17歳。

二人して近所の公立高校に通い始めて二年。チカちゃんは念願の吹奏楽部でトランペットに没頭し、ついに次期部長に選出された。対して私はといえば相変わらず美術部でデッサンを繰り返していた。

定期テスト前、部活がしばらく休止になるとのことで久しぶりに並んで帰宅していると、チカちゃんが前置きなしに言った。

「ウチ、彼氏できた」

驚いて隣を見るとチカちゃんがニヒヒと笑みを浮かべていた。好きな人がいるという話は中学生以来聞いていなかった。

「え、誰」

「同じ吹奏楽部の桜井くん。知ってる?」

私と同じクラスの男子だ。165cmのチカちゃんよりも少し背が低く、猫背気味。顔ははっきり覚えていないが、どちらかと言えば目立たないタイプの男子でサッカー部のエースだった二階堂くんとは真逆の印象だ。

「いつから?」

「先週から。へへ、初彼氏〜」

嬉しそうなチカちゃんに面と向かっては言えないが、チカちゃんに相応しいとは思えない。

「一緒に帰らなくてもいいの?」

「うん、テスト終わるまでデートは延期」

チカちゃんがいいならそれでいい。そう思いたいけれど、ここにいる明るいチカちゃんと休み時間に机に突っ伏してうたた寝している桜井くんを思うと、やっぱりそぐわない、と思った。


テスト最終日。試験終了のチャイムとともにみんながほーっと息を漏らす。これで晴れて自由の身だ。少なくとも結果が出るまでは。

浮き足立ったクラスメイトの間を縫うように廊下に出てチカちゃんのクラスへ向かった。チカちゃんは教室の後ろで桜井くんと話をしていた。笑顔で優しく桜井くんの左肩をぽんぽんと叩くチカちゃんに声を掛けることはできなかった。やがてチカちゃんの方が私に気づき、桜井くんに一声かけてこちらに向かって来るのが見えた。

「今日は桜井くんと帰る?」

「うん。初デート!」

喜ぶチカちゃんの後方にはズボンのお尻のポケットに両手を突っ込み俯いて私と目線を合わせまいとする桜井くんが見えた。

「じゃあ先に帰るね」

そう言ってチカちゃんに手を振るとその場を後にした。


夏休みに入る直前、チカちゃんが体調を崩して学校を数日間休んだ。吹奏楽部は夏休みのコンクール出場を何よりも重要視していたので、練習しすぎて疲労が溜まっていたのかもしれない。

学校帰りにお見舞いに行くと、すっかりやつれたチカちゃんが出てきた。持参したお見舞いのお菓子をテーブルに置き、様子を尋ねた。

「もうウチ誰も信じられへん」

一瞬ドキッとしたが、チカちゃんはそれに気付かなかったようで構わず続けた。

「桜井くん、浮気してた。同じ吹奏楽部の子と。部活はもちろんやけど学校ももう行きたくない」

「それは…思い過ごしとかじゃなくて?」

パジャマの裾をギュッと握りしめるチカちゃんにそっと手を重ねた。

「桜井くん、私とその子とを間違えてメールしてきた。『彼女がウザい』って。その子、桜井くんと同じホルンの子で『今度前みたいに二人きりで練習しよう』って」

「でもそれだけじゃ浮気かどうかわからないよ。桜井くんが一方的に言い寄ってるだけかもしれないし…」

「写真も添付されてたんよ。その子とキスしてる自撮り」

ああ、それは…。

言葉をなくした私にチカちゃんは力なく笑いかけた。

「向こうから付き合ってって言ったくせに。同じ部活内で付き合うんじゃなかったなー。気まずくて消えてしまいたい」

うなだれたチカちゃんは本当に消えてしまいそうなほど儚く見えた。

「私はチカちゃんに消えて欲しくなんかないよ。何かできることある?」

必死に言い募るとチカちゃんが顔を上げた。

「明日の終業式には行くから、悪いけど別れ話についてきて欲しい。一人じゃくじけそうやわ。教室の外かどっか、近くで待っててくれたらいいから」


翌日の放課後、チカちゃんは桜井くんに別れを告げた。メールの誤送信に気付いていたらしく、桜井くんはいつものようにズボンのポケットに両手を入れて猫背のまま何も言わなかったが、かすかに頷いた。


私とチカちゃんはカラオケには行かなかった。私の部屋でただひたすら泣いているチカちゃんにそっと寄り添っていた。

チカちゃんは1キロ痩せた。

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