第六話 セットアップ

  第六話 セットアップ


 百姫繚乱のアジト前で、ゲーム内から公式掲示板で炎天への宣戦布告およびグレンホムラとの共闘を宣言したマリアは、ARメニューを閉じると振り返った。そこにはカタナ以下、百姫繚乱のメンバー、そしてホムラとアイリーンまでもが勢揃いしている。

 彼ら彼女らに向かってマリアは云った。

「というわけで、グレンホムラと共闘することになったわ。しかもあなたたちの戦力アップのために装備やアイテムを分配してくれるそうよ。ありがたく受け取るように!」

「やったーっ!」

 カタナが真っ先にホムラに抱き着いてきた。その肉体の柔らかさにちょっとどぎまぎしたホムラの顔に顔を接して、カタナは眼鏡の奥の目をきらきらさせて云う。

「塵地! 螺鈿! 飾剣!」

「おう、やるよ。だからそんながっつくなって」

 ホムラはカタナをやんわり押しのけると、まずは塵地螺鈿飾剣を取り出し、ロストや盗難に備えてプロテクトしてあったのを解除してカタナに渡した。このゲームにおいて所有権が保証されているのは、十個のプロテクト枠に登録されているアイテムだけである。プロテクトのかかっていないアイテムは、そのとき手にしている者が所有者だ。

「これでそいつは、あんたのものだ」

「うおーっし!」

 ハイテンションになってさっそく刀を振り回し始めるカタナを見て、マリアがホムラを軽く睨んできた。

「あれ、あなたの愛刀メイン・ウェポンでしょ。本当にあげちゃっていいの?」

「いいんだよ。抗争は最強の一人がいるよりレベルそこそこのを大勢そろえた方が勝てる。旗を奪うことが目的だからだ。しかしそうなると六〇〇対二〇ってのが絶望的だな。ここまでアレだと籠城して旗を守る戦法しかない」

「それだと勝てないわ」

「ああ、だから俺が単騎で向こうのアジトに乗り込んで、ヒデヨシをぶち殺して奴の旗を奪ってくる。テメーらは俺が戻ってくるまでテメーらの旗を守っててくれ」

 するとマリアは皮肉な笑みを浮かべ、視線で人を殺せそうな目をして云った。

「ぶち殺すわよ、グレンホムラ。あなた自分がなにを云ってるかわかってる? これは私たちの族戦争なのに、自分が全部やるから私たちにはお留守番してろって云うの?」

「じゃあ、ほかになにか手があるのか?」

 マリアはぐっと言葉に詰まったようだった。

「留守番と云ったって、遊んでられるわけじゃねえ。一人で旗を取りにいく俺も大変だが、何百人を相手に二〇人で旗を守らなきゃいけないテメーらはもっと大変だ。俺に対抗意識を燃やして意地張るところじゃねえだろ。ほかに選択肢はねえんだよ」

 だがマリアは頷こうとはしない。現実とプライドの狭間で揺れているのだ。納得するまで少し時間を与えた方がいいかと思い、ホムラはマリアの傍を離れて、ほかのメンバーにも装備やアイテムを配り始めた。

 そうした分配作業が一段落し、百姫繚乱のメンバーがもらったばかりの装備やアイテムやバイクをはしゃいだ様子で試しているのを眺めていると、腕組みして考え込んでいるマリアにアイリーンがおずおずと話しかけた。

