歪みし月の裏側へ跳べ

♬ moonlight yeah yeah yeah !

moonshadow woo woo woo !

  you can jump on your side

you can jump to the other side!


「覚悟はよかろうの」

「ひ、ひいさま、ちょーっとお待ちを」

「なんじゃ、青子ショウコ。怖気づいたのかえ?」

「そ、そうではありませぬが、これは」

「マグマじゃ」

「あの。この火口が? 入口?」

「その通りじゃ、青子」


 ふむう。

 ビビッておるな。

 ならば。


「ほれ」

「あ!」


 わらわが先に征くしかなかろう。

 まあ、熱そうじゃがどちらにしても跳ばんことには話にならんからのう。


「わーっ! ひいさまーっ!」

「まさか、火山の火口が入り口とは・・・」

「ううむ。では、次は私が」

「あ! 鈴木!」

「とうっ!」


 おお、鈴木が2番手かえ。

 まあ、順当じゃの。


「せ、赤子セキコ・・・」

「征くしかあるまい、青子」

「ふう・・・」


 せえのっ!


 うわあああああああああああっ!


「わっ!」

「おお。やっと来たか、2人とも」

「ひいさま! あ、あれっ!?」

「い、息が!?」

「おお。すまぬすまぬ。ほれ、これを口に放り込め」

「ご、ごれは? 飴?」

「固形酸素じゃ。唾液に溶けると口内で酸素が発生する。二酸化炭素は徐々に吐くのじゃぞ。一気に吐き出すと酸素の供給が追い付かんからの」

「ぷはあ! 死ぬかと思いました!」


 呼吸はよいが、この寒さはなんとしたものかのう。


「ひいさま、さ、寒いです・・・」

「ここはお月様の裏側じゃからの。今はお日様が当たっとらんからのう。どれ、温度は・・・」


 おおっ!


「マイナス150℃じゃ」

「し、死んでしまいます~」

「安心せい。カイロをたんと持ってきたわ」

「が、我慢できません・・・」

「お日様が当たれば温かくなる」

「な、何℃ぐらいですか?」

「大したことはない。100℃ほどじゃ」


 おお。赤子も青子も項垂れておるわ。

 やれやれ。


「ヒヒン!」

「は、白兎!?」

「ま、まさか、動物が火に飛び込むとは!」

「赤子、青子」

「は、はい、ひいさま」

「白兎は馬の姿をしておるが、心は人間ぞ。人間の勇者ぞ。ほれ、戦車も馬車も核シェルター並みの強度じゃわ。暑さ寒さなどものでもないわ」


 ふふん。

 月面でも馬車と戦車はその過酷な環境に耐えておるわ。

 食料も十分じゃしの。


「ひいさまあ~、川魚の干物ばかりではないですかあ~」

「しょうがなかろう、青子。その代わり甘いものを補充しておいたぞえ」

「ハチミツ・・・?」


 わらわは件の神様の森でいただいたありがたい恵みの調達品を大切に瓶に保管しておいたのじゃ。

 ハチミツはハチミツでもなんとサクラの花のハチミツじゃ。

 うっすらとピンクの香りがするわ。


「ほれ。このハチミツをコーヒーに垂らすのじゃ」

「ひいさま、コーヒーにですか?」

「そうじゃ。うまいぞー」


 ふう。

 ほっとするわ。


 月でコーヒーとは。


「ひいさま。このまま月で暮らしてもよいかも」

「赤子。わらわはなんとしても高天原に行かねばならぬのだ。すまぬ」


 はっ、と光の点を背中に感じたのじゃが。振り返るとやはりどす黒い光線を照り返したおぞましい物体があったわ。


「姫さま!」

「うむ、あれか、鈴木」

「は、はい、恐らくは。わたしもあんな代物は初めて目にいたします」

「ふむう。ま、ロケットなどミサイルの延長みたいなもんじゃからの。パラダイスでは大陸間弾道弾も実戦配備済みじゃったの」

「はい。言い訳のしようもありません」

「まったくじゃの」


 そう言ってわらわは高笑いしてやった。

 だってそうじゃろうが。わらわたちのように自然の摂理で生み出された時空の歪みを通って月に来るならまだしも、経済と軍事を潤したいという自我自欲でロケットなどという無理矢理な飛行物体を作り出しおってからに。


