第399話 希望的推測③ ~生きて、巡る~


「生きて、巡る……」

「そうよ。と言っても今すぐにってわけじゃないからね?」


 いーい?と前置きしつつ此度の件について彼女はゆっくりと口を開く。


「ヤマル君が急ぎ足で各地の龍脈直したとしても、手紙を送る分の余剰エネルギーがすぐに溜まるわけじゃないの。もちろん期間は短くなるけどね」

「まずは現状の解決に回すべきってことですよね」

「そゆこと。まぁこっちでマイちゃんと試算は済ませてあるわ。仮にヤマル君が何もしなくても二十年前後ね。修理の程度でここから減らせられるけど、どう頑張っても最低十年は期間空けないと無理ね」

「頑張っても最短で十年、か……」


 長いなぁ。その頃には俺もいいおっさんになってる頃か。

 いや、その前に下手したらどこかで死んで……あぁ。


「だから生きること、なんですね」


 この世界が日本よりずっと危険なのは知っている。それでも残ると決めた以上はここで生きねばならない。

 この生きるは単純な生活基盤はもとより、魔物などの外敵要素も加味しなければならない。

 それに自分の年齢も考えるとこれから身体能力は落ちて行くだろう。ただでさえこの世界基準で見れば貧弱な部類なのだから、その辺りも考慮しなければならない。


「それで巡るはそのまま修理するためにですよね」

「んー、それはヤマル君次第かなぁ。もちろんそれをしてもいいけど、あたしはそれを抜きにしてゆっくり回ってもいいんじゃないって思ったのよ。これまで色々頑張ったんだもの。物見遊山ってわけじゃないけど、この世界をゆっくりと見て回ってもいいんじゃないかなってね」

「観光するには道中色々危険ですけどね」


 苦笑しながらそう返すもその提案自体は割と前向きにとらえている自分もいる。

 今まではあれを手に入れるために、これをするためにと目的があった。訪れた街を観光したこともあったが、あくまで目的とその道中の街であり、それ以外の場所に寄り道らしいことは何もしていない。


 つまるところ自分は三カ国全て回っているにもかかわらず、実質見ているのは首都とルート上にあった街や村と全体の二割も見回ってないだろう。

 もちろんこの世界全てを見て回るなんて出来ようはずもない。ただ必要最低限しか見ていないのは寂しい事だと改めて思った。

 

「ま、その辺はヤマル君が好きにすれば良いと思うわよ」


 そう言って彼女は最後にそうしめると普段の雰囲気へと戻る。

 師匠がしたのはあくまで提案。宙ぶらりんの自分の為の目標や目的の類ではあるものの、それを必ず行う必要は無い。


(他に何か……って、あ!)


「師匠、二点程質問があります」

「んー、何かしら?」


 気付いてないのか、はたまた気付かぬ振りをしているのか。

 ともあれこの二つはどうしても聞かなければならない。


「一つ目ですが、先程から師匠は手紙は確実に送れる感じで話してましたけど最初は"かも"って曖昧な感じでしたよね。どこに不確定要素が?」


 これまでの話は全て断定形の内容だった。

 一番最初に感じた不確定なことは今の所一切出てきていない。

 自分が行動しなければ手紙が送れないなんてこともない。その場合最長の時間が確約されるだけで手紙の可否については関係ない話だ。


「二つ目ですが……うちの両親はそこまで年老いてるわけじゃないですが、やっぱり最長二十年だと不安があります。ならのんびりしない方が……」


 こちらは質問と言うより気になっている部分。

 すでにこちらに来てから少なくない時間が流れている。更にそこから十年以上ともなると……事情を何も知らぬ待つだけの人には長すぎる時間だろう。

 なら息子としてはせめて最短時間で何とかしたいところ。

 そうなるとやはり修理の旅をさっさとやってしまうべきじゃないだろうか。


「あぁ、それね。まぁ両方ともある意味連動してる内容だから一緒にしちゃうんだけどね」


 ここからの話も確認できないからおそらく、と言う前置きをし、ウルティナがこちらの質問の答えを話し始める。


「まず向こうに何か送ろうとした時……まぁ今回はヤマル君の世界ね。数多の世界からそこをピンポイントで繋ぐには何か所縁のものが必要なのよ。仮にヤマル君が戻ろうとした場合、ヤマル君自身がそれに当たるから特に気にしないでいいのよね」

「ふむふむ……」


 なるほど、過去送還された召喚者もそれで戻ったわけか。

 今回の手紙だと日本から持ち込んだ何かか、もしくは自分の髪の毛とかになるってことか。


「で、その出先は召喚された人が消えた時間と場所って考えられているわ。世界からプツリと途切れた縁をまた繋ぎなおしてるイメージね」

「てことは手紙を向こうに送った場合は……」

「君が消えた時間と場所に現れるはずよ。これが二つ目の質問の答えね。だからこっちから何年後に送っても、向こうに届く時間と場所は同じなのよ」

「なるほど、あまり急かさないのはそう言うことでしたか」


 ちなみに今回は対象外だが、仮に二十年後に自分のが日本に戻ったら四十五歳の自分があの場に現れるらしい。


「でもね、今回送るのは手紙って『物』でしょ? 向こうに手紙が現れても、君のご両親まで無事届けられるのか分からないの。流石のあたしも世界を跨いだ先には干渉出来ないからね。これが一つ目の答えよ」


