第四話 バーニングハート
第四話 バーニングハート
午後六時前、予備校のダイブルームからファントムダイブした重光は、ヤンキーのグレイとして隠れ家の駐車場に現れた。ここがグレイとアイリーンの、いつものスタート地点である。季節や時間は現実と同期しているから、夕方といえどもまだ明るい。
――さて、アイリはっと。
グレイがアイリーンの姿を目で探し始めた、そのときだった。
「お兄ちゃん先生!」
そんな可愛い声とともに、グレイは眩しい光りに照らされた。サングラスをしていなかったら顔をしかめていたところだ。
――これは。
グレイは驚きに包まれながら、この強烈な光りの向こうに目を凝らした。そこに一台のバイクに跨っている少女のシルエットが浮かんで見える。
「アイリ……なのか?」
「えへへ」
アイリーンはそう笑って、ハイビームを切った。つまりグレイを照らしていた光りはバイクのヘッドライトだったのだ。
――バイクだって?
我が目を疑ったグレイはサングラスを外すと、大型バイクに跨って得意顔をしているピンクの髪に青い瞳の美少女アイリーンを見て、驚倒しそうになった。
「アイリ……おまえ、それは、ヤマハのV-MAX《ブイマックス》じゃないか!」
「そうでーす」
アイリーンは喜びにあふれた声とともにエンジンをかけ、空ぶかしをしてエンジンに雄叫びをあげさせた。エキゾーストノートに耳を貫かれながら、グレイはV-MAXなどというごついバイクに跨るアイリーンを唖然と見つめていた。
バイクと喧嘩はヤンキー・オンラインの華という言葉があるように、バイクのないヤンキーは火の消えた蝋燭、回らない風車、翼のない鳥に等しい。そのためこのゲームではレベルが一〇になると、排気量125cc以下のバイクのなかから好きなものを一台選んで貰うことができた。ゲームの基礎知識を学び、バイクを手に入れ、晴れて初心者卒業というわけである。
しかし御祝儀で貰えるのはあくまで小型のバイクだけだ。中型以上のバイクが欲しければイベントの報酬で手に入れる、誰かに譲ってもらう、ゲーム内通貨で購入する、などの条件をクリアしなくてはならない。いずれにせよ、排気量1700ccのモンスターバイクである二代目V-MAXは、レベル一〇になったばかりのアイリーンが手に入れられるような代物ではない。
「お、おまえ、そのバイクはどうした!」
「貯めてたお年玉で、課金して買っちゃった」
「マジか……」
グレイは片手で顔を覆った。課金もまた、バイクを手に入れる方法の一つだ。
「いや、しかし課金で買うバイクは当時の実車と同等の値段がするはず……それにそのクラスのバイクだとブランド維持のため量産はしない。販売されるとしても競りになるはずだ」
「うん、だから貯めてたお年玉で課金して買っちゃった」
にっこり笑顔でそう繰り返され、グレイは戦慄を覚えて絶句した。
――か、金持ちが!
「ふふふ。もちろんちゃんとプロテクトしたよ? お兄ちゃん先生のバイクは?」
「……今、出すさ」
まだ驚き冷めやらぬグレイは、サングラスを掛けなおすと右手の親指を立ててポップアップサインを出し、ARメニューからアイテムストレージへ推移してバイクを選び始めた。
「俺もバイクは何台か持っててな。復帰してからはずっとバリオスだが、ほかにもゼファー、カブ、エリミネーター、ワルキューレ、そして火の玉カラーのZ-II……」
「ゼッツー?」
そう繰り返したアイリーンに片目を瞑り、グレイは迷うのをやめた。
「ま、今日もバリオスでいいか」
そうしてグレイの前に雄々しきバリオス250が出現した。グレイはそれに跨ると、アイリーンに笑いかけて云う。
「本当は今日、門出の記念に手持ちのバイクから一台くれてやろうと思っていたが……」
「えっ、そうなの? 欲しい欲しい!」
「いや、自分でV-MAXを手に入れたんなら、それが一番いいだろう。大事にしな。最初のバイクは思い出になるからよ」
「ええっ、くれないの?」
「やらねえよ。で、百姫繚乱の入隊式は、連中のシマのどこだっけ?」
「港の倉庫街、海の見えるところでやるのが伝統だって」
「ふうん。それじゃあそこまで競争するか。気合入れて走りな! 行くぞ、アイリ!」
グレイはそう云うと、アイリーンに先駆けてバイクで夕暮れの街に飛び出していった。
「あっ、待ってよう!」
だがグレイは待たない。紫紺に染まっていく空の下、夕風を切って疾走する。それが大きな道へ出たところで、アイリーンが軽々と追いついてきてグレイの横に並んだ。
――ちっ、やっぱり馬力が違うな。こっちもゼファー1100でも出せばよかったか。
グレイがそう思っていると、アイリーンがダイレクトボイスで話しかけてきた。
「ねえお兄ちゃん先生、競争もいいけどさ、そろそろ教えてくれない?」
