第五話 焔を巡りて
第五話 焔を巡りて
夜の街を四人がバイクで走っている。先頭を往くのがマリアで、以下カタナ、アイリーン、そしてホムラだ。マリアはホムラの同行を認めたわけではなかったが、ホムラは勝手に三人を追いかけて、ダイレクトボイスでアイリーンと会話をしていた。
「……つまりチームを結成してシマが生まれると、そのシマのどこかにチームメンバー全員が利用可能な
そして死ななかったホムラたち四人は、バイクで百姫繚乱のアジトを目指しているというのが、現在の状況である。
そこまでの話を聞いたアイリーンが、相槌を打って訊ねてくる。
「共通点の二つ目は?」
「Gルーム……ガーディアンルームの存在だ」
「それそれ! アイリ、気になってたの。さっきヒデヨシさんが口走ってたよね。『Gルームに置いてあるフラッグがやべー』って。それってもしかして……」
「ああ、アジトのGルームは、チームの命であるチームフラッグを安置しておくための場所だ。さっきも話したが、フラッグはデータ化してストレージにしまうことが出来ない。ゲーム中で必ず物理的に出現し続けるし、切断による逃亡防止のため、チームメンバー全員がログアウトしても消えることはない。だがそれを聞いたおまえは、一つ疑問を覚えたよな」
「うん。だってそれだと常に一人はゲーム世界にログインしてフラッグの番をしてないといけないもん。それっておかしいと思う」
「そう。その問題を解決するのが、アジトのGルームなんだ。Gルームには、そこへの侵入を阻止するガーディアンが配置されている」
「がーでぃあん?」
アイリーンがそう繰り返したところで、マリアが会話に入ってきた。
「SF映画から出てきたようなロボットよ。基本的な戦闘力はレベル五〇程度。あくまでGルームの番人だから、兵隊として特攻させるようなことは無理。無条件で通してくれるのはヘッドだけで、それ以外はヘッドが同行してないとチームメンバーでも襲ってくるわ」
「へえ……でもレベル五〇程度ってことは、強い人が来たら負けちゃう?」
すると今度はカタナが云う。
「そうなんすけど、ガーディアンには一つ面白い特性があるんすよ。なんとガーディアンは、ヘッドがログアウトしてるときは完全な無敵状態になるんす」
「ええっ! 無敵!」
アイリーンが驚きの声をあげたところで、話し手はまたホムラに戻った。
「そうだ。だから通常、チームフラッグはGルームの台座から動かさない。自分がログアウトしたらガーディアンが無敵化するんで、ヘッドは奇襲や裏切りに怯えることなく、安心して眠れるってわけだ。そして呪文を唱えてフラッグにフラッグを吸収する一連の儀式が出来るのはヘッドだけだから、敵ヘッドが切断して逃げたら勝ちはねえが負けもねえってことよ」
「なるほど。抗争で往復戦術がセオリーになってるのは、ガーディアンの存在も大きいんだね。でもそれならやっぱり、負けそうになったらヘッドが切断しちゃえばいいんじゃない?」
「その通りだが、切断逃亡なんてダセエ真似を何度も繰り返したら人が離れる。さっきのヒデヨシもログアウトを選ばなかったのは、ヘッドの面子ってもんがあるからさ。それでも土壇場になると逃げるやつはいる。だから絶対に決着をつけたい場合は、プレイヤー同士の自主性に任せた通常抗争じゃなく、族戦争システムを使うんだ」
「族戦争システム?」
「ああ。これは要するに、チーム同士のタイマンだ。両チームのヘッドが事前に話し合って日時を決めて、この日この時間にガチで戦争やりますってことを運営に申請するんだよ。するとその時間帯はヘッドがログアウトしてもガーディアンは無敵化しない。代わりに第三のチームが横からフラッグを掠め取ることもできない。フラッグ以外なら手を出せるんで、同盟チームに支援を頼むことは出来るが、フラッグだけはプロテクトされる」
「ヒデヨシに裏切られたとき、族戦争を申請してれば旗を取られずに済んだのにね」
そうマリアに毒を吐かれたホムラは苦い顔をした。
「あのときは何日も抗争が続いてて、族戦争を申請するまでもなかったんだよ」
だがもし面倒でも毎日族戦争を申請していれば、その場で結成されたヒデヨシの炎天は第三者チーム扱いになるから、フラッグはプロテクトされていたはずだった。
「まあとにかく、族戦争をやるってことは、お互いの退路を断って、どっちかのチームが完全に潰れるまで徹底的にやるぜってことだ。つーか、マリアさんよお」
ホムラはマリアに視線をやった。チームヘッドである彼女のバイクにはオプションでポールスタンドがついており、そこに固定されたチームフラッグが風にたなびいている。
「テメー、なんで旗を持ち出した? 滅多にGルームから出すもんじゃねえだろ、それ」
「アイリちゃんの入団式をやる予定だったからよ。儀式なんだから、旗がないと恰好つかないでしょ。でも本当に危なかったわ。覇道竜威武のリュージには感謝しなくちゃね」
マリアのその軽口を聞いて、アイリーンが眉宇を曇らせた。
「ハドードライブのリュージ……それってお兄ちゃん先生の……」
そこで言葉を濁したアイリーンのあとを引き取って、ホムラは自分と向き合いながら云う。
「……本当は、調べようと思えば調べられた。だが俺はそれをしなかった。昔の仲間と向き合うことを、無意識のうちに避けてたのさ」
「マジっすか! 天下のグレンホムラが……あー、でも中身は高校生かー……」
バイクのハンドルから手を離して頭を抱えたカタナに、ホムラは笑って云った。
「情報を断ってたからチャカの実装も知らなかった。おかげであのザマさ」
だが次は銃弾などに不覚は取らない。そう決意するホムラにマリアが云う。
「リュージって男、会ったことはないけど、ビッグチームのアタマだから動向は聞こえてくるのよ。彼、王覇竜威武の残党を纏めて覇道竜威武を結成してからは、ずっと沈黙してるわ。それだけじゃなく、炎天を含めた大チームに牽制して大きな抗争が起こらないようにしてるみたい。つまり今のヤンキー・オンライン停滞期を作り出したのは彼なのよ」
「リュージが、停滞期を……?」
意外な話だった。リュージはかつてホムラとともに全国制覇を目指して走った仲間だ。ホムラの夢を引き継いで走っているのならわかるが、止まっているのはわからない。
「噂じゃ、健気にもグレンホムラの帰りを待ってると云われてるけど……」
「そうか。それが本当なら、リュージには会ってやらねえとな……」
――だが、その前にヒデヨシだ。
ホムラがそう復讐の炎を燃え立たせていると、カタナがある建物を指差して声をあげた。
「見えてきたっすよ、うちらのアジト」
それは二階建ての大きな建物であった。それを見たアイリーンが意外そうな顔をする。
「あれっ? アジトって云うから凄いのを想像してたけど、なんか……普通?」
「ああ。『なんとか会館』って感じだな。だがこのゲームのアジトはどこもそんなもんだぜ。最初は小さな酒場やゲーセンみたいなところから始まって、チームとしてレベルアップしていくと映画館やボウリング場みたいなでかい建物に移転したり改築したりする」
「要は不良のたまり場なのよ。ヤンキーがゲームセンターにたむろして、『ここは俺らのアジトな』って云ってるイメージ」
そんな話をしながら、ホムラたちはアジト前にバイクをつけた。そこでは一足先にアジトに戻って蘇生していた百姫繚乱の女たちが待っており、ホムラたちはたちまち彼女らに囲まれた。
「マリアさん、お帰りなさい!」
「どうやってやり返しますか、カタナさん!」
「このままじゃ黙ってらんないっすよ!」
そうやって気炎をあげるメンバーがいる一方、ホムラに群がってくる女たちもいた。
「グレンホムラさん! お会いできて光栄です!」
「じ、実はファンでした!」
「マジかっけーっす!」
そう持て囃されて口元が緩みかけたホムラだったけれど、すぐにかぶりを振って云う。
「よせよ。全部、昔の話だ」
「そんなことないですよ! グレンホムラの伝説は生涯現役っすから!」
レディースの一人がそう云ったところで、チームフラッグを持ったマリアが咳ばらいをしながら、ホムラとそれを囲む女たちの前に割って入った。
「みんな中に入って。すぐに作戦会議するから」
「あとアイリちゃんの入隊式がぶち壊しになっちゃいましたから、また日を改めてやんないとっすね。おいで、アイリちゃん。アジトのなか案内したげる」
カタナがそう云ってアイリーンを呼び寄せたが、アイリーンはホムラを気にしたように見上げた。マリアもまた、ホムラを忌々しげに睨みつけた。
「で、あなたどうして来たの?」
「どうしてって……」
「あなたがあのグレンホムラ本人だろうが、ヒデヨシとどんな因縁があろうが、そんなの私たちには一切合切関係ないわ。回れ右して帰りなさいよ」
なるほど、もっともである。だがここで素直に従うホムラではない。ホムラはマリアに眼差しを据えると云った。
「ヒデヨシと炎天に、落とし前つけさせるって云ったな」
「云ったわよ。喧嘩上等のこの世界、舐められてやり返さなかったらチームが潰れるまでずっと舐められる。上等くれやがった分は、きっちりお返ししてやるわ」
「勇ましいじゃねえか。だがテメー、それはどのくらいの覚悟で云ってんだ?」
「なんですって?」
「炎天にどう落とし前をつけさせるのかって訊いてんだ。ヒデヨシをシメるのか? 向こうが詫び入れてきたら許すのか? なにをどうやったら落とし前になるのか、云ってみろや!」
「炎天を潰す!」
売り言葉に買い言葉もあったろう。だがとにかくマリアがそう断言するや、百姫繚乱のメンバーたちには電撃が走った。そんな彼女らを見渡して、マリアは声を張り上げた。
「そう! 休戦協定を破っての奇襲不意打ちで、新しい仲間を迎えようって最高の夜をぶち壊しにされたのよ! しかも目的は私たちじゃなくグレンホムラだった! 私とカタナさん以外はデスペナもらってるのに、奴らにとって私たちは標的ですらなかった! こんな、こんな上等、ごめんなさいで済むわけがない! 私たちは炎天の旗を取る! お互いの旗とシマを懸けた、族戦争よ! まさかビビってるやつはいないわね!」
「おおっ!」
と、女たちが一斉に威勢のいい声をあげ、ホムラは嬉しくなってにやりと笑った。
「上等上等、そんなら俺も混ぜてくれよ。共闘しようぜ」
するとすぐさまマリアが刃物のような視線をホムラに突きつけてきた。
「あなたの手は借りないわ。これは百姫繚乱の問題だから」
すると女たちの何人かが「えー」と不満そうな声をあげた。マリアが一睨みすると彼女らは怯んだが、それでも一人が勇を鼓して云う。
「あのグレンホムラですよ? なにもチームに入れろって云ってるわけじゃなし、共闘くらいなら、ねえ?」
同意を求められた隣の女は、口元を引き攣らせながらも、小さく短く首肯した。一瞬だったのは、マリアの怒りに触れることを恐れたせいかもしれない。
果たしてマリアは青い瞳に不機嫌の色を湛えて云う。
「ほかになにか?」
「……いえ」
マリアに冷たい視線を浴びせられ、その女は目を伏せてしまった。ほかの女たちも、もうなにも云おうとはしない。それを見てホムラは云う。
「ふん。まあそういう反応は予想してたぜ。レディースってのは男の手を借りるのを嫌う傾向があるからな。だが敵の敵は味方って云うだろう。考え直しちゃくれねえか?」
「厭よ。私たちは私たちだけで戦う。あなた、仲間が欲しいなら覇道竜威武のとこに行ったら? リュージって男がまだあなたのこと慕ってるなら、力になってくれるでしょ」
「それは出来ねえ。俺はあいつらを一度捨ててる。なのにどのツラ下げて、俺の都合で命張ってくれって云えるんだよ。次にあいつらに会うとしたら、俺はもうあいつらにぶっ殺されてもいいってくらいの気持ちじゃないと会えねえんだ。だからヒデヨシにケジメつけさせるのが先だ。てなわけで、カタナさん。マリアは暖簾に腕押しみたいなんで――」
ホムラはカタナの前まで歩いて行ったが、カタナはゆっくりと首を横に振った。
「サブヘッドの私に仲介を頼みたいっすか? でもホムラくん、こればかりはいくらリアルイケメンの頼みでも譲れないっすよ。百姫繚乱の矜持に関わる問題っすからね」
「ああ、わかってる。だからこっちも代価は払うぜ」
ホムラはそう云うと、アイテムストレージから
「俺と組んでくれるんなら、この塵地螺鈿飾剣、あんたにやるよ」
「共闘決定!」
カタナが塵地螺鈿飾剣を奪い取りながらそう叫ぶと、マリアが盛大にずっこけた。
「ちょっと! カタナさん! あなたねえ!」
「いやあ、ヘッド。冷静に考えれば百姫繚乱は二十人、翻って炎天は六〇〇人の超大規模チームっすよ? 戦力比は一対三〇! どうやって勝つっすか? ここはグレンホムラの力が必要ですって。意地張って負けたら意味ないっしょ」
「百姫繚乱の矜持はどこへ行ったのよ! その刀、今すぐホムラに返しなさい!」
立ち直ったマリアがカタナに詰め寄って手を伸ばすが、カタナは身をよじってマリアと刀のあいだに自分の体を入れた。
「やだー! 七つ星レア! こんなの手に入れる機会、もう一生ないし!」
「返しなさいってば!」
そうして刀を取り上げようとするマリアと、それを背中でブロックするカタナを眺めながら、アイリーンがホムラに訊ねてきた。
「お兄ちゃん先生、七つ星レアっていうと……?」
「あれ、まだ知らなかったか? バイク以外のすべてのアイテムにはレア度が設定されている。下から一つ星、二つ星と来て、七つ星レアが最上位だ。性能、希少性ともにレア度に比例し、日本刀カテゴリの七つ星レアはこの世界に
「ああ、それじゃ刀マニアのカタナさんは欲しいよねえ……」
それに頷きを返したホムラは、マリアがカタナとキャットファイトを繰り広げているあいだに百姫繚乱のほかのメンバーにも声をかけ、自分の持っている貴重な武器や道具をちらつかせ、共闘に応じてくれるならなんでも一つ、好きなものをくれてやると云った。彼女らはたちまち色めき立ったが、カタナと額で押し合いをしているマリアは、まだこれに気づいていない。さらに一人の少女が、ホムラがここまで乗ってきたエリミネーター750を物欲しげに見ていたので、ホムラはこう云った。
「あのバイク、やるよ」
「マジっすか!」
「ああ、男に二言はねえ。女にもないか?」
そう云ったときの少女の目を見て、ホムラは自分が彼女の心をつかんだのを悟った。
やがてマリアが周囲の異変に気づいたときには、百姫繚乱の面々は完全にホムラの側についていた。唖然とするマリアの耳元に唇を寄せて、ホムラは現実の口調に戻って囁いた。
「やはり女性には贈り物をするのが一番効果的みたいですね」
「……明日、リアルで話しましょうか」
マリアは人殺しの目をしてそう云うと、仲間たちを見回して吠え猛るように云った。
「あなたたち! とにかく今貰ったものは、いったん彼に返しなさい! 正式に共闘が決まったら改めて受け取ればいいわ! わかったわね!」
あまりの剣幕に、カタナも含めた全員が素直に「はい」と返事をした。
◇
一方そのころ、炎天のシマを東西に走る大動脈のごとき国道では、総勢千人にも及ぶ数の男たちが道を占拠し、二つの陣営に分かれて対峙していた。そのほとんどがバイクに跨っており、威嚇するようにエンジンを唸らせながら、両者のあいだにある開けた空間、すなわち交差点をヘッドライトで照らしている。そこでは二人の男が睨み合っていた。
一人はヒデヨシ、もう一人はあどけない目をした赤いリーゼントの男だった。背はさほどでもなく、緋色の特攻服を着ている。どうかすると気弱にも見えるその男を見据えて、ヒデヨシは口を切った。
「よお、リュージ。こりゃいったいなんの騒ぎだ? お互いのシマに不可侵って話をまとめたのはおまえだぜ? それが俺のシマに大勢で押しかけて来やがってよお」
するとリュージはヒデヨシから微妙に目を逸らしてぼそぼそと云った。
「テメーが郎党引き連れて戦争に向かったって聞いたんでな」
「その隙に炎天の旗を取ろうってか? いよいよガチでやる気になったのか、リュージ」
するとリュージは逸らしていた目をヒデヨシに向けた。鋭い眼光に貫かれ、ヒデヨシは戦慄を覚えながら笑った。
「ははは! なんだ、マジでやんのか、リュージ」
「……ちょっと前から、こんな噂がある。BBDを使う男を見た、あの人が戻ってきた、ってな。テメー、今回はそれを確かめに行ったんだろ?」
相変わらず頭も回るし、話も早い。ヒデヨシは嬉しくなって、笑って頷いた。
「その通りだ。結論から云うが、ホムラさんに会ったぜ」
するとリュージの表情がたちまち沈鬱なものへと変わっていった。
「なら、なんでホムラさんは俺に会いに来ねえ?」
「そんなこと俺が知るかよ。だが相変わらずタイマンにこだわってたからな。一人で俺とやりてえんじゃねえか。テメーの力は借りずによ」
「……ヒデヨシ、テメー、ホムラさんとやる気か?」
「ああ、やっとあの人が戻ってきてくれたんだ。今度は戦うさ。もっとも、俺はもうグレンホムラに勝ってるんだがな。そうだろう、リュージ?」
「……そうだな。たしかにテメーは勝ったよ。だがホムラさんよりは強くない」
「いや、勝った者が強い! 勝者とは強者! どんな手を使おうと勝った方が強いんだ。それなのに、俺は王覇竜威武の旗を取ったのに、グレンホムラと正面切って戦って勝たなきゃ俺を認めねえってやつらが、ヤンキー・オンラインにはごろごろいやがる。リュージ、テメーのようにな。だから俺はもう一回、ホムラさんとやらなきゃならねえ!」
この憤りを拳に乗せてリュージにぶつけてやれたら、どんなにかいいだろう。だがその衝動にかろうじて理性の歯止めをかけながら、ヒデヨシは執念の灯る目でリュージを見た。
「俺は戦う。だが気になるのはテメーらハドーの連中だよ。リュージ、テメー、ホムラさんと一緒に炎天を攻めるつもりか?」
「ホムラさんがそれを望むなら、もちろん。だが望まないなら、俺の力なんか借りなくても、テメーをぶちのめせるってことなんだろう。そのときは信じて見守るさ」
「相変わらずホムラさんを崇めてんのか、リュージ」
「それはテメーも同じだろう」
その言葉ににやりと笑ったヒデヨシは、リュージの顔に顔を接して云った。
「テメーはホムラさんを信じてる。一人だろうがテメーらと組もうが、あの百姫繚乱と協力しようが、ホムラさんが俺に負けるわけがねえと思ってやがる」
「……ああ、そうだ」
「だったらリュージ……次の戦いで俺がホムラさんに勝ったら、テメーは俺を認めろ。俺こそがグレンホムラの二代目であり、炎天こそが王覇竜威武の後継者なんだと認めて、ハドーは全員炎天の傘下に入れ。ホムラさんの跡目は二人もいらねえ」
「……わかった。いいぜ」
リュージがそう請け合うと、その後ろで覇道竜威武の男たちがざわめいた。
「リュージさん! それは――」
「ここで首を縦に振らなかったら、ホムラさんを信じなかったことになる」
リュージはそう云って自分の仲間たちを振り返ると、親指でヒデヨシを指して笑った。
「テメーら、ホムラさんがタイマンでこいつに負けると思うか? 同じ相手に二度も不覚を取ると思うか? 思うってやつは前に出ろ。俺がぶっ殺してやる」
果たして前に進み出る者は一人もいなかった。
それを見て、リュージは満足そうに微笑むとヒデヨシに向き直った。
「ホムラさんが戻ってきて、今度こそテメーを潰すって云うなら、テメーは負けるさ。だがもしも勝てたら、そのときは認めてやるよ」
「その言葉、忘れんじゃねえぞ」
ホムラに勝てば二つに割れた王覇竜威武は一つに戻る。そのとき自分はやっとグレンホムラの後継者になるだろう。
◇
翌日、補習が終わると重光は昇降口へ向かい、そこで観空と合流した。だがまだ人目があるので、二人はなにも云わずに靴を履き、学校を出てしばらく歩いた。
赤信号で立ちどまったとき、観空が何食わぬ顔で切り出した。
「昨日はどうも。やっと話ができるわね」
「そうですね」
二人はクラスが違うし、休み時間もみんな勉強しているから、他のクラスへ異性を訪ねにいこうものなら悪目立ちしてしまう。だからこれが、本日最初のまともな会話であった。
「今日は愛梨ちゃんの家に行く日なので、校門を出たら別方向でしたが、あなたとは大事な話がありますからね」
「敢えて私と同じ道? ならさっそく本題に入りましょう。あちこちの情報によると、炎天と覇道竜威武、結局激突はしなかったそうよ。ヘッド同士が話をしたあと、覇道竜威武は引き上げたんですって。どう思う?」
「……リュージはヒデヨシの裏切りについて、僕以上に怒っていました。それがこの一年、ヒデヨシを討つどころかヤンキー・オンラインの停滞期を作ることに尽力している」
「グレンホムラの帰還を待っていたんでしょう」
「……でしょうね。そしてヒデヨシにホムラの噂が届いていたなら、リュージに届いていてもおかしくはない。だから昨夜のリュージの行動は、僕のことをヒデヨシに確認にいったことと、停滞期を壊そうとしているヒデヨシへの牽制といったところでしょう」
「炎天と覇道竜威武が手を組んだ可能性は?」
「それはありません。リュージがヒデヨシとふたたび手を取り合うことがあるとすれば、それはヒデヨシがグレンホムラを正々堂々たる戦いで打ち破ったときだけでしょう」
「自信たっぷりに云うのね。あいつらのことは俺が一番わかってるって顔だわ」
観空がにやっと笑って、青に変わった信号を見るや弾みをつけて歩き出し、横断歩道を渡っていった。それを追いかけながら重光は云う。
「現在、ヒデヨシには二つの敵がいます。一つはグレンホムラ……つまり僕です。僕については、僕が逃げないと宣言したので、僕がアクションを起こすまで待つでしょう。問題はもう一つの敵、つまりあなたがた百姫繚乱ですよ」
すると観空が首を巡らし、重光を冷たい瞳で射抜いてくる。
「私たちはヒデヨシのグレンホムラ探しに巻き込まれて、ついでのおまけで蹂躙された」
「ええ。昨夜は半端な状態で引き上げになりましたが、ヒデヨシもあなたたちに恨まれていることはわかっているでしょうから、放置しておくのも気持ち悪いでしょう。僕がアクションを起こす前に潰しておこうと考える可能性があります。そこで!」
なんとしても観空を説得せねばならぬと気負いこんで、重光は云う。
「ヤンキー・オンラインの公式コミュニティでグレンホムラと百姫繚乱が手を組んだと公表するんです。そして炎天に族戦争を申し込む。ヒデヨシは敵が一つに絞られるので受けるでしょう。あなたたちも族戦争の日までは襲われずに済む。どうです?」
「駄目ね。私のプライドが納得しない」
重光はため息をつきつき、観空の歩幅に合わせてちょこちょこ歩きながら続けた。
「あなた以外のメンバーは、僕との共闘に賛成してくれています」
「レアアイテムをばらまいてね」
「それは歓心を買うためだけではありません。百姫繚乱全員の強化も考えてのことです」
すると観空が重光を凄まじい目で睨んできた。
「私たちが弱いって?」
「昨夜のことを思い出してください。不意打ちとはいえ、自分たちのシマにいてステータスにプラス補正もあるのに、あなたたちは炎天に蹂躙された。人数は六〇〇対二〇、ヘッドのレベルは一四〇対一〇五、これで勝てると思いますか? 不可能ですよ。僕の持っている装備やアイテムを分配するので、それで全体的な強化を図りましょう」
すると観空は立ち止まって大きなため息をついた。
「……むかつく。私たちが勝てないって決めつけてるのが最高にむかつく」
「気合と根性だけでなんとかなる相手でないことは、わかっているでしょう」
そうして重光と観空は、お互いの目をじっと見つめ合った。やがて観空が云う。
「いいわ。なら私とタイマンして」
重光は目を瞠った。そんな重光の胸に指を突きつけて観空は云う。
「あなたの云っていることが正しいのはわかる。でも心が納得しない。だからタイマンしましょう。私に勝ったら共闘してあげる」
「……いいでしょう」
重光は驚きに包まれながらも頷いていた。それで観空が納得するなら是非はない。
「だけど本田さん、僕は……いえ、俺は、タイマンじゃ負けたことないんだぜ?」
「その伝説を私がぶち壊すと考えたら、痛快じゃない?」
観空はそう云って愉快そうに笑った。
◇
それから重光たちはカフェに入って備え付けのファントムヘッドギアを使い、ダイブしていたファントムを回収、一度統合してからまたファントムを仮想世界にダイブさせた。現実の自分たちがタイマンするという合意に至ったため、その意思をファントムに持たせたとも云える。そして重光が愛梨の家に向かい、観空が帰宅しているころ、ホムラとマリアはヤンキー・オンライン対戦モードのバトルフィールドに降り立っていた。
対戦モードとは、オンラインRPGとして全員が共通のフィールドでプレイする通常モードとは違い、通常フィールドとは繋がっていない半径一〇〇メートルの戦闘空間にダイブし、そこで一対一のバトルを行うゲームモードを指す。基本的には往年の対戦格闘ゲームをモデルにしており、プレイヤーのどちらかが主催者としてステージの選択やバトルの細かいルールを設定できるようになっていた。ハンディキャップとしてレベルの低い方が主催者を務めるのが慣例になっているから、今回の主催者はマリアだ。
そうしてホムラは、マリアに連れてこられたステージを見回して笑った。
「この曇り空、この街並み、ロンドンステージか」
ホムラはそう云って、金髪のリーゼントのかたちを軽く整えた。その傍にはマリアがいる。それがチャイナドレス姿だったので、ホムラは軽く目を瞠った。
「格闘戦にプラス補正のかかるレア衣装だな。そんないいもん持ってたのか……てかテメー、それ着るんなら中国ステージを選べよ。衣装とステージのシナジー効果あるぞ」
「それじゃあアンフェアよ。負けたときの云い訳にされても困るし」
笑ってそう云ったマリアが、不意に笑みを消して続けた。
「見ての通り、観客なしのクローズド・モードよ。ほかに主催者として設定させてもらったルールは、時間無制限、負けてもペナルティなしってだけ。思う存分、やりましょう」
そんな話をしながら、二人は適度な距離を取って向かいあった。
「メンバーにはあなたと共闘するかどうか、タイマンで決めるって伝えておいたわ。そうしたらカタナさんが『共闘決定!』とか抜かしやがったから、今度焼き入れしようと思うの。見に来ていいわよ?」
「ははは!」
破顔一笑したホムラは、そういえばと思って訊ねた。
「ほかのメンバーはどうしてる?」
「今は動くな、とだけ。炎天が襲ってくる可能性はあるけど、私が通常モードでログインしなければ、旗は無敵のガーディアンが守ってくれるから心配してないわ」
「アイリは?」
「彼女はまだ正式メンバーじゃない。悪いけどこの一件に片がつくまで入隊は延期よ。だってこれは、私たち二十人が売られた喧嘩だもの。二十一人目は巻き込めないから」
「そうか……」
アイリーンはがっかりするかもしれないが、それがマリアなりの思いやりなのだろう。
「うっし!」
ホムラは自分の両拳を打ち合わせると、アイテムストレージから一つの小さなアイテムを取り出し、それをマリアに向かって投げた。
「受け取れ」
そんな言葉とともに放物線を描いて飛んできたそれを、マリアは慌てて掴み取り、掌を開いて覗き込んで、目を丸くした。
「指輪?」
そう、それは紅玉の嵌められた金の指輪であった。ホムラはにやりと笑って得意げに云う。
「ルビー・ザ・ファイアバード。効果は三つ。一定時間ごとにライフゲージが微量回復するリジェネレーション。熱耐性アップ。そしてライフゲージの半分以上、もしくは死亡確定のダメージを受けたとき、指輪の宝石がダメージを肩代わりして砕け散り、その後しばらく攻撃力がアップするというものだ。宝石が砕けると指輪の効果はすべて停止するが、二十四時間後に宝石が再構成されて復活する。永久に使える優れものだぜ」
「す、すごいじゃない」
マリアはそう云って絶句した。それもそのはず、これは破格の効果だ。
「回復に熱耐性アップに死亡を防いで攻撃力も上がって、しかも使い切りじゃないなんて、そんなアイテム、聞いたことない。一品物の超絶性能……てことは、七つ星レア!」
「正解だ」
そう
「な、なんのつもりよ? こんなレアアイテム……返したくなくなっちゃうじゃない!」
「百姫繚乱の戦力アップのためのアイテム分配だよ。なにをくれてやるか迷ったが、カタナに七つ星レアの刀を約束してるのに、ヘッドのテメーにそれ以下のモンをやるわけにはいかねえと思ってな。あとはまあ、この戦いのハンデだ」
「ハンデですって?」
「そう睨むなよ。レベル二二〇対一〇五なんだ。ハンディキャップをつけるのは当たり前だろう。気に入らないなら俺に勝って突っ返せばいい。違うか?」
するとマリアはむうと唸って眉間に皺を寄せ、手のなかの指輪を複雑そうに見つめた。
「それにしても、女の子に指輪って……」
「別に色っぽい意味はないぞ?」
「わ、わかってるわよ!」
「じゃあ黙って受け取りな。サイズは気にしなくていいぜ。知ってると思うが、ゲームだから指輪系のアイテムはどの指にも装備できるようになってる」
「それもわかってるって!」
マリアはさっそく指輪を嵌めようとして、少し考えるように間をつくり、それからおもむろに左手の薬指に嵌めた。そして手の甲をホムラに向けて、左手薬指に輝くルビー・ザ・ファイアバードを見せつけながらにんまり笑う。
「どう?」
「……いや、なんでよりによってその指なんだよ」
「私がどの指に装備しようが私の勝手でしょう。別に色っぽい意味なんてないわ」
――つまりさっきの意趣返しか。
ホムラはひそかに嗤って、マリアを軽く指差した。
「共闘するかどうかを懸けたこの勝負だが、条件に一つ付け足してくれよ」
「なによ?」
「俺が勝ったら、左手薬指に永久にその指輪してろ」
「な――!」
愕然と目を剥き、みるみる顔を赧くしていくマリアにホムラは嗤笑を向けた。
「厭なら無理にとは云わねえよ? でもテメーが俺に勝てばいいだけの話だよな。それともやっぱ自信ねえか。ま、いくら口では威勢のいいこと云っても、タイマン不敗のグレンホムラに本気で勝てると思うわけねえわな。あっ! てことはもしかして、本当は俺に協力してほしいけど素直に頭下げらんねーから、体裁を取り繕うためだけのタイマンだったか?」
「ぬあああああっ!」
そのとき、このゲームにそんなエフェクト効果はないけれど、マリアの怒りのオーラが迸るのが、ホムラには目に見えるようだった。
「抜かしやがったな、グレンホムラァ!」
――おお、怖え怖え。ちょっと煽りすぎたかな。
そう心中で愉悦しながら拳を構えるホムラに向かって、マリアは大見得を切った。
「いいわよ! その挑発に乗ってやる! そして私が、勝つ!」
その言葉とともに、マリアが大きく踏み込んできた。右拳がうなりをあげてホムラを狙う。その命を刈り取るがごときフックパンチが、戦いの始まりだった。
マリアの鉄拳がホムラに迫るが、ホムラはそれを完全に見切って後ろへ躱し、足元から炎の渦を巻き起こした。炎を纏う攻防一体の闘法で、並の相手なら熱さに怯んでホムラに近づけもしないところだ。しかしマリアは水の冷気を身にまとって涼しげな顔である。
「ふふっ、音に聞こえたグレンホムラの炎ってこんなもの?」
「けっ。まったく水使いってのは、炎使いにとっては相性最悪だな。つうわけで――」
ホムラはいきなり電光石火の踏み込みでマリアに迫った。マリアも水の槍を七本連続で放って迎撃したが、ホムラは体術のみでそれを躱しきるとマリアに蹴りを見舞う。
「がっ!」
蹴られた衝撃を利用して後ろへ跳んだマリアが、唇を舐めると吐き捨てるように云う。
「水に炎じゃ相性が悪いから、打撃を中心に組み立てるってこと?」
「そういうことだ。異能が使えるからって、異能しか使わなかったら馬鹿だぜ。無数にある装備、技、戦術のなかから適切なものを選んで戦う。当たり前じゃねえか」
「そうね。でも体術だったら私も一日の長があるわ!」
マリアが飛ぶように駆けてきて、鞭のようにしなる素晴らしい回し蹴りをホムラに放った。それを端緒に、拳と拳、蹴りと蹴り、そして炎と水が乱れ舞う嵐の攻防が始まった。
「なかなかいい動きするじゃねえか!」
「中学生のときまで、バレエ教室に通ってたから!」
そして時間もじりじりと経過していき、一分を超え、二分に達した。ボクシングが一ラウンド三分であることを考えると、これはなかなかの激戦である。
「体力の消耗がないって素晴らしいわね! 現実の肉体と大違い!」
マリアが嬉々として叫んだように、仮想世界では体力が無限だし、男女アバターによる身体能力差もない。レベル差とそれによる基礎戦闘力の違いはもちろんあるが、近接格闘戦ではプレイヤースキルがものを云う。プレイヤースキル、つまり経験と運動神経のことだ。その点においてホムラは恵まれていたが、マリアにはそれ以上の天稟があった。
――こいつ! チャイナドレスの補正だけじゃねえ! 喧嘩のセンスがある!
もちろん、これが現実だったらいくらセンスがあろうと、取っ組み合いで女が男に勝てる可能性は低い。しかしこれはゲームだ。その上、マリアは格闘に水の異能を混ぜてきていた。彼女は相性有利なので、異能を使うことを躊躇しないのだ。
「そらそらそら! どうしたのかしら、グレンホムラ! 伝説のあなたが私如きを一蹴できないなんて、そんなんじゃ本当に組む価値ないわよ!」
「……そういうこと云うんなら、とりあえずぶち殺す!」
ホムラの右手が真っ赤に燃えた。その拳がマリアの頭蓋を叩き割るような勢いで横殴りに放たれたが、そのときマリアの動きが急激に速度を増して、非人間的な動きで拳を躱すと、勢い余ってホムラが体勢を崩した隙をつき、カウンターの蹴りを放つ。
それを腕でブロックしたホムラは、舌打ちしながら後ろへ跳びのいた。
「今の動き、チャイナドレスによる絶対回避……システム・アシストか!」
「いわゆる『身かわし』装備の恩恵ね。ラッキーだったわ」
回避率を上昇させる装備はときどきこういうことが起こる。そのときその仮想世界で起こっている運命を操作して『回避する』という結果を先に持ってくるようなことが。
後退したホムラに右手をかざしたマリアは、そこから水の弾丸をばらまき始めた。それをジグザグに躱すホムラにマリアが叫ぶ。
「その紅蓮の特攻服は、熱属性の与ダメアップおよび被ダメダウンだったかしら! 水属性の私相手にはベストな装備とは云えないんですけど? 状況に合わせた最適な装備を選ぶとか云ってなかったかしら?」
「うるせえ! 着るモンは別だよ! ポリシーとかこだわりとかあるだろうが!」
そう、ホムラにとっては色が重要だった。赤や黄や金といった、炎を連想させる色がいいのだ。そしてそんなホムラの言葉に、マリアは水の弾丸を掃射しながら嬉しそうに笑う。
「ふふふっ、あなたって本当に別人ね」
「ああん?」
「二人きりだし、昨日の質問に答えてよ! あなたはリアルとバーチャルで二つの顔を使い分けている! どっちが本当のあなたなの?」
「そんなこと――」
テメーに教えてやる義理はねえ! と、叫びたいところだったけれど、本当にそれでいいのだろうか。
――勝てば共闘。そういう約束だから、こいつをぶちのめせば話は決まる。だがそれは上辺だけの共闘だ。心が通じていなくて、本当の共闘と云えるのか? 俺たちはこの戦いを通じて、お互いになにかを示さなきゃならねえんじゃねえのか?
ホムラはそう思い、この扉が正解かもわからないまま、正直に云うことにした。
「……こっちの方が素だよ。ここは仮想世界ファントムワールド。俺たちはファントムで、川崎重光と本田観空の精神クローンに過ぎない。云うまでもなくすべてが虚構さ。しかし本当の自分をさらけ出して生きているのは、こっちの方だ!」
ホムラは水の弾丸をかいくぐるとマリアに殴りかかった。それを受け止めてマリアがにやりと笑う。
「私と同じように、現実じゃ絶対できない悪いことがしたかった?」
「いや、俺は別の自分になりたかったんだ。テメーとはちょっと似てるけどズレがある。それにこっちの方が素だからって、川崎重光がニセモノかって云ったらそうでもねえ。みんな相手や状況に応じて色んな顔を使い分けているだろう? どっちも本物さ! 本当の自分なんて、今そこにいる自分が本当に決まってる!」
そう云ってホムラは後ろへ飛び退き、目くらましに炎の弾丸をばらまきながらマリアの死角に回り込もうとした。それに水の弾丸で対応しながら、マリアがうきうきと云う。
「話してくれてありがとう。お返しに私も教えてあげる。私はあなたに憧れていたの。リアルのあなたじゃない、グレンホムラによ!」
「そうかい」
「あら、驚かないの?」
「自分で云うのもなんだが、珍しいことじゃねえ。ホムラさんホムラさんって、色んな奴らが尻尾振ってきたもんさ。王覇竜威武に入れてくれ、ってな!」
ホムラは右腕を一振りすると、マリアの放つ水の弾丸に火の弾丸で迎撃した。まったく同じタイミングで、まったく同じ数の火と水の弾が、まったく同じ軌道をえがいて正面衝突する。果たして猛火が水を一瞬で蒸発させ、次々に水蒸気爆発を起こした。
振動と轟音に打たれて立ちすくむマリア目掛け、ホムラはもうもうと立ち込める湯気のなかを突っ切り、マリアに貫手を放つ。相手の心臓を刺し貫くようなその一撃を、マリアはホムラの腕に自分の両腕を巻きつかせることでかろうじて食い止めた。だがそれでもホムラは膂力にものを云わせてじりじりと腕を前へ進めていく。揃えた
「ぐ、ぬぬ……」
マリアは額に汗を掻きながら、死にもの狂いの目でホムラを睨みつけてきた。
「尻尾を振った新人のヤンキーが、王覇竜威武に入れてくれっていっぱい来たでしょう。でもあなた、女の子を女の子ってだけで門前払いにしたわね!」
「そりゃそうだ。王覇竜威武はレディースの反対、女人禁制の男チームだからな。もっとも誰かさんみてえにリアル面接なんかしてねえから、中身が女ってのは一定数いたと思うが、表向き男を通すなら構わねえさ。それがどうかしたのか?」
「おらあっ!」
マリアはホムラを押し返そうとしていたのが、いきなり逆に引っ張り込むとホムラの額に額をぶつけた。つまり頭突きだ。
「なっ!」
不意を打たれて顔をしかめるホムラに、マリアはめちゃめちゃな動きで殴りかかってきた。技はない。リズムもない。子供が喧嘩をするように、押して押して押しまくるだけだ。しかしその勢いに押され、また急な変貌に戸惑い、さしものホムラも腰が引けた。
「テメー、なにをいきなりキレてやがる!」
「あなたが女人禁制とか抜かすから、私は王覇竜威武に入れなかった!」
その言葉が意味するところを、ホムラはたちどころに理解した。
「えっ? おまえ、うちに入ろうとしたの?」
「あなたに直接門前払いされた一人よ! 忘れやがって、忘れやがって、忘れやがって、この野郎!」
そう罵りながらマリアがホムラに体当たりをし、その勢いで押し倒して馬乗りになった。
「別に根に持ってるわけじゃないの。ただムカムカしてるだけ」
「それを根に持ってるって云うんじゃねえのか」
そう云ったホムラをマリアが一発殴った。
「グレンホムラに憧れたこの気持ちと、ふられた傷と、その正体がいけ好かない同級生だったってことと、そんなあなたと共闘しなくちゃ勝てないって現実が、全部ぐちゃぐちゃになって、私のなかで全然折り合いつかないのよ。ねえ、どうすればいいと思う?」
――知るか、馬鹿。
そんな言葉をホムラは咄嗟に呑み込んだ。それを云ったらおしまいだ。マリアは今、全身全霊でホムラに掴みかかってきている。だからそれに応えねばならない。
だがなにをどう云おう。どう話そう。答えの見えないまま、ただ本気で取り組まねばならないことだけはわかっていたので、ホムラは真剣に云った。
「……最初に君を見たとき、綺麗な人だと思った」
「は?」
マリアが目を丸くして固まり、頬を赧らめたが、ホムラは構わずに続けた。
「僕が君を認識したのは一年生の秋、生徒会で一緒になったときだ。綺麗な人だと思ったし、同じ一年生役員として、負けられない、負けたくないとも思った」
「……きゅ、急になんの話?」
「真剣な話だよ。川崎重光は本田観空に一目置いていた。けれど仲良くなろうとはしなかった。クラスも違うし性別も違う。内心ライバル視しているけれど、とりあえず波風立てずにやっていければそれでいい――つまり今まで僕は君に対して適当だった。本気で向き合っていなかった。だけどこれからは本気で君のことを見る」
するとマリアの雰囲気が変わった。具体的にどこがどうとは云えないが、受ける感じが変わったのだ。それは鋼鉄が花になってしまったかのような、驚くべき変貌だった。
マリアは頬を赧らめて目を伏せ、かと思うとホムラを見てきた。その目に喜びが咲き出しているのを見て、ホムラは云う。
「……友達から始めようか」
マリアはびっくりしたような顔で繰り返した。
「友達?」
「そう」
「私と?」
「僕が」
マリアの心に今の言葉が根付くのには、少し時間がかかったようだった。だが根付くや否やそれはマリアのなかで一輪の花を咲かせたらしい。やがて彼女はホムラの上からぱっと跳びのくと、手振りでホムラに立ち上がるよう示した。
――マウントポジションを取っていたのにな。
そう思いながら立ち上がったホムラの前で、マリアはにんまり笑いながら云う。
「そう、そうね。友達……それが一番自然かしら。ふふふっ」
そんなに嬉しそうにされると、ホムラだって口元が緩んでしまった。だがこれでおしまいではない。ホムラは握り拳を掲げると云った。
「でも決着はつけるんだろう?」
「当然よ。私に負けるようじゃグレンホムラもおしまいだわ。水! 刃! 裂! 斬!」
いきなりの大技にホムラも咄嗟に腰を低くし、身構えながら叫ぶ。
「炎! 竜! 焼! 牙!」
その一瞬、ホムラとマリアは互いの目のなかを覗き込んで理解した。水と炎、相性の優劣は決まっている。それでもこの一撃だけは、お互いのなかにあるものを全部ぶつけあいたかった。
――行くぜ!
「ブレイズ・バーニング・ドラゴンファイヤー!」
「ハイドロ・ハイドラ・ハイダラー!」
そして水の竜と炎の竜が迸り、互いを目掛けて激突する。本当の勝負はここからだ。
……。
その日の夜、ヤンキー・オンライン公式サイトのコミュニティにおいて、マリアから次のような告知があった。
――百姫繚乱は炎天に対して先日の落とし前をつけるため、族戦争を申し込む。なおこの戦争には共闘者としてグレンホムラも参戦する。炎天の総長たるヒデヨシ殿は返信されたし。
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