「あのう、ところでマリアさんヘッド、私はなにをすれば……?」

「えっ。アイリちゃんはまだうちの正式メンバーじゃないわよ? ていうか、なんで来たの? 入隊式は炎天との決着がついたあとにしましょうって、話したわよね?」

「はい。でも、これって負けたら百姫繚乱、潰れちゃうかなって……」

「そうね。チームフラッグを懸けた族戦争だもの。負けたら当然、おしまいよ」

 マリアの厳しい言葉に顔色をなくしたアイリーンに、塵地螺鈿飾剣を手にして機嫌の好さそうなカタナが云う。

「アイリちゃん。このゲームね、チームが潰れるなんてよくあることなんすよ。ほかならぬホムラっちの王覇竜威武だって色んなチームぶっ潰しまくってたんすからね」

「ホムラっち?」

 予想外の呼び名にうろたえたホムラに、カタナはにっと白い歯を見せて笑う。

「そうっすよ、ホムラっち。全国制覇にもっとも近づいた男! てことは、ヤンキー・オンラインで一番多くチームを潰したのはあなたってことじゃないっすか。ねえ?」

「ま、まあな……」

 チームの潰し合いはゲームシステムとして容認されているからホムラも遠慮はしなかった。だがそれをやってきた事実をアイリーンに知られると少しだけ引け目を感じる。

 しかしアイリーンは特に気にした様子もなく明るく云った。

「うん、そういうゲームなんだよね」

「お、おう。そうだ。つーかアイリ、おまえ何気にちゃっかりここにいるけど、マジでなんで来たの? まさか一緒に戦うつもりか?」

「えっ、もちろんそうだよ? でないと勝ったときに入りにくいじゃん」

 そう聞いてホムラは思わず天を仰ぎ、それからマリアを見た。以心伝心、マリアは半分嬉しそうに、もう半分は仕方のなさそうに云う。

「そうね、みんなが戦うのに一人だけなにもしなかったら、あとで入りにくいわよね。でもレベル一〇だと正直戦力にはならないわ」

「ふええ……?」

 たちまち泣き出しそうな目をしたアイリーンが、目顔でホムラに救いを求めてくる。ホムラはため息をついて云った。

「まあ後方支援とかなら出来るんじゃねえか? 衛生兵的なやつ」

 するとアイリーンは犬が尻尾を振るがごとくに何度も頷いて見せた。それを見てマリアも小さく笑う。

「オーケー、じゃあ援護ってことでよろしく」

「はい! 走死走愛の魂を燃やしてがんばります、マリアさんヘッド!」

 その元気な返事を聞いて、ホムラはあることを決めた。

「よし、可愛いアイリに俺から餞別をやろう。まずはこれだ」

 そう云ってホムラが投げて寄越した小さなアイテムを、アイリーンは両手で受け取り、手を開いて目を丸くした。

「お兄ちゃん先生、これは?」

「あら、レイズジッポね」

 アイリーンの手の中を覗き込んだマリアはそう云うと、優しい手つきでアイリーンの持つジッポライターを取り上げ、ライターの蓋を開けた。

「このジッポライターはね、蘇生アイテムなの。死亡後、ゴースト状態になったときにこのライターに火をつけるとその場でライフゲージ五〇パーセント、バッドステータス完全回復状態で即時復帰ができるというものよ。使い切りアイテムだから、一度使ったら消滅するわ。蓋の開け閉めはこう。火をつけるときはここをこうね」

 恐らく現実でライターを使ったことのないアイリーンにそう話して、マリアはライターを返した。アイリーンは自分でも蓋を開け閉めし、きらきらした目でホムラを見上げ、

「レアアイテム?」

「三つ星レアだ。入手方法はクエストクリアの報酬とか色々……あと課金で買える」

「ただし課金アイテムとしてのレイズジッポには購入制限があるの。一ヶ月に一個だけ。一つ買ったらそのプレイヤーの購入画面では売り切れ状態になって、再入荷は翌月よ。あと使用制限もあって、一度使ったら二十四時間経過しないと二度目は使えない。何個でも買えて何度でも使えたらゲームバランスが壊れちゃうから仕方ないわね」

 そうすらすら述べたマリアのあとを引き取って、今度はカタナが云う。

「でも便利なんすよね。まずデスペナをキャンセルできるし、その場で復帰するから縄張り争いで死んだときに拠点に戻されることがないので、作戦の成否を左右することもある。ライフ半減状態なんで、使ってるところを見られたら即狩られるリスクもあるっすけど、このゲームをある程度やってるプレイヤーなら、お守り代わりに一個は持ってるやつっす」

「へー」

 アイリーンはジッポをもう一度開け閉めすると、ホムラを見上げてにっこり笑った。

「ありがとう、お兄ちゃん先生!」

「礼を云うのはまだ早い。真打ちはこれだ」

 ホムラはそう云って、またしてもジッポライターを投げた。しかしレイズジッポが銀色だったのに対し、今度のものは赤い。

 アイリーンの手に収まったそれを見るなりカタナが大声をあげた。

「レスキュージッポ! 火を灯すと、一番近くにいるフレンドを完全回復させるという、五つ星レアアイテムじゃないっすか!」

「フレンドを回復……?」

 そう繰り返したアイリーンに相槌を打って、ホムラは指を折り折り語った。

「レイズジッポとは似ているようでかなり違うアイテムだ。まずレイズジッポが自分を対象とするのに対し、レスキュージッポはフレンドを対象とする。次にレイズジッポは死亡状態から復活する蘇生アイテムだが、レスキュージッポは死んでるやつにも生きてるやつにも使える」

