“二番目”のノイン

Win-CL

第1話

「ノイン様。食事のお時間です」

「……ありがとう、ウィリア。すぐに頂くよ」


 大きな部屋に、小さな机――豪華に装飾された調度品は、全てがこの部屋にいる子供一人の為に用意されたもの。


 食卓に着く少年の、色素の薄い山吹色の髪がサラサラと揺れる。目の前で私が持ってきた料理を口元に運んでいるのは、この国の“王子の一人”だった。


「アイン様は外でああやって遊んでいらしているというのに……。ノイン様はここに一人でいるのは寂しくはないのですか?」


 様々な英才教育も、外に出て遊ぶのも、許されているのは兄であるアイン様のみ。ノイン様は、この部屋の中でひっそりと放置されたきり。


「僕は……二番目だったからね」


 なにかある毎に、まるで口癖のように呟かれます。


 ――ノイン・クレセント様。

 彼には、アイン・クレセント様という双子の兄がいる。


 まるで鏡写しのようにそっくりな二人。一卵性双生児。

 私がこのお城に召し仕えるより十年前に、お二人は生を受けたのです。


「またそのようなことを……。なにが“二番目”ですか」


 私が城に来てからは、既に六年間の年月が経っておりました。

 こんな私が、お二人の世話係に就かせていただけるなんて。


「長子である兄が王位を継ぐのが決まっている以上、僕に教育を施す必要はないと父上は考えているんだろう。この“足”もあったしね」


「ですが……アイン様はどこか危うい部分があるといいますか……」


 アイン様はノイン様とは真逆の自由奔放さで。体には生傷が絶えず付いて。

 時には、人を傷つけることも厭わない御方でした。


 きっと、彼の悪戯や無茶に頭を悩ませていたのでしょう。

 これまで……何人もの前任者がいたという話も耳にしました。


 ですが十歳にもなると、流石に落ち着きを覚え始めるといいますし。十六ともなれば、やんちゃの中にどこか気品さえ現れていました。


 そういった時期を見ても、私は運が良かったのだと思います。


「僕たちは……互いに何かが欠けて産まれてきたのさ」

「そんな……」


 確かに、ノイン様は産まれた時には足が悪かったと聞きます。本来はノイン様が長男になる筈だったのを、こっそりと産婆が入れ替えたのだという噂も出ていました。


 けれどその足も、持ち前の努力で快復していました。

 今となっては、アイン様となんら変わりもないのです。


 私からも王様に、一緒の教育を受けさせてはどうかと提案をしました。……ですが『いまさら変える訳にはいかない』と突っぱねられるばかり。これでは、自主的に勉強を始めていたノイン様が、あまりに不憫でしかたないのです。


「でも、いつかきっと。僕たち双子は二人で一つになって。父上の様な立派な王になれると信じているんだ」






 そして――運命の日。


 それは実際の戦争に慣れるためにと、国王様とアイン様が隣国との国境線へと出向いたその日の夜でした。なにやら慌ただしいと思い、ノイン様と迎えに出ると――そこには顔を真っ青にしたアイン様の姿があったのです。


「直ぐに治療にとりかからせろ」

「ですが……内臓が数か所、激しく損傷しており――」


 そこから先はうまく聞き取れませんでしたが、王様の表情が曇ったことだけは分かりました。戦での傷なのか、事故にでも遭ったのか。身体には毛布をかけて見えないようにしてはいましたが、きっと中では大きな怪我を負っているのでしょう。


 ……このままでは助からない?

 ノイン様の兄であるアイン様が……。


 其の場にいた皆が息を呑んでいたそのときでした。


「いいから連れていくんだ! ……使

「え……?」


 その声がどこからか、誰から出たものなのか、私には分かりませんでした。

 ノイン様の口からなのか。それとも私の口から知らぬ内に漏れていたのか。

 王様のおっしゃった言葉の意味が、理解できなかったのです。


「諦めろ、ノイン。お前はどうあっても王にはなれぬ。最初からこうなることが、お前の運命だったのだ」

「いったい、何を……」


 じわじわと、嫌な想像ばかりが膨らんでいきます。

 ……使

 アイン様の手術の為に?


