青いサクラ

naka-motoo

青いサクラ

 齢500年のサクラの樹が、横に伸びる枝を支柱で支えられて、そこにある。


 とても厳かな風景だけれども、僕たちにとっては青春のそれだったよね。


 雪国の、完全に4月にならないと花開かないこの神社のサクラのつぼみが膨らみかけた時、僕とキミは出会ったんだったね。


 新しく通い始めることになる高校の入学式が終わってしばらくの夕方のやわらかな陽光の中、僕が沈み込むような気持ちで境内を歩いて、ふっとそのサクラの樹を見上げると、社殿の石段に腰掛けて、足を組んでさ。


 小さなノートにキミはペンを走らせてた。


「何書いてるの?」

「詩」


 僕はいっぺんでキミに惹かれたよ。

 はっきり言うよ。好きになったのさ。

 だって、出会いで最初に聞いた答えが『詩』だもん。


 でも、ほんとにキミが書きたかったのは、そのサクラ、っていう概念だったんだね。

 だから、詩に添えてスケッチしてた。

 青いペンで。


「色は塗らないの?」

「青のままでいいの」


 僕とキミは3年間、ずっとサクラの前で佇んでた。

 花が散って葉桜になって。その緑の隙間を初夏の光が透過する時期や。


 秋に運動部が大会の必勝祈願で参拝しにきてる、その夕日に樹のシルエットが浮かび上がる風景や。


 雪吊りで支えられた枝が雪にしなるのをすこし掬って助けてやったり。


 サクラは僕とキミのシンボルのようなものだったよね。

 実際、僕が自分の部屋でキミを思う時、サクラの下の石段で足を組んで、時折そのまんまの姿勢で頬杖をつく器用なキミの制服とか、休みの日はジーンズが基調のファッションで身を包む細くてしっとりした感じのキミを思い浮かべてたよ。

 ひとり部屋の中、時折情欲にかられてやるせなくなりそうなこともあったけど、結局そういう気分にはならなかったな。


 僕はキミを単体でというよりは、白に近い淡い桜色のその花びらと、ノートの白い紙と青いペンと、青いサクラと、足を組むキミのそのフォルムと全部セットで好きになってた。


 僕はだから、キミが足を組んで沈思黙考しながらペンを走らせてるその姿勢のままのキミを抱きしめた。


 キミは微塵も驚かなかったよね。

 ただ、黙ってメガネを外して。僕のキスに応じてくれた。


 その後も僕は何度かキミをそっと抱擁した。

 回を重ねるごとに、キミの体のこわばりが解けていくのが本当に嬉しかったよ。


 一度だけ言い争ったことがあったよね。


「虫けらのように、ってなに?」

「虫は虫さ。人間とは違う。故あって虫に生まれてるのさ」

「あなたはわたしのこともそう思ってるの?」

「なんでそういう思考になるのさ」

「だって、わたしは、この神社に通うようになったのは、蜂を見たからなのよ」

「蜂?」

「そう。スズメバチが社殿の前で死んでたの。ポツン、てうつ伏せで。ねえ。死ぬ間際にそうやって神様の前までたどり着こうとするココロって、虫けらなの?」

「飛躍しすぎだよ」

「もしあなたが本気でそう言うのなら、わたしは二度とあなたに会えない」

「なんで」


 その喧嘩はそのままになって、その後もこうして3年間、キミと僕はずっと会い続けてたけれども、今にして僕は思うのさ。


 あの時のキミが、キミの本質だったんだろうって。


 キミに触発されて僕も詩を書いたよ。

 読んでくれるかい。


 ・・・・・・・


 スズメバチがうなだれてる


 僕は何も感じない


 だって、同じだろ?


 寂しい虫も

 寂しい人間も


 街を通り過ぎる人たちは

 みんな絶望してる


 仕事に、家庭に、学校に

 延々と繰り返される争いの日々に


 だから僕は特別なこととは思わない

 最後まで生きる人も

 途中で終わる人も


 また青いサクラ、描いてよ


 ・・・・・・・・・


 この詩は解き放たないよ。

 キミとの3年間の備忘録に留めるのさ。


 もう永遠に会えないけど。

 僕はキミが、ほんとに好き。

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