13歳。
公立中学に進学した私たちは同じクラブに入ることにした。チカちゃんは本当は吹奏楽部に入りたかったようだが、小六から始めた歯列矯正に影響が出るのを心配して断念したらしい。
私たちは美術部に入ることにした。文化祭までに作品を作りさえすればあとは自由に過ごして良いという自由な活動内容だったからだ。私はひたすら静物をデッサンしていたが、チカちゃんは美術室の窓から見える景色をスケッチブックに写していた。
そこには親指大の二階堂くんが一生懸命サッカーボールを追う姿が描かれていた。
「これじゃ誰だかわからないよ」
私の部屋でこっそりスケッチブックを見せてもらった時に指摘すると、チカちゃんはニヤッと笑って言った。
「誰かわからんからいいんよ」
片想いし続けて約二年。未だ告白する気はないようだ。
チカちゃんは相変わらず人気者だ。中学生にもなると流石に男子から距離を置かれ始めたが、逆に異性として意識されるようになったようだ。現にチカちゃんは入学してから半年の間に3人の男子から告白されていた。そのうち一人は三年生だったらしい。
「どうしよう〜。先輩やし断ったらあかんかなぁ」
今にも泣き出しそうなチカちゃんが私の腕に縋り付く。今やチカちゃんの一番の親友となった私は、何でも相談されるようになっていた。
「好きじゃないなら無理に付き合わなくていいと思うよ。『好きな人がいます』って言えば諦めてくれるんじゃないかな」
チカちゃんはせやんな、と呟き眉尻を下げたまま笑った。矯正具ののぞくその口元は、それでもとても美しかった。
ある日の放課後、美術室のドアを開けるとチカちゃんがいつものように窓の方を向いて座っていた。声をかけようとしてふと異変に気付く。前日までビッシリ描き込まれていたチカちゃんのスケッチブックが真っ白だったのだ。
「チカちゃん、絵どうしたの」
チカちゃんはゆっくり私の方を振り向くとため息をついた。
「捨てた」
開いたスケッチブックの中心のリングにはひき千切られたような紙のカケラがまとわりついていた。
「どうしたの。もうすぐ完成するって言ってたのに」
椅子に力なく腰掛けるチカちゃんのそばに膝をつき、目線を合わせた。
「二階堂くんなぁ、彼女できたんやって。二階堂くんはその子のこと別に好きでもなかったらしいんやけど彼女の方から何回も付き合ってくれって言って、結局根負けしたんやて」
実はその噂は私もしばらく前に耳にしていた。チカちゃんに言いあぐねていたのだ。
「そうなんだ…。大丈夫?チカちゃん」
「…私アホやったなぁって。こんなショック受けるんやったら告白すればよかった。例え二階堂くんが私のこと好きじゃなくても、その子みたいに何回もアタックすれば根負けしてくれたかもしれんかったのに。何も行動せんまま終わってしもた。ホンマにアホやわ」
チカちゃんが俯く。
泣かないで、チカちゃん。
「…今日はもう帰ろうか。カラオケでも行って甘いものいっぱい食べて…チカちゃんのやりたいことやろうよ」
私の言葉にチカちゃんが苦笑する。
「カラオケ苦手なくせに。それにダイエット中言うてたんは誰よ。…でもまぁ、ありがと。あんたがいてくれてよかったわ」
チカちゃんはしばらく白いスケッチブックと賑やかなグラウンドをぼーっと眺めた後、勢いよく立ち上がった。
「よっしゃ、帰ろか!……で、さっき言うてたこと忘れてへんやろな〜」
チカちゃんの初恋はこうして終わった。
チカちゃんはこの日失恋ソングがちょっぴり上手くなり、私の体重は1キロ増えた。
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