「……俺が、このゲームを休止した、ダチとの喧嘩の
「うん、なんかはぐらかされちゃったけど、やっぱり知りたいなって。だってアイリがこのゲームをやろうって思ったのは、お兄ちゃん先生の力になろうと思ったからだもん」
もう一度、自分があの幸せだった夜を取り戻すために、力を仮してくれようというのだ。その優しさといじらしさに負けたグレイは、前を向きながらぶっきらぼうに云った。
「……あんまり楽しい話じゃないぞ」
「うん!」
その嬉しそうな返事を聞いて、グレイは昔を振り返りながら話し始めた。
「……俺が昔、あるチームのヘッドをしていたって話はしたよな」
「うん。チームを結成するとヘッドにはチームフラッグが与えられる。縄張り争いはフラッグの奪い合い。ヘッドが呪文を唱えて自分のフラッグに相手のフラッグを吸収すると勝負あり。シマを奪われ、フラッグを失ったチームは強制解散。そして一度チームを失ったヘッドは、もう二度とチームを持てない……ちゃんと憶えてるよ」
「いい子だ。そう、縄張り争いはフラッグの奪い合い。だからフラッグはほかのアイテムと違ってストレージにしまうことが出来ない。ゲーム中で常時、必ず物理的に出現し続けている。それをどこに立ててどう守るか、誰に持たせるかは自由だが、奪われないためにデータ化して隠すということができないんだ。たとえチームメンバー全員がログアウトしてもフラッグはその場に残り続ける。これは切断による逃亡を防止するための措置だ」
「へえ。あ、でもそれって……」
「常時誰かがログインしてないとフラッグを守れないのはおかしいって云うんだろう? それについては話が横道に逸れるから後回しにしよう。本題はここからだ」
グレイの心のなかであの夜の蓋が開いた。すると光景が、言葉が、そして感情が溢れかえり、サングラスに隠されたグレイの目元が険しくなる。
「……あの夜、俺のチームは大規模な抗争に入っていた。抗争では、敵陣に攻め込んで相手のフラッグを強奪する攻撃部隊と、こちらのフラッグを守る防御部隊に分けるのがセオリーだ」
「そうなんだ。でもフラッグにフラッグを吸収するなら、フラッグを持って飛び込んだ方が手っ取り早くない?」
「たしかに『片道戦術』と云って、そういう戦い方もある。だがこのゲームでは、自分のシマにいるあいだは全ステータスに常時五パーセントのプラス補正がかかる『自陣ボーナス』があるんだ。ほかにも罠や待ち伏せ、不意打ちの可能性を考えると、チームの心臓であるフラッグを持って敵陣に乗り込んでいくのはリスクが高い。だから自陣でフラッグを守りつつ敵陣のフラッグを奪取して帰還する『往復戦術』が基本になる。で、俺はいつもフラッグの守りを、可愛がってた弟分のリュージってやつに任せていたんだが、その夜は自分にフラッグを守らせてくれと云ってきたやつがいた。名前はヒデヨシ」
「リュージ、ヒデヨシ……」
アイリーンが二人の名前を呟いたのに相槌を打ってグレイは続けた。
「ヒデヨシは『命懸けてチームの旗を守ります』と云った。俺は信じた。ずっと一緒に馬鹿やってきた仲間で、ダチだったから……防衛部隊の人選もあいつに任せた。あいつのやりやすいようにした方がいいと思ったからだ。そして戦いが始まった。ところが……」
そこでグレイはスロットルの加減を誤った。バリオスがグレイの心を現すかのように猛り、飛び出していく。それをアイリーンが追ってきた。
向かい風を切って進みながら、グレイはかろうじて声の震えを抑え込んで云った。
「……ところが、特攻部隊の俺たちが敵陣深く切り込んだタイミングで、ヒデヨシが裏切った。あいつが防衛部隊に選んだやつらと一緒になって俺のチームを抜け、その場で新たなチームを結成し、俺のフラッグを奪ったんだ。そんなのありかよって、愕然としたね」
本当に、あのときはなにが起きているのか、わからなかった。ヤンキー・オンライン六年の歴史のなかで、あんなやり方でチームフラッグが奪われたのは初めてである。グレイにとっては一世一代、痛恨の大不覚だ。
「え……それで、どうなったの?」
「どうもこうも、それでなにもかも終わりさ。旗を奪われ、チームは崩壊。俺はブチ切れてヒデヨシをぶっ殺しに行ったが、そこで奴が演説かましやがってな。『もう決着はついてる。今すぐ俺に降れば、ヘッドが交代するだけだ』って。それで仲間の半分がヒデヨシについた」
「ひ、ひどい!」
「そうだな。だが仕方ないのさ。俺が間抜けだったんだから……信じて旗を預けた男に裏切られ、すべてを失った。こんな馬鹿なヘッド、見限られても仕方がない。そしてヒデヨシは俺に勝ち誇ると、尻に帆をかけて逃げやがった。リュージが残ったやつらと新しいチームを作ってヒデヨシをぶっ殺すと云ってくれたが、俺にはもうどうでもよかった」
