はないちもんめ

なっち

11歳。

校区の両端に住む私たちが初めて言葉を交わしたのは、小学五年生の春だった。

「かわいいリボンだね」

教室で前の席に座ったチカちゃんの髪にはオレンジ色の大きなリボンが揺れていた。サッと振り向いたチカちゃんにもう一度同じことを告げる。

「リボン、かわいいね」

ポカンとしていたチカちゃんの表情がみるみるうちに明るくなってゆく。やがて破顔してこう言った。

「せやろ!」

スキマの空いた前歯とこの辺のものではない方言。チカちゃんはたった一言で私を魅了した。


「お母さんが買ってくれてん。ピアノの発表会にしか着けたらあかんって言われてたけど、今日は始業式やしトクベツな日やからええねん」

仲の良かった友達とクラスが離れてしまったというチカちゃんは、私が声を掛けたのをキッカケに堰を切ったように話し出した。

「ウチ、昨年まで大阪におったから関西弁やねん。別に怖ないで」

「このクラスみんな大人しいなぁ。喋る人おらんかったらどうしようか思たわ」

「ウチ、前歯すきっ歯やねん。ホラ。お蕎麦くらいやったら通るで」

私はそんなチカちゃんの独擅場に『そうなんだ』やら『そうだよね』やら合いの手を入れるのが精一杯だった。ただ、チカちゃんと同じく仲のいい友達とクラスが離れてしまった私にとって、マシンガンの如く喋り続けるチカちゃんはなんだか心強い存在に思えた。


『テレビで見る芸人さんみたい』

チカちゃんはあっという間にクラスの人気者になった。学級委員にも選ばれ、学級会でみんなの前に立つことも多くなった。チカちゃんの話は面白く、飽きることがなかった。かと言っておふざけ一辺倒ではなく、やるべきことは真面目にこなしていたので先生からの信頼も厚かった。


「一緒に帰ろ」

私とチカちゃんは必ず一緒に下校するようになった。家の方向は真逆だが、親同士も意気投合したらしく共働きのチカちゃんのご両親が迎えに来るまでの数時間を私の家で一緒に過ごすことになっていた。私の母は専業主婦で一人っ子の私に半ば依存していた。友達と放課後一緒に過ごすことができるようになり、これで母の関心が私から離れるのではと内心ホッとしていた。母も快活なチカちゃんを気に入り、三人でお菓子を作ったりピアノを弾いたりと、本当の家族のように過ごしていた。


「ウチの秘密、知りたい?」

私の部屋でランドセルを下ろすなりチカちゃんが言った。

「うん、何?」

チカちゃんは人を驚かせたり笑わせたりするのが好きだ。

「ウチな、好きな人できてん」

そう言ってチカちゃんは私の反応を伺った。

突然の告白にも平然として驚かない私に、チカちゃんは少し不満そうだ。

「二階堂くん?」

最近チカちゃんは二階堂くんをよく見ている。休み時間に私と話している時も目はチラチラ二階堂くんの様子を伺っている。かと言って向こうがこちらに目をやると、チカちゃんはさっと視線を逸らしてわかりやすく明後日の方を向いたりする。バレバレだ。

「なんでわかるん!?」

焦るチカちゃん。頬がさぁっと赤くなる。

「だって二階堂くんの方をよく見てるから」

「そっかぁ。気ぃ付けな本人にもバレるなぁ〜。もぉ〜」

照れてニヤッと笑う。もうバレてるかも、とは言わないでおいた。

チカちゃんは男子にも人気だ。すきっ歯であることを差し置いても整っている顔立ち。性格だって優しくて面白い。クラスメイトの誕生日会もほとんど呼ばれているらしい。二階堂くんだってきっとチカちゃんのことが好きなはずだ。

目の前で恋する瞳を輝かせているチカちゃんは、いつもよりずっと可愛らしく見えた。

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