第400話 これからの日常


 色々と酷い目にあった夜が明け、次の日の朝。


 『私は酔ってヤマルを絞め落としました』と書かれた看板を首からぶら下げたコロナと共にいつも通り宿で朝食を摂る。

 男女が一晩同じ部屋なら邪推されそうなものだが、そこはすでに互いをよく分かっているメンバー。

 しょげているコロナとぶら下げた看板の文字に『何やってんだか』みたいな声無き声を聞きつつ、それ以外はいつも通りの光景。


 そんなこんなで全員の食事が落ち着いたところで早速とばかりに本題へと入ることにする。


「一度パーティーを解散しようと思います」


 その言葉に一番驚いた表情を見せたのは当然コロナだった。

 ドルンは続くこちらの言葉を待ってるような顔であり、エルフィリアは驚いてはみたもののすぐに落ち着きを取り戻している。

 なおウルティナとブレイヴに関してはいつも通り驚きのおの字も無くまったく動じていなかった。


 とりあえず口をパクパクさせ言葉に詰まっているコロナを一旦落ち着かせ、まずは自分の考えを語る事にする。


「そもそもこのパーティーって元を辿ると"召喚石を手に入れる"って目的で集めたわけだけどさ」


 そう、今でこそコロナはこんな感じだが元々彼女はその目的の為に雇った傭兵である。

 他の面々もそれぞれの目的などがあって一緒についてきてもらっているわけだが……。


「召喚石の旅自体はこの間で全部終わった。これから自分はこの世界で生きるために色々するわけだけど、皆は皆で自分の人生があると思ったんだ」

「だから解散するの……?」

「少なくともコロについてはこれ以上は契約違反になるから……って何その今まで忘れてましたって顔は」


 大半の面々が忘れてそうだが、現在のメンバーの中で契約で縛ってあるのはコロナだけだ。

 目的の物が手に入り全てが終わった今、彼女との契約は無事満了となる。


「まぁ契約云々は置いておくとしてもコロは一度実家に戻ってちゃんと親御さんと話し合ってきた方がいいよ。何回か寄らせては貰ったけど一時的なものだったからね」

「うん……」


 返事がやや小さいのは多分帰りたくないではなく自分に対しての遠慮があるのかもしれない。

 今生の別れ確定したからなぁ……自分が決めた事とは言え思うところはまだ残ってはいるし。

 だからこそ両親とはきちんと話を通しておくべきだと思う。


「ポチとシロはこのまま一緒なのは確定ね?」

「わふ!」


 視線を落とし二匹を見ながらそう言うと返事があるのはポチのみ。ただシロも特に不満は無さそうな感じなのでただのツンデレさんなのだろう。

 まぁ正直今更ポチみたいな反応されてもそれはそれで困るし、シロとはこの距離感がいいのかもしれない。


 そして次に目線を向けるのはドルンだ。


「ドルンは……そろそろ村に戻りたいんじゃない?」

「分かるのか?」

「そりゃね。あちこち連れまわしたけど、そろそろ本腰入れて竜武具の研究したいんじゃない?」


 その言葉にドルンは肯定とも呼べるような苦笑の笑みを浮かべる。

 元々ドルンは自分の異世界知識からのアイデアを得るためにと言う名目で自分についてきた。

 一緒になってから様々なアイデアを提供したし、逆にその恩恵を沢山受けてきた。

 自分の"転世界銃テンセイカイガン"やコロナの"牙竜天星ガリュウテンセイ"なんかその代表作だし、竜武具技術を使った各種防具だってそうだ。

 今は人王国で魔道具回りを色々学んでいるが彼の本職はあくまでも職人だ。学んだ経験を形にしたり色々と腰を据えて研究したいところだろう。

 何よりドワーフの技師達はそれこそドルンに負けず劣らずの技術屋集団。彼一人の独学でやるよりは全員で当たった方が良いのは素人の自分から見ても分かる事。

 それに何より……。


(今はあるからなぁ)