「どうでもって……」
「ショックだったんだ。仲間の半分に裏切られて……俺なんてそんなもんかと思った。それでキレちまって、その場で解散を宣言して、フレンドも全部切って名前も変えてゲームを辞めた。俺の夢は終わった。あとで冷静になってから、裏切った半分より残ってくれたもう半分のことを考えるべきだったと思ったけど、もうあとの祭りってやつだ」
それでこのつまらない過去の話はおしまいだった。
そのまましばらく黙ってバイクを走らせていると、アイリーンがぽつりと云った。
「お兄ちゃん先生、アイリ困っちゃった……」
「仲直りか?」
グレイは揶揄するように云って、遠い道の彼方に目をやった。今さらどうしてヒデヨシと手を取り合うことができるだろう。そして自分が見捨ててしまったリュージに合わせる顔が、どこにあるというのか。
――終わったのさ。
グレイはそう云いたかったけれど、アイリーンの好意を踏みにじるようで云えなかった。
そのまましばらく黙って走っていると、この気まずい雰囲気を変えようとしたのか、アイリーンが弾みをつけて云った。
「そ、そうだ! そのヒデヨシって人やリュージさんは、今どこでどうしてるのかな?」
「さあな。俺はこの一年、ヤンキー・オンラインのことは断ち切っていたからなにも知らねえ。調べりゃすぐにわかることだが――」
まだ調べていない。アイリーンの成長を助けていただけで、ゲームの最新情報やアップデートの内容についてもチェックしていない。それがグレイの現在地だ。
「でも、いつまでも逃げていられねえ。そうさ、俺だって、本当は過去にけりをつけたい。おまえのことをマリアに任せたら、俺も久しぶりにやつらの顔を見に行くとするさ」
そのとき視界右上にAR表示されているマップの端に、フレンドを示す青い光点が表示されるようになった。移動したことで表示範囲に入ったのである。
「あの青い光りがマリアだな……」
「うん、近づいてきたね。ていうか、お兄ちゃん先生もマリアさんヘッドとフレンドになったんだね」
「その方が便利だからな」
リアルでは同じ学校に通う者同士だし、愛梨のこともあるから、連絡は取りやすくしておこうということでフレンドになったのだ。
――でも俺とあいつは友達? 友達なのか? うーん、わからん。
そんなことを考えているあいだに、マリアがアイリーンの入隊式をやるという倉庫街まで近づいてきた。そのときだ。
「お、索敵タイムだ」
十五分に一度、マップにフレンド以外のプレイヤーが緑の光点として表示される。
「またあの三馬鹿がうろうろしてたりしないだろうな」
グレイが笑ってそう云った次の瞬間だった、マリアを中心とする青い光点に、無数の緑の光点が群がっているのが見えた。その数は十や二十では利かない。もっと多い。
「な――」
グレイが思わず絶句しているあいだに五秒が過ぎ、緑の光点は一斉に消えた。同じものを見たのだろう、グレイの横を走るアイリーンが首を傾げて云う。
「お兄ちゃん先生、今のって――」
「……百姫繚乱は二十人のチームだ。だからマリアの周りにいるグリーンのうち、十九人はそいつらだろう。だが残りのグリーンは違う。てことは、これは抗争だ!」
「こ、抗争って……」
「別のチームが、百姫繚乱のシマを、フラッグを奪うために、攻め込んで来てんだよ!」
グレイはそう吐き捨てるとフルブレーキングでバイクを停車させた。慌ててアイリーンもブレーキをかける。停車したV-MAXの上から戸惑った目をこちらに向けてくる彼女に、グレイは低い声で云った。
「アイリ、おまえはここに残れ」
「ええっ、やだ!」
アイリーンはそうぐずったが、これは予想していたことだ。
「じゃあおまえのバイクはしまって俺のケツに乗れ。絶対離れるな」
「うん!」
それには素直に従うらしい。アイリーンがポップアップサインを出してバイクをアイテムストレージに収納する。グレイもまた同じようにバイクをデータ化して片づけた。
「お兄ちゃん先生?」
駆け寄ってきたアイリーンが不思議そうな顔をした。そんな彼女に笑いかけながら、グレイはアイテムストレージの操作を続けている。
「派手なことになりそうなんでな、俺もバイクを乗り換えるぜ」
次の瞬間、二人の目の前に現れたのは、力強いフォルムの黒い大型バイクだった。それを見たアイリーンがたちまち目をきらめかせる。
「これは……」
「カワサキ・エリミネーター750。こいつで切り込む」
排除する者という名前を持つこのバイクで特攻するのがグレイは好きだった。
数分後、アイリーンの入隊式をやるはずだった倉庫街の広場の端にエリミネーターで乗りつけたグレイは、瀕死状態で膝をついている百姫繚乱の女に、オレンジの特攻服を着た男が容赦なく木刀を叩き込む瞬間を目撃して顔をしかめた。その一撃でライフゲージが尽きたのだろう、女は人間のかたちを失ってピンク色のゴーストとなって転がった。
