「また会いに来たよ」
長門拓
「また会いに来たよ」
「こちら
「……ちら、N―0112、た……軌道上の……誤差修正完りょ……」
相変わらずノイズがひどい。
「こちら管制室。軌道修正が完了次第、速やかにバグの原因を特定し、報告メールを本部に送付せよ」
「……りょ……了解……」
通話はそこまでで一旦切れた。
リチャードは三十分後の定期通話の時間まで、休憩を取ることにした。これで三連続夜勤だ。少しはサボらないと身がもたない。
レストエリアの自販機は経費削減の余波で、未だに紅茶がない。我慢してコーヒーを飲むことにする。
「よう、リチャード。ひでえ
「ウェイリーか。お前のところにも迷惑かけてるな」
「なぁに、機械のやったことじゃ、誰の責任でもねえよ」
二人して
「しかし、想定外のバグなんて、どうして起こったんだ?」
「まだ検証中だ。まあ、規定のコースを
無人飛行船N―0112とは、最新の人工知能を
「しかし、似たようなバグが前回も起こっただろう?」
「もちろん、その事例と照合しながら検証しているが……とりあえず原因不明。そういうことにしている」
「そういうことにしている?何か引っかかる言い回しだな」
「……なあ、ウェイリー。宇宙に行くってどんな気分だろうな」
「急に何を言い出すんだ?」
「……まあ、何と言うか、いや、俺の思い過ごしだろう。ちょっとさすがに連続夜勤がこたえてるみたいだ」
休憩を終えて、席に戻る。
リチャードは次の定期通話の時間までまだ余裕があったので、先日個人的に調べたレポートを引き出しから取り出して、また読み直してみた。
N―0112はもともと単純な局地的衛星として活躍するはずだった。
ところが、それ以前に初代の遊泳システムが木星と土星の中間辺りで破損を起こし、使用不可能となったため、
もともと本体の方は、N―0112も初代の方も、同じ規格を使用しているため、その作業はスムーズに行えた。それはいい。
しかし、破損した初代は現在も、宇宙空間の
リチャードは、ふと気になって、この放置されてる初代の機体が、どの辺りを漂ってるかの、具体的な座標を計算してみたことがある。
それは、
「……さすがに考えすぎか」
リチャードはレポートを引き出しに戻し、ディスプレイに目を戻した。
その後、リチャードのところに新しい情報が届けられた。
バグを起こしたN―0112が、特定のポイントで、マニュアルに載っていない、意味不明の発光信号を出したという。システム言語に詳しいウェイリーのところに、この発光信号の意味するところは何かを、リチャードは聞きに行った。
「……おい、
「そうだが」
「だとすると、こりゃどういうわけだ?」
ウェイリーの解析レポートを眺めながら、リチャードはこのことを上にどう報告するかで、頭を悩ませた。それと同時に、現在宇宙空間を遊泳しているN―0112について、考えてみた。
宇宙空間とは、死の空間だ。そこでは、一切の生命は存在できない。そこを、ただ自分だけが漂い、存在しているという感覚。われわれはそれを孤独と呼ぶ。
孤独に耐えかねた人間が真っ先に思うことは何だろう。
おそらくこうではないか。
誰かに会いたい。
その原始的とも言える感情が、人工知能を搭載しているN―0112に芽生えたとしたら……
レポートには、発光信号記録の解析結果が、簡潔にまとめられていた。
それは次のようなものだった。
「また会いに来たよ」
「また会いに来たよ」 長門拓 @bu-tan
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