 確かに偉大な魔女である師匠でも日本にまで影響を及ぼせるとは思えない。

 ならばその手紙に魔法か何かを施し、拾った人が届けるように思考誘導出来ないかと持ちかけたがそれも難しいとのことだ。

 魔法の付与自体は出来なくはないらしいのだが、魔法そのものが無い日本でどのような影響が出るか分からないのと、それを行った場合手紙自体が"日本に存在しない魔法具"の認識を受けて転送のコストが上がりかねないらしい。


「ま、事が上手く運ぶように祈るか、もしくは届けられるように何か方法を考えておくか――」


 と、そこまで話してた師匠の言葉が不意に止まる。

 なんだろうかと思った直後、部屋の外……主に廊下の方から何やら駆け足のような音が聞こえてきた。

 その音は徐々に大きくなっていき、自室の前で止まったと思う間もなく部屋のドアが勢いよく開かれる。


「……コロ、どうしたの?」


 現れたのは先程部屋に運んだ筈のコロナ。

 酔って寝てたはずの彼女は何故か慌てた様子でこちらの顔をじっと見ている。

 ただなんと言えば良いだろうか。顔はまだ赤みを帯びており、目は酔っているのか寝ぼけているのかどこかとろんとしていた。


「……っ!」


 そんな彼女は何を思ったのかいきなり駆け出すと勢いそのままにこちらの胸に抱きついて来た。

 さっきの宴会時にも同じ事あったなぁと思うながらも何とかそれを受け止める。


「あらあら」


 そんなこちらの様子をとても良い……そう、とても良いめっちゃわるそうな笑顔を見せる師匠。

 これをネタにまた揶揄われるのだろうかと思うと頭が痛くなるが、ともあれ今は目の前の子の方だろう。


「えーと?」


 しかし何故こうなったのだろうか。

 先の宴会の時とはやや様子が違う。あの時はどちらかと言えば感情のリミッターが外れて嬉しいみたいな感じだったが、今のコロナはまるで迷子の子どもみたいな不安な面持ちだった。


「夢をね、見たの……ヤマルが帰った後の私の夢。起きたら誰もいなくて、それで……」


 そりゃ起きたら誰もいないだろう、個室取ってるんだし。と言う野暮な話はとりあえず横に置いておく。

 つまりもしもの未来を夢で見て、それで慌てて自分の部屋に来たってことか。

 抱きつく腕の力の強さがそのまま不安の強さの表れなんだろう。


 ただ……


「あの、師匠……」

「なぁに? あたしは馬に蹴られたく無いわよー」


 人の恋路はなんとやら、ではなくて。むしろあなたは馬ぐらいどうとでもなるでしょうが。

 いや、そうでもなくて。


「ちょっと助けて欲しいと言うか、引き剥がし手伝って欲しいかなぁ、なんて……」

「えー、可愛い女の子に抱きつかれて嬉しいくせにー」

「それはそうかもですけどモノには限度ってものが痛だだだだ?!」


 すでにぎゅっとを一足飛びに越えミチミチとあまり鳴ってはいけない音が自分の胴体から聞こえてくる。

 コロナに止めようと声をかけるも離したらどこか行きそうで嫌だと全く受け入れてくれない。

 聞き分けがないのは寝ぼけてるか酔いが残ってるかのどちらかだろう。ただこのままでは折角生きると決めた矢先にも関わらず命の危機に……。


「ふぅ、仕方ないわねぇ」


 やれやれと言った様子でウルティナは立ち上がると、胸元に手を突っ込みどこにしまい込んでいたのかジャム瓶っぽいガラス瓶を取り出しそれをテーブルへと置いた。


「はいこれ」

「これは……?」


 何だろう。中には緑色の何かが詰まっていた。

 ただ置くときに瓶が傾いても中身が動かなかったから液体でないのは分かる。


「あたしが手慰みで作った軟膏型のポーションよ。結構効くんだからそこは安心してね」

「え? いや怪我ではなく現状を……」

「じゃああたしの話は終わったので後はごゆっくり~」

「ちょ、師匠!? 待って、師匠ーーーーーー!!」


 叫び声空しくウルティナは軽く手を振り無情にも部屋から出て行ってしまった。

 残された自分は何とか引きはがそうとするも獣人の力に敵うはずもなく、翌朝ぐったりした状態でエルフィリアに発見されるまでこのままだった。



 ……なおポーションの効果は絶大で何事もなかったかのように即座に治ったのを付け加えておく。


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