第398話 希望的推測② ~二つの推察~


 そして師匠の話は王城地下の召喚の間の調査についてへと変わる。

 最終的には現状打つ手が限られていた為に自分が召喚石を譲る形で決着となったが、それ以外にも何か手段は無いか色々とやってくれていたみたいだ。


「あたし達もヤマル君が帰れるかの検討とか、仮に帰った場合に備えて色々調べてたのよ。で、さっきの召喚の原理の推察までいったんだけどね」

「はい」

「龍脈エネルギーが枯渇してるからヤマル君の帰還分がギリあるかないか状態。ならこれらを解消する場合の手段は単純に二つよ。"龍脈エネルギーを増やす"か"消費を減らす"ね」


 ピと指二本を順番に立てて師匠は順番に詳細を語っていく。

 達成難易度はさておき、その二つに焦点を当てるのは当然だろう。


「エネルギーを増やすのはまぁ当たり前よね。足りなければ足す、それだけのことだし」

「そうですね。と言うことはもっと召喚石を増やす感じですか?」

「数がもっとあればともかく、多少増やしただけじゃダメねー。召喚石は補助エネルギーみたいなもの。今回のも召喚石で耐えてる間に龍脈エネルギーの自然回復を待ちましょうって話だし。増やすなら本体の龍脈側よ」


 しかしその龍脈側は手が出せるような代物ではない。手を出そうとしても物理的にも地下深くで循環してるやつだ。

 更に付け加えるならば知識も無しに下手に弄ってしまうとノアが別な理由で沈みかねない。


「後はそもそもな所、現在の龍脈エネルギーの上限量が昔に比べて減ってるのがねー。自由に使える余剰分が無い感じ?」

「え、何ですかそれ。聞いた事無いんですけど」

『お答えします。まずはこちらをご確認下さい』


 ヴン、と目の前に浮かんだホログラムには何らかのグラフ。話の流れからおそらく龍脈エネルギーの量だろうか。

 そして今度はマイが順を追って説明しはじめる。


 元々このノアは龍脈エネルギーを用いて空に浮かび様々な施設を稼働させていた。

 しかし昔の亜人種達との戦争にてエネルギーが減り、異世界人召喚を引き金に海に落ちる形で今のような世界になった。

 ここまでは以前聞いた通りだ。事実グラフもその瞬間にガクンと落下し量がない事を示している。


 だが……


「あれ?」


 その先のグラフ推移でおかしな点に気付く。

 落下後、グラフが凹みしばらくその状態が続いているのは分かる。これはマイがノアの維持の為あれこれしてくれてた期間なんだろう。

 それにこのグラフは十年単位の推移を表示している。そこから膨大な期間掛かっているのは俺でも十分理解できた。

 その後水平で推移していた状態から徐々に上昇していく。つまりこれはノアが安定し龍脈エネルギーの回復に舵を切ったのだろう。


 だが問題はここからだ。

 ある時を境にその回復がピタリと止まる。その量は空にいた頃の六〜七割程度だろうか。

 まるでそこが上限であるとばかりの動き。以後は現代に至るまで再び水平の状態が続いていた。


「何でこんなことに?」


 これが先程言っていた上限量が低くなったと言うことなのだろう。

 途中までの推移は分かるが、何故ここで頭打ちになっているのか。


『以前マスターに龍脈の修理の依頼したことを覚えていますか』

「あぁ、割と最近だよね」


 チカクノ遺跡までの龍脈が断線していたから、その修理の為にロボを引き連れて行ったときの話だろう。

 シロと出会ったきっかけでもあるのであの時の事はよく覚えている。


『あの様に今の世界では様々な場所で龍脈が断たれていたり歪んでいたりします。その為効率良く循環出来ておりません』

「長年放置してたのもあるけど、やっぱり物理的な落下ダメージが痛手だったみたいね。仮に直せるところ直しても完全回復とはいかないみたい」


 それでも修理することで今よりはずっと良くなるらしい。

 ただ現状では中々難しいとのことだ。


 修理箇所そのものはマイが大よその位置を把握している。だが今の世界ではその場所が未開の地であったり魔物がいたりと昔のように気軽に修理は行えないらしい。

 後はシンプルに修理ロボを指示できる人間が現状自分しかいないのも理由の一つなのだそうだ。

 また仮に修理してもすぐに回復とはならないとのこと。上限が引き上がり回復効率も併せて上がるものの、従来通り徐々に回復を見せる動きなのだそうだ。


「だから仮に全部修理しても、ヤマル君が帰れて尚且つ国が崩壊しないレベルまで回復するのは長い時間がかかるんだって」

「長期的に見るならともかく自分の目的には合わなかったってことですね」


 そゆこと、とだけ言うと師匠は再びグラスを傾ける。


「まぁそんなわけでもう一つの消費低減だけど、これはさっき言ったようにダメねー。そもそも命を呼ぶこと自体が世界に多大な負担を強いてるから、多少減らしても絶対必要量が多いのよ」


