このケーキからはじめましょ
あたしが周一さんのマンションのドアを開けた時には、もう10時を回っていた。
息切れする私を見て、周一さんは嬉しそうに笑った。
でも一方、さとみくんはリビングで待っててくれたんだけど、あたしの顔を見るなり、ぷいとそっぽ向いて自室に帰ってしまった。きっと自分の誕生日を優先されなかったことが、彼にとっては大きな問題だった……。
「気にしないでくれ。本当はケーキもまだ食べてないんだ。むくれてるだけだと思う」
そう言って、周一さんは励ますけど…。
「でもあたし、学校のこと優先しちゃった。これって、さとみくんにとっては大きなことだったわよね……」
「今日のうちに来てくれたってだけで、十分だよ」
「あっ、そうだわ。これお花」
「うわぁ…!すごい綺麗じゃないか!高かっただろう?」
「そんな肩肘張るような値段じゃないわ。今渡すなら、お花しか選択肢なくて。気の利いたのじゃないけど……」
「早速飾ろう!これだけ綺麗だったら、下手にいじらないで、丸ごと花瓶に入れた方がいいよな?」
「パスタお湯に入れるみたいに?」
「そうそう」
シンクで花を花瓶に移す周一さんを横目に、あたしは冷蔵庫を開けた。
白い箱があって、大きいから一目で、ホールケーキだとわかった。
毎年ホールケーキなのかは、知らない。
だけど、もしかしたら今年が久しぶりなのかもしれない。
……あたしの選択は間違ってたのかしら?
「蓮司?」
「あ、はい?」
「はさみ取ってくれないかな?ゴム輪が切れなくて」
「りょーかい」
できた花瓶は、青と白と黄色の基調が美しくて、まさに「さとみくん」を表したような花束だった。
「なんか、すごいな。さとみには一回しか会ったことがないのに……特徴を捉えてる。花にしたらこんな感じの子なんじゃないかなぁ?」
周一さんは、顎をちょっと触って照れながら、感心するみたいに言った。
「……あたし、学校のこととさとみくんのこと、どっちを優先させるか、そんなに迷わなかったの。でもそれでもね、さとみくんのことがどうでもいいからじゃない。今じゃ言い訳にしかならないわね…。でも……」
「…わかってるよ、蓮司。だからこそ、君の選択に悔いを持って欲しくない。学校の方の話は、一つ終わったんだろう?じゃあ次はさとみ、でいいじゃないか。一つ一つ、確実にやっていこう。俺はそういうやり方嫌いじゃないよ」
周一さんとあたしは、その話をして、ちょっとだけ花を眺めて。
「ねぇ、声かけたら、さとみくんまた来てくれるかしら?」
「俺が行こうか?」
「いえ、あたしが行くわ」
「……そうか」
さとみくんの部屋はもうわかっていた。
あたしは彼の部屋の前まで行って、ドアをノックした。
「さとみくん。あたしです。オカマよ」
反応はナシ。でも諦めない。
「今日来れなかったのはね、理由があるの。さとみくんにとっては、なんで優先してくれなかったんだ!って気持ちが勝つような話かもしれないけど。だからあたし、言い訳しないわ。学校のことを優先して、あなたのことを次にしたこと。でも……一緒にケーキが食べたいわ。あたしも仲間に入れてくれない?」
しばらくの沈黙。
すると、部屋の中で何かが動く音がして。
部屋から出てきたさとみくんは、もう不機嫌な顔はしていなかった。
「いいよ。仲間、入れたげる」
そう言うと、あたしの隣をすり抜けて、リビングへ行った。
私もそのあとをついていく。
なんだかさとみくんが、リビングへ先導している、みたいに感じた。
「さとみ、」
周一さんがびっくりしている。
「……僕、この人のこと、嫌いじゃ、ないよ」
さとみくんが、周一さんに突然言った。
今度はあたしがびっくりする番。
「だってこの人、嘘つかないもん。正直に話す人のこと、嫌ってる人の方が、悪い人に見えるからさ」
いじけたように言うけど……きっとそれは、さとみくんの心を素直に表した言葉。
「じゃあ……食べるか。今年は、3人で!」
「そうね!じゃあロウソクは15本?」
「そんなに立てるの?」
「当たり前じゃない!あのいっぱいあるのを、全部消すのが快感!なんだから」
「ふふ、そうか。お母さんとやってた時はね、数字のロウソクだけだったから…」
「あら、そっちの方が良かったかな?」
「ううん。僕も、消してみたい」
「そうね、わかったわ」
出てきたのは、ショートケーキの特大ホール!
周一さんは3人で祝えるってのが、きっと相当嬉しかったのね。
「じゃあ、部屋を暗くして」
あたしはライターで、ロウソクに火をつけて……
「ハッピーバースデー!さとみくん!」
さとみくんは、大きく息を吸って…一息で全部消した。
その顔はチョー子供!って感じで。
いつもの美しさとか、それもロウソクの火で照らし出されていたけれど、やっぱりあたしは、吹き消す時のタコみたいなさとみくんの顔の方が好きって思った。
部屋が真っ暗になって、周一さんが電気をつけに、ちょっと離れた。
「ねぇ、」
暗闇からさとみくんの声。
「ん?」
「お父さん、一年くらい前から、良くなった。蓮司さんでしょう?理由。ありがとう」
「…ええ。こちらこそだわ」
いつか全て、さとみくんにあたしの人生を喋る時が来たら。
落胆するかしら?驚くかしら?軽蔑するかな?
でも、この子には全てを教えて行かなきゃいけない。
でもま、こんなに聡そうな子だったら、大丈夫な気がするけどね。
パッと電気がついて、周一さんがケーキナイフとお皿を持ってきて。
ショートケーキを頬張る、二人の顔!
可愛くて写メ撮っちゃった。
あたしたちはその夜、なんだか家族ってのに、一歩近づけた気がしたの。
マザーズ・ヘアー/end
マザーズ・ヘアー【完結】 由野 瑠璃絵 @Hukunokahori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
エッセイ Yellow/由野 瑠璃絵
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます