第二話 ヤンキー・オンライン

  第二話 ヤンキー・オンライン


 あのあと愛梨は重光の指示でファントムダイブし、仮想世界内からヤンキー・オンラインのアカウントを取得して、キャラクター作成など初期セットアップを済ませた。基本プレイは無料で、必要に応じて課金するタイプのゲームだから、高望みしない限りお金はかからない。

 そうして翌土曜日の午後六時、愛梨は生まれて初めて、重光は実に一年ぶりに、ヤンキー・オンラインの世界へ降り立ったのである。

 そこはなんの変哲もない住宅街にある民家だった。手前に駐車場があり、奥に二階建ての建物がある。駐車場はがらんとしていて、一台の車もない。

 そんな駐車場に、サングラスをかけた黒髪の青年がぱっと現れた。身長一八〇センチの筋肉質で、黒の短髪で革ジャンにジーンズにブーツという格好だ。

 彼はサングラス越しに辺りを見回すと、しみじみと云う。

「……とうとう戻って来ちまったな、このヤンキー・オンラインに」

 次いで、一人の少女が青年の前に出現する。

 それはピンク色の髪をおかっぱにした青い瞳の美少女だった。背丈や体つきは現実の愛梨とほぼ同じである。それが刺繍の一つもないまっさらな特攻服を着ていた。これがヤンキー・オンラインにおける愛梨のアバターだ。名前はアイリーン。この本名すれすれのアバターネームも、外見や初期装備も、すべて愛梨がメイキングしたのである。

 アイリーンはこちらに背中を向けたまま、ぽかんとした顔で辺りを見回していた。

「ここが、ヤンキー・オンライン……でも、なんか街並みが古いような……?」

「ヤンキー・オンラインは暴走族文化の再現をテーマにしているからな。ゲーム内は基本的にヤンキー全盛期の昭和末期を舞台にしている」

「ひょえっ」

 アイリーンはそう驚きの声を発しながら、飛び上がるようにして振り返った。そしてサングラスをかけた怪しい風体の男を見て、俄然と肩に力を入れたようである。

「ええっと、どちらさま?」

「俺だよ。一足先にログインして待ってたぜ、アイリ」

 青年はそう云うと自分の頭の上を指差した。そこに青文字でグレイというアバターネームが表示されている。その名前に目を凝らしたアイリーンが、ぱっと顔を輝かせた。

「あっ、お兄ちゃん先生! なんだもう、びっくりしたあ」

 アイリーンはたちまち緊張を解いて重光改めグレイに近づいてきた。

「ゲーム内じゃ、グレイっていう名前なんだよね」

「ああ。昔は別の名前だったが、休止前に改名したんだ。そっちこそ、本当にアイリーンでよかったのか? 俺、アイリって呼んじまうぜ?」

「うん、それは別にいいけど……お兄ちゃん先生、なんか喋り方、違くない?」

「たりめーだろ。あれは作ってんの。こっちに来てまであんな肩凝る喋り方するかよ」

 その暴露にアイリーンが目と口を丸くする。グレイは呵々と笑うと、顔つきを真面目なものに改めた。

「さてアイリ、まず最初に聞いておくが、ゲームの予習はしてきたか?」

「えっ……と、実はなんにも。お兄ちゃん先生に教えてもらえばいっかな、って」

「そうか。実は俺も最新の情報は知らねえ。ゲームだから攻略サイトや各種コミュニティもあるんだが、なんとなく覗く気になれなくてな……」

 それは心の問題だった。グレイのなかで、時間がまだ完全に動き出していないのだ。

「本当はバージョンアップ情報くらいチェックしておくべきなんだが、俺の知識は一年前で止まってる。それでも初心者のおまえのゲームガイドを務めるくらい、わけはねえ」

 グレイはそう云うと、気持ちを切り替えて続けた。

「さて、まずは基本だが、おまえも知っての通り、仮想世界と現実世界の時間はリンクしている。でないとファントムの俺たちがログアウトする時間と、現実の俺らがファントムを回収しようとする時間がずれるからな。現実が夜ならゲームも夜。これはヤンキー・オンラインに限らず、ファントムダイブを用いたすべての仮想世界に共通していることだ」

「うん。何時にログアウトすると決めてからファントムを送り込むのが普通だよね」

「そう。そしてファントムダイブの共通項、その二。ポップアップサイン」

 グレイはそう云うと右手の親指を立て、手首を内側へ九〇度倒してから、またもとに戻した。すると右手の前に半透明のコマンドメニューが、宙に浮いて現れる。

「こうしてポップアップサインを出すことで、ARメニューが現れる」

「AR……拡張現実オーグメンテッド・リアリティ。なにもない空間に、自分だけに見えるデジタルな情報を表示する技術。現実の世界ではあんまり普及してないけど、仮想世界ではこれがないと不便だよね」

「ああ、緊急コールやログアウトの手続き、全部ここからやる。ゲーム内では、アイテムやフレンドの管理なんかが加わってるが、とにかくコマンドメニューを出すポップアップサインも、全仮想世界共通だ。ヤンキー・オンラインだからって特別なことはない」

 つまりグレイが今やった、親指を立てたまま手首を返して戻すという一連の動作が、コマンドメニューをAR表示する仮想世界共通のジェスチャーと云うわけだ。

 グレイはメニューを閉じると、改めてアイリーンを見据えた。

「うっし。基本は終わったんで、次は場所の説明だな。ここは俺のヤサだ」

 グレイが親指で後ろの家を指差してそう云うと、アイリーンは目をぱちくりさせた。

「ヤサ……?」

「隠れ家って意味さ。ネトゲじゃよくあることだが、ゲーム内でもがんばれば家が持てるんだよ。ゲームを始めるにあたって、まず俺とおまえでフレンド登録しただろう? で、おまえのログイン先をここに設定したから、ここが俺たちのスタート地点ってわけだ」

 そこで言葉を切ったグレイは、駐車場の出口、生活道路の方を見た。

「でな。あとで詳しく話してやるけど、この世界のフィールドはじわじわ拡張してんだよ」

「か、拡張? 大きくなってるってこと?」

「そうだ。サービス開始当初からのプレイヤーは、最初のこの世界を昭和末期の日本を再現しただけの小都市だと思ってた。だが違った。マップが拡大していくにつれて、どうやらこの世界は横浜を中心に本物の日本の地図をトレースしてるってことが判ったんだ」

「横浜を、中心に……?」

「ああ。横浜を中心に、東へ、西へ、北へ、行けるエリアが広がってる感じだ。俺が休止する前は、関東、東海、北陸はもう出来てたが、そっから先は存在しない。つまりまだ日本列島の形にはなってねえ。この一年で状況が大きく変わってたら、別だがな」

 グレイはそう云うと、親指を立てて右手首をひねるポップアップサインを出し、AR表示されたコマンドメニューのアイテムストレージから一台のバイクを選択した。

「こっからは、実際に街を走ってみながら話そうぜ」

 次の瞬間、グレイとアイリーンの目の前に一台のバイクがいきなり現れた。

 わっ、と驚くアイリーンにグレイは淡々と云う。

「現実だったら魔法だがこれはゲームだ。アイテムデータとしてストレージに保管されていたバイクを実体化させた」

 するとアイリーンは両手で口元を押さえて、バイクをきらきらした目で見つめて云う。

「これがバイク……現実世界ではもう走ってないから、アイリ初めて見るかも」

 それはワインレッドカラーでカウルのない、いわゆるネイキッドバイクだ。

「カワサキ・バリオス250……それがこいつの名前だ」

 グレイはそう云ってバリオスに跨るとエンジンをかけた。エンジンに火が入り、アイドリングを始めるとアイリーンは嘆声を漏らした。

「ふええ……」

「ほら、どうした? ぼさっとしてないで後ろに乗れよ」

「う、うんっ」

 アイリーンが不器用そうな動きでバイクに跨り、タンデムシートの後部座席にお尻をつける。それを待って、グレイはまだギアをニュートラルにしたままスロットルをあけた。夜のなかに爆音が響き渡り、辺りにガソリンの匂いがたちこめる。

「どうだ? 最高だろ、この音、この匂い。もうEVと自動運転が普及した時代だからな。ガソリン車なんて、今どきはモータースポーツの現場でしか拝めない。貴重だぜ」

「えっ? ええっと、うん、そうだね、ガソリン最高!」

 グレイの肩に手を置いたアイリーンが、もう片方の手で天を突く。

「そうだろう、そうだろう」

 グレイは気を好くして何度もエンジンをふかすと、ミラーの位置を軽く調整して云った。

「それじゃあ行くぜ。しっかり捕まりな」

「うん」

 アイリーンはグレイの背中にぴったりくっついてから、はてなと小首を傾げた。

「あれ? そういえばヘルメットは?」

「そんなもん、いらねえよ! こちとらヤンキーなんだからな!」

 グレイはギアを一速に入れると、クラッチを乱暴につないでバイクを急発進させた。

「ひいえええええっ」

 と、アイリーンが悲鳴をあげるのもかまわず、グレイの駆る赤いバリオスが夜の街へと稲妻のように飛び出していく。

「ヤンキー・オンライン……これで本当に、帰って来ちまったな」

 低い声でそう云ったグレイは、広い道に出るや否やアクセルを開けた。バイクがさらなるスピードを求めて唸りをあげる。夜の街を、バイクに二人乗りした少年少女が疾走する。

 ――ああ、やっぱりバイクって最高だ。

 ヘッドライトで闇を切り裂き、風を切って進むこの原始的な喜びを、いったいなんにたとえよう。どうしてスピードはこんなにも自分を魅了するのか。

「すごい……」

 突然、耳元でそんなアイリーンの声がした。彼女を軽く振り返ったグレイは、その顔を一目見て、嬉しさのあまり笑ってしまった。アイリーンは感動してくれていた。

「すごい、すごい、すごーい! 速い! 風、気持ちいい! 自転車でずっと下り坂みたい! 最っ高!」

「そうか……最高か! よかった!」

 後ろではしゃぐアイリーンは輝くばかり。グレイはまるで太陽を背負っているような気持ちで、バイクをさらに加速させていく。

 それがある上り坂のてっぺんを越えたところで、アクセルを抜いた。スピードを求める餓えた走りが、のんびりとした物見遊山の走りに変わる。

「さて、久しぶりですっかり走りに夢中だったが、まだゲームの説明が途中だったな」

「あ、そういえばエンジンや風の音のわりに、声がはっきり聞こえるような……」

「それはダイレクトボイスだ。フレンド同士が近くにいるとき、お互いの話す声がはっきり聞こえるってだけの機能だが、めちゃめちゃ便利だぜ。常時オンにしておきな」

「へえ、そんなのもあるんだ……」

 相槌を打ったアイリーンが、次に行き交う車の運転手や通行人をまじまじと見た。

「あの人たちは、本物の人間じゃないよね?」

「ああ、彼らはいわゆるNPC……簡単なAIで行動するゲームの登場人物だ。プレイヤーなら頭上に緑色で表記された名前が出てる。ただのNPCには名前がない」

「お兄ちゃん先生のグレイって名前は青色なんだけど?」

「青はフレンドだ。緑のプレイヤーは他人だが、青はお友達ってこと」

「ふむふむ。それじゃあプレイヤーさんはどこにいるの?」

「もう何度かすれ違ってるさ。スピードに夢中で、気づかなかったか?」

 えっ、とアイリーンが絶句する。

「ははは。まあ、気づいても挨拶する暇はなかったろうさ」

 そこでグレイは咳ばらいをすると、真面目な口調で云った。

「改めて、『ヤンキー・オンライン』の世界へようこそ。もうわかってると思うが、このゲームはとっても野蛮だ。暴走族、バイク、タイマン、抗争、縄張り争い、喧嘩、番長、ツッパリ、スケバン、やくざに機動隊、特攻服トップクだの日本刀ポントーだの……小学生の娘がこんなゲームを始めたなんて知ったら、おまえのママは卒倒するな」

「ふふふっ」

 青ざめた母親の姿を想像したのか、アイリーンは楽しげに笑うとグレイの耳朶に息がかかりそうな距離から訊ねてきた。

「ところでお兄ちゃん先生、さっきから気になってるんだけど、視界右上のあれって……」

「AR表示されてる地図だ。地図の尺度や表示のオンオフは自由に調整できる」

 グレイはそう云って視界右上を一瞥した。こには周辺地図がARで表示されており、中央には自分自身である矢印があって、自分の向いている方向を指している。その矢印に寄り添うような青い光点があった。これがアイリーンだ。

「おまえにも俺と同じような地図が見えてるだろう。矢印は自分、青い光点はフレンド、地図の下に時計が表示されているな」

「うん、わかるわかる。でも緑の光点がないよ? ほかのプレイヤーさんは……」

「普段は見えない。というのも、このゲームでは十五分に一度、全プレイヤーの位置情報が地図に表示される。ほかのプレイヤーを指す緑の光点が見えるのは、そのときだけだ」

「フレンドの場所はいつもわかるのに、フレンドじゃないプレイヤーの場所は十五分に一回しかわからないの? なんで?」

「それはこのゲームのメインコンテンツが対人だからだ」

 するとアイリーンは思い出したように声をあげた。

「あっ、全国制覇!」

「そうだ。このゲームに用意されてる遊びはまずバイク! それにクエスト、アイテム収集、モンスター退治と色々あるが、一番の目標は全国制覇だ。仲間とチームを作り、ほかのチームを倒してその領地シマを奪っていく。最終的にすべてのシマを統一すれば晴れて全国制覇だが、サービス開始以来七年、未だそれを達成したチームはいない」

「なんで?」

「それは新チームが結成されるたびに、ワールドマップが拡大していくからだ」

「あっ、この世界は横浜を中心に拡大し続けてるって。その仕組みって……」

「そういうことさ」

 そこからグレイは立て板に水を流すがごとくに語り始めた。

「この世界のフィールドは無数のエリアに区分けされている。エリアには中立エリアと、チームのシマになっているエリアがある。俺のヤサがあったのは横浜の中立エリアだったが、この辺はもうどっかのチームのシマだろうな」

「チームって云うと……」

「チームはチームさ。二人から結成可能で、一人がチームリーダー、すなわち総長ヘッドとなり、残りのメンバーはその傘下に入る。そして無事にチームが結成されると、結成人数に応じた広さのフィールドが新たに拡張され、新チームのシマとして与えられるんだ」

「ほえー。でもそういう仕組みだと、全国制覇って難しいね……」

「ああ。オンラインゲームの運営サイドとしては、そう簡単にクリアされちゃ困るってことだろうな。人が増えれば世界も拡大し、その分だけ全国制覇が遠のいていく……それでもヤンキーは全国制覇を目指す! だってヤンキーだからな!」

 あはは、と苦笑いしたアイリーンが、さらに訊ねてきた。

「相手の領土を奪うにはどうすればいいの?」

「チーム結成と同時に、ヘッドにはチームフラッグというアイテムが与えられる。リアルだったら、片手で持つのはちょっと無理ってくらいのどでかい旗さ。旗竿だけで二メートルあるかな。これをバトルでボコって奪い取り、呪文を唱えて自分のフラッグに吸収するのさ。それで征服完了、相手チームのシマを完全に奪ったことになり、チームフラッグを失ったチームは強制解散となる。ジ・エンドだ。ちなみにフラッグ吸収の儀式ができるのはヘッドだけだぜ」

 それでアイリーンがごくりと喉を鳴らした。

「きょ、強制解散になったらどうなるの……?」

「どうもこうも、フリーの状態に戻るだけさ。その後の道は人それぞれだ。別のチームに入るやつ、気ままなソロプレイに戻るやつ、新たに自分でチームを結成するやつ……みんな自由だ。ただしヘッドにだけは、一つ特別なペナルティがかかる」

「特別な、ペナルティ?」

「ああ。それが自主解散にしろ強制解散にしろ、一度自分のチームを失ったヘッドは、もう二度と新たなチームを結成することはできない。以上」

 アイリは静かに目をまたたかせた。

「もう、二度と……?」

「そうだ。でないと、本当にワールドマップが無限に拡大しちまうからな。負けたやつが、すぐまた同じメンバーでチームを再結成したら嘘だろう? さすがにゲームにならねえよ。テメーがアタマ張って旗を振れるチームは一つだけ。そういうことさ」

「な、なるほど……」

 そのとき、こつんと背中にアイリーンの額が押し付けられる感触があった。

「お兄ちゃん先生はさ、ゲームのなかでお友達と喧嘩して休止したんだよね……もしかしてお兄ちゃん先生も、どこかのチームに所属してたの?」

 そのとき、かつてともに夜を駆け抜けてきた仲間たちの姿がまなぶたに蘇り、グレイは燃え尽きた灰のような気持ちで微笑んだ。

「ああ。俺は……俺は、ヘッドだった。今はもう存在しない、燃え尽きちまったチームさ」

 だが本当に燃え尽きたのだろうか。まだ心のどこかで、なにかが燻ってはいないか。最後の夜の記憶が頭のなかに溢れかえる。裏切者が慇懃に一礼して、嗤いながら云う。

 ――頭下げるんなら、俺らのチームに入れてやってもいいですよ。元ヘッド。

 ――ざっけんな固羅! タイマン張れやボケェー!

 だが結局、彼は一騎討ちには応じなかった。その夜、グレイはすべてを失い、そして。

「お兄ちゃん先生!」

 アイリーンの声にはっと我に返ったグレイは、遠くにヘッドライトの光芒が三つあるのを見た。それが物凄い速度で近づいてくる。

「あれ、逆走してるよね」

「ああ。てことは、プレイヤーだな。NPCなら基本的に交通ルールは守る。ルールを守らず暴走するのは俺たちヤンキーだけさ」

 自慢にもならないことを自慢げに云って、グレイはにやりと笑った。

「ちょうどいいや。アイリ、いよいよバトルに関するレッスンをしようか」

「え、バトル? てことは、お兄ちゃん先生……」

「ヤンキー・オンラインは疾走バイオレンスゲーム。バイクと喧嘩がこのゲームの華さ」

 次の瞬間、グレイはアクセルを開けた。エンジンが猛烈な唸り声をあげる。向こうでもこちらのバイクのヘッドライトを視認していることだろう。

 やがてグレイは、交差点の真ん中で彼らと対峙した。相手はそれぞれバイクに乗った三人組で、左からモヒカン、スキンヘッド、リーゼントである。全員揃いの特攻服を着ており、鋭く尖った目をしてこちらを睨んでいた。

「んだ、この野郎。見ねえ顔だな、馬鹿野郎」

「おまえ、どこ中? ゲーム始めて何年何月何日何時何分何秒?」

「俺らを誰だと思ってんだ? 泣く子も黙る北斗神犬ほくとしんけんだぞ! 道開けて土下座して見送らんかい!」

「北斗神犬? 知らねえな」

 グレイがあっさり云ってのけると、三人はたちまちいきり立って、モヒカンがハンドルに拳を打ち付けながらドスの効いた声を寄越した。

「なんだと? 今なんつった、コラァ!」

「だって俺がゲームを休止してるあいだに立ち上げられたチームみたいだしな。実際、新参なんだろ? 三人しかいないし」

「う、うるせえっ! これからもっと増えるんだよ!」

 負けず嫌いの顔でそう叫んだスキンヘッドの隣で、リーゼントが眉根を寄せる。

「てか復帰者かよ。おめえ、レベルいくつ? 普通は名前の横にレベルが見えるもんだけど、パッシブスキルで隠してやがんな、卑怯者が!」

「いや、戦いで情報を与えないのは基本中の基本だから」

 素っ気なく云われたその言葉に、北斗神犬の三人はたちまち静まり返った。リーゼントが血走った目でグレイを睨んでくる。

「戦い、つったなあ、てめえ」

「おまえこそ土下座して見送れとか云ったよなあ」

 そうしてグレイと北斗神犬たちのあいだで火花が散ると、グレイの肩に置かれたアイリーンの手に力がこもった。

「お兄ちゃん先生……」

 グレイは三人組から目を切らずに低い声で云った。

「これがヤンキー・オンラインだ。このゲームの目標は全国制覇で、喧嘩とバイクがメインコンテンツなんだ。だからアイリ、こういうのが怖いなら――」

 このゲームは続けていけない、とグレイは云おうとしたのだが、そのときアイリーンがおもむろにバイクの後部座席から降りた。それに目を丸くしたのは、グレイばかりではない。スキンヘッドが、まるで初めてその存在に気づいたかのように云う。

「お、なんか可愛いのがバイクのケツから降りてきたぞ」

「ヒュー、レベル一じゃん。なに? 俺らとやっちゃう? レベル三〇台の俺らと?」

 モヒカンの言葉に、残りの二人がげらげらと笑った。

 そんな三人に向かってアイリーンはゆっくりとした、だが力強い足取りで近づいていく。その後ろ姿に凛としたものを見て取ったグレイは、ひとまず見守ることにした。

 とことこと歩いてくるアイリーンに、モヒカンが舌なめずりをしながら云う。

「喧嘩上等のゲームだけど、さすがにレベル一桁の新人ちゃんには優しくしちゃうぜ。土下座してお願いすんなら俺らの仲間にしてやっても――って!」

 モヒカンは最後まで云えなかった。というのも、いきなり駆け出したアイリーンがそのまま地を蹴り、素晴らしいドロップキックをモヒカンの鼻っ柱に叩き込んだからだ。

 誰もが唖然とするなか、モヒカンがバイクごとひっくり返り、アイリーンは着地に失敗して全身をアスファルトに叩きつけられた。だがすぐに活き活きと立ち上がると、まだひっくり返っているモヒカンに向かって中指を突きつける。

「うちのお兄ちゃん先生に上等こいてんじゃねえぞ、このドチンピラが!」

「は、はあ……?」

 とは、リーゼントのあげた間抜けな声だった。あまりにも予想外のことで対応できなかったと見える。だが固まっていたのはグレイも同じであった。

 ――おいおい、アイリ先生?

 その心の声が聞こえたのか、アイリーンはグレイを振り仰いで得意顔だった。

「お兄ちゃん先生、こんな感じ?」

「お、おう。ナイスヤンキーだ。将来有望なスケバンだ。でかしたぞ、アイリ」

「イエイ!」

 両腕でガッツポーズを作ったアイリーンが浮き浮きとした足取りでグレイのところへ駆け戻ってくる。そのときスキンヘッドの手を借りて倒れたバイクをどかしたモヒカンが、鬼の形相で立ち上がった。

「ちょ、待てコラ! このレベル一ガールが! システム上はレベル三〇の俺様がレベル一のドロップキックでダメージ受けるわけねえんだが、蹴られると脳が痛えって錯覚して痛えんだよ! わかってんのか、こら!」

 すると足を止めて回れ右したアイリーンが、右手の人差し指を頬にあてて小首を傾げた。

「うーん、それって錯覚だよね? ファントムワールドでアバターが痛みを感じるのは法律で禁止されてるから、この世界に痛みはないはずだもん」

「うっせー! 蹴られたり殴られたりしたら、本当は痛くなくても痛いって思っちゃうのが、人間の脳の不便なとこなんだよ! ファントムワールドで喧嘩したことねえのか!」

 モヒカンはそう吐き捨てると特攻服の懐に手をやった。長年の経験から先が読めたグレイは、サイドスタンドを立ててバイクを降りた。それと同時に、モヒカンが懐から出した手首を素早く返す。するとその手にきらりと光るものが現れた。バタフライナイフだ。

「レベル一の分際で、天下の北斗神犬に上等くれやがってよお! ぶっ殺してやっからこっち来いや!」

 憤怒に塗れたモヒカンの顔と刃物の輝きを見て、アイリーンがちょっと青ざめた。そこへグレイがアイリーンを庇うように立った。

「おいおい、素人相手にいきなり光りモン出すとは大人げないな」

「うっせうっせうっせー! ヤンキーってのはな、舐められたらシマイなんだよ。レベル一のくせに初手ドロップキックとかふざけた真似カマしやがって、その可愛い顔に俺様のアートを刻んでやるぜ!」

「ふん」

 グレイはアイリーンを振り返らなかったが、さすがにおののいているのが気配でわかる。小学生の女の子が、こんな風に剥き出しの怒りや敵意をぶつけられたことはあるまい。

 ――それでもこれがヤンキー・オンラインだ。

 グレイはそう思うと背中にかばったアイリーンに云った。

「アイリ、ここは俺が引き受けてやる。でもこうやって吠え猛りながら、ナイフだの鉄パイプだのを振り回してくる相手をぶん殴れなきゃ、このゲームはやっていけないぜ?」

「う、うん……アイリ、がんばるっ」

 その可愛い返事に苦笑したグレイは、改めてモヒカンを見据えると、指を上にそろえたアメリカ式の挑発をした。

「ほら来い、三下。遊んでやるよ」

「かっこつけてんじゃねえぞ!」

 モヒカンがナイフの切っ先をこちらに向けて突進してきた。グレイはそのナイフを、右手で受け止める構えを見せる。そして。

「なにっ!」

 モヒカンが驚愕したのもむべなるかな、まさにナイフがグレイの掌に突き刺さるその瞬間、グレイの手が白熱して光り輝き、肉を貫くはずだったナイフは高熱によってその硬度を失い、掌を貫けずにぐにゃりと曲がってしまった。

「あっち!」

 手に持ったナイフが溶けたということは、高温の炉のなかに手を突っ込んだも同然である。モヒカンはたまらずナイフを抛り出して後ろへ飛び退き、信じられないとばかりに目を見開いた。それはほかの二人も同様だった。

 一方、グレイは地面に落ちたバタフライナイフを見下ろしていた。熱せられて赤く輝くそれは、変形して原型をなくすや、光りの塵となって四散し、そして消滅した。

 しんと静まり返った交差点に夜風が吹いた。NPCのほとんどは一般人という設定だから、彼らが運転する車はヤンキーであるプレイヤーには近づかない。

 Uターンしていく車を尻目に、グレイは説明の必要があるだろうと思って云った。

「アイリ。一部を除き、この世界のアイテムには耐久力が設定されていて、破損して使えなくなったり、完全に壊れて消滅することがあるんだ。これをロストと云う」

「ロストしたアイテムは……?」

「永久に失われる。ただし各プレイヤーにはアイテムストレージに一〇個のプロテクト枠があって、その枠に入ってるアイテムはロストしても取り戻すことができる。他のプレイヤーに盗まれたり奪われたりすることもない。絶対に失いたくないレアなアイテムや装備はプロテクトしておくことを忘れるな」

「う、うん、わかった! って、そうじゃなくて――お兄ちゃん先生、今のなに!」

「うん? ああ、この手か……」

 グレイは自分の右手を見下ろした。先ほど高熱を放って光り輝いたこの手は、今はもう普通の手に戻っている。

「これはな……」

 と、グレイが皆まで云うより早く、モヒカンが火傷した右手を左手で包み持ちながら、震え声で叫んだ。

「い、異能獲得者……ってことはてめえ、レベル一〇〇オーバーかよ!」

「異能? レベル一〇〇?」

 そう呟いたアイリーンに相槌を打って、グレイは話を続けた。

「このゲームは普通にレベルアップしていっただけじゃレベル九九までしか上がらない。レベル九九になると受けられる特殊なクエストをクリアすることで、キャップが開放されてレベル一〇〇以上への道が開かれるんだ。そしてそれと同時に現実ではありえない超能力や魔法のような力……すなわち異能が使えるようになる」

「異能……レベル一〇〇以上だけが使える、特別な力ってこと? じゃあやっぱりお兄ちゃん先生はかなりの実力者なんだねっ」

「たりめーよ」

 とは云ったものの、一年も休止していた自分が今もトッププレイヤーだとは思えない。

 一方、グレイがレベル一〇〇突破者と知った北斗神犬の面々は、顔を赧くするやら青くするやらだ。リーゼントがかすれ声で叫ぶ。

「ば、馬鹿な! グレイなんて異能獲得者トッププレイヤーは聞いたことがねえ!」

「休止前にフレンドリストを整理したとき、名前も変えたんだ。そういうことってあるだろう? 過去のすべてを捨てたくなるときが……」

「ねえよ!」

 モヒカンの即答を聞いて、グレイは少し彼らが羨ましくなった。彼らは今が一番、楽しいのだろう。

 そのモヒカンたちは顔を見合わせてなにごとか話し合い始めた。

「どうするよ? 逃げようにも後ろには……」

 彼らが歯を食いしばるような顔をして後ろを見た。そのときだ。

「お兄ちゃん先生、マップが!」

 視界右上にAR表示されている周辺マップが明滅していた。

「……十五分に一度の索敵タイムだ。フレンド以外のプレイヤーの現在位置が、緑の光点としてマップに表示される」

 グレイがそう呟いた直後、マップを輝くラインが横切った。そしてラインが通り過ぎたところに、それまでなかった他プレイヤーを現す光点が生じる。

「なっ――」

 グレイは思わず声をあげた。というのも二十ほどの緑の光点が蛇のように列をなして、こちらへ近づいてきていたからだ。

 光点は五秒で消えたが、アイリーンがびっくりしたような顔でグレイを見上げてくる。

「お兄ちゃん先生、今のって、緑の光りがいっぱいこっちに近づいてきてたけど……」

「あの数、あの速度、どうやらどこかのチームが殺気立って誰かを追いかけているようだぜ。そうだろう、北斗神犬ども! テメーら、道路を逆走するほど急いでたもんな!」

 するとモヒカンたちは怯んだように唇をかみしめた。それを見てグレイは確信する。

「ははん、わかったぞ。さてはおまえら、シマ荒らしだな」

「シマ荒らし?」

 そう尋ねてきたアイリーンに相槌を打って、グレイは彼女のために云った。

「この世界のフィールドにはチームのシマになってるエリアと、フリーの中立エリアがある。で、一部の安全地帯を除いて、NPCのヤンキーやモンスターなんかが出現するんだよ。これを『エネミー』と云い、俺たちはエネミーを倒すことで経験値やゴールドを入手し、レベルアップしたりアイテムを買ったりできるわけだ」

「ふむふむ、RPGの基本だね」

「ああ。ところがこのエネミー、有限でな。一日あたりの出現個体数が決まっている。無限には出てこない。ということは?」

 グレイが問いを投げると、アイリーンはさすがの理解力で即答した。

「エネミーと云う名の、資産の取り合いが発生するんだねっ!」

「そういうこと。で、自分たちのチームの領土に出現したエネミーはそのチームの餌っていうのが基本だが、そこは対人上等のヤンキー・オンラインだ。よそのシマにお邪魔してエネミー狩りしてとんずらってのはみんなやってる。俺もやった。当然、ばれたらシマの領有チームにはボコられるわな。はっはっは!」

「ぐううっ!」

 歯ぎしりするリーゼントに、スキンヘッドとモヒカンが早口で云う。

「どうするよ、エイちゃん?」

「まさに前門の虎、後門の狼だぜ!」

 そんな三人の様子を見て、グレイは少し気の毒に思いながらも、強面を崩さずに云った。

「さっきの光点、二十くらいあったなあ。シマ荒らしのテメーらをボコるためにバイクに乗って追いかけてるんだな。三対二〇か……大変だな。で、どっちと戦う?」

 グレイがそう云って一歩迫ると、リーゼントはバイクに跨ったまま慌てて両手をあげた。

「ま、待った待った! 勘弁してくれ、そんなトッププレイヤーだとは思わなかったんだ。ここは見逃してくれねえか? このゲーム、死んだらデスペナルティあるからさ」

「うん、わかる。厭だよな、デスペナ。わかった、いいぜ、見逃してやる。ただし三べん回ってワンだ」

「あ?」

 意味がわからなかったのだろう、北斗神犬三人組は揃って眉根を寄せ、首を傾げた。それに不敵な笑みを向けて、グレイは地面を指差すと云った。

「犬みてえに三べん回ってワンだ。それで勘弁してやる」

 すると理解が及んだのか、たちまち三人の顔に真っ赤な怒りが満ちていった。そして。

「ざっけんなコラァ!」

「北斗神犬なめんじゃねえぞ!」

「レベル一〇〇がなんぼのもんじゃ! おう、おまえらバイク乗れ! こいつ殺すぞ!」

「おうよ!」

 気炎をあげるリーゼントの声に応え、モヒカンとスキンヘッドがそれぞれ自分のバイクに飛び乗り、まるで標的に狙いをつけるようにヘッドライトの光りでグレイを照らす。

「ひょええ」

 アイリーンが慌ててグレイの背中に隠れる。一方、グレイは嬉しそうに笑っていた。

「そうそう、これだよ。この喧嘩上等がヤンキー・オンラインだよ。なにが見逃してくれだ。突っ張ってる者同士、出会った以上、素通りはない! そうだよな!」

「死ねやオラァ!」

 タイヤがアスファルトを何度も切りつける音がしたかと思うと、三人の駆るバイクが一斉に急発進してグレイに向かってきた。それに対し、グレイはその場から一歩も動かず右拳を引いて待ち構えた。

「おまえら最高にヤンキーだったぜ。地獄があったらまた会おう。炎! 竜! 焼! 牙!」

 漢字四文字の発音をきっかけに、グレイの右拳から火が上がった。それはたちまち燃え広がって右腕全体を覆い、西洋竜を象った炎となる。それを見たアイリーンが熱そうに顔を覆いながらグレイから距離を取った。

「あつっ! お兄ちゃん先生! 熱い!」

「……レベル一〇〇のキャップ開放イベントをクリアすると異能を獲得する。そのとき、それまでのプレイスタイルとイベントのクリア方法によって、プレイヤーごとにどんな能力になるかが決まるんだ。雷を落とすやつ、風を使うやつ、自己を強化するやつ……俺が手に入れたのは、熱と炎を操る力だった」

 そう云ったグレイの瞳が、その瞬間、赤く光り輝いたようだった。 そしてもうすぐそこまで迫っている三人組に向かって、グレイは炎の正拳突きを放つ。

「行って来い、焦熱地獄! ブレイズ・バーニング・ドラゴンファイヤー!」

 その瞬間、炎の竜が膨れ上がって翼をひろげ、グレイの右腕から飛び立って北斗神犬三人組に襲い掛かった。

「ば、馬鹿な! その技は――」

「嘘おおおおっ!」

「いやああああっ!」

 どれが誰の叫びだったか、聞き分ける暇もなく三人は飛びかかってくる火竜のあぎとに呑み込まれてしまった。火竜は三人を喰らうや竜のかたちを捨て、炎の渦となってそこに紅蓮の小世界を作り出す。そのなかで北斗神犬の三人は燃えていた。特攻服は発火し、肌は焼け、肉は爛れ、骸骨が出てきたかと思うとその骨も黒い炭となって崩れていく。バイクはあっという間に溶解し、なかのガソリンが派手な爆発を起こした。

 その爆風をピークに炎がだんだん小さくなっていき、あらかた燃え尽きたときには、そこにはもう人間もバイクも跡形もなく、ただ業火の名残を思わせる熱気と臭気、そして地面を焼いた黒い痕が残っているだけだった。

「……終わったな」

 正拳突きを終えた姿勢のままでいたグレイは、ゆっくり右腕を下ろすとまだわずかに炎が燃え残っている地面を見下ろした。

「最後のあの反応……かなりの馬鹿どもだったが、さすがにBBD《ブレイズ・バーニング・ドラゴンファイヤー》を見せたら気づいたか。まあこれで噂になるなら、また改名するだけのことだ」

 グレイはそう独りごちると、アイリーンに視線を返した。彼女はまるで魂を掴み取られたかのような、ぽかんとした表情で立ち尽くしていた。

「お、お兄ちゃん先生、今の……」

「おう」

「熱くなかった?」

 グレイは思わず噴き出した。もっとほかに訊くことがあるだろうに、心配されるとは。

「ありがとよ。でも大丈夫だ、自分の炎じゃ火傷しない」

「ならよかった」

 そう云って安堵の表情を見せたアイリーンが、突然、ある一箇所に視線を釘付けにされたようだった。その顔にたちまち好奇心が充ちていく。

「あ、あれ! お兄ちゃん先生、あの可愛いの、なにっ?」

「うん?」

 グレイはなにかと思ってアイリーンの視線を追いかけた。すると爆発の跡地に、小さな三体の生き物が集まってきているではないか。現実には存在しない生き物で、強いてたとえるなら『顔を描いた風船にペンギンのような手足をつけた、ヨチヨチ歩きのかわいい生き物』と云ったところであろうか。色は赤、青、黄色と見事な信号機カラーである。

 もちろん、グレイはそれがなにかを知っていた。

「あれはゴーストだ。プレイヤーはライフゲージが尽きて死亡状態になったら、あの姿になってしまう。物理的にと云う意味でなら、ゲームには関与できない」

「ゴースト? ということは、もしかして……」

「さっきの北斗神犬の成れの果てだよ。どれがどの色かはわからないけど、爆風で吹き飛ばされ、死亡してゴーストになった状態で集まってきたんだろう。ゴーストは死亡したエリア内なら自由に動き回ることが出来るからな」

「どこでも?」

「ああ。ただし最大で十分間だ。そのあいだに仲間と話し合ったり、救援コールを出すことが出来る。生きてるプレイヤーが復活アイテムなんかを使ってくれたら、その場で復帰することもできるぞ。しかし救援が来ないままタイムリミットを迎えるか、もしくは――」

 そのときゴーストたちの姿が次々にその場から掻き消えた。あ、とアイリーンの唇からかすれた声が漏れる。

「いなくなっちゃった……」

「どうやら自分たちの判断で切り上げたようだな。ゴーストは時間経過か任意離脱で所定の復活ポイントに戻り、そこであのヤンキーの姿に戻るんだ。ちなみにデスペナルティを支払うのは死亡時ではなく復活時だ。ゴースト状態からその場で復帰できれば、デスペナは回避できる」

「ほへー、なるほど、そういうのもあるんだね」

 うんうんと頷いていたアイリーンが、ゴーストたちの去った大地を寂しそうに見た。

「でもちょっとかわいそうだったかな。デスペナルティって……」

「ん……まあデスペナの軽重は自分と相手のレベル差によるから平気だよ。俺はレベル二二〇だから、レベル三〇のあいつらが受けるデスペナなんて軽いもんさ」

「そうなんだ、よかった……」

 そう微笑んだアイリーンは一転、急に仰のいて叫んだ。

「って、レベル二二〇! お兄ちゃん先生、それってやばくない? あの人たちレベル三〇でもかなり強気だったよ?」

「うん、まあ、自分で云うのもなんだけど廃人だった。いつのころからか、レベルがばれると引かれるようになったから、パッシブスキルで隠蔽する癖がついてな……」

「な、何時間くらいプレイしたの?」

「たくさん」

「たくさんって……」

 唖然としているアイリーンの前で、グレイは遠い過去の思い出を振り返った。

「ファントムは一人につき一体までって制限があるから、普通はみんな生活や勉強のことに充てるんだが、俺は毎日ゲームばかりで……学校に行ってるあいだファントムをゲームにログインさせておいて、家に帰ったら回収して記憶と経験を統合、すぐにまたファントムをゲーム内にログインさせて翌朝回収ってことを、何年も繰り返していた」

「うええっ、お兄ちゃん先生、そんなことしてたの? お勉強は?」

「勉強なんてリアルワールドでやれば充分だろうが」

 当然と云わんばかりの顔でそう云うと、アイリーンが信じられないといったような顔をするので、グレイは彼女の今後に悪影響があるかもしれないと思って付け足した。

「ま、そうは云ってもこの一年はインしてなかったから、ほかの奴らと同じくファントムワールドでも勉強してたよ。うん、してたしてた。だからアイリも怠けるなよ」

「はーい」と、アイリーンが唇を尖らせて返事をする。

「しっかり見張るぞ?」

 グレイがそう念押しし、アイリーンが口元を引き攣らせたとき、遠くから風に乗ってバイクの爆音が聞こえてきた。見ればヘッドライトの群れがこちらに近づいてくる。

「お兄ちゃん先生、あれって……」

「ああ、おいでなすった。あの三人を追いかけていたやつら、おそらくはこのエリアをシマとして領有しているチーム、総勢二十人ってところか」

 バイクの数が少し足りないように見えるのは、二人乗りをしている者もいるからだろう。

「お兄ちゃん先生、どうする? 逃げちゃう? あ、でもお兄ちゃん先生はレベル二二〇だから平気なのかな?」

「いや、そうでもない。戦いは数だからな……いくらレベルが高くても、戦術、装備、人数差によっては負けることもある。それに俺は一年もゲームから離れていた。一年あれば、オンラインゲームはかなり変わる。俺の知らない新要素は必ずある」

「……じゃあ、やっぱり逃げちゃう?」

 するとグレイは強気の笑みを浮かべてかぶりを振った。

「いや、俺たちはここを通り抜けようとしただけで、なんにも悪いことはしてねえんだ。戦いになると決まったわけじゃねえし、堂々として、挨拶くらいしておこうや」

 もう先頭を走るバイクが見極められるほど近づいてきていた。狂ったような甲高いエキゾーストノートが重なって迫り、体の芯にびりびり来る。族車にはよくあることだが、マフラーを短くするなど改造していて、音が大きかった。

「……懐かしいな、この爆音。みんな口では全国制覇を叫んで、実際潰し合いもするんだけど、本当はああやって、バイクで気の合う仲間たちと夜の街を走るのが一番楽しかった。たまにNPCの警官マッポが出てくるのも、今思えば面白かったぜ」

「マ、マッポ?」

「おまわりさ。パトカーに追いかけられんの。そのうち交通機動隊なんかも出てきて、ゴリラみたいな機動隊員とドンパチやるんだ。下手打ってパクられるとデスペナ以上のペナルティを科せられるから本当に参ったぜ。この世界、逮捕ペナルティはデスペナルティより重いからな。おまえもヤンキーやるなら覚えとけ」

「う、うん。わかったよ! 警官見たら飛び蹴りカマしてソッコー逃げるね」

「はははははっ、その意気だ」

 グレイの笑い声が響くなか、いよいよそのチームが姿を現した。族車の群れが交差点の真ん中で立っているグレイたちの前で止まり、無数のヘッドライトの光りと値踏みするような視線がグレイたちに注がれる。総勢二十名、一部はバイクに二人乗りしており、頭髪や獲物は様々だが、全員揃いの白い特攻服姿だった。ジェット型のヘルメットをかぶっていたり、マスクをつけている者もいる。そして全員、女だった。

「レディースか……」

 グレイがそう呟いたとき、一人がバイクを前に進め、バイクの右横腹をこちらに向けるかたちで停車して、グレイたちを睨んできた。

 それは金髪に青い目をした美女だった。背丈は一六〇センチくらいであろうか、白皙の肌をしており、特攻服の前を開けていて、さらしで豊かな乳房を隠している。腰に短刀ドスを帯びており、白い特攻服には様々な刺繍が施されていた。バイクはスピードを優先しているのか、カウルを変形させるような改造はしていない。それがグレイとアイリーンを順に見つめたあと、やにわに美しい声を張り上げた。

「私は! 女武闘派集団・百姫繚乱のヘッドやらしてもらってる、マリアってもんよ! 走死走愛の魂を胸に燃やして、全国制覇目指して駆け抜けていくんで、夜露死苦!」

「夜露死苦!」

 と、マリアの後ろに控えていたレディース集団が、マリアの尾について一斉に叫んだ。

「よ、よろしく!」

 アイリーンはちょっと臆しながらも、律儀にそう挨拶を返した。一方、グレイは思い出に胸を打たれて感動していた。

 ――ああ、懐かしいなあ、このノリ。初対面の相手には、こうやって仁義切るんだよな。

 ともあれ、名乗られた以上、こちらも名乗り返さないわけにはいかない。

「俺はグレイ、こっちはアイリーン。ただの通りすがりの復帰者と新人だ。夜露死苦!」

 そう云いながらマリアの頭上に目をやったグレイは、そこに緑色の文字で表記されている名前とレベルを見て、思わず声が出た。

「レベル一〇五……異能獲得者トッププレイヤーじゃねえか」

「そう云うサングラスのあなたも、復帰者だって話だけど、レベルを隠してるところを見ると、異能獲得者トッププレイヤーじゃないかしら?」

「さてな」

 グレイがそうとぼけたとき、隣でアイリーンが目を丸くした。

「あれ? マリアさん、話し方が変わった」

「これが素なんだろ。挨拶したり喧嘩したりするときだけは気合入れて話すけど、普段は至って普通の喋りをする奴なんてよくいるぜ」

 グレイはアイリーンにそう云うと、マリアに目を戻して云った。

「こんな感じで、レベル一のこいつのガイドをしてたらチンピラに絡まれてな、三人まとめて復活ポイント送りにしてやったが、余計なことだったか?」

 するとマリアは一瞬つまらなそうな顔をしたが、すぐにかぶりを振った。

「いえ、構わないわ。喧嘩上等はヤンキー・オンラインの習い。出会った以上、素通りはないものね。片づけてくれてどうも。それじゃあ私たち行くから、どいてくれる?」

「あ?」

 グレイが思い切り顔をしかめると、マリアはバイクに跨ったまま大見得を切った。

「聞こえなかったかしら? 石ころが道の真ん中にあったら邪魔だから、さっさとどいてちょうだいよ」

 まったく、あからさまな挑発であった。だがこれがヤンキー・オンラインなのだ。突っ張ってる者同士、出会った以上、素通りはない。

「なあマリアさんよ。テメーらが避けて通れば済む話だろう?」

「石ころをわざわざ避けて通るなんて、ありえないわね」

「だったら蹴っ飛ばしてみるか? 怪我すると思うけどな」

 そんな言葉の応酬は、まだお互い、どこまでやったら怒るかを探っている段階で、云ってみればナイフをちらつかせているようなものである。やるか、躱すか。

 ――俺は、やる!

 このとき、グレイは相手が二十人だとかアイリーンを連れているとか、そういう考えは頭から消し飛んでいた。相手に石ころ呼ばわりされて道を開けるなど断じてできない。

「俺をどかしたかったら、タイマン張りな。ああ、いや、そりゃまずいか。手下の前でヘッドをぼこっちまったら、テメーの面子が丸潰れになっちまう」

 するとマリアもまた一瞬で怒りの炎が高くあがったらしい。

「上等クレやがったわね……」

「こっちの科白せりふだ、女郎めろう

 そしてもはや一触即発というまさにそのとき、アイリーンがいきなり前に進み出て、小さな可愛い握りこぶしをマリアに突きつけた。グレイが呆気に取られ、マリアが鼻白む。そんな二人の視線を集めて、アイリーンは高らかに云った。

「お兄ちゃん先生、アイリ、わかってきた。こうやってどんどん戦っていくのがヤンキー・オンラインなんだね。わかったよ、アイリ、やる! ぶっ飛ばす!」

「ええっ?」

 グレイの口からそんな声が出た。尋常に考えてレベル一がレベル一〇五に勝てるわけがない。マリアもまたバイクに跨ったまま胸を反らして、毒気を抜かれたように笑う。

「あははははっ! なにあなた、アイリーンちゃん、レベル一でやる気?」

「やる気! 誰だって初めてはあるもん!」

 するとマリアの後ろに控えていた百姫繚乱の女たちがどっと笑い声をあげた。それもやむなしと思い、グレイは片手でサングラスごと顔を覆った。そのときだ。

「笑うな!」

 そう雷を落としたのはほかでもない、マリアだ。女たちがたちまち口を閉ざして背筋を正すと、ふんと鼻を鳴らしたマリアはバイクを降り、アイリーンのすぐ前に立った。

「アイリーンと云ったわね。レベル差を逆転して勝つことが不可能とは云わないけれど、いくらなんでもレベル一はありえないわ。だってレベル一ってことは、このゲームのことをなにも知らないってことだもの。それじゃあ奇跡だって起こらない。まずはレベル一〇を目指しなさい。そこが初心者卒業のボーダーラインよ」

「は、はい……」

 たちまちしゅんとしたアイリーンを見下ろして、マリアがにっと笑う。

「ところであなた、アバターは女の子だけど、リアルでも女の子かしら? もし本当に女の子なら、ウチのチームに入らない?」

「えっ?」

 その申し出があまりにも予想外で、グレイとアイリーンはともにそんな声をあげて目を丸くしてしまった。茫然とする二人の前で、マリアは後ろ髪を掻き上げ、笑って云う。

「あなたのこと気に入ったわ。なかなか見どころがある。だからスカウトよ」

 そこでマリアの視線と言葉はグレイに向いた。

「ねえあなた、この子のこと任せてくれない? ウチは女所帯だし、いいと思うの」

「いや、テメー、なにを突然――」

 グレイは返事に詰まった。ヤンキー・オンラインのメインコンテンツは全国制覇を目指す領土争奪戦だ。それを最大限に楽しむためには、どこかのチームに加入するのが一番手っ取り早い。だがまさか、ゲームを始めた初日にスカウトが来るとは思わなかった。

「マジで云ってんのか。つーか、俺とテメーの喧嘩はどうするんだよ!」

「もうそんな気分じゃなくなっちゃったわ。あ、云っておくけどあなたは入れないわよ。私たちはレディースチームだもの。女性アバターであることはもちろん、リアルの性別も女であること。それが百姫繚乱に入る条件なのよ」

 それを聞いて、グレイは思わずせせら笑った。

「はっ、そんなわけねえ。どうやってリアルの性別まで確認するんだ? 自己申告させたって、自称女の『ネカマ』が混ざってるに決まってる」

「それはないっすね」

 突如、四人目の声がして、黒髪も長い眼鏡の美女が大股で歩み寄ってきた。長身で、さらしを巻いた胸乳がよく張っており、特攻服姿の両腰に二刀を帯びている。黙っていれば清楚な感じもするけれど、スキップするような歩き方からして、お淑やかとは程遠い人物のようだ。

 彼女はマリアの隣に立つと、右手の中指で眼鏡のブリッジを持ち上げながら云った。

「どうもっす。私はカタナ。二刀流の刀使いで、百姫繚乱のサブヘッドっすよ」

「……グレイだ」

 カタナのレベルは七四。レベル一〇五がヘッドを務めるチームの二番手にしては、少し物足りない数値に思えた。そんなカタナを指してマリアが云う。

「カタナさんは『稼ぎ』を面倒がるからレベルの上がりはいまいちだけど、いざってときは頼りになるのよ。ぼんやりしてるようで頭の回転も早いしね」

「よ、よろしくです」

 アイリーンがカタナに頭を下げ、それにカタナが「はい、夜露死苦」と返したところで、グレイが口を切った。

「で、そっちのチームにネカマがまざってないって根拠は?」

「面接して確認してるからっすよ」

 グレイは絶句した。というのも、脳が一瞬、理解を拒んだからだ。

 ――面接? 確認?

 その意味するところを理解したグレイは、思わずあとずさりして仰のいた。

「……待て。その面接って云うのは、リアルで?」

「もちろんっすよ。実際に会って話して『入れてもいい』と思った人物を正式なメンバーにしてるっす。ちなみに面接は明るい時間帯にオープンな場所で行い、こちらからは私とヘッドを含む最低二人で出向くっす。相手も同行者を認めているから安心っすよ」

「マ、マジかよテメーら……だが、リアルで会うのを拒まれたらどうするんだ?」

「そのときは、御縁がなかったというだけのことっす」

 そうあっさり切り捨てたカタナのあとを引き取ってマリアが云う。

「ネットで知り合った人とリアルで会うのは怖いという人もいるけれど、私にしてみればリアルに出てこない人の方がよほど信用できないのよね。素直に正直に生きている人なら、リアルでも堂々と人と会って、目を見て話ができるはずだわ。そしてそういう人じゃないと私のチームには入れたくない。それが私の流儀よ」

「なるほど、わかった。ではさらばだ」

 グレイは一方的に話を打ち切ると、アイリーンの腕を掴み、有無を云わさず自分のバイクに向かって歩き出した。だが三歩も行かないうちにマリアが回り込んできた。

「ちょっと、なによいきなり!」

「いや、だってテメーら、リアルでアイリと会おうってんだろ? 俺はこの子の保護者みたいなもんだから云わせてもらうが、それは駄目だ。テメーらを信用できねえ」

「それはアイリーンちゃんが決めることよ」

「心配なら、あなたも同行してくれていいっすよ。こっちも二人で行くわけですしね」

 そう聞いても、グレイは納得しなかった。するとマリアが拳をちらつかせながら云う。

「でしゃばりな男ね。なんだったらやっぱりタイマンする?」

「おっ、上等じゃねえか。俺はな、タイマンで負けたことはねえんだぜ?」

「はあ? いい加減なことを云わないで。タイマン不敗の伝説を持ってる人なんて、ヤンキー・オンラインの世界じゃ一人しかいないのよ。このグラサンが!」

 と、まるでどちらの火勢が強いかを競い合っているかのような二人に、アイリーンがおずおずと口を挟んできた。

「あの、少し考えさせてもらっていいですか?」

「おいおい、アイリ」

 グレイはたちまち冷静になってアイリーンを気遣わしげに見た。だがアイリーンは心持ち胸を張り、背伸びして云う。

「あのね、お兄ちゃん先生。アイリがどのチームに入るかはアイリが決めるよ」

「……そ、そうか」

 そう、はっきり云われてグレイは少なくない衝撃を受けた。自分の手元から鳥が巣立っていったような寂しさを感じる。だがそのとき、アイリーンがグレイに身を寄せてきた。

「でもレベルが一〇になるまでは、どこにも入らない。だってレベル一〇が初心者卒業のボーダーラインなんでしょう? だからそれまでは、お兄ちゃん先生がアイリにこのゲームのこと教えて。そしてレベルが一〇になったら、百姫繚乱に入るかどうか決める」

 アイリーンは澄み切った声でそう云うと、グレイからマリアに視線を転じた。

「そういうことじゃ、駄目ですか?」

「いえ、オーケーよ。ならフレンド登録だけしておきましょうか」

 そうして二人はポップアップサインを出し、ARメニューからフレンド登録を始めた。

 フレンド登録とはオンラインゲームにはよくある機能で、登録すればゲーム内ではどれだけ離れていてもメッセージのやりとりが出来るし、マップにも居場所が常時表示されるようになる。現実世界でパソコンや携帯端末を使って連絡を取ることも可能だった。

 登録を終えると、マリアがグレイに微笑みかけてきた。だが目は笑っていない。

「というわけだから、アイリーンちゃんに免じてここは見逃してあげる」

「そうだな。将来アイリがヘッドと仰ぐかもしれねえ女だ、ここは勘弁してやらあ」

 次の瞬間、二人は喧嘩別れでもするかのように同時に回れ右して、自分のバイクのところに戻った。バイクに跨り、アイリーンを後ろに乗せたグレイは、マリアを見据えて云う。

「じゃあな」

「ええ、さよなら」

 マリアはそう云うとバイクのアクセルを開けた。マリアが、カタナが、百姫繚乱のレディースたちが、風となってグレイの横を駆け抜けていく。銀色をしたホンダCB400SFを駆るマリアはグレイを見もしなかったが、カタナは笑顔で手を振ってくれた。ほかの者はグレイに一瞥もくれなかったり、睨みつけていったり様々だ。

 そうして爆音が遠ざかり、排気ガスの匂いも風に吹かれて消えてしまうと、後ろでアイリーンがぽつりと云った。

「お兄ちゃん先生、ごめんなさい」

「……なぜ謝る?」

「だって、色々勝手に話を決めちゃったから……」

「……いいんだよ。ここはみんなが勝手なことをするための場所なんだから」

 グレイはそう云うと、空ぶかしをしながら夜空にちらばる星を眺めた。

「運営が設定したこのゲームの大目標は全国制覇。だからそこを目指す。目指すが、それはゲームに参加する上での礼儀でしかねえ。俺が本当に楽しかったのは……」

「気の合う仲間と集まって、バイクで自由に走る夜?」

 アイリーンに先回りされて、グレイは苦笑いをした。この話をするのはこれで三度目だから、そろそろ彼女もわかってきたらしい。

 グレイは肩越しにアイリーンを振り返ると云った。

「はっきり断らなかったってことは、あいつらになにか感じたんだろう。一緒に走りたいと思える仲間を見つけたってんなら、初日から幸先いいじゃねえか。やっぱ仲間と一緒に走るのが一番楽しいからよ……面接には俺も同行してやっから心配すんな」

「うん……ありがと、お兄ちゃん先生」

「おう」

 グレイは頷きを返すと前を向き、バイクを威勢よくふかした。

「もうひとっ走りして、それで今日はログアウトだ。明日から本格的にレベル一〇を目指してやるぞ。そこまで行ったら、あとはおまえの好きにしな」

「うん!」

 そうして二人は、ふたたび夜へと走り出した。

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