 この場にいる全員にはマイから貰った通信機を渡している。

 どれだけ離れていても通話できるのだからアイデアなりなんなり欲しい時にすぐに話せるのだからドルンが常時一緒にいる必要性はもはや無いのだ。

 もちろん個人的には一緒にいて欲しいが、流石に目的もなく彼に対し一緒にいて欲しいと強要したくはない。


「エルフィはどう? 森の外だと皆……まぁ大体の人は割と好意的に接してくれてるのは分かったんじゃないかな」

「それはまぁ……」

「もしエルフィも自分についていく以上にやってみたい事があったり、この人の下で働きたいとかそう言うのあったら遠慮なく言っていいんだよ?」


 今のところ彼女からその様な話は聞いていない。だけどもしかしたらそう言う話が出ていたり彼女の中でそう思っているかもしれない。

 ただこのまま何も言わなければエルフィリアはずっと自分に付き従う可能性すらある。

 そのための提案。彼女の人生は彼女の物なのだから自分に縛られて欲しくはない。


「まぁそんな感じで皆には解散後どうするかを改めて考えてもらいたいのよ」

「ヤマル君ー、あたしはコイツはー?」

「二人は好き好きにやるでしょうが……」


 ウルティナやブレイヴの行動を制限できる人物なんてこの世に……いや、ブレイヴ限定ならミーシャがいるか。

 まぁ好きに動くこの二人は別に自分が何を言おうとしても変わる事はないだろう。何となくフラっといなくなったと思ったら知らない間にまた合流してるイメージすらある。


「今後は俺も本腰入れてこの世界で生活する為に動くことになるからね。どうやって生活していくとかはまだ決めてないけど……」

「あれ、ヤマルは冒険者でしょ?」

「コロ……俺に冒険者はそもそも向いてないんだって。それにこれからを考えたらちょっとね」


 冒険者と言う職業を卑下するわけではない。

 だがこの職業、どう考えても肉体労働に準ずる仕事だ。しかも魔物と戦う危険のおまけつき。

 ただでさえこの世界基準で肉体フィジカル魔力マジカルが劣っている自分ではずっとやっていけるとは到底思えない。

 今はまだいい。それなりに動けるし皆もいる。

 だが例えば皆が自分とは別の道をそれぞれ歩もうとしたとき、冒険者としてはまずやっていけないだろう。

 昔言われてた《薬草殺しハーブスレイヤー》みたいなことにはすぐにはならないだろうが、十年二十年過ごしているうちにそちらに逆戻りする可能性だって否めないのだから。


「将来設計が不透明すぎる人間よ。お金の稼ぎ方とか考えなきゃいけないし、最悪無職一直線……何?」


 そこまで言ったところで皆の視線がいつも以上に強く注がれていることに気付く。

 口にはしていないが皆一様に『こいつ何言ってんだ』みたいな目をしていた。


「いや、だってなぁ……」

「なんだかんだでヤマルはお金に困らないイメージあるんだけど」

「と言うかレーヌちゃん達からムシれるんじゃないの? 文字通り救世主様なんだし」

「えぇ……」


 自分そんなイメージあるのか。

 と言うか師匠……一言だけ言わせて欲しい。


「あの、レーヌに金をせびるのは流石に気が引けるんですが」

「何言ってるのよ。ヤマル君一人飼い殺ししてるだけで世界の安定取れるようなもんじゃない。国からすれば安いものよ」

「飼い殺して……」


 まぁ言い方はアレだが言わんとしてることは分からんでもないけど……。

 現状召喚の間の『転移門』含めマイ達関連をどうとでも出来るのは自分だけではある。

 ただ別にそれらが最悪切れたところで今まで通りの生活になるだけ。むしろ現状ではその恩恵は便利ではあるが無いとヤバい状態になることはない。


「でもそれも結果的に、ですからね。その目的の為に動いてたなら分からなくもないですけど、たまたま都合よく持ってたと言うか何と言うか……」

「結果救ってるんなら一緒よ、一緒。堂々と向こうが断りづらい額を請求してやればいいじゃない。ヤマル君にはそれを言っても許される権利はあると思うけどね~」

「そんなもんですかね」


 まぁ楽してお金が手に入る事が悪いとは思わないけど流石に気が引ける。

 これについては一旦保留にしておこう。


「ヤマルよ、もし仕事に困るのであれば魔国うちに来るか? ミーシャもきっと喜ぶと思うぞ」

「魔国ですか? でもそちらでやれる仕事とか……」

「なに、我の屋敷の手伝いとかでも構わん。個人的に雇う使用人であれば誰も文句は言わんだろう」

「まぁ確かにそれなら……ん?」


 はて、何か今変な単語が混じってたような。


「屋敷?」

「うむ。持っているぞ、屋敷」