「んっと、蘇生アイテム兼、回復アイテムってこと?」

「そういうこった。しかもライフは完全回復する。一度使うと消滅する使い切りアイテムなのは同じ。そしてここが一番重要なんだが、レイズジッポやレスキュージッポといったジッポ系のアイテムは、二十四時間に一度しか使えないという制限を『共有』する」

 えっ、と目を丸くしたアイリーンに、今度はマリアが語る。

「このヤンキー・オンラインっていうゲームではね、回復手段にはいろいろ制限がかかってるのよ。対人ゲームなのに無制限に回復されたらやってられないでしょう? だからジッポ系のアイテムは、全部ひっくるめて二十四時間に一回って制限がかかってるの」

「あー、なるほど……つまり一度レイズジッポを使ったら、その後二十四時間、レイズジッポはもちろんレスキュージッポも使えない、と。どっちか一つなんだね」

 そう纏めたアイリーンを見下ろしたホムラは、満面の笑みで首肯うなずいた。

「さすが俺の生徒だ。理解が早いぜ」

「えへへ。もっと撫でてー」

 アイリーンがそう云ってホムラにくっついたところで、マリアがこほんと咳ばらいをした。

「まあとにかく、ジッポ系のアイテムは二十四時間に一回しか使えないという点を踏まえて、使いどころはよく考えなさい。特にレスキュージッポは五つ星レアだけあってとっても貴重よ。課金しても買えないし」

