あったかい家族に、あたし、なれるのかしら?

金曜日。それはあたしの元不倫相手・現恋人の周一サンから連絡が来る日。


いつもはそこからディナーしてサ、そっからのコトは…わかるでしょ?


でも今日は特別。あたしにとって、ワクワクでもありながら、胃の痛くなるプレッシャーの日でもある。


夜八時。いつもはラインの周一サンが、電話をかけてきた。あたしは一瞬息を飲んで、覚悟して電話に出た。


「周一サン、あたしいまチョー緊張してっから、正直喋るとゲロ出そうなの」


あたしの素直な感想に、彼は咳き込むみたいに笑って。


「そんなに緊張することないよ。だって君だもの、大丈夫だいじょーぶ。むしろ俺は、君の方が息子のことを取って食わないか心配なくらい」


「あらやだ、そんなこと考えてもみなかったわ?」


「イケメンだよ」


「まだちっこいのに、そんなことわかるのかしら?」


また周一サンは笑った。

いつもより多く笑うのは、あたしの緊張を解くため。わかってる。彼、すごく優しいのよね。


「息子さん、周一サンに似てる?」


「……そう願ってる」


少しの間をあけて言うから、なんだかおかしくって、あたしは声だして笑った。あーあ、職員室、残業してるの松田ちゃんだけで良かったわ。こっち見てるけど。


「じゃあ、今晩は学校に迎えに行くから……待ってて」


そう言って、周一サンは電話を切った。

待ってて。

なんか、ゾクリと来たわ。彼の甘くてスッキリした声が、異様に色っぽく感じたの。


「れんちゃ〜ん。なんかイイ感じだったじゃなぁい?」


語尾に笑、って付いてそうな感じで、松田ちゃんがゆらゆら近づいてきて。


「なによ、新しいカレシ?」


「新しいも何も、前とおんなじ人よ。人聞き悪いわねぇ」


「あら!前と全然れんちゃんの声違ったから、違う人と話してんのかと思った!……ありり?じゃあ、不倫の話はどうなったのよ?」


「片付いたわ。ってかもともと、不倫してなかったみたいなのよあたし」


「ええ〜ウソ!どゆコト?全然話が掴めないんだけど」


「とりあえず、今日はすごく大事な日なの。彼の息子さんに会ってくるのよ」


「???」


松田ちゃんは、もう意味がわからなすぎて半笑い。面白いわよあんた、その顔…っ!


「ひと段落ついたら話すから待ってて」


「気になりすぎるわ……絶対に話してよ!約束だからね!」


「松田ちゃんに隠し事したことある?ナイでしょ。じゃ」


そう言って帰ろうとして……あたしは松田ちゃんのお腹をふっと見たの。

ちょっとだけ前より大きくなってる。松田ちゃん自身も、体全体がふっくらしてきた。


「松田ちゃん、なんか本当に、お母さんって感じの顔になってきたわね」


「ふふ、まあね。なんかねぇ、この子が少しずつ大きくなってくると、私の中に知らない感情が出てくるのよ。今まで知らなかった自分を、新しく知っていく感覚……こんな私いたんだ!って発見するの。すごい不思議よ」


「まさに、母体の神秘ね」


「……れんちゃん、不安なのね。そういう顔してる」


「あらやだ、泣きそう?」


「それに近い。けど……」


松田ちゃんはなんだか、嬉しそうに見えた。


「それってさ、親がよくする顔だわ」


「緊急事態の時の親の顔?」


「それよ!」


「ああもう!行ってくるわ!」


他人が緊急事態の時の松田ちゃんほど、愉快に見える人はいないわ。もう、人ごとで面白そうだからって…!




「周一サン、ダメ。止めて……っ!!」


「今更止められません」


「じゃあせめて、ちょっと、ちょっとだけでイイから…」


「さて、君は今日中に息子に会えるのかな?」


あたしは周一サンの家の前で、車の中で冷や汗流して緊張と戦って。

わかってるわよ。こういう類の緊張は、葛藤する時間が長いほどダメだってことは。


3、2、1。

あたしは車のドアを開けた。


同時に周一サンも助手席から降りて……。


とうとう、あたしは初めて、彼の家の敷居をまたいだ。





「さとみ〜ただいまぁ〜」


鍵を開けながら周一サンがただいまを言う。


家の中からは、返事がしない。


「いつもこうなの?」


ゲロ我慢しながら、あたしは聞いた。


「いや、君が来ることは話してある」


ヤバイわそれ。今のあたしをトイレに直行させたいわけ?