「おっしゃあ!」
と、男が木刀を掲げて勝ち鬨をあげた。そればかりではない。見ればその男と同じ特攻服の男たちが景気よく暴れていて、その足元では色とりどりのゴーストたちがおろおろしている。ゲームでなければ辺り一面、血の池地獄になっているところだろう。
「お兄ちゃん先生、これは……」
「やはり抗争。しかも見た感じ百姫繚乱の連中は負けてやがんな。マリアは……」
マリアはすぐに見つかった。広場の中央で殺気立ちながら、誰かと対峙している。そのそばには、左右の手に日本刀とチームフラッグを持つカタナがいた。もう二人だけだ。
――全滅寸前かよ。
では百姫繚乱をここまで追い込んだ相手は誰なのか、グレイはマリアが睨んでいる相手を見て、心臓が止まりそうになった。
「こいつは偶然? 必然? いや、運命か……」
「お兄ちゃん先生?」
そんなアイリーンの声も耳に入らず、グレイはその男だけを見ていた。それは黒髪をオールバックにした、背の高い男だった。痩せていてひょろ長い印象があり、三白眼で、オレンジの特攻服を着ている。それが大勢の仲間を背後に従えて、マリアと対峙しているのだ。その顔を忘れたことはない。まだ心の準備が出来ていなかった。それなのに出会ってしまった。
「……やつは!」
その男もマリアたちも、オレンジ色の特攻服の男たちも、広場の端にいるグレイたちにはまだ気づいていない。マリアが射殺すような目をして男に云う。
「この襲撃はどういうこと? シマを隣接する私たちは休戦協定を結んでいたはずよ」
すると男は酷薄な笑みを浮かべた。
「潮目が変わったんだよ」
「なんですって?」
「……昔からヤンキー・オンラインは二つの潮流を繰り返している。全国制覇を目指して戦う激動期と、お手て繋いで仲良くしようという停滞期だ。一年前、あの人が去るまでは戦国時代だった。誰もが全国制覇を目指して激しく戦い、同盟と裏切りを繰り返して殺し合った……しかしあの人が去ってからはその反動が来て、ゲーム全体が凪のような停滞期に入っちまった。かく云う俺のチームも別のチームに牽制されてな、テメーらみてえな弱小チームと休戦協定を結んだのもそのためだ。だが今、その流れが変わろうとしている」
話が見えぬというように、マリアが思いきり顔をしかめる。
「どういう意味かしら?」
「……北斗神犬って、しがない三人組のチンピラチームを知ってるか? 奴らが云うには、この辺りでブレイズ・バーニング・ドラゴンファイヤーを使う男を見たそうだ」
「なっ! それって――」
マリアが驚きに打たれたときだった。グレイは傍観をやめて突っ込み、エリミネーターで二人のあいだに割り込んだ。突如、現れた黒いバイクとそのライダーを見て、男は呆気に取られていた。一方、アイリーンはシートから飛び降りてマリアたちの方へ向かう。
「マリアさんヘッド!」
「アイリちゃん!」
マリアは駆け寄ってきたアイリーンを片手で抱きしめると、バイクに乗っているグレイを忌々しげに睨みつけた。
「どうして来たの! 状況が見えてないの? さっさとアイリちゃんを連れて――」
「ヘッド、だめっす。なんか聞いてないっす」
カタナの云った通り、グレイはマリアの言葉など耳に入っていなかった。ただ目の前の男をサングラス越しに睨んでいた。すると男もまた、グレイを胡乱げに睨み返して云う。
「なんだ、テメェ?」
「いやあ、安心したぜ。テメーのツラを見てなにも感じなかったらどうしようかと思ってたんだ。だがどうやら、俺の心は、まだ燃え上がってくれるらしい」
「あ? なにをわけのわからないこと云ってやがる。イカレてんのか」
「ああ、そうか。わかんねえよな。リネームしてるし、ざんばらの黒髪で革ジャンにサングラスじゃよ。じゃあわかりやすく、昔の姿に戻ってやらあ!」
グレイはバイクを降りるとARメニューを出してまずは自分の名前を変更した。次にパッシブスキルで隠蔽していたレベルを公開し、装備品をプリセットしてあったものに変える。変化は素早く、そして劇的だった。黒髪は金髪のリーゼントに化け、着ているものは赤い特攻服になり、右手には日本刀が現れる。それを握りしめると同時に足元から紅蓮の炎が巻き起こって、男を赤く明るく彩った。最後に左手でサングラスを外して投げ捨てると、相手の男が狂喜の表情でぶるりと震えた。
マリアが「うそ」と呟き、カタナが「ああああっ!」と大声をあげる。
「き、金髪のリーゼント! 紅蓮の特攻服! 炎の異能! なにより
そこで肺のなかの息をすべて吐き出してしまったようなカタナに代わり、マリアが呻くような声で云う。
「オ、
