少年は歌詞に想いを綴る

無月兄

第1話

『ねえ君は、相変わらず僕が見てる事気づかない。君の視線の先にあるのは、いつもいつも僕じゃないアイツ』


「ダメだーっ!」


 たった今ペンを走らせたノートを掴むと、そのページを勢いよく破り、丸めて床に叩きつけた。

 辺りには、同じように丸められたノートの残骸が散らばっている。これらは全て、俺、三島啓太みしまけいたがやったものだ。


「くそっ──歌詞を考えるのって、こんなに難しいのかよ」


 散らかったそれらを眺めながら、誰に聞かせるわけでもなく、一人呟く。


 ここは、とある高校の軽音部の部室。

 先日、部のOBがやってきて、彼が現役だった頃に作った曲の入ったテープを置いていった。もしよかったら使ってくれという言葉を残して。


 普段は有名曲のコピーばかりを演奏する俺達だけど、たまにはオリジナルの曲をやってみたい。そうは思ったものの、その曲にはまだ歌詞がついてなくて、ならばとこうして一から考えることにしたわけだ。

 けれど、これがさっぱり上手くいかない。


 浮かんだフレーズをノートに書き記しては、恥ずかしくなって破り捨てる。それを繰り返した結果がこれだ。


「はぁ。いっそ諦めるか? いや、そんなカッコ悪いことできねーよな」


 元々、この作詞は俺かやると自分から言い出したものだ。なのに、うまくいかないからやめたなんて、とても言えない。

 OBの先輩にも、そして、同じ部員であるアイツにもだ。


 気を取り直して、新しく考えよう。そう思ったその時、すぐ隣から、一人の女子生徒が顔を覗かせた。


「調子はどう。上手くいきそう?」

「うわっ! ふ、藤崎!?」


 急に現れたその顔と、あまりに近い距離に、思わず声を上げる。


「いつからいた!?」

「今来たばっかりだけど、三島が全然気づいていないみたいだから、声かけておこうって思って」


 キョトンとしている彼女の名前は、藤崎藍ふじさきあい。俺と同じく、軽音部の部員だ。

 因みにうちの軽音部、部員はこの二人しかいない。


「上手くいってるかどうかなんて、これを見りゃ分かるだろ」

「あ~」


 破り捨てたノートの残骸を見て、藤崎も全てを察したようだ。


「やっぱり、難しい?」

「まあな。簡単だとは思わなかったけど、まさかここまで大変だとはな。何書いていいのかサッパリわからねえ」

「ねえ、私も一緒に考えちゃダメ?」


 その言葉に、どうしたものかと一瞬迷う。

 本当は、コイツの前でこれ以上弱音なんて吐きたくない。だが、一人で考えてもうまくいかないのはわかってる。このまま歌詞ができないままなら、藤崎にだって迷惑がかかる。

 そう思うと、頷くしかなかった。


「悪いな。作詞は俺がやるって、自分から言い出したのによ」

「そんな事言ったら、私なんて全部三島に任せきりだったんだよ」

「任せて欲しかったんだよ。だって、その……」

「なに?」

「……何でもねえよ」


 お前にいいところ見せたかったんだよ。思わずそう言いかけて、口を閉じる。今それを言っても、余計にカッコ悪くなるだけだ。


「そもそも歌詞の内容って、どんな感じにしようとしてるの? 完成するまで秘密だって言って、全然教えてくれなかったじゃない」


 藤崎はそう言うと、床に捨てられていた紙くずを一つ拾い上げる。だがそれは、俺としては絶対に見られたくない失敗作だ。


「待て! どうせ二人で考えるなら、全部一から作った方がいい。そんなもん、見ても何にもなんねーよ!」


 今まで書いてきた歌詞なんて、俺にしてみれば出来立てホヤホヤの黒歴史だ。決して誰の目にも触れる事なく、このまま永遠に封印しておきたい。

 だがそんな叫びも虚しく、既に藤崎は、手にしたそれを眺めていた。


「いいじゃない。私だって、どうやって作ったらいいか分かんないし、参考にさせてよ。ええと、『気づかないでよこの気持ち。どうせ叶わないのなら、いっそ知られない方がいい』──へぇ、恋愛ソングにしようとしてたんだ」

「見るな! 声に出すな! 今すぐ忘れろ!」


 全身が沸騰したように熱くなる。

 ああ、そうだよ。俺が今まで書いてた歌詞は、どれも恋愛ソングをイメージしてたよ!


