忘れられないシンシア

 ※エピローグ直前のお話です。



 師匠となったリズとの一日の訓練を終えて、家に帰り、ベッドの上に身を投げ出した時、携帯電話が鳴った。

 手に取って誰か確認する。表示されていた名前は、パンク・アルガストニ。ドキッと胸が鼓動した。


 好きになってからから三年間、ずっと忘れられない彼。でもパンクが好きなのは私じゃなくてジョイス。ジョイスもパンクの事が好き。そこに私の割り込む余地はない。諦めなきゃいけない、と思いながらも、どうしても忘れられない。

 名前を見てドキッとした事からも分かる。私は今でもパンクを好き。


 深呼吸してから、通話ボタンを押した。


「もしもし、パンクだけど。シンシアか?」

 ちょっとぶっきらぼうだけど、不思議と相手を受け入れる包容力も感じさせる声。初めて会った時から変わってない。

「うん。久しぶり」

「久しぶり。元気してたか?」

「うん。そっちは?」

「あぁ。秋大寺で元気にやってるよ」

「今日はどうしたの?」

「お前に相談したいことあってさぁ」

「相談って?」

「実はさぁ、ジョイスの事なんだよ」


 しょっぱなからジョイスの名前が出てきて、私は嫌な予感がした。ジョイスは一応、恋敵ってことになってしまうけど、私の愛する大好きな家族。彼は私にどんな相談をするつもりなんだろう。

「ジョイスが……どうかしたの?」

「あいつ、俺の事好きなのかなぁ?」

「……え?」

「付き合ってるみてぇな関係ではあんだけどさぁ。一度も『好き』って言われたことねぇんだよ」

 姉御肌で豪快な性格のジョイス。でも実は、ものすごくシャイ。彼に『好き』って直接言えないのはうなずける。


「やっぱさぁ、言われないと不安になんだよ。シンシア、お前どう思う? あいつ、俺の事ホントに好きかなぁ?」


 想いを言葉にして伝えないジョイスと、不安になる彼。私は、二人の絆を強くしてあげる役割を果たさなきゃいけないんだ。静かに深く息を吸って、答える。


「間違いなく好き。でもジョイスはシャイだから、言えなくて当然」

「どうしたら言ってくれっかなぁ?」

「言わせるのは難しい。それは諦めた方がいいかも」

 電話の向こうでため息。

「そっかぁ……」


「でも、他の方法で愛情表現してもらう事はできるかも。あなたからは、ジョイスに好きって言ったり、愛情表現してるの?」

「えっ」と彼。

「特に……してねぇ」


「じゃあまずはあなたが何かしないと。好きって言ったり、抱きしめたり、特別なプレゼントをしたり。そこがスタートラインだと思う」



 私のアドバイスを受けて、彼は「ありがとな」とお礼を言って電話を切った。私は携帯を離さずにすぐに次の電話をかける。相手はジョイスだ。


「もしもし、ジョイス?」

「ああ、シンシア。どうしたの?」

「ちょっとお願いしたいことがあるの」

「何?」

「パンクのこと、好きでしょ?」

 ジョイスは息を抜くように笑った。

「何それ……何の話だよ」

 ほら、シャイだから正面から答えない。

「彼、あなたに好かれてるか分からなくて不安になってるみたい」

「はあ? ……あんな馬鹿ほっときゃいいんだよ」

 この通り、ただ言葉で諭したり説得しても、はぐらかしてかわされるだけ。私は、一枚の写真を取り出し、銀眼でジョイスに見せた。

「これ見て」


 その写真に写っているのは、私とジョイスとヤーニン。ヤーニンの十九歳の誕生日を三人でお祝いした時の写真だ。三人が笑顔で座るテーブルの上では、ジョイス手作りのケーキにろうそくが灯っている。

 私達三人は、お互いの誕生日を必ず祝う。仕事で当日は難しくても、必ず三人揃ってお祝いする。

 実は、私達は三人とも、本当の誕生日はいつか分からない。私達の誕生日は、それを祝えるようにとジョイスが後から決めたものだ。そのおかげで、私達は一年に一度、お互いの愛を感じる事ができる。