どよめきはそこかしこで起こった。マリアもカタナも、ゴーストと化している百姫繚乱のメンバーも、それを攻めた相手チームのヤンキーたちも、グレンホムラに驚異の眼差しを注いでいた。そのなかでただ一人、アイリーンだけが目をぱちくりさせている。
「王覇竜威武? グレンホムラ?」
そう呟いたアイリーンに、マリアはホムラの背中から片時も目を離すことなく云った。
「かつてヤンキー・オンラインに王覇竜威武というチームがあったのよ。そのアタマだったのがホムラという男。火の玉カラーのゼッツーに乗って大勢のヤンキーどもを従え、無数のチームを潰して潰して潰しまくって、数々の伝説を築きながら全国制覇にもっとも近づいた男。ついた呼び名がグレンホムラ。でもヤンキー・オンライン版本能寺と呼ばれる事件で仲間の裏切りに遭い、一夜にしてすべてを失って燃え尽きたという、このゲームのレジェンドよ!」
説明の最後でいきなり八つ当たり気味に叫んだマリアは、うろたえた顔で頭を抱えた。
「なんでっ! なんで、あいつが! ああ、もうやだ、頭くらくらしてきた……」
「ヘッド、憧れてましたもんね。ちなみにそのヤンキー・オンライン版本能寺事件を起こしたっていうのが、あそこの男っすよ」
カタナがホムラに魅了されているような男を指差してそう云うと、アイリーンの顔にはたちまち理解が広がった。
「じゃあ、あの人が、お兄ちゃん先生を裏切ったって云う、ヒデヨシさん……」
「ていうか、グレイくんがグレンホムラだったってことは、あの刀、日本刀カテゴリにおける天下三剣の一つ、七つ星レア『
もちろんグレイは、いやホムラは、女たちの囀りなど聞いてはいなかった。ただ目の前の仇敵を睨んで、愛刀・塵地螺鈿飾剣を右肩に担ぐと云った。
「よお、ヒデヨシ」
するとホムラに見入っていたヒデヨシは、はっと我に返ると嬉しそうに笑い、胸に手をあてて恭しく一礼した。
「これはこれはホムラさん、お久しぶりです」
「ああ、そうだな。本当に久しぶりだ……久しぶりに、テメーのツラを見て、思い出したぜ。俺は、テメーを、殺したい!」
愛梨は重光に喧嘩した友達と仲直りをしてほしいと云った。その祈りを忘れたわけではないけれど、こうしてヒデヨシと再会してみたとき、ホムラの心に燃え上がったのはただ一つ。
「今度こそ、テメーをぶっ殺す!」
「そうですか。でもあれはホムラさんが馬鹿だったんですよ?」
「ああ、そうだな。俺が馬鹿だった。その通りだ。でも馬鹿だったのは俺だが、悪いのはテメーだよ! 百回ぶっ殺してやるから、百回タイマン張ってくれよ! ヒデヨシ!」
そんなホムラの気魄を前に、ヒデヨシは癇に障る微笑みを浮かべていた。
「なにがおかしい?」
「嬉しいんですよ。俺はずっとあなたがお戻りになる日を心待ちにしてましたからね」
ヒデヨシはそう云うと、そこからは身振り手振りを交え、気取った仕草で語り始めた。
「ホムラさん、俺はあなたに勝ったんですよ。あなたは間抜けにも俺を信じて、俺に裏切られ、自分のチームを失った。あなたが負けて、俺が勝ったんです。ところが俺のやり方は卑怯だ、認めないって、頑としてそう云い張る奴らが結構いるんですわ。あのとき俺と一緒にあなたを裏切った奴らですら、どういうわけか俺を責めるようになった。まあそうすることで自分の罪悪感をごまかしてるんでしょうね。小さい奴らですよ。そんな奴らに俺を認めさせるためには、どうやらあなたをガチで倒さにゃ駄目みたいなんですわ」
そしてヒデヨシはホムラに背中を向け、無数のバイクのヘッドライトを一身に浴びた。そのバイクに乗っている男たちは、ヒデヨシと同じ、オレンジ色をした特攻服を着ている。
「見て下さい、ホムラさん。これが俺のチーム……『炎天』です」
炎天の二文字は、ヒデヨシの特攻服の背中にもあった。
そのヒデヨシがホムラに向き直って云う。
「王覇竜威武はヤンキー・オンライン史上唯一、構成員が千人を超えたチームでした。それがあの夜を境に二つに割れてしまいましてね、俺についたのが半分、リュージについたのがもう半分……その後、多少の入れ替えがあって今だいたい六〇〇人くらいなんですよ。ここには一〇〇人くらいしか連れてきてませんがね」
「ほう、六〇〇か。大したもんだな」
「ありがとうございます。でもただ図体がでかくなっただけじゃ駄目なんですよ。俺が全国制覇をするためには、あなたを倒して、俺が名実ともにグレンホムラの後継者なんだってことを、すべてのクソ野郎どもに証明しなくちゃいけないんです!」
「……それでレベルもきっちり上げてきたってわけか」
ホムラはヒデヨシの頭上に表示されているレベルに目を凝らした。レベルは一四〇。一年前に八六だったことを考えると、凄まじい速度のレベルアップである。
「褒めて下さいよ、ホムラさん。俺も
「そうかい、そうかい。あのとき俺から旗を掠め取って逃げたテメーが、今や俺と肩を並べる