 言ってたなぁ。自分が十人で世界が滅ぶ消費量とか。

 下手な兵器よりよっぽどエグい事実だ。笑えない話だけど……。 


「ただ別の方で収穫があったわ。それがさっき言った手紙のことね」

「手紙だと消費少ないんですか?」

「手紙だからじゃなくて正確に言うなら送り先の世界に問題なくある物質なら、かしらね。多分世界への影響力あたりで左右されてるんじゃないかしら。紙とインクはそっちにもあるんでしょ?」

「そりゃまぁ……」


 こっちとは品質は違うがほぼ同じ物はある。

 つまり師匠の理論で言えば手紙以外でも二つの世界の共通の何かであれば消費が少ないから送れるってことなんだろう。


「それにしてもよくそんな法則を見つけましたね。何かきっかけとかあったり?」


 手がかりだって少ないだろうに。

 むしろ手探り状態に近いのによく見つけたものだと感心してしまう。


「そうでもないわよ。何せ似たようなの使ってるじゃない」


 い~い?と指を小さく振りながらウルティナがその似たような事例を説明していく。


「まずあたしの《門》やそっちの【転移門】。空間移動なら問題なく行えるのは、あくまで世界から消えてるわけじゃないってことだしね」

「見た目的には目の前から消えてるような感じですけどね」

「そうねー。ともかくこれらは同一世界なら消費があまりないって実例ね。まぁ逆説的に異世界召喚には莫大な消費がかかるって推察を補強しちゃったけど……とりあえずこれが一つ目」

「一つ目?」

「そ。もう一つ似通った実例があるじゃない。龍脈エネルギーって魔力由来の方法で無から有を作って世界に定着させてるやつ」


 はて、そんなもの今まであったかな……。

 師匠が言うぐらいだから多分俺が知っていることなんだろうけど……うーん……?


「魔法?」

「残念〜。確かに魔力由来での事象だけど定着はしてないでしょ? ある程度したら消えちゃうんだし」

「となると……」


 そう言われ頭に浮かぶのはとても身近なもの。

 だけど……。


(えぇ、コレがそんな大層なものなの?)


 いや、元を辿ればある意味大層なものではあるんだけど……。

 とりあえず間違えてもいいようにと予防線を張りつつその名を口にする。


「《生活魔法》?」

「正解~」


 にんまりと笑顔を浮かべそれが正解であると言う師匠。

 確かに《生活魔法》は魔力由来の方法で水とか生成できる。だからこそ旅の途中で荷物とか結構減らすことも出来た。

 また彼女が言うように他の魔法と違いずっと存在し続けることが出来る。

 ただそれはあくまで《生活魔法》の仕様の一つだとずっと思ってた。先ほど思ったようにそんな大層な魔法には全然思えないのだ。

 便利ではあるのは疑う事もないけど……。


「でも規模が違いすぎません?」

「規模が違うだけで本質は同じよ。つ・ま・りー」


 そう言うと師匠が指先に小さな火を灯した。

 自分と一緒で彼女も《生活魔法》を扱うことができるので、あれはきっと《生活の火ライフファイア》なのだろう。


「火や水とか普通に大丈夫。何ならヤマル君の《軽光剣》だってそうじゃない。むしろキミの魔力固定法がヒントに近かったわねー」

「正確には貰い物ですけど、あれ」

「使えてるのなら一緒よ。これらから出る推論だけど、無から有の産み出しやその後の定着は規模や内容で消費が変わるってことなんじゃないかしらってことね」


 そこまで言い切ると最後に師匠が今回の件についてまとめに入る。


 一、異世界召喚のように異なる世界での行き来は膨大な龍脈エネルギーが必要である。

 二、ただしその必要量は内容により可変する。命がある人間が現状一番膨大であり、双方の世界にあるものであれば消費は少なくなる。

 三、同一世界線の転移であれば消費は個人の魔力で賄える程度まで減る。これは一の項目の"異世界間の移動"の推論を補強する材料である。


「でね、ここまで話したことを踏まえて最初に戻るけど……ヤマル君のこれからの目標をあげるって言ったじゃない」

「そうですね。それが手紙を送るって話に繋がったわけですが」

「そそ。それであたしから提示する目標は次の二つよ」


 そう言うと師匠は手に持っていたグラスをテーブルの上に置き、まっすぐとこちらを見据える。

 射貫かれるようなその視線はとても真剣な眼差しで……


「生きなさい。そして再び世界を巡りなさい。これはあなたにしか出来ない事よ」


 凛とした声でそう告げたのだった。


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