遠路行く5ピース

「ひいさま、お腹がすきました」

「えーい。まだ10里も進んでおらぬわ。我慢せい」

「ひいさま、10里行ってようやく1/10000ですね」

赤子セキコ、算術ができるではないか」

「ということは残り9万里ですね」

「・・・違う。喋るな」

「はい」


 わらわはこやつらが嫌いではないよ。むしろ好きじゃ。素直じゃからな。

 ただどうしてこうも思慮浅い3人を仮にも山女王国の姫であるわらわの側近にしたものか。

 とんと分からぬわ。


「あ、ひいさま。向こうに砂煙が」

「望遠で覗いて見ろ」


 緑子リョッコは負った背嚢ランドセルから望遠レンズを取り出して眺めておるが遠近逆じゃ。ツッコんだ方がいいかのう。


「ひいさま、戦車です!」

「と。それで見えるのか! 戦車だと!」

「はい。でっかいのが1台」

「逆見ではスケールも分からんだろう。青子ショウコ、火器はないか?」

「花火に火を点けるやつなら」

「(あんぽんたんかおのれは)分かった。わらわに貸せ」


 青子め。さてはほんとに花火するつもりで拳銃型ライターを持参しおったな。

 まあよい。この距離なら戦車は縮尺1/24ぐらいのスケール感じゃろ。なら、100倍ぐらいに膨らますか。


「ほれ」

「わ、ひいさま、危ないですよ!」


 わらわは増幅術で巨大化させた拳銃型ライターを片手で無造作にこやつらに投げ渡したのじゃが、非力じゃのう。


「3人で持てばよかろう」

「ひいさま、トリガーが大きすぎて引けません」

「根性で引け」

「はい。では。青子、緑子、しっかり支えとれよ」

「おうよ赤子」

「ちょ、ちょっと待たぬか」

「なんですか? ひいさま」

「あの戦車はそもそも敵なのか?」

「さあ。着火ファイア!」


 やってしもうた。


「こら、青子! ふらふらすると火炎が逸れる!」

「えーい、煙幕を張るのじゃ!」

「字が違う! 炎の幕じゃろ! 攻撃しとる側がなんで隠れにゃならんのじゃ!」


 戦車は爆発はせんかったが、直火で熱せられた缶詰みたいになってたまらず中から人が逃げ出てきおった。


 敵味方も知れんかったが、結果オーライだったわ。


「えーい。白状せぬか!」

「うーん」

緑子リョッコ、弱った奴には強いな」

「えーい、誰に頼まれたのじゃ!」


 緑子め。なかなか拷問の要領を心得ておるわ。わらわのOJTの賜物じゃな。


「ううっ、言う、言うから一週間牛乳瓶を常温放置したナチュラルヨーグルトを顔に近づけるのはやめてくれえっ!」

「ほんとに、いいおやっさんみたいな顔しおってからに」

「妻子ある正真正銘のおやっさんなんです」

「それより緑子。お主牛乳瓶を一週間も背嚢に・・・引くわ」


 とにかくも戦車を1人で操作しておった器用な男は緑子に屈して全部ベラベラと喋ってくれたわ。


「私は『パラダイス』の私設軍の将校です」

「なに? パラダイスじゃと? 隣国の軍人がなんでこんな所をウロウロしとるんだ!」

「は、はい、緑子さま。パラダイスの現首相のご子息である佐藤さまのご命令です」

「佐藤じゃと?」

「は、はい、姫さま」

「こら! ひいさまに直接口を利いてはならん!」

「よいわ、赤子。して、佐藤が何故にわらわをつけ狙うような真似をするのじゃ?」

「姫さまを高天原タカマガハラに行かせないようにと」

「なぜじゃ」

「行ってしまわれたらご自分の嫁にできなくなると」


 わらわは飲んどったスペシャルブレンドのコーヒーを、ぶっ、と吐き出したわい。


「おのれ佐藤。まだそんな軟弱なことを抜かしておるのか」

「は、はい。幼少の折、姫さまに求婚しようと貴国に行かれた際、姫さまの重火器で完膚なきまでに叩きのめされた思い出が未だに忘れられぬと」

「まだ恨みに思っとるのか」

「いいえ。思慕でございます」


 佐藤の精神構造が分からん。ドMめが。


「そんなことよりまさかパラダイス側がわらわの高天原タカマガハラ遠征をもう知っておるとは」

「はい。青子さまのSNSを拝見したのです」

「なに!?」

「あ。ひいさま。ウチ、昨夜更新しておきました」

「青子! ずるいぞ! そんならウチもさっきの戦車をやっつけた画像、更新するぞ!」

「こ、こら、やめぬか赤子!」

「あ。ひいさま、今のお怒りの顔、キュート」


 カシャ。


 3人して拡散しおってからに。こやつらの精神構造も迷宮じゃ。


「はあ。疲れるのう。ところで、戦車乗りのお主、名をなんと申す」

「鈴木でございます、姫さま」

「鈴木。戦車はまだ動くか?」

「先ほどの攻撃で走行はできません。砲台は生きております」

「ふむう。おい、白兎はくと、戦車一台余分に牽けるか?」


「ヒヒン」


「牽けると言っておる。馬車の後ろにワイヤーを引っ掛けて牽引させる」

「う、馬に戦車を牽かせるのですか!?」

「わらわの愛馬を舐めるでない。白兎はの、銅の採掘をするために山を丸ごと引っこ抜いた100万馬力ぞ」

「ひえっ・・・」

「ところで鈴木。赤子・青子・緑子の3人はいい奴らなのじゃが一緒におると疲れ果てる。常識人ぽいお主も一緒に高天原に同行してくれぬか」

「わ、私がですか?」

「嫌ならパラダイスに送って行ってやるが」

「・・・おみそれしました。姫さまの寛容と胆力、どうせ戻っても命はありません。それにわたしの家族ももう・・・」

「青子。SNSで追加に呟けい」

「ひいさま、なんと?」

「『鈴木の家族を殺したらお前の嫁にもならんし必ずお前を殺す。from 姫 to 佐藤』」

「ひ、姫さまっ!」


 やれやれ。鈴木はいい年した男のクセに泣き虫じゃのう。

 善人なのじゃな。

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