「三島、こんなの書くんだね。なんか意外」

「悪かったな。どうせ俺には似合わねーよ!」


 恋だの愛だの書き綴ったものを見られるのは、正直かなり恥ずかしい。

 だから見せたくなかったんだと、八つ当たり気味に叫んでそっぽを向く。


「ごめんごめん。でも似合わないとかじゃなくて、三島に恋愛のイメージがなかったってだけだよ」

「同じことじゃないか」

「違うって。だって、三島が誰かと付き合ったとか、好きな人がいるとか、全然そんなの聞いたこと無かったから」


 聞いたことがない、か。藤崎は何の気なしに言ったんだろうが、今の言葉には何か言わずにはいられない。


「俺に好きな奴がいても、藤崎は絶対気づかねーよ。鈍そうだからな」

「えぇーっ、そんな事ないって。女の子は恋に敏感なんだよ」

「いいや、お前は絶対気づかない。絶対にだ!」

「そんなのわからないじゃない!」

「わかる!」


 藤崎は不満そうに言い返すが、俺も意見を変えるつもりはない。


 こうして始まった、不毛な言い争い。お互いに意地になったように言い合い、しばらくの間作詞の話も忘れてギャーギャー言い合っていた。









「…………俺達、何やってるんだろうな」

「こんな事してる場合じゃなかったね」


 どれくらい言い合っていただろう。二人とも、ようやくバカなことをやっていると気づいて苦笑いする。

 こんなことしている暇があったら、さっさと作詞をしないと。


 そう思っていると、藤崎は再び、床に落ちた歌詞を一枚手に取った。


「見るなって言ってるだろ」


 もう一度抗議をするが、藤崎はごめんと謝りながらも、決してそれから目をはなそうとしない。それは決して、からかったりバカにしたりするようには見えなかった。

 そして、俺の方を向いて言う。


「ねえ、私はこれ好きだよ」

「それがか? 恋愛って言ったって、なんか暗い内容ばっかりじゃねーか」


 自虐的なことを言ってしまうが、今まで書いてきたものが、全て失敗だと思った理由がそれだ。


 俺が今まで書いてきた歌詞の内容は、全部一方的な片想いの心境ばかり。こっちの気持ちに気づいてくれないだの、恋愛対象として見られていないだの、そんなのばっかりだ。


「暗いって言うより、切ないって感じかな。実際、好きだって気持ちに気づいてもらえなかったり、恋愛対象として見られてなかったりするのは、凄く苦しいよ。でも、だから自分に重ねられるって言うか、共感できるんだよ」


 凄く苦しい。そう言った瞬間、藤崎は少しだけ表情を曇らせる。それを見て、俺の頭に、一人の男の姿が浮かんできた。先日この部室にやってきて、曲の入ったテープを残していった、あのOBの先輩姿が。


「それって、この前来たあの人の事だよな」

「うん。三島、知ってたの?」


 少しだけ顔を赤くしながら頷く藤崎。だがわざわざ確認しなくても、答えなんてとっくに知っている。

 

