第2話

移民申請2


「じゃあ、この部屋にあなた達の移住スペースを用意すればいいんですね?」


スズミは答えた。


「植木鉢とか買って来ましょうか?

そこに街をつくるとか。

それとも、ビーカーとかシャーレみたいな物に脱脂綿を敷いた方がいいのかな?

そういや、シャーレなんてどこで売ってるんだろう。」


しばらく間が開いた。

ビーカーやシャーレを調べているのだろうか。

急に返事が来た。


「我々を培養する気ですか?

我々の希望はそういう事では無い。」


「はあ、スミマセン。

じゃあ、どうすればいいですか?」


「スズミさん、あなたの体内に移住させてほしいのです。」


「はあああっ?!」


冗談ではない。

さっきまでネズミの体内に居た連中が、次は自分の体内に住まわせろと言っている。

スズミは耳を疑った。


「無理ですよ!

私の身体の中は!

だって、あなた達ネズミの体内に居たんでしょ?」


「イエス。」


「ネズミは不潔な生き物でバイ菌を一杯持ってるんですよ?

昔からコレラなんかを媒介したりして有名なんです。

私が何かに感染しちゃうじゃないですか?!」


スズミは必死に言いつのった。

ホビタン族はまた何か話し合っているようだったが、コラスの戸惑っているような思考波がかえってきた。


「感染って・・・・。

その、「コレラ菌」という存在とは出会った事はありませんが、あなた方のいう「大腸菌」なら丁度、我々の攻撃型巡洋艦と同程度のサイズです。

そして、我々は散々彼らを打ち破ってきました。」


「あ・・・・」


そうだった。

しかも思ってたより彼らは小さい。

彼らの巡洋艦?が細菌レベルの大きさだという。

だとすると、不潔なバイ菌による感染など考えられないのか。

しかしそれでもまだ抵抗を感じる。

科学的な根拠が無いのなら、もうこれはただの思い込みに過ぎないのだろうか。

コラスは続けた。


「我々は好戦的な様々な勢力と何世代にも渡って戦い続けてきました。

現在では圧倒的な科学力で彼らを圧倒し、コントロールさえ可能です。」


「ん~~。

それでもやっぱりなー。

ネズミの体内に居たっていうのは

気になるなー。

それに、急に体内に10兆人も異星人みたいな人達が増えて大丈夫なのかな?

何か身体に悪影響はないのかなー?」


「なにをおっしゃる。

そもそも、今現在あなたは体内に100兆を超える生物群を住まわせているじゃありませんか。」


「へ?」


「『腸内フローラ』とか呼んで大事にしてらっしゃる。」


「あ・・・・」


そういえば、人間は腸内に100兆個を超える微生

物が存在しているという。

腸は第二の脳、という説もあるぐらいで、腸の状態が体調だけでなく精神面にも深い影響があると何かで読んだ事がある。

腸内の微生物達の働きによって、人間の心身の健康が左右されるのだそうだ。

スズミもその情報を読んでからというもの、ヨーグルトを食することを習慣にしようと思っていた。

すぐ買うのを忘れて途切れてしまうのだが。

それにしても、「腸内フローラ」なんてどこで調べてきたのだろう?

ホビタン族の情報収集能力は侮りがたい。

そうか、すでに100兆超える微生物がいるなら10兆増えても大した違いはないか・・・・。

いやいや、そんな問題だろうか。


「約束しましょう。

我々は、あなたの体内に有益な影響を与えることを最優先に活動します。」


コラスは続けた。


「考えてみてください。

絶対にあなたの心身に好影響を与え、体内のバランスをしっかり管理する存在が居るんですよ?

我々の科学力なら、病原菌を駆逐し、あなたの体内の新陳代謝を管理し、常に健康を保つことなど簡単です。

あなたになんの損がありますか?」


「ン――――――。」


「それに、もしかしたら様々な能力を覚醒させることができる可能性もあります。」



「えっ!」


そう聞いてスズミの想像がぱっと膨らんだ。

もしかして、何か特殊なパワーを手に入れる事ができるのだろうか。


「それってもしかしてひょっとして、手から光線を出したり空を飛んだりできるようになる?」



またホビタン族たちのガヤガヤ言う声が長引いた。

どんな能力を与えるか話し合ってるのだろうか。

その間、スズミの想像は膨らみ続けた。


やはり特殊な能力を持ったら、スーパーヒロインとして活動を始めなくてはならないだろう。

その際、コスチュームが重大な問題だ。

プリキュア的な衣装やセーラームーン的なかわいい衣裳は自分の好みではない。

なにしろ体形に自信がない。

やはりマントでスッポリ体形を隠せるような衣裳がいい。

でも、明るい色で強く正しいといったイメージじゃなく、もっとダークでクールな衣装が自分の好みだ。

黒を基調としてハードな印象で真っ黒なマントをはためかせ悪人の背後に立つ。

悪に対しては圧倒的な恐怖で行く手を阻み、情け容赦なく徹底的に・・・


「・・ミサン?」


「スズミサン?」


「スズミさん?

聞こえてますか?」


「はっ!」


スズミは我に返った。

想像が暴走してしまったようだ。


「すみません。

考え事をしてしまいました。

様々な能力って、例えばどんな能力ですか?」


また遠い話し声が聞こえる。

今度はどうも激しく言い合っているようだ。

言い争う大勢の声が聞こえる。



「それと、私の体内に移住したとして、しょっちゅうこんな風に話しかけられたりするんでしょうか?

ちょっとそれは遠慮したいんですが。」


「そっ!それは!

その点は大丈夫です!

あなたが望まない限り我々から呼びかけることは無いでしょう。

緊急の時以外は。」


「そうですか、それならまあ。」


「あっ!それは移住を許可するってことですか!?」


「う―――ん。

なんだか皆さんお困りのようですし。

例えば、お試し期間で一か月とか・・・・」


「ありがとうございます!

おい聞いたか!」


わ――――っという歓声があがった。

スズミは、ハリウッド映画で主人公が大事件を解決し、彼をモニタリングしていた連中が一斉に大喜びするシーンを思い出した。


「では早速移住開始します!

後悔はさせません!

ありがとうございます!

あなたはホビタン族10兆人の恩人だ!

救世主だ!

あなたの事は未来永劫語り継がれる事でしょう!」


「あっ、ねえさっきの特殊能力の事なんだけど・・・・」


「ありがとうございます!

それでは通信を切断します。

くれぐれもお体には気を付けて!

さようなら!」


「え?

あれ?

はあ、さようなら。」



とは言ったものの、鼻からも口からも、耳からも何かが体内に入った感覚はまったく無かった。

もしかして、最初から自分の体内にいたのではないだろうかとスズミは思った。


まあ、コラスの言う事が半分でも本当なら、自分に損はないだろうし、いいか。

なんだか疲れたので、スズミは寝る事にした。











そして一週間経った。



驚いた事に、便秘がキレイに解消された。

肌の調子もよくなり、メイクに時間がかからなくなった。

使う化粧品も種類が変わった。

肌荒れを隠す必要が無くなったおかげだ。

そして、やたら明るい気分になり前向きな気持ちが強くなったので、少々の事では挫折しなくなった。

おかげで、人柄を買われてすぐ新しい仕事も決まった。

慣れるまでは大変だろうが、ひと月もすれば楽しく暮らすことができるだろう。



ただ、残念なことに手から光線も出ないし、空を飛ぶこともできそうになかった。


「この点はコラスのハッタリだったわけね・・・・。」


まあ、こんなもんか。

スズミはコラスの謝る声が聞こえた気がした。






END

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