だって、あなたは私にとって、二番目の彼氏だもん

ユメしばい

女優の苦労

「だって、あなたは私にとって二番目の彼氏だもの」


「はい、カットーゥ!」


 もじゃもじゃパーマに野球帽ヒゲサングラスの背の低い監督が、メガホン片手にテクテクとやってくる。


「貴女、なにがいけなかったのか分かる?」


 上から目線なのはまだ我慢できる。

 注意するときのこの嫌味ったらしい言い方にいつもイライラさせられる。

 監督だから我慢するけど、ハッキリ言って存在自体が生理的に受け付けない。それに若干カマっぽいし。


「だって、のところを、もっと溜める? とかですか?」


 監督が、ズレてもないサングラスを人差し指でクイッと持ち上げ、


「貴女バカにしてるの? この映画のことバカにしてるでしょ、ミサエのことバカにしてるでしょう!!」


 上げ過ぎたサングラスがだいぶ上の方にいってるのがムカツク。

 ちなみにミサエとは私の役名。


「いい? ミサエはねえ、余命一ヶ月を宣告された末期がんの患者で、本命の彼氏を親友の彼女に寝取られた世界一悲劇なヒロインなの。そんな子のひとつひとつのセリフの中には、世界一の悲愴感がこもってるわけ。そんじょそこらの末期がんとは違うのよ。分かる?」



 分かるわけないでしょ。あ、また上げた。だから上げ過ぎだって。ユキト役の三木くんが隣でドン引きしてるじゃない。


「あの、じゃあどうすれば」


「ふーっ、まあいいわ。とにかく一端の女優気取るなら、もっと役柄に気持ちを込めてやってちょうだい」


 でた自己完結。

 このあと私はどうすればいいのよ。


 踵返し際のこのセリフ。


「ほんっっっと三文役者に頼むとこうだからほんっと疲れるわ」


 ぜひとも貴女にこの役をやってほしい、つったのお前だろ!


 テイク2


「だって……、あなたは私にとって、二番目の彼氏だもの」


「はいカットーゥ!」


 マジ帰りたい。


「貴女、がん患者の気持ちまったく分かってないわね」


 だから分かるわけねえだろ!


「一応、闘病生活してた人の本は読みました」


「温い。生温すぎるわ。その程度の知識で一端のがん患者気取ってんじゃないわよ! いい? この映画はねえ、世界中のがん患者が観ること間違いなしの映画なの。丸三年はがん患者の人と共に生活しないとミサエの役なんて務まるわけないじゃない!」


 配役決定して台本渡されたの5日前だっつーの! クランクインしたの3日前だっつーの! この役柄に必要なことはなんですか、て聞いたら「貴女だから何も心配してないわ。だって私の目に狂いはないもの」って豪語してたのお前だろ!


「あのねえ、ユキトは幼馴染のミサエを幼稚園児の頃からずっと好きで、親友にミサエを獲られてからもずっと好きのままで、良き幼馴染としてずっとミサエの側にいたの。そのミサエがガンと分かったとたんユキトの親友は手のひら返すように、ミサエの親友と付き合いだした。そのことが我慢ならなかったユキトは、親友と殴り合いのケンカをする。そしてボロボロの状態でここに来た、親友とケジメをつけて告白するためにね。……あら、いいわねこの設定。ワッキーいらっしゃい! 急遽設定を変更するわ。今までのは全部撮り直しよ。あと変更による諸々のあれこれは全部助監督の貴方に一任するわ。チャッチャと片付けちゃって頂戴」


 土壇場で変更すんなよ! みんな「えー!」って顔してんだろお前の仕事はカット言うだけか!


 テイク120


 諸々の変更はあるものの、このシーンだけは変更がないらしい。

 ついにやり直し120回目。もう疲れた。ああ、降板したい。自主降板しようかな。


「ゥアーーーークション!」


 ほんといちいちクセが強すぎる。

 とにかくこの映画が撮り終わったら、その後こいつがどんな映画を作ろうが絶対出てやるもんか。まあ、とにかく引き受けた以上、終わるまで辛抱しよう。ハァ、いつまでダメ出しするつもりなんだろう。こいつに妥協という文字はないのだろうか。もうヤケクソだ。


「だって、貴方は私にとって二番目の彼氏だもん。だから、一番目がいなくなった時点で、自動的に私の彼氏だもん」


 ああ、ダメなやつだ。こんなの棒読みと変わらない。もう女優やめよか――


「うおおおおおおっけええええええええええええいいい!」


「ええええええええええええええええええええええええ?」


 ひげもじゃパーマの顔が目の前にある。

 正直キツイ。


「それを待ってたのよ」


「……あ、あの、今ので、よかったんですか?」


 監督がついに野球帽を脱いだ。


「ええ。ミサエはね、正直いってもうどうでもいいって心境だったの」


 ペタンとして耳元あたりの髪がゴワってなってるのがムカツク。それを自覚なしに晒し、ありのままの自分でオッケー的な態度がムカツク。


「ミサエのお余命は一ヶ月。だから、最後になんとも思ってない幼馴染に夢を見せてあげようって思って、その言葉を投げかけるの。だってその方が、死ぬ直前まで彼氏がいましたって勝ち組のまま死ねるじゃない。人間というものはね、誰れしも決して表に出さない腹黒さってものを持ってるものよ。貴女ももっと、狡猾に生きなさい。女優とは、そういうものよ」


 1年後――。


 私はいま、レッドカーペッドの上を歩いている。

 日本アカデミー主演女優賞を獲得した、女優として。

 なぜあの継ぎ接ぎだらけの映画が売れたのかが今でも謎であるが、結果良ければすべて良し、てことでいいと思う。


 コメントを求められ、泣きながら「すべては、この映画の主演として起用してくれた監督のお陰です」って言ってやったけど、


 今でもあの監督のことは、嫌いなままだ。

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