 その先輩は、藤崎にとってただの先輩じゃない。

 元々、藤崎の家の近所に住んでいて、小さな頃から、藤崎のことをまるで妹のようにかわいがっていた。そして藤崎は、そんな先輩をずっと前から好きだった。


 俺がそれを知っているのは、そんな二人を、少し離れたところでずっと見ていたから。いや、俺が見ていたのは、二人じゃなくて藤崎だけか。


「お前が誰を好きかなんて、簡単にわかる。この軽音部に入ったのだって、あの人の影響だろ」

「まあね。向こうは私の気持ちに全然気づいてくれないし、妹みたいにしか思ってないけど」


 少し困ったように言う藤崎を見て、胸の奥にズキリとした痛みとを感じる。

 コイツがあの人を好きなことなんて、ずっと前から知ってるって言うのに。


「でも、そんな理由で部活まで決めるのって重いかな。三島、ひょっとして引いてる?」

「別に引きやしねーよ。部活に入る理由なんて、人それぞれだろ」


 恋愛がらみの歌詞なんて書こうとした事を、今更ながら後悔する。あんなものさえ書かなければ、コイツのこんな話なんて聞く事もなかったのに。


 だけど藤崎は、俺が破り捨てたノートの切れ端を、一枚一枚集めていく。そして丸めてできたシワを丁寧に開いては、とても大事そうに何度も眺めた。


「私、やっぱりこの歌詞好きだな。片想いの辛さとか、まるで私の事を書いてるみたい」

「別に、藤崎の事を書いたわけじゃねえぞ」


 書いたのは、むしろ俺の気持ちだ。好きだと言えない苦しさを、決して本人には言えない想いを、気が付いたらこんな形で綴っていた。


「うん。でも、これ見て」


 そう言って差した一枚には、こう書かれていた。


『どんなに無理だと思っても、例え伝えられなくても、この想いを諦めない、諦めたくない』


「これを見て、なんだか勇気をもらえたような気がしたんだよ」

「……そうかよ」


 穏やかに笑う藤崎に、素っ気ない返事をし、視線を反らす。けれど、決して気を悪くしたわけじゃ無い。

 自分の作ったもので、藤崎が笑ってくれた。たったそれだけのことが、なんだか妙に嬉しかった。


「ねえ、やっぱりこれを元にして歌詞作らない?」

「なっ⁉ これをかよ……」

「だめ?」


 せがむように言われ、心が揺らぐ。正直言って、これを歌にして大勢の人の前で披露すると思うと、はかなり恥ずかしい。

 けれど、こうして藤崎から頼まれると、叶えてやりたいとも思ってしまう。


 とうする?

 迷って迷って、それでもなかなか答えが出てこない。ならばと、一つ藤崎に聞いてみる


「なあ。もし藤崎が、自分じゃ何とも思っていない相手から、好きだと思われていたら嬉しいか? この歌詞みたいに、お前に片想いしているやつがいたら、どう思う?」

「えっ、私が?」

「ああ。それ次第で、これを元に歌詞を作るかどうかを決める」


 まさかこんな事になる思ってもみなかったのだろう。途端に黙り込む藤崎。


 本当にこれを元に作詞したいのなら、嘘でも嬉しいと言えばすむ話だ。けど藤崎は、決して適当に答えようとはしなかった。

 もし自分がこんな風に想われていたら、それをどう感じか。ちゃんと考えてくれていた。


「うーん、全部想像で答えるしかないけれど、それでもいい?」

「ああ」


 そんな前置きをして、そしてゆっくりと口を開く。


「私だったら、やっぱり嬉しいと思う。だってこんなにたくさん想ってくれてるんだよ。それがどんな人だって、嬉しく無いわけがないよ」

「────っ!」


 サッと藤崎から目を反らす。いや、クルリと回って、背を向ける。

 急に何をと思うかもしれないが、仕方ないだろ。だってそんなこと言われたら、俺だって嬉しくないわけがない。顔がだらしなく崩れるのを、止めることができない。


「どうしたの?」


 背中越しに、不思議そうな声が届く。今の自分の言葉が、どれだけ俺を同様させたのか、全く分かっていないだろう。


「……いいぞ」

「えっ?」

「それ、歌詞に使っていいって言ってんだよ」


 相変わらず背中を向けたまま、ボソリと呟く。すると今度は、一転して弾んだ声が聞こえてきた。


「ほんと! ありがとう三島!」

「……ああ」


 極めて短く返事を返す。藤崎の顔は見えないままだが、それでも喜んでいるのは十分に分かった。


 きっと、藤崎は微塵も気づいていない。これらの言葉が、自分に向けられて書かれたという事を。ずっとずっと、想われ続けているという事を。


 この想いはきっと届かないし、告げるつもりもない。藤崎が好きなのは、自分じゃないのだから。だけど──


『嬉しく無いわけがないよ』


 藤崎が、さっき言った言葉が頭をよぎる。このたった一つの言葉さえあれば、この叶わない想いも、もう少しだけ持ち続けられるような気がした。

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少年は歌詞に想いを綴る 無月兄 @tukuyomimutuki

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