ホムラの足元から、ふたたび異能の炎が揺らめいた。風を起こし、気流を起こし、戦場に熱い風を呼ぶ。
「じゃあヒデヨシ、今度こそタイマン張ってくれよ」
「いいですよ」
ヒデヨシはあっさり承諾すると、肩越しに振り返って云った。
「おいテメーら、俺が合図したら一斉にかかれ。ぜってー逃がすな。俺がこの人を八つ裂きにするところ、ビデオに撮ってアップするからな」
それでホムラは、怒りを散らすように強いため息をついた。
「おいヒデヨシ、てめえタイマンの意味知らねえのか。一対一で戦うってことだぞ」
「なに云ってるんですか、ホムラさん。ヘッドとチームは一心同体じゃないですか。つまり俺自身が炎天であり、炎天とは俺なんですよ。ワン・フォア・オール、オール・フォア・ワン! 絆の力でみんなは一つ! これが俺のタイマンです」
次の瞬間、ヒデヨシの右手に金属バットが出現した。ヤンキー・オンラインではありふれた武器だ。ヒデヨシは金属バットでアスファルトの地面をガツンと叩いて叫ぶ。
「テメーら、声出せえっ!」
「おおおおおっ!」
「グレンホムラの
「おおおおおっ!」
そんな男たちの鬨の声に混ざってバイクがうなりを上げる。熱気がみるみる高まっていく。
「ぶっ殺せ!」
それを合図に、炎天の男たちが一斉にバイクで襲い掛かってきた。だがホムラにとってはこんなもの、雲霞の群れに過ぎない。
「おまえら、たかだか百人で、俺を殺れると思ってんのか!」
その怒声に応じて、ホムラの前に炎の壁がそそり立った。先陣を切っていた炎天のメンバーがその壁に突っ込むや、バイクが一瞬で爆発してライダーは吹き飛ばされた。それがもう黒焦げである。
たとえ目の前に炎の壁があったとしても、バイクで突っ込めば勢いに任せて突破できそうなものだ。だが一人としてその炎の壁を超えることは出来なかった。炎の壁は高く、長く、分厚く、そしてなにより熱かった。バイクが壁に触れた瞬間タイヤが溶け、ガソリンに引火し、ライダーは消し炭と化すのだ。
地獄の炎に突っ込んだ仲間たちの惨状を見た炎天の男たちが慌ててバイクのブレーキをかけ、ある者は転倒し、またある者はバイクから転がり落ちて炎の壁から逃げた。
「あ、熱いっ!」
「なんだこの炎! 普通じゃねえ!」
「これが、本物! 半端ねえ! 半端ねえよ、グレンホムラ!」
焦熱地獄に落とされてそう喚く男たちを炎の向こうに睨みながら、ホムラは右腕を横に振り抜いた。すると炎の壁が、ホムラから見て奥に傾いていく。炎が斜めになって、扇状に広がって侵略を始め、そこにあるを
「ぎゃあああっ! 熱い! 熱い!」
そんな地獄を前にして、ホムラの後ろでアイリーンが愕然と声をあげた。
「えええっ! なにあれ! お兄ちゃん先生、前に戦いは数で決まるとか云ってたのに!」
「ああ、それは謙遜っすね」
「まあ一般論としては間違ってないけど、あれがグレンホムラだって云うなら、レベル二桁が何百人いようと敵じゃないわ」
マリアがそう締めくくるのと同時に、ホムラは戦場を焼き尽くしていた炎を消した。ヒデヨシの合図で先陣切って突撃してきた者たちは既に全滅している。残りも顔を青くしていた。そんななかでただ一人、悠然と構えているヒデヨシを見てホムラは云った。
「ヒデヨシ、テメーが来いよ。タイマン張れ、固羅」
するとヒデヨシは項垂れて盛大なため息をついた。それが顔を上げると、剃刀のように鋭い目をしていた。
「しゃあねえ、炎は俺がなんとかしてやる。だがテメーら、次は一歩も引くんじゃねえぞ!」
その声でホムラは炎天の男たちの顔に闘志が蘇るのを見た。一人一人に意地がある。誇りがある。ヤンキー魂が燃えている!
「……どうやら、先にテメーの手下全部灼き尽くしてやらねえと、わからねえみてえだな――炎! 竜! 焼! 牙!」
ホムラの右腕が燃え上がり、その炎はたちまち竜を象った。これこそはホムラの必殺技『ブレイズ・バーニング・ドラゴンファイヤー』だ。この炎を喰らって無事だった奴は今まで一人もいない。それなのにヒデヨシはにやりと笑って右腕を掲げた。
その独特の予備動作で、ホムラはすぐに気がついた。
――異能か。そうだな、こいつもレベル一〇〇の壁を突破したからには異能に目覚めたはずだ。だがこいつがどんな力を手に入れたのだとしても、俺の炎は誰にも負けん!
そう気炎をあげるホムラを嘲笑うかのように、ヒデヨシは高らかに叫んだ。
「炎! 竜! 焼! 牙!」
「なに!」
――馬鹿な、そんなはずはねえ!
炎竜焼牙、それはブレイズ・バーニング・ドラゴンファイヤーの発動キーワードだ。それを唱える必要があるのはヤンキー・オンライン広しといえどもホムラ一人であり、ほかの者には別の異能、別のキーワードがあるはずだ。
――そんなはずはねえ!