「さて、参ろうぞ」

「え? 姫さま、どうなさるのですか?」

「知れたことよ、鈴木。興味本位などで高天原の顕現するお月様に来ようなどと言ううぬぼれをロケットごと潰しに行くのだ」

「姫さま! 以前も言いましたが佐藤さまは強いですぞ!」

「そうじゃった。佐藤自ら来とるんじゃったの。ところで鈴木、佐藤は神さまより強いのかえ?」

「ま、まさか! そんな畏れ多いことは・・・」

「なら分かった。潰せるわ」


 わらわは固形酸素のタブレットを10錠とカイロを山ほど背負しょって佐藤が居るロケットに向かったのじゃが。


 戦車で。


「鈴木! いつの間に修理しておったのじゃ!」

緑子リョッコさんが亡くなった夜に、数知れぬ神に祈りながら」


 なるほどのう。じゃが疑問は残るぞ。


「鈴木! 戦車がどうして月面で動くのじゃ! 燃料は軽油であろう?」

「姫さま、戦車は水中も走ります。気密されているのです。そこへ固形酸素を100錠ほどぶっ込んで焚けるようにいたしました!」


 ふう。しかも耳骨に直接働きかけるこの通信装置も味なものじゃ。鍼灸の針のような伝導のための針金を直接内耳に差し込みつつ話すので多少チクチクと鈍痛はするがのう。


 そう思っておったら、もう一筋、ロケットの方からするするとその針金が伸びてきての、避ける間もなくわらわの内耳に刺さったのじゃが。


「おお! 姫!」

「佐藤・・・話しとうもないが久しぶりじゃの」

「姫! 私を追って月まで来られるとは、いじらしい」

「たわけが。今木っ端微塵に吹き飛ばしてやろうほどに、念仏でも唱えて待っておれい」

「ふ。生まれてこのかた念仏など一声とて唱えたことはありませぬわ」

「つくづく愚弄なやつ。お前は、ダメじゃ。朽ちろ、佐藤」


 鈴木にやらせるのはかわいそうじゃからの、わらわ自ら戦車の砲弾を発射したのじゃ。


 空気抵抗がないからの。

 まるで置物がそのままの位置で水平移動するようなスムースさでの、佐藤のロケットの壁面に砲弾の、旋回するその円錐の弾頭がキュルルと鉄板をえぐるはずじゃったのじゃが。


 なぜかロケットのほんのきわの手前で、ごとっ、と月面に落ちたのじゃが。


「ふ、はは。姫、このロケットの表面はね、近づく物体の運動を逆作用させて無効化するコーティングが施されているんですよ」

「鈴木、パラダイスにはそんな技術が?」

「は、はい。私は目にしたことはありませんでしたが、開発に成功したという噂だけは・・・」

「くだらんものばかり作るのう」


 ふーん。

 そんなら、こうじゃ。


「あ、姫さま!」


 わらわは単独で月面に出た。

『月の石』というものを拾うて右拳に握り込んだのじゃ。

 そしてな、わらわのやりたいような変化球を投げたのじゃ。


 恐らく、空気抵抗のない空間でそのような魔球を投げた者は、歴史書をひっくり返してもわらわだけじゃろうな。


「魔球、スロウ・ダウン減速! ほれっ」


 古書にあった職業野球人の誰もやったことのない出鱈目な握りで、何気なく放っただけなのじゃが。初速1,000km/hの石コロが、ロケットの手前で50km/hにまで急ブレーキのかかる魔球じゃ。


 さて、どうなるかの。


 ズゴおっ!!


 おお。差額950km/h分の加速が一気になされ、月の石がロケットに風穴を開けたわ。


 ブシュウウウウウっ!!


 見る間に空気が抜けていくわ。


 おやおや。

 佐藤の部下は頭領より自分のことが大事な輩ばかりのようじゃ、我先にと外に出て来るわ。


「ほれ、おのれら、舐めたきゃ舐めよ」


 わらわは佐藤の部下どもに固形酸素を放ってやった。

 哀れじゃが、こやつらは単なる下郎じゃの。


「佐藤」

「ひ、姫・・・っくううう!」

「なんじゃ。パラダイスでは固形酸素も開発しとらんのか」

「う、くく、・・・そういう自然に依存した科学など三文科学・・・」

「なら、月で死ぬがよい」

「ひ、姫! ご慈悲を! 姫と私は幼き頃に口づけを交わした仲ではござらぬか」


 相も変わらず卑しい奴めが。


「佐藤。それはそなたがまだ抵抗することもできぬ年端もいかぬわらわを無理くりに犯そうとした、その未遂の際の強引な接吻ではないか。現代の若者はそういうのを計算外ノーカウントと言うての、歯牙にもかけぬのじゃ」

「う、くくく、は、反省しております」

「なら、おのれの国の核弾頭をすべて無力化・廃棄せよ」

「な! そんなこと最高指揮官のこのわたしができるわけが!」

「なら死ね」


 ほ・・・結局命が惜しいか。

 どうせ偽の服従であろうが泣いて土下座しておるわ。


「立って歩け」


 呼気が限界であろうが、この場から帰らせる所まで運ばぬと安心できん。

 時空の歪みまで来た所でわらわは言ったのじゃ。


「佐藤。飛び込め」

「ひ、姫っ! 火山ではないか!」

「やかましい、臆病者めが! さっさと征かんかっ!」


 わらわは臭い佐藤の口腔に固形酸素をり込み、どん、と足蹴にしたよ。


 うわああああああぁぁぁぁぁ・・・

 と元いた世界へと吸い込まれて行ったわ。


「ほれほれ、飛び込まんか!」


 男らしい奴は1人もおらなんだ。

 部下どもも赤子と青子に次から次にと蹴飛ばされてようやく飛び込んで行ったわ。


 さあて。邪魔は消えた。


 高天原タカマガハラに参ろうぞ。


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