第七話 カタナ奮戦す

  第七話 カタナ奮戦す


 その日、ファントムの重光は朝から仮想世界の街を散策して過ごしていた。

 当たり前だが、ヤンキー・オンラインがファントムダイブのすべてではない。仮想世界内からヤンキー・オンラインにログインせず、ただの重光コピーとしてバーチャルシティで友達と会ったり、アトラクションを体験したり、映画鑑賞や読書をしたりもできる。分裂と融合を繰り返し、二つの世界で二つの人生を生きるのがこの時代のスタイルだ。

 ――ここは仮想世界。今の俺はコピー。精神クローン。オリジナルに融合できるってことを知らなけりゃ、自分がコピーであることには耐えられないって話もあるけど。

 などと益体もないことを考えながら、重光は仮想世界上の街を歩きつつ、片手で携帯デバイスを弄んでいた。これで電話をかけることで、リアルとバーチャル両方の人間に連絡できる。その気になれば、今ごろ現実の学校で補習を受けているオリジナルの重光に電話をかけて、ログアウトサインを出す代わりに直接回収を依頼することも可能だ。

 夕方五時、そのバーチャルデバイスにメールの着信があった。観空からだ。

 ――わかってると思うけど時間よ。来なさい。

 重光は微笑むと、右手親指を立てて手首をひねるポップアップサインを出し、ARメニューを操作してヤンキー・オンラインにログインした。瞬時に世界が変わり、重光はホムラとして百姫繚乱のアジト前に立っていた。そのホムラを待ち構えていたマリアが云う。

「三十秒の遅刻よ」

「大目に見ろよ」

 ホムラがそう云って笑ったとき、アイリーンが、カタナが、百姫繚乱のメンバーが次々にログインしてきた。そして全員が揃うと、マリアが声を張り上げた。

「よく集まってくれたわ。本日、午後六時より十時まで、炎天との族戦争を行う! 勝てばよし、負けたらこのチームは今夜でおしまい! そういう戦いよ。みんな覚悟はいいわね?」

 おおおっ! と、女とも思えぬ勇ましい歓声が大気を震わせた。


        ◇


 そのあとカタナたちは場所をアジトの一室に移し、作戦の最終確認を始めた。だがもう何度も繰り返し確認したことだから、カタナはマリアの話よりも自分の心の声に耳を傾けていた。

 ――勝てるかなあ。負けちゃったら今日でこのチームも終わりっすねえ。振り返れば前のチームも、前の前のチームも潰されちゃってるんすよね、私。

 そこへいくと百姫繚乱は長生きだった。グレンホムラが去ってヤンキー戦国時代が終わり、停滞期に入っているというのもあるだろう。

「……カタナさん?」

 マリアに声をかけられたカタナは、はっとして顔をあげた。

「ああ、説明終わりっすか?」

「なによ、聞いてなかったの?」

 目に角を立てるマリアに苦笑いして、カタナは慌てて云い訳をした。

「作戦ならもうちゃんと頭に入ってるっすよ。大丈夫大丈夫。ハドーのおかげで敵の数が二〇〇人に減ってよかったすね。ホムラっちが最初に云ったカウンター戦術以外の作戦が採れるようになって。ま、それでも苦戦間違いなしっすけど」

 カタナはそう云って笑うと右手を差し出した。マリアが目を丸くする。

「なによ?」

「握手。楽しかったっすよ、女の子チーム」

「馬鹿ね、それじゃこれで最後みたいじゃない。私たちは勝つのよ?」

「勝つけど念のためっす」

 するとマリアは笑って握り拳を掲げてきた。それでカタナも差し出した手を拳に変えて、マリアの拳にこつんとあてた。笑っていたマリアが真顔に戻る。

「六時になったら戦争開始よ。手筈通り、私は特攻部隊を率いて炎天のシマに乗り込むわ。アジトの守りは任せたからね、カタナさん」

「うっす。ホムラっち、うちのヘッドをよろしくっす」

「おう。テメーも気合い入れな。スケバンの意地を見せてやれよ」

「スケバンじゃなくてレディースっすよ」

 カタナは白い歯を見せて笑った。

 そしてマリアとホムラ、アイリーン、十四人の百姫繚乱メンバーがそれぞれのバイクで炎天のシマに向かうのをアジト前で見送ったカタナは、二刀をひっさげ、自分とともに残った四人の仲間に向かって歌うような口調で語る。