「え、ブレイヴさんの持ち家?」

「正確には我が一族の、だがな。家自体は兄が継いでいるので本家ではないが、中々立派なものだと自負している」


 え、マジなんですか?と師匠に目線で訴えかけると、そうらしいわよ。と言ってるような視線が返ってきた。

 そう言えば魔国行った時はいつもどこからともなく現れてどこかに去って行っていたことを思い出すが……そりゃそうだよね。家ぐらい普通にあるよね。

 当たり前の話なのにどうも家に住んでるってイメージが全く無かったよ。


「ま、何にせよあなたを必要としてくれる人はあなたが思っている以上に多いわよ。でもね、その手をヤマル君が取らなければ意味が無いの。皆、ヤマル君を想って無理に手を取る事はしないからね」

「……そうですね」

「ヤマル君はもう少し人に甘える事を覚えてもいいと思うけどね」


 割と皆に頼ってると思うけど……他の人からするとそんなに頼って無さそうに見えるのか。

 ただなー。どうしても頼る場面が多すぎて出来る範囲は自分でやりたくなるんだよなぁ。


「こほん。とにかく自分含め皆も今後どうしたいかをじっくり考えて欲しいんだ。もちろん個人的には一緒にいて欲しいけど、それ以上に皆がやりたいことがあればそれを優先して欲しい。これは嘘偽りの無い俺の気持ちだからね」



 ◇



「ん〜……!」


 宿の外に一人出てその場で大きく伸びをする。

 自分の言葉は皆には相応に大きいことだったようで、暫く考える為に時間を空けることになった。

 解散自体は確定ではあるが、別に『風の軌跡』自体が無くなる訳ではない。

 メンバーを変えて存続するかもしれないし、今のまま新たに出発する可能性だってある。


 ただ……


(まぁドルンは一度帰るだろうなぁ)


 先程の反応を見る限りドルンは村に戻り再び職人としての道を歩むのだろう。

 なんだかんだで最後まで付き合ってくれたし、その時は笑顔で別れるつもりだ。パーティーからいなくなったとしても縁が切れるわけじゃないしね。


(残り二人は来てくれそうだけど、コロは親御さんとの話次第かなぁ)


 エルフィリアは経緯的に村にはまだ帰れないだろし、おそらくこのまま……のはず。

 コロナも多分来てくれるが、こちらは一度実家での話し合い次第だろう。もう傭兵ギルドの依頼中って建前も使えないし。


 まぁ何にせよ結果が出るのはまだ先の話。

 自分もその間にどうしたいのか決めなくてはならない。


「……いい天気だなぁ」


 晴天なれど先行きは逆に不透明。

 この空のように見通し良ければ何も困らないのに。


「ま、とりあえずは手紙の内容考えるか」


 期日は最短で十年。

 しかし何をどう書いて良いものやら……『異世界で元気にやってます』とバカ正直に書いたところで、息子の頭がおかしくなったとか思われかねない。


(書くことは山のようにあるなぁ……これからも絶対増えるだろうし)


 今は考えられないが十年もあれば家庭を持つかもしれない。

 孫を直接見せられなくてもせめてその話は……


「あー、やめやめ!!」


 これ以上考えるのは今は止めておこうと強制的に頭の中からそれらを排除する。

 そして頭をブンブンと振り意識をリセットさせて再び宿へと戻るといつも通りの顔ぶれが出迎えてくれた。


「あ、ヤマル帰ってきた!」

「あれ、何か待たせてた感じ?」

「本日はどうしましょうって皆さんと話してまして……それでヤマルさんの話も聞こうかと」

「まぁそんな感じだな。ヤマル、どうする?」


 皆に名前を呼ばれるその光景を見て改めて実感する。

 これが自分の日常になったんだなぁ、って。


「ん〜……なら今日は――」




 そうしてこうしてこれからも続くであろう異世界生活の――いや。

 が始まるのだった。








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これにて一旦本作は終了となります。

長い間(ホントに長かった……)ありがとうございました!


今後のヤマル君達のお話は別作として後日談掲載と言う形を不定期に取りたいと思います。

異世界スローライフみたいな形になると思いますが、そちらでもよろしければまたお願いいたします。

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異世界ガチャの古門さん ~コモン枠の召喚者~ 浅月 大 @Asatsuki

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