ホムラはふたたび心でそう叫びながら、刀を持ったままの右拳を繰り出して、そこに宿る炎の竜を解き放った。一方、ヒデヨシもホムラとまったく同じ動きをする。
「ブレイズ・バーニング・ドラゴンファイヤー!」
「ブレイズ・バーニング・ドラゴンファイヤー!」
双子のようによく似た火竜がホムラとヒデヨシの右腕から同時に飛び立ち、空中でぶつかって大爆発を起こした。爆風が起こり、「ああっ!」と背後でマリアたちの悲鳴が起こる。ヒデヨシの後ろでも、炎天のメンバーがひっくり返っていた。サイドスタンドを立ててあったエリミネーターも、けたたましい音ともに倒れたようだ。そしてホムラは、双子の火竜が互いを食い合って消えていくのを、信じられない想いで見つめていた。
爆風が収まり、場に静寂が戻ると、まだ立ち込める熱気のなか、ホムラはにやにや笑いながら佇んでいるヒデヨシを穴が開くほど見つめた。今までヤンキー・オンラインをやってきて、肝を潰されたことは山ほどあったけれど、今日ほど驚いたことはない。
「……ありえねえ。このヤンキー・オンラインにおいて、どんな異能を獲得するかは、レベル一〇〇のキャップ開放クエストをどうクリアするか、そして今までどんなスタイルでプレイしてきたかによって決まる。だから異能が重なるなんてことは、赤の他人のDNAが偶然一致するレベルでありえねえ! たとえ大枠が一致しても細部は必ず異なる! テメーが炎の異能に目覚めたんだとしても、BBDを使えるはずがねえ!」
「でもなぜか使えちゃったんですよ! 嬉しかったなあ、ホムラさんと同じ、炎の力を手に入れることができて」
「ヒデヨシ……」
どう考えてもありえない。納得できないこの現実をどう処理すべきか。混乱するホムラに向かって、ヒデヨシはまたも手を胸にあてて一礼した。
「ホムラさん。俺はね、あなたのことが憎くて裏切ったわけじゃない。むしろ逆です。俺は本当にあなたのことが大好きで! 尊敬して! 憧れて! でもだからこそ、勝ちたかった。あなたのすべてが欲しいと思った! あなたが持ってるもの、全部俺が継承する。王覇竜威武の旗も、BBDも、塵地螺鈿飾剣も、その紅蓮の
「だったら!」
ホムラは塵地螺鈿飾剣を手に、ヒデヨシへ向かって突進した。
「逃げてばかりいないで俺をタイマンで倒してみろや!」
「何度も云わせないでください、ホムラさん。一人はみんなのために、みんなは一人のために! ぶっ殺せ!」
炎天の男たちが雄叫びをあげながら一斉に襲い掛かってきた。それを刀で斬り捨て、蹴り倒し、ホムラは血路を切り拓いて、気魄でヒデヨシに迫った。そんなホムラを惚れ惚れと見つめてヒデヨシは叫んだ。
「さすが! 炎を使わなくてもお強い!」
「そこ動くんじゃねえぞヒデヨシ! 今すぐテメーの
そうしてホムラの刀がヒデヨシの喉元に迫ったときだった。パン! と乾いた音がして、ホムラはその場に膝をついた。
「お、お兄ちゃん先生!」
アイリーンの叫びもホムラには聞こえていない。ただ愕然として『それ』を見つめている。
ヒデヨシはそんなホムラを見下ろし、口の端を歪めて嗤った。
「おや、その顔じゃ久々の復帰で、最新の情報を更新してないみたいですね。いいでしょう、教えてあげますよ。このヤンキー・オンラインにはさまざまなカテゴリの武器があります。ナイフ、木刀、日本刀、角材、鉄パイプ……それらのなかで、現実にありながら、ゲームバランスを壊すとして長いこと実装されなかった最後の武器がありました。それが二ヶ月前、とうとう実装されたんですよ。もちろん、簡単に手に入るもんじゃありません。レベル一四〇の俺ですら、これ一挺しか持ってない。その武器の名は――」
「チャ、
そう、ヒデヨシの手にあるのは黒光りするオートマティック拳銃だった。そこから放たれた一発の弾丸がホムラの腹を穿ち、失血状態にして脱力させたのだ。
ヒデヨシは銃口をホムラに向けると微笑んで云った。
「俺の足の下で、あなたがみじめに這いつくばるところを見れば、みんな俺が王者だって理解しますよ。グレンホムラの伝説も今夜で終わりだ!」
そしてヒデヨシの指が引き金にかかった、まさにその瞬間だった。
「水! 刃! 裂! 斬!」
女の声がしたかと思うと、膝をついているホムラの背中を踏み台にして高々と飛び上がった金髪の影がある。誰あろう、マリアだ。その右手は青い冷気を纏っていた。
「余所者どもがいつまでも、私のシマで好き勝手やってるんじゃない! ハイドロ・ハイドラ・ハイダラー!」
マリアの右腕から、九頭の水竜が迸った。それがレベル一〇五の
やがて水竜の暴威が収まると、ヒデヨシはわざとらしい困り顔をした。
「ああ、そうだったな。俺は炎使いだから、水使いのテメーとは相性が悪いんだったわ。こりゃ参った……手下もかなりやられちまったし、炎使いとしては撤退すべきか、な!」
そこでヒデヨシがマリアに不意打ちの発砲をした。だがそれを読んでいたのか、銃声がしたときには、マリアは横っ飛びで弾丸を躱していた。
「ヒュウ、やるじゃねえか。だがそんなまぐれは何度も続かねえぞ」
「うるさい! チャカなんか持ち出して、この卑怯者!」
「おいおい、テメーに都合が悪いからって人を卑怯者呼ばわりするのはよくねえな。チャカは正式に実装された武器だぜ?」
「じゃあグレンホムラに対する仕打ちの数々は? なにもかも卑怯でしょう!」
「そうやって勝者を卑怯とそしる
ヒデヨシとマリアがそう云い合っているあいだに、ホムラはアイテムストレージからスプレータイプの回復アイテムを取り出し、傷口に向かって噴射していた。
――このゲームで回復アイテムは貴重だが仕方ねえ!
