おっ! 捨てぬかあっ!」
「うぐっ、ひいさま、放したらせっかく鎮火した木にまた燃え移りますっ!」
「ぐぬ、ぐぬ、ぐぬうっ! よおし緑子! 腕の一本はやむない! 落ちずに我慢するのじゃあっ!」
「は、はい、でも。ああ・・・とうとうウチの体に火が移ってしもうた。このままではウチの体の火が木に燃え移りまする」
「な、なにをする気じゃ、緑子!」
「ひいさま、おさらば」
飛んだわ。
緑子の体は、打ち上げた大玉の花火の火薬のひとかたまりが、花が散るごとく、そうじゃ、流れ星のようじゃ。
地上数十メートルで、燃え尽きて、消えてしもうた。
「鈴木っ!」
「は、はい! 姫さま!」
「砲弾、連射できるかえ!?」
「はい! ですが何を!?」
「知れたこと、ぶっ放すのじゃ! 着いて参れ!」
木を全力でよじ登りながらわらわは白兎に叫んだもんよ。
「白兎! 死んでも戦車を落とすな!」
「ヒヒン!」
白兎め、緑子の死を理解しておる。名馬の中の名馬じゃ。
わらわと鈴木はぶら下がる戦車にたどり着き、鈴木はコックピットに這いずり込んだわい。
わらわは砲身の横で鈴木に照準を合図するのじゃ。
「あの腐れドローンめが。残り全弾一斉投下するつもりじゃ」
「姫さま! ご指示を!」
「よーし。右に3°じゃ」
キリキリと砲台が微かに動く。正確無比。鈴木の神業じゃ。
「上角、1°!」
ピタリじゃ。
「
ドゴオっ!
「赤子、見ろ!」
「おお、青子、やったのう!」
ドローンは焼夷弾がハッチから落ちる瞬間を砲弾の衝撃波に捉えられ、機体ごと蒸発してしもうたわ。
「あ!ひいさま、危ない!」
「ひいさま! 滑車が! ヤグラが! 崩れるうっ!」
「急速反転!」
鈴木! ようわらわの声に反応してくれたわい! 砲台を、ギュルん、と真下に向けた。そして、地面に照準を定めた。
「
ズドオオオン!!
「跳んだっ!!」
「赤子! 白兎のワイヤーを外すんじゃっ!」
「はいな!」
鬼の形相で引き上げておった白兎もこれでようやく力を抜けるわい。
「姫さま! うわっ!?」
「鈴木! 身を乗り出すな! 落ちるぞ!」
そうは言いながら、わらわも必死で砲身にしがみついておるのじゃ。
子供の頃に屏風絵で見た『ロケット』とやらいう乗り物のようじゃの。
それに。
いつの間にか夜じゃったか。
月が美しいのう。
「姫さま! 不時着の準備を!」
「はは。鈴木! このザマで不時着などとカッコをつけるな。この放物線ならば届くわい」
「届く!?」
湖面にのう。
ドボオオオッ!!
後で赤子と青子に聞いたら水柱が数百メートルは上がったそうじゃ。
大げさじゃのう。
赤子と青子も有能さの片鱗を見せてくれたわ。うねる水流の中、戦車と馬車と鈴木とわらわが湖の藻屑となって消える前にワイヤー抱えて潜水してきてくれたわ。
そのまま白兎がわらわたちを一括りにして引き上げてくれたのじゃ。今日だけで何度白兎に命を護られたか。畜生のままにしておくのがもったいないぐらいの馬じゃよ、まったく。
それでのう。
わらわたちは亡骸の残らなかった緑子の弔いをしたもんよ。
「ひいさま。緑子は神さまになったんでしょうか」
「さてのう。そんなこと、神でもないわらわには分からぬわ。ただのう、赤子」
「はい」
「この木は6000年は枯れんじゃろう」
「誠ですか、ひいさま」
「誠じゃ。わらわが幼き頃読んだ大昔の書物にのう、自らを蝋燭の灯火と化して万民の無事をと供養した者がおったそうな。その身体と灯火は数千年にわたって燃えて、そして光り続けたと」
「はい・・・」
「緑子の性根がこの根っこから養分となって吸われ、万年までも樹齢を重ねるじゃろう」
緑子。
おさらば。
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