おれの三カ月を返せ。
煎田佳月子
おれの三カ月を返せ。
『ワシは信じておるぞ、ノリコ。お主が魔王に勝利することを‼』
そう叫んだ師匠の身体は
『師匠おおおおおおおお‼』
魔王城の大広間に響き渡る、ノリコの悲痛な叫び声。
「師匠死んじまったよ。どうすんだ、これ……」
その光景を目の当たりにした俺は、絶望しながら呟いた。
……ちなみに俺が現在いるのは、魔王城ではない。
築四十五年、六畳一間のボロアパートの一室。
日付もとっくに変わった深夜の時間帯に、俺は小さな液晶テレビで一人、とある深夜アニメを視聴していた。
そのアニメタイトルは、「超級魔法戦士少女ミラクル☆ノリコ」。
どこにでもいる普通の女の子だったノリコが、ある日魔法戦士少女の力を得て、闇の世界の魔王たちと戦いを繰り広げるという、ファンタジーバトル作品だ。
1クールのオリジナルアニメとして、この秋に放送が始まったのだが……その最終回、本編終了まで残り約三分という所で、まさかの展開が待ち受けていた。
主人公ノリコの師匠にして、作中でも屈指の実力を誇っていたオウタ・コウチ老師。
そのオウタ老師が、魔王相手に捨て身の自爆攻撃を放って死んでしまったのである。
「よりによって、なんで残り三分で死ぬんだよ……」
突然の事態にポカンとしていると、テレビ画面内では、最終形態になった魔王が爆発の煙の中から無傷で現れていた。
『フッフッフ……この程度で私が倒せると思ったか? 人間とは、実に愚かな生き物だ』
「いや……今ので倒れてくれないと、
思わず、画面内の魔王にツッコんだ。
しかし、これは本当にマズい。いくらなんでもぶっ飛びすぎだ。
俺は頭を抱えながら、そう思った。
――「超級魔法戦士少女ミラクル☆ノリコ」は、
そんな評価がネット上で飛び交い始めたのは、秋クールの新アニメが始まって三週目、「序盤
魔法少女という、最近ではありきたりの設定。
1クール全十三話なのに、全部で八人も存在する魔法戦士少女たち。
それなのに三話が終わってもノリコ以外誰も本編に出てこない、ストーリー展開の遅さ。
毎回唐突に始まる戦闘と、変身してもあっという間にやられてしまうノリコ。
そのノリコを唐突に助けに入り、結局一人で勝負を決めてしまうオウタ老師。
ドラマを掘り下げる間も無く唐突に老師に消されてしまう、敵キャラクター。
なぜか毎回唐突に挿し込まれる、ノリコの親友キミコのパンチラシーン。
そして三話放送時点で、すでに所々怪しい作画。
なんて言うかもう、地雷臭がてんこ盛りだった。
……だが俺は、この作品をずっと切らずに視聴し続けてきた。
大学は休学状態でバイトもせず、日々ひたすら自室で自堕落に過ごし続ける日々。
代わり映えの無い日々の中で、深夜アニメの視聴だけが、俺に生きる喜びを実感させてくれる唯一の娯楽だった。
アニメにハマり過ぎて、今年になって自分でアニメ感想のブログまで立ち上げた。
そんな俺が
公式ホームページに掲載されたキャラデザは皆可愛く、ネットで先行配信されていたアニメPVやOP曲もすげえカッコいい感じだったから、「これは、絶対に大ヒットする!」と、ブログで絶賛していたのだ。
「それなのに、どうしてこうなった……」
この三カ月の思い出を走馬灯のように振り返っていた俺の眼前では、残り時間三分を切った最終回が、淡々と進行していた。
『師匠……よくも、師匠を‼』
怒ったノリコの全身が、突然パアッと輝き出した。
そして文字通り一瞬で衣装がチェンジされる、変身バンクもクソも無い雑なパワーアップ展開。
『あ、あれは……伝説の「レジェンドスペシャル魔法戦士少女レジェンドフォーム」でやんす‼』
いきなり説明を始める、ネズミを模したマスコットキャラ。
お前、伝説って何回言ってんだよ。
『力が……湧いてくる!』
衣装が変わり、心なしか目の位置が顔からズレたノリコが、そう口にした。
最終回なんだから、作画もっと頑張れよ‼
『くらえ‼ マジカルレジェンドフレアアア‼』
『フハハハハ、甘いわ‼』
『⁉ きゃあああっ‼』
物凄く手抜きなCGの炎を
伝説のレジェンドフォーム、弱すぎるぞ!
『くっ……どうすれば』
『『『『『『『諦めないで、ノリコ‼』』』』』』』
『⁉ み、みんな‼』
そこに、ノリコと同じく魔法戦士少女の力を持った七人の仲間たちが駆けつけてきた。
それぞれが虹の色を一色ずつ模した、赤、橙、黄、緑、水色、青、紫のコスチューム。
……しかし、主人公のノリコが赤で、八人では一色足りないため、仲間の残り一人の衣装は、なぜかラクダ色だった。
おまけに仲間の内三人は、先週の最終回目前の回でようやく本編に初登場。
それも登場して早々、多くの敵を前に「ここは私たちに任せて、ノリコは先に行って!」展開となったため、ロクに台詞も無いまま、一瞬で画面から消えてしまったのである。
その仲間たちが、再びの全員集合。
はっきり言って、感動は皆無だった。
『私たちの力を、あなたに託すわ……』
青色のキャラがそう言うと、仲間たちの伸ばした手から、それぞれ六色+ラクダ色の光がノリコに向かって届けられた。
ちなみに仲間たちは全員、顔や身体がゴチャッと
「作画‼ 作画ああああ‼」
思わず俺は叫んだ。
『これは……力が湧いてくる!』
ピカソのシュルレアリスム時代みたいな顔をした作画崩壊ノリコが、そう言って笑った。
もはや魔法戦士少女というより、ただの化け物だった。
『そうじゃ、ノリコ……。ワシは信じておるぞ、お主の勝利を‼』
「なんでさっき死んだ師匠が交ざってんだよ‼」
しかも、台詞さっきとほぼ同じじゃねーか‼
『ノリコ……頑張るのだぞ』
「なんで魔王も笑顔で応援してんだよ‼」
絶対これ、脚本ミスだろ‼
しかも、ここだけ無駄に作画いいし‼
『うおおおお‼ いっくぞおおおお‼』
ピカソのゲルニカ時代みたいな顔のノリコは、また新しい衣装にパワーアップしていたが、もうどっちが魔王なのかよく分からなかった。
『こ、これはあ‼ 伝説の「グレート魔法戦士少女ハイパーミラクルグレートフォーム」でやんすうう‼』
解説キャラのネズミが、再び興奮して叫んだ。
だから、グレート繰り返すなっつーの‼
『ああああああ‼』
シンプルな棒人間と化したノリコが、同じく棒人間の魔王に突撃していった。
ついに作画のエネルギーが尽きたああ‼
『来い、魔法戦士少女‼ ……頑張るのだぞ♡』
脚本ふざけんなああ‼
『勝つんだあああああ‼』
声のおかげで辛うじてノリコと分かる棒人間が、その絵に不釣り合いな咆哮を発していた。
どんな作品でもプロ精神を忘れない声優さんの本気演技に、俺は思わず感動してしまった。
もういい‼ とにかく、これで決めてくれ‼
俺がそう祈った瞬間、棒人間二人の
そしてその画面の右端に、突如として挿入されるテロップ。
そこにはただ一言、「THE END」の文字が刻まれていた。
「なんじゃそりゃあああああああ‼‼」
俺の絶叫は、深夜のアパートの建物をブルブルと震わせた。
超級魔法戦士少女ミラクル☆ノリコの本編最終回は、こうして視聴者を完全に置き去りにしたまま、終了を迎えたのだった。
〇
「すげえ……酷かった。特にラスト三分……」
本編終了後のEDをぼんやり眺めながら、俺は放心して呟いた。
最終回放送前、公式スタッフがSNSで「凄く泣ける展開になっています。……ある意味」と呟いてたから覚悟はしていたが、まさかここまでとは……。
ブログの記事、どうしよう……。
糞アニメである現実を受け入れられず意地張り続けて、ブログで「最終回で逆転ホームランがあるから、
危険球連発で大乱闘発生したまま、
さすがの俺も、ある意味伝説の最終回を目の当たりにして、アニメに対する情熱に凄まじい冷風を吹きつけられていた。
信じていた作品に、完璧に裏切られた。
俺、作品見る目が無かったんだな……。
この三カ月は、一体なんだったんだ。
こんなんじゃ、大好きなアニメを嫌いになってしまいそうだ。
もういい歳だし、これは「アニメは卒業しろ」っていう、神様からの忠告なのかな……。
消沈していた俺の耳に突如、聞き慣れないポップなBGMが聞こえてきた。
『新アニメ「
ふと視線を移した画面の中で、主人公らしきキャラクターの声がそう告げていた。
新アニメ……新アニメ、か。
これって……どっかの小説投稿サイト原作の作品だったよな。
そうだ、確かちょっと前に書籍化されて、大ヒットした奴‼
おお、もうアニメ化するのか‼ すげえ‼
今の予告だと、作画も音楽もキャラデザもいい感じだったな‼
完全にノーマークだったぜ‼
よっしゃあ‼ 来週までに原作全巻揃えて、予習しとくぞ‼
この作品、次のクールで絶対ヒットするぜ‼
こうしちゃいられねえ! 早速、ブログの記事も更新しなくっちゃ‼
俺は一気に活力を取り戻して、パソコン画面に向かい出した。
何度「もう卒業しよう」と思っても、やはり、やめることなんてできない。
こんなことを繰り返しながら、結局俺はこれからも、アニメを観続けていくのだろう。
さっきまでは「俺の三カ月を返せ‼」と本気で思っていたが、まあこれもある意味、アニメ鑑賞の醍醐味。
大事なのは、次の三カ月だ‼
次こそ絶対、神アニメ誕生の瞬間に立ち会ってみせるぜ‼
俺は決意を新たに、新クールのアニメ鑑賞に向けた準備を開始したのだった。
―完―
おれの三カ月を返せ。 煎田佳月子 @iritanosora
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