「い、嫌です……! 僕は死にたくない……!」

「ノイン様をどうなさるのですかっ!! お願いします、どうか――」


「ち、違うんだ、父上! ノインはそっちだ! 俺がアインなんだ!」


 泣きながら必死に懇願するノイン様。

 咄嗟の判断で、入れ替わっている振りをするだなんて。

 確かにノイン様とアイン様は背格好も声も同じ。


 性格さえ似せてしまえば、確かに父君である王様ですら気づかないかもしれません。ですが……全て遅すぎたのです。


「この期に及んで見苦しいぞ。――連れて行け!」


 連れて行かれるノイン様の背中を――私はただ見送ることしかできませんでした。





 その後、しめやかに執り行われました。


 国王様は決して口にすることがありませんでしたが、私の前に使えていた者たちは“惨酷な真実”に薄々気づいていたのでしょう。


 ノイン様は……アイン様になにかあった時の代わりになるために、これまで大切に育てられてきたのだということを。


 私は確かに聞きました。『内臓が激しく損傷していた』と。

 新しくげ替える必要があったのなら、それはどこから提供されたのか。


 ……一心同体とも言えるほど似通った血肉は。

 きっと、とてもうまく馴染んだに違いありませんでした。


 参列者は、城内で働いている者のみでした。

 これがアイン様のものだったら、国民全員が参列していたでしょうに。


 ……お二人の、いったい何が違ったのでしょう。


 生まれた順番だけ。そう、『二番目に産まれた』というだけで。

 この、惨酷な運命に囚われてしまったノイン様。


 彼の口癖の『僕は二番目だから』が、今では呪いのように思えてきます。


 ですが、そんなことは露知らずという様に、アイン様は見る見るうちに傷を癒され。生死をさまよう経験が功を奏したのか、ノイン様の内臓がその身にあるためか、だんだんと大人の落ち着きというものが出てくるようになって。


 父君の背中を追うように、立派な王の貫録を身に付けていきました。


『僕たちは二人で一つになって、父上の様な立派な王になれると信じているんだ』


 幼少時代にノイン様がおっしゃっていた言葉が、皮肉にも文字通りとなっているようでした。どこか挙動の端々に、ノイン様の影が残っているような気がして。


 ……一度気になると、それがどんどんと大きくなって。


 ある日見た、一瞬だけ足をかばう動作がきっかけでした。

 その癖は、足を悪くされていたノイン様しか行わない筈なのです。


「もしや……ノイン様……?」


 勘違いだったら、酷い罰を受けるかもしれない。

 ノイン様が亡くなったあの日から、存在ごと無かったことにされているのだから。

 私はそれでも、たまらずに声をかけてしまったのです。


「……あの、申し訳ございませ――」

「……はぁ……ウィリアには敵わないな」


 しばらく沈黙していたアイン様から、私の名が呼ばれたのは久しいことでした。

 そして……口調は亡くなったはずのノイン様のもの。


「――っ!? 入れ替わって……いたのですか……」

「“あの日”の前の晩、初めての戦に怖気づいた兄が提案してきてね」


 そうして、アイン様――ではなく、アイン様に成り代わっていたノイン様は、全てを説明してくれました。


「父上たちの見えぬところで負傷するのは骨が折れたが、これまで蓄えていた知識が役に立った。重症と見られるには、どこまでの傷を負えばいいのか見当が付いていたから」


 ノイン様はそうして話をしながら、こちらへと歩いてきて。

 腰に提げていた剣を鞘から抜き放ちます。


「このことを知っている人がいると困るんだ。……君の唯一評価できる点は、頭の回転が悪いことだったのにね。兵たちに聞いたよ。父上の前で、僕を助けようとしていたらしいじゃないか」


「ノイン様……いったいなに――っ」


 燃えるような痛みも一瞬だけ。

 声を出そうにも、その前に空気が抜けていくような違和感にかき消され。



 全身に力が入らないまま、私は床へと倒れる。


「……“アイン様”なら、これぐらいのやんちゃは見逃してくれるさ」


 そしてこれが……私の聞いた最期の言葉に――





(了)

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