第2話 混沌と深淵からの帰還者

 拍手する音が、あたりに響いている。

 ボクが背後を振り向いた、そこに居たのは。


 見た目は異国の紳士その物なのだが、胡散臭さがにじみ出ている一人の男の人。

 山高帽子で燕尾服、浅黒い肌に片眼鏡を掛け立派な口髭を生やした黒づくめの男の人。


 この人は、知っている! トニオ爺さんの話に時々出てきた人だ。

 アニータは、ぼくの腕にしがみついて震えている、ぼくだって怖い。


 薄ら笑いをうかべて胡散臭い男が口を開く。

「いやはや、かの無限の宇宙の中心部、渦巻く混沌からの帰還、お見事ですな、アントニーオ・ロッシ」


 トニオ爺さんは男を睨みつけながら、ボクたちと胡散臭い男との間に立っている

「何の用じゃ? 今なら、もわかるぞ、道化め! 何を企んでおる? わしの友人たちに指一本触れさせん!」


「おやおや、道化呼ばわりとは、悲しいですなぁ、かの神の元からの帰還者に特に何もしませんとも、ただのお祝いですよ」

 クックックと嫌な笑い声をあげ、その山高帽を脱ぎ、芝居じみた礼をする。

「それでは、壮健でお過ごしなさい、アザトースの膝元からの帰還者、アントニーオ・ロッシ」


 まるで、そこに居なかったかのように、姿が消えてなくなる、夢を見ていたように。

 だけど、ぼくの目の前には、ぼくたちを守るようにトニオ爺さんが立っている。


「……本当の話だったの?」

 アニータが、震えながら小さな声でつぶやいた。


 トニオ爺さんが振り向いて、一度ぼくたちを抱きしめると、体を離してニカリと白い歯を見せて笑いながら。

「本当の話じゃ、と言ったろう」

 愉快そうに笑うトニオ爺さんを見て、ぼくたちも顔を見合わせて、クスリと笑い合ったんだ。


 **********


 ぼくの住む町は、海の近くの漁師町。

 学校が終わって、ぼくは真っ直ぐトニオ爺さんの家に向かう。


 トニオ爺さんは、昔は腕の良い漁師で、遠くの海まで魚を捕りに行ったりしていたそうだ。

 今は引退して、町はずれの小さい家に住んでいる。

 町の人たちはトニオ爺さんの事を、”ほら吹きトニオ爺さん”何て呼んでいる。


 ぼくは、そんな話が好きで、毎日のようにトニオ爺さんの家に聞きに行く。


 トニオ爺さんの家に付くと、爺さんは庭で椅子に座り、今日もラム酒を片手に、ぼくが来るのを待っていてくれた。


「こんにちはトニオ爺さん、また会いに来たよ」

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「また会いに来たよ」 大福がちゃ丸。 @gatyamaru

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