失血状態が回復し、ライフゲージも少しだけ戻っていく。全部は戻らない。対人戦がメインのこのゲームは回復手段に様々な制限があり、今使っているスプレーも失血状態の解除とライフゲージの微量回復程度の効果しかなかった。それでもレアアイテムなのだ。
さらにホムラは、撃たれたという衝撃にまだ脳を揺さぶられていた。
――この痛みは錯覚。わかっていても、経験で痛いと思ってしまう。ないはずの痛みが幻覚として再現される。人間の脳の重大な
とまれ、傷を癒やしたホムラは刀を握りしめて立ち上がった。しかし、そのときだ。
「ヒデヨシさん!」
突然、炎天のメンバーの一人が声をあげた。ヒデヨシは顔をしかめ、ホムラたちから目を逸らさずに返事をする。
「なんだ!」
「そ、それが今、アジトに残してきた連中からメッセージがありまして、
「なんだと! リュージが!」
ヒデヨシのその叫びは、ホムラにも小さくない衝撃をもたらした。
「ハドードライブ? リュージ……だと?」
そんなホムラに、マリアが冷たい声で云った。
「知らないの? 覇道竜威武……元・王覇竜威武のメンバーのうち、ヒデヨシにはつかなかった男たちが中心になって結成されたチームよ。構成員五〇〇人で、ヘッドはリュージ」
「……あいつらが」
それはつまり、ホムラが見捨ててしまったかつての仲間たちだった。ヒデヨシに裏切られ、仲間の半分に離反され、ショックを受けた自分がこの世界を去ったあと、残ったメンバーをリュージがまとめて覇道竜威武を結成した、というところだろう。
マリアはヒデヨシに向かって高らかに云った。
「あなたの炎天とリュージの覇道竜威武は、どちらも王覇竜威武の後継者は自分たちだと云っている。かつての仲間だったという関係からまだ全面戦争には至っていないけど、いつかは激突する運命だと、もっぱらの噂。そのときが来たんじゃない?」
それには、炎天メンバーの一人が焦った声で云った。
「ヒデヨシさん、もしハドーの連中がガチで攻めてきたんだとしたら――」
「ああ。アジトのGルームに置いてあるフラッグがやべーな。ホムラさんが見つかった以上、百姫繚乱なんざもうどうでもいい。テメーら、引き上げるぞ!」
そう云ってヒデヨシはまたマリアに向かって発砲したが、それはマリアの頭上を狙った威嚇射撃だった。それでもマリアが思わず硬直した隙をついて、ヒデヨシは自分のバイクに飛び乗った。バイクは、スズキのハヤブサだ。昔からこれがヒデヨシの愛車だった。
引き上げにかかるヒデヨシを見て、ホムラは刀を手に前へ進み出た。
「待てよ、ヒデヨシ……俺とタイマン張ってけって」
「云われなくても、あなたは俺がきっちり潰してみせますよ。だからホムラさん、今度はどうか、この
「逃げねえよ。テメーをぶっちめるまではな」
ホムラとヒデヨシはしばし睨み合い、やがてヒデヨシがバイクを発進させると、炎天の生き残りはそれについてこの場を走り去っていった。ゴースト化していた炎天の死亡メンバーたちもそれを見て次々に消えていく。拠点の復活ポイントまで戻ったのだろう。
そしてホムラとマリアの許には、カタナに手を引かれたアイリーンと、ゴースト化している百姫繚乱のメンバーたちが集まってきた。
炎天のバイクの音が聞こえなくなると、ホムラはマリアと目を合わせた。
「で、どうする?」
「決まってるわ。私たちは喧嘩を売られたのよ? しかも目的は百姫繚乱じゃなく、あなたを探すことだった! つまり人のシマに攻め込んできておきながら、私たちは眼中になかったってことよ! 最高に上等じゃない! この落とし前は絶対につけてやる!」
「それなら俺も手伝おう」
そう云って差し出したホムラの手を、マリアは間髪容れずに払いのけた。目を丸くしたホムラにマリアが鋭い目をむける。
「あなたの手は借りない。アイリちゃんだけ貰っていくわ。みんな、アジトに戻るわよ。やられてゴーストになった子は復活ポイントにワープして。私たちもすぐに行くわ」
「いや、ちょっと待てよテメー!」
自分のバイクへ向かうマリアを、ホムラは慌てて追いかけた。
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