「そうだな。俺でも一個しか持ってないやつだ。でも、おまえにやる。上手く使え」

「……うん!」

 アイリーンは二つのジッポを握りしめて、元気よく頷いた。

 そのときカタナが声の調子を真面目なものに変えて云った。

「ヘッド、炎天から返信が来たっす」

 すると和やかだった場の空気が一変した。マリアはカタナを冷たい目で見つめて云う。

「みんなに聞こえるように読み上げて」

「族戦争は了承する。日時については調整を要求。細かい条件を詰めるために、一度そちらの代表者と中立エリアで会って話がしたい……だそうです」

「当然の要求ね。会談には私が出向くわ。同行者は……」

「ああ、待ってくださいヘッド。会談には私が行くっすよ。ヘッドはどんと構えて吉報をお待ちくださいっす」

 そう云って胸を叩くカタナを、マリアは胡乱げに見て云う。

「なにを考えてるのか正直に云いなさい」

 するとカタナはぺろりと舌を出したあと、マリアとホムラを交互に見て云った。

「さっきのお二人の話、私にも聞こえてたんすけど、戦力差が絶望的だからみんなで旗を守ってホムラっちが単独で炎天の旗を取りにいくって作戦、上手くいくと思いますか?」

「ほかに手がない」

「たしかにそうね。これだけ戦力差があると、全員で守りを固めて一人が攻撃に出るカウンター戦術しかないわ。そして攻撃役は、個人としては最強のグレンホムラが適任……」

 マリアはそうホムラの案を肯定してくれたのだけれど、口調は刺々しく、ホムラを見るその目には剣呑な光りがあった。果たして。

「でも気に入らない。その作戦だとあなたの役割が大きすぎる。重要すぎる。だって負けたら潰れるのは私のチームなのよ? それなのにあなたに命運を懸けろって云うの?」

 そう挑むように問われ、ホムラはマリアと睨み合ったが、二秒と経たずにホムラの方が目を逸らした。

「……ちっ、道理だな。テメーの方が正しい。テメーの旗をかけた戦争なんだから、テメーが納得いくようにすればいいさ。だが実際どうする? ほかに手があるのか?」

 あるのなら教えてほしい。マリアの気持ちがわかるだけに、ホムラは切実な気持ちでそう訊ねたのだが、マリアは返答に窮していた。

 そのとき、「はーい」とのどかな声をあげて挙手したのがカタナだ。

「思うに、やっぱ二〇対六〇〇ってのが無理なんすよ。これを二〇対二〇〇くらいに出来れば、それでも十倍っすけど、三十倍よりは断然勝ち目があるんじゃないっすかね?」

「そりゃそうだけど、そんなの無理だろ」

 ヒデヨシにしてみれば炎天の旗がかかっているのに、四〇〇もの戦力を遊ばせておく道理がない。だがカタナはにんまり笑って云う。

「無理じゃないっすよ。第三のチームを動かして、そのチームに炎天を横から突いてもらうんす。炎天が戦力の三分の二を割かなきゃいけないようなビッグチームにね」

 そんなチームは一つしかない。ホムラはすぐにそれと察して顔を強張らせた。

「おいカタナ、テメー、それは……」

「覇道竜威武っす」

「それは駄目だ」

 言下にそう切り捨てたホムラにずいと迫って、カタナはいつになく真剣な目をして云う。

「いや、これしかないっしょ。ウチがあなたと組む最大のメリットはグレンホムラの個人戦闘力じゃなくて、ハドーのリュージを動かせることなんすよ。了承してください」

「……俺はまだ、リュージには会えねえ」

「だから私が行くっす。ただあなたには、グレンホムラの名前を交渉の手札に使うことを許可してほしいっすよ」

 反論を許さぬ強い調子で云ったカタナは、次にマリアに目を向けた。

「ヒデヨシとの会談の場にリュージも呼ぶっす。グレンホムラの名前で釣るっすよ。で、その場でハドーと交渉すれば炎天にもそれは筒抜けになるわけで、卑怯な不意打ちにはならないっす。もちろんこれはハドーに炎天を倒してもらうってことじゃなくて、二〇対六〇〇っていう無茶苦茶な戦力差をちょっぴり是正してほしいな、ってだけのことっす」

「なるほど……」

 顎に手をあてて頷いたマリアの目が、たちまち輝きに満ちていく。顔をあげた彼女はホムラを見てわらった。

「私は炎天の旗を取るけど、ヒデヨシを直接倒すのはあなたに譲ってあげる。その代わりカタナさんにあなたの名前を預けて。こういう条件、どうかしら?」

 ホムラは思わず天を仰いだ。納得がいかない。自分もマリアと百姫繚乱を都合よく使おうとしたのに、いざ自分が都合よく使われる番になると容易には承服できない。

 だがそのとき、ホムラの特攻服の袖をくいと引く者があった。アイリーンだ。

「……ねえ、お兄ちゃん先生、憶えてる?」

「それは……例の、仲直りのことか?」

 ホムラがすぐに正解を云い当てると、アイリーンの顔がぱっと輝いた。首を傾げているマリアたちを尻目にアイリーンは云う。

「なんか色々大変なことになっちゃったけど、アイリ忘れてたわけじゃないんだよ?」

「俺も忘れちゃいないさ」

 ホムラはそう云うと俯いて、そこにあるマグマのような自分の心を見下ろしていた。

「……悪いが、今はまだ握り拳をほどくことはできない。できるとしたらあいつを一回、地獄に叩き落としてからだ。あの日つけそこなった勝負のケリを、つけてからじゃねえと」