靴を脱いで、揃えて。

そろそろとした足取りで家の中に入った。


あたしが想像してた家は、もうちょっと明るくてフランクな感じかと思ってた。

けど、リビングは間接照明しか点いていなかった。白くて大きな革張りのソファ。バーカウンター。壁に伝うようにある大きな本棚……


「周一サン、あたし、どっかの独身男性の部屋に転がり込んだわけじゃないわよね?」


「これ、全部息子の趣味なんだ」


エぇ…?コレが息子の趣味?まだちっちゃな子供が、こんな大人の隠れ家バーみたいなのが好きなの?


「今呼んでくるから待ってて」


「もう居るよ」


声のする方を見た。

息を飲んだ。

白人みたいな肌。目はかなり薄い灰色。美形。ふてくされた顔。

はっきり言うけど、周一サンとは、雰囲気しか共通点が見つからない…。


でもね、それ以上に、彼には驚く部分があったの。


「あんた、なんちゃいなの……?」


「十四歳ですよ」


「周一サン、何歳のときの子なの?」


「僕も彼女も十九のときに生まれたんだ」


え、え。

え?じゃあ、ちょっと待って。


「あたし、てっきりもっとベイビーを育てるんだと思ってた……!!」


「ベイビー?」


周一サンがキョトンと言う。

もう!子供の年齢くらい早く言ってよ!


「あたし、そんな早いときの子だと思ってなかったから、てっきり乳母みたいになるって思ってたのよ」


「乳母?」


「周一サン!色々と説明を省きすぎ…」


「僕を無視しないでよ」


彼はちょっと微笑みながら、あたしと周一サンを眺めている。


「なに、あんたが好きなの、オカマなの?」


あたしにも、周一サンにもすごく失礼で、小馬鹿にしたような言い方。わざとその言葉をチョイスしたんだってわかった。


「さとみ、言い方を変えなさい…」


「イイのよ。当たり前よ。突然来たのがあたしみたいなイロモノだったら、どんな子でもこう言うわ」


「…‼︎」


さとみくんは、てっきりあたしが怒ったりすると思ってたみたい。

でも、教職やっててわかってるのよ、こっちは。

いやに大人びた部屋の趣味。自分の美しさを自覚してる顔。余裕のあるように見せるのが上手い子。


そーゆー子に正論言ったって、それは乗せられてるだけ。

でもまだカワイイほうじゃない?

あたしが自分のことを「イロモノ」って言ったら、びっくりした表情を素直に出すんだもの。


本当に腐ってるような雰囲気じゃないし(わかるようになんのよ、本当に悪い奴を知ってるからね)。


「とりあえず、よろしくね。さとみくん。あたしは蓮司っていうの。オカマで高校教師やってるわ。変な奴だけど、仲良くしてちょーだい」


そう言って、あたしは彼に近づいて、右手を出した。握手に一瞬ためらった彼だけど、あたしのことを恐る恐るって感じで見上げながら、ちゃんと握手はしてくれた。


でもそれが済むと、さとみくんはすぐに踵を返して、自分の部屋かどっかに行ってしまった。



「…大丈夫だった?あたし」


返事がなかった。


「周一サン?」


見ると、彼は泣いてた。


「ちょ、ちょっと!大丈夫なの?どこか気分が悪い?」


「違う……違うんだ…」


そう言うと、彼は力なく、泣きながら床にヘタって座り込んでしまって。


「あたしヘマしたの?」


「違う。逆だよ。さとみは多分、君のことが好きだ」


周一サンの腕が、あたしの体を引っ張って、あたしは抱き込まれた。

その力があまりに強かったもんで、ちょっと体が軋むくらいに痛かったんだけど……。


「ありがとうね、蓮司、本当に」


彼がそう言うから……


あたしはよくわかんなかったけど、素直にそのあったかさに抱かれたままでいることにしたわ。

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