最も有意義な30円の使い道

三上 エル

30円/3分

 嘘でしょ?


 私は財布をひっくり返して、机に散らばった小銭を数えて泣いた。3枚。それも、銅の硬貨。つまり、私に残されたお金はたった30円しかなかった。


 最初、私は4000円持っていた。10ヶ月頑張って貯めたお小遣いの全部。あんなにあったのに、なんでこれだけしか残ってないの? ちゃんと計画してお金を使ったはずなのに。私は今日1日の出費を思い起こす。


 まず、プレゼントを買いに駅前へ向かうのにお金がかかった。往復420円。それから、プレゼントを買った。あれが、3345円。その後、それを定形外郵便で発送するのに205円かかった。これで、合計3970円。こうして計算してみると、確かに残るのは30円だけだった。


 初めからこうなる予定だったわけじゃない。色々な誤算の積み重ねが、この悲劇を生んだのだ。


 まず、バス代が予想以上にかかった。1ヶ月前までは子供料金で乗れたから、まさか大人料金がかかるなんて思いもしなかった。小学生のフリをすれば良かったのかもしれないけど、ついこの間中学の入学式に出て『中学生になったのだ』という思いを強く抱いた自分のプライドがそれを許さなかったのだ。結果、想定の倍くらいの交通費がかかった。


 それから、想定以上に高いプレゼントを買ってしまったのも痛かった。最初は2000円くらいのものにしようと思っていたのだ。でも、レジに行こうと振り向いた瞬間、私の大好きなキャラクターの柄のものを発見してしまったからいけない。予算を1000円オーバーしていたけれど、そんなことは全く気にならなかった。だって、私の好きなキャラクターを見るたびに、私のことを思い出してくれるかもしれない。そう思えば、3345円なんて安いもんだと思えた。少なくとも、あの時の自分はそう思った。


 最後に、郵送にかかる値段を考えていなかったのが大誤算。本当は手渡ししたかったから、急遽郵送することになって慌てていた。料金を調べ忘れるという致命的なミスが起きたのはそのせいだろう。


 かくして、私に残されたお金は残り30円だけだった。今更後悔してももうお金は返ってこない。これからどうしたいかを考えよう。30円で与えられる時間はたったの3分しかない。何を話すべきか、事前に考えておかなければ。


 でも、何を言うべきなんだろうか? お母さんのことかな。お母さんは相変わらずバリバリ働いていて、とうとう再婚することになったよ、とか。新しいお父さんは、とっても優しい人だよ、とか。


 それとも、私のことを言うべき? 中学校に入学したよ。入学式の日だけは2時間かけて電車で学校まで行ったけど、明日から新しいお父さんと3人で暮らす新居からは徒歩5分なんだ。すごいでしょ。


 でもこれじゃ3分間私ばっかり話すことになっちゃうかな? 聞きたいことも考えておかないといけないかも。一人で寂しくない? お仕事うまくいってる? ちゃんとご飯食べてるのかな?


 そこまで考えて、私は青ざめた。あの人が自分で料理なんかするわけない。今頃、ご飯を食べないで具合を悪くしてるんじゃないだろうか? ベッドに伏せって、会社にも行けなくなってるんじゃない? それはマズイ。私がせっかく買ったネクタイをつけてもらえなくなっちゃう!


 なんだかすごく心配になってきた。そもそも、あの人は落ち込んでいるはずなのだ。ずっと定期的に会っていた私と、もう会わないことに決めたのだから。


 新しいお父さんと3人で幸せな家庭を築くには、『切り替え』が必要だとお母さんは言っていた。確かに、私がいつまでもあの人と会っていたら、新しいお父さんは私との距離感を掴みづらくなるかもしれない。だから、もう会わないという約束に私もあの人も納得はしていた。電話もダメとは言われてないけど、多分お母さんはやめて欲しいと言うだろう。まだ携帯を持っていない私がお母さんの目を盗んであの人に電話をかけられるとしたら、家の近くの公園にある、公衆電話を使うしかなかった。


 でも、引っ越して家が遠くなると、公衆電話でかけるにもかなり値段が高くなるみたいだった。それを知った私は、これが潮時なんだろう、と思うことにした。今日、このなけなしの30円であの人に電話をしたら、その後はもう会わないし電話もしない。だから、プレゼントは郵送することにした。


 これから先、お母さんが携帯を買ってくれたら、また電話をすることはあるのかもしれない。でも、今のところはこれが最後の電話。これが、最後の3分間。


 どうしよう。後悔しないように、たくさん話さなくちゃ。言いたいことがたくさんあって、ちょっと困ってしまう。でも、これだけは言わなくちゃ。もう、話せるのは3分間だけなんだから。


「お父さん、お誕生日おめでとう。会えなくても大好きだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最も有意義な30円の使い道 三上 エル @Mikamieru_8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