「うん、ヒデヨシさんはそうだね。でもリュージさんは?」

 ホムラはそのとき息が詰まって、なにも云えなかった。

「ふふふ。お兄ちゃん先生が喧嘩した友達って、二人いたんだね」

「リュージとは、喧嘩ってほどの喧嘩はしてねえ。してねえが……」

「今は会えないってことは、心で喧嘩してるんだよ」

 どうしてだろう。現実では十一歳の子供に過ぎないアイリーンの言葉が、やけに心に響いてしまう。いや子供だからこそ、心の真ん中へ一躍に飛び込んでくるのだろうか。

「ヒデヨシさんにケジメつけなきゃ、リュージさんとも会えないんでしょ?」

「……そうだな」

 そのときホムラのなかで、転がっていた玉が穴に嵌まる感覚があった。あるいは撃鉄が起こされるような感覚があった。

「なんとしても勝たなきゃいけねえ。勝つことが大事だ。でなくちゃ、俺は前に進めねえ」

 ――そして二人ともう一度? いや、それはまだわからねえ。ヒデヨシを許せる自信も、リュージに許してもらえる自信もねえ。だが。

 ホムラは燃えるまなこでマリアを、カタナを、そして百姫繚乱の女たちを見回した。

「俺にとっても、この戦いは絶対に負けられねえ! カタナ、俺の名前、好きに使え。だが使う以上は必ずリュージを動かしやがれ。そして炎天の戦力を削いでこい!」

「なんかよくわかんないけど、任されたっす!」

 カタナが元気な声でそう云って親指を立てた。それを見てホムラがアイリーンと見つめ合い、微笑んでいると、マリアが無表情になって詰め寄ってきた。

「……あなたってやっぱり、ロリコンじゃないでしょうね?」

「なんでそういう嫌疑をかけやがるんだ、テメーは……」

 少しむっとしたホムラは、お返しをしてやることにした。

「あっ、そういえばテメー、あの指輪のことはちゃんとみんなに話したか?」

「なっ!」

 マリアが半歩後ろへ飛び退き、右手で左手を隠す。彼女はあの約束を律儀に守っていた。つまりルビー・ザ・ファイアバードを左手薬指に永久に嵌めておけという約束だ。

 そんなことを知る由もないカタナたちがこぞって物問いたげな目で見てくる。

「なんの話っす?」

「ああ、それはな――」

「わーっ! わーっ! わーっ!」

 誰もが目を丸くするくらい露骨に話を遮ったマリアは、肩で息をすると乱れた髪の奥からホムラをぎらぎらした目で睨んできた。

「ねえ、私が勝ったら指輪を外してもいいって条件で、もう一回タイマンしない?」

「ああ、いいぜ。ヒデヨシは俺と同じ炎使いだからな。やつが俺と同じ必殺技ブレイズ・バーニング・ドラゴンファイヤーを使ったことは今でも納得いかねえが……それはさておき、俺がヒデヨシを倒すと云っても状況がこっちの思い通りになるとは限らねえ。テメーが戦うケースも想定し、俺を仮想ヒデヨシとして稽古積んどくのは悪くねえさ。でも……」

「でも?」

「何回やっても俺が勝つから、テメーは永久に指輪を外せなーい!」

「その思い上がった天狗の鼻を、私がポッキリへし折ってやるわ!」

 そうして戦いを始めた二人を見て、カタナがため息をついた。

「あー、始めちゃったっすよ……アイリちゃん、こっちおいで。ヘッド、対戦モードじゃないと死んだらデスペナあるっすよ!」

 そんな忠告は、ホムラにもマリアにも聞こえていなかった。二人は戦いの渦に引き込まれて、拳でお互いを語っていた。


        ◇


 次の日の夜、重光に佳多那から長文のメールが届いた。

 それによると今日の昼間、佳多那はカタナとしてヤンキー・オンライン中立エリアでヒデヨシに会い、族戦争の日時について調整をつけてきたと云う。そこへあらかじめカタナが声をかけておいたリュージがひょっこり姿を現した。

 驚くヒデヨシの前でカタナはリュージと交渉を開始し、見事、覇道竜威武と手を組んだそうだ。そして気色ばむヒデヨシにリュージはこう云った。

 ――俺たちはあくまで側面支援に徹する。正面からやるつもりはねえ。そもそも族戦争を申請したら第三チームが当事者チームのフラッグを奪うことは不可能だ。だからヒデヨシ、安心して四〇〇人ほどこっちに振ってくれや。

 ――リュージ、テメー……。

 ――そう怒るなよ。こっちに四〇〇人回したって戦力差は十倍だろ? それにこっちに回す四〇〇人は雑魚でいい。精鋭を寄越せとは云わねえよ。そこは百姫繚乱にがんばってもらわないとな。これはテメーらの戦争なんだから。

 そう云われたヒデヨシは怒りに体を震わせたと云う。

 なるほど炎天はビッグチームだから、構成員にもピンからキリまでいるだろう。では低レベル帯のプレイヤーは役に立たないかと云うと、決してそんなことはない。たしかに異能獲得者トッププレイヤーと直接対峙するような状況になれば瞬殺されるだろうが、戦争は数であり、数が多ければ戦術の幅も広がる。四〇〇人の兵隊を失うというのは、絵を描くときに十色ある絵の具を三色に減らされるようなものだ。

 ――クソが!

 ヒデヨシはそう吐き捨てたが、結局この条件を呑んだ上で族戦争を受けた。ヒデヨシはもうこれ以上、ホムラから逃げるわけにはゆかないのだ。伝え聞くところによると炎天とグレンホムラがいよいよ決着をつけるということで、チーム内外でかなりの盛り上がりがあるらしい。そんな状況で逃げたらヒデヨシは立場を失う。ホムラからすべてを奪い、二代目グレンホムラとして王覇竜威武の後継となる夢が潰えるのだ。

「……そして俺もまた、リュージから逃げられないか」

 カタナからのメールを読み終えた重光は、ホムラの口調になってそう独りごちた。

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