36歳。
あれから一年が経った。
私たちの生活はほとんど変わらない。一緒に笑ってたまには喧嘩して。以前と違うのはキスで仲直りするところぐらいだろうか。
幸せな日々。
だからこそチカちゃんには絶対に言えないことがあった。
二階堂くんも桜井くんも大学の時の彼氏も。私が裏で別れるように仕向けていたということを。
二階堂くんは厳密には彼氏ではなかった。だが彼はチカちゃんのことを憎からず思っていたらしい。そんな噂を耳にした私は、チカちゃんのライバルである女の子を焚きつけた。奥手でシャイな二階堂くんにもさりげなくその子をアピールした。結果はすぐに出た。
初恋は実らないものだ。チカちゃんにはそう言って慰めた。
桜井くんと付き合いだした、とチカちゃんから聞いた時は目の前が真っ暗になった。このままではマズイ。そう思って強硬手段に出た。
桜井くんに直談判したのだ。
チカちゃんと別れてほしい。私がそう告げた時、桜井くんはさほど驚いた様子もなくじっと私を見つめて言った。
『…いいけど、見返りは?』
私はためらいなく自分を差し出した。桜井くんが私を舐めるように見つめているのを幾度となく感じていたからだ。彼は私に『付き合うのは誰でも良かった』と言った。チカちゃんと付き合ったのはたまたま近くにいて付き合えそうだったから。そしてチカちゃんの両親が共働きであわよくば家で二人きりになれそうだったからだ、と。そしてすぐに次の女の子に声をかけたのだ。
そんなゲスい男に、チカちゃんが傷物にされなくて本当に良かった。
大学の時の彼氏は苦労した。チカちゃんのメールや会話から彼氏ができたのは知っていたが、相手がどんな男か全く分からなかったからだ。
そこで探偵を雇うことにした。チカちゃんの姉だと偽って、妹の身辺調査を頼んだのだ。彼氏の情報はあっと言う間に集まった。
同じ大学の同い年の男。真面目な部類の学生らしく、毎日きちんと大学に通いアルバイトもして、特に何か非があるわけでもなかった。ただ、私はこの男に桜井くんと同じ匂いを感じていた。
就職後の二人は、会社員と教員ということもあり徐々に生活時間帯がズレるようになっていった。その頃私は彼氏と同期の女性とメール友達になった。探偵からの資料で彼氏の会社は特定できており、会社のホームページには「新入社員紹介」として彼氏ともう一人の女の子の自己紹介ページが設けられていたのだ。個人情報の扱いがそこまで厳しくなかった時代だ。そこから彼女のメールアドレスを入手した。そして社内恋愛、とりわけ同期との恋愛を暗に勧め、そこから先はあっという間だった。
誤算だったのはチカちゃんがその他に大きなストレスを抱え、非常に弱っていたことだ。
私はその頃日本にはいなかったので、探偵とのやりとりなども全てメールで済ませており、チカちゃんに会わずに事を進めていたのだ。
久しぶりに会うチカちゃんが骨と皮の目立つ、私の知らない姿だったことで罪悪感が一気に襲ってきた。私が『チカちゃんのためにやっている』と思っていたことは、全くチカちゃんの為になっていないのではないか。
いや、と思い返す。例えチカちゃんがあの男と上手くいっていても、同期の彼女といつかは付き合うことになっていたのではないか。すぐに彼女を妊娠させたところを見ると、普段から下半身がだらしないタイプの男だったのではないか。
そうやって自分を正当化させた。
チカちゃんには笑っていてほしい。
その一心で今までずっと側にいた。
その気持ちはきっと間違ってはいなかったはずだ。
リビングのテレビの横では、A5サイズのささやかな写真が焦げ茶の木製フレームに収まっている。
真白いウエディングドレス姿の私とチカちゃん。
そして写真の中のチカちゃんのアップにした髪には、オレンジのリボンが誇らしげに揺れている。
あの時私を魅了したのと同じ笑顔のチカちゃんがそこにいた。
はないちもんめ なっち @nacchi22
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