「私達へするものの十分の一でもいい。彼に愛情表現してあげて」

「あんた、ひょっとしてあいつに何かそそのかされた?」

「……まずは百分の一でもいいから。してあげて」

「わざわざ銀眼まで使ってどんな話かと思えば。他に話ないなら、もう切るよ。じゃあね」


 ジョイスはそう言って、まるで逃げるように電話を切ってしまった。私は、携帯をぽんと放り出して、ベッドに横になった。


 ジョイスはきっと、『好き』とは言わないだろう。パンクは、もうしばらく不安を感じたままになるかもしれない。


 もし私だったら、不安にはさせないのに。

 気が済むまで、何度でも言ってあげるのに。好きって。

 顔を合わせて笑顔を見せて、言ってあげるのに。

 道を歩くとき、手を握って、言ってあげるのに。

 朝起きて一番に、言ってあげるのに。

 キスして、抱きしめて、耳元でささやいてあげるのに。


 気が済むまで、何度でも言ってあげるのに。


 でも、私にはさせてもらえない。させてもらえるのがどれほど幸せな事か、ジョイスは気付いていないんだろうか。


 ベッドの上で携帯電話が鳴った。表示されている名前は、ジョイス・テン。私はすぐに電話に出た。


「もしもし。どうしたの?」

「……さっきの話なんだけど」


 私はちょっと面食らった。まさかジョイスが自分からさっきの話を蒸し返すなんて夢にも思わなかった。

「うん。さっきの話がどうかしたの?」


「……あいつさ、今まではギョウブ様の『仮眷属』として修行してたんだけど、今度『小織眷属』になるつもりらしいんだよ」

「うん」

「正式にギョウブ様の眷属になったら、結婚も男女交際も、一切禁止になる。だからさ、今以上に近付いても……」

 声が震えたかと思うと、ジョイスは電話の向こうで泣き始めた。

「傷つくだけなんじゃないかって、思ってて……」


 またしても面食らってしまった。ジョイスは、そう簡単に泣かない。最後に泣いてるのを見たのは、いつか分からない。そのジョイスが、パンクへの気持ち故に泣いている。私は黙ってジョイスの話を聞いた。


「もし、傷つくことになるとしても……あいつに好きって言ってやらなきゃ、ダメなのかなぁ? あんた、どう思う?」


「……難しい。パンクは単純だから、ジョイスみたいに先のことまでは考えてないとは思う。もしジョイスが言わなければ、パンクが眷属になった後、二人の仲は今より薄くなるか自然消滅するかのどちらか。言えば、パンクは一時は安心できるけど、ジョイスへの想いが燃え上がって、修行に身が入らなくなるかも。ジョイス自身も傷つくことになる」

 私はジョイスにもパンクにも、幸せになって欲しい。でも、そう簡単な事じゃないみたい。


 ジョイスは鼻をすすって言った。

「あいつのやりたいことの邪魔は、したくない……」

「じゃあ、言わない方がいいのかもね」

「そうだね……ごめんね、あんたにこんな相談して」

「ううん。私は、相談してくれて嬉しい」



 電話を切り、またベッドに横になる。息を深く吸って、ゆっくり吐いた。

 胸が、チクチク痛む。

 ジョイスは、泣いた。

 彼への強い想いを見せつけられた。


 胸がチクチク、痛む。




 枕元の雑誌を手に取った。これは、普段は買わない雑誌だ。買ったのは、パーム・レイオンヘルトという、私の好きなモデルが特集で出ているから。そのページを開いて眺める。

 高い身長に長い脚。程よくついた筋肉に、凛々しい顔立ち。こんな王子様みたいな男の人が、迎えに来てくれたらいいのに。パンクの事を忘れさせてくれればいいのに。

 でも、現実はそんな風にはいかない。


 コーラドで訓練を始めてから、パイロットの男が何人も私に寄って来たけど、誰もかれもパッとしなかった。

 仕事でアストロラに行った時、見どころありそうな年下の男の子にアプローチしてみたけど、お互い結局惹かれなかった。まあ、あれは、パンクを忘れようとして、無理やり好きな人を作ろうとしただけだ。相手にも失礼だし、結果としてはそれでよかった。



 私は、やっぱりパンクが好き。

 でも、忘れたい。

 だけど、好き。

 それでも、忘れたい。

 なのに、好き。


 ……もう、忘れたい……。




 *




 次の日の朝。私は訓練のため、コーラドの貸し倉庫にあるパンサーの元へと向かった。機体をチェックして待っていると、リズがやってきた。


「シンシア。今日の訓練を始める前に、ちょっと話がある」

 リズはそう言って倉庫の隅にある椅子に腰かけた。私はその前に立つ。

「話って何?」


「マナがまた霊獣探しの旅を始めるらしいんだよ。あたしはパンサーで一緒に行く。シンシア、一緒に来てパイロットやらないか?」


 また霊獣探しの旅……。コーラドからも、アキツからも離れて、世界各地を巡る旅になるはず。綺麗な景色や、不思議な霊獣と触れ合う旅は、パンクの事を忘れさせてくれるかもしれない。それに、世界を巡っていれば、いつか、パンクの事を忘れさせてくれる男の人と出逢えるかもしれない。

「やらせてほしい」


 マナ、早くコーラドに来ないかな……。


 おしまい

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