「さーさてさてさて、セオリー通りなら敵さんは往復戦術を取るはずっす。ハドーがちゃんと仕事してくれたら敵の総数は二〇〇人、それを攻撃部隊と防御部隊に割って一〇〇人。つまり一〇〇人規模の攻撃部隊が旗を狙ってここに来るっす。迎え撃つは私たち五人と、Gルームのガーディアンちゃん。ざっくり五人で百人と戦う計算っすね。もちろん想定外が起こる可能性はあるっすけど、炎天の立場で考えて二〇〇対二〇なのに敢えてセオリーを外す意味はわかんないっすね」

 カタナはなるべく明るく語ったつもりだったけれど、改めて絶望的な戦力差を突きつけられ、メンバーたちの顔は一様に陰った。一人が暗い顔をしてぽつりと云う。

「……勝てますかね?」

「なんとか勝つっす」

 そう云ったカタナは手を叩いて仲間たちを鼓舞すると、予定通りアジト内に引き上げて扉を施錠し、屋上に出た。

「みんなバイクはちゃんとアイテムストレージにしまったっすね? じゃあ散開!」

 カタナ以外の四人が四隅に散り、全員が双眼鏡を構えてアジトの周囲に目をやった。仮想世界であるファントムワールドの時間は現実世界とリンクしている。もうすぐ午後六時だが、八月なので空はまだ明るい。そして時計の針は回り……。

「……さあ、時間っすよ! 泣いても笑っても決戦っす!」

 カタナそう云って自分を奮い立たせたときだった。

「来ました! 来ましたよ!」

 一人が発したその声に駆け寄ったカタナたちは、遠くにヘッドライトの灯りを見た。最初一つだったその光芒はみるみる数を増していき、さらにはバイクのエンジンの轟きさえも風に乗って聞こえてくる。カタナはポップアップサインを出し、フレンドリストからマリアを選択してコール、通信はすぐに繋がった。

「ヘッド、来たっす!」

「数は?」

「ヘッドライトの光芒は五十!」

 それを聞いて双眼鏡を覗いていた一人がすぐにカタナを振り返って叫んだ。

「やつら二人乗りしてる!」

「二人乗りしてるんで、概算で百!」

「初歩的な偽装工作ね。オーケー、まあ大雑把に二〇〇人を攻撃と防御で半々に分けたってところかしら? やったわね、カタナさん。五対一〇〇なんて燃える展開じゃない?」

「ぶっ殺すっすよ?」

 次の瞬間、二人は揃って笑い声をあげ、すぐに真剣な口調に戻ったマリアが云う。

「一秒でもいいから時間を稼いでちょうだい。そのあいだにこっちは炎天の旗を取る!」

「うっす!」

 カタナはそう云って通話を終えると、据わった目をしてメンバー四人を見渡した。

「元より、自分たちは決死隊っす。炎天相手に勝つには、一秒でも長く一人でも多くの敵さんをここへ引きつけておけるかどうかが鍵っすよ。わかってるっすね?」

 そこで言葉を切ったカタナは大きく息を吸い、

「気合入れていけ、テメーら!」

「おおっ!」と、四人はカタナの期待した以上の声をあげてみせた。


 百姫繚乱のアジトに攻め込んできた炎天のヤンキーたちはおよそ一〇〇人。指揮官はそれを二つに分け、半数でアジトを取り囲み、もう半数でバリケードを踏み破って建物の内部に押し入ってきた。対するカタナたちは五人である。これほどの戦力差があると、もうGルームの扉を背にして守りに徹するしかない。

 アジト地下一階にあるGルームまで伸びる廊下は一直線である。その突きあたり、両開きの扉を背にして、カタナたちがそれぞれの獲物を手に待ち構えていた。カタナは二刀を提げている。やがて大勢の跫音あしおとがして、炎天のヤンキーが姿を見た。

「いたぞ!」

 それを合図に、たちまち炎天の男たちが殺到してくるが、そのぎゅうぎゅう詰めのありさまを見てカタナはせせら笑った。

「見ての通り狭いんで、数をたのみに突破しようとしても無駄っすよ。地下だし後ろの扉の先はGルームだし、ほかの入り口はないっす。こっちは五人っすがそっちも同時に戦えるのはそんなもんっしょ」

「けっ。要するにテメーら袋の鼠ってことじゃねえか」

 そう吐き捨てながら、赤く染めた髪をオールバックにし、鬼の角を思わせる反り込みを入れた男が進み出てきた。彼は木刀を肩にかつぐと大いに眉をひそめた。

「マジで五人しかいねえのな。テメーらそれっぽっちで俺らから旗を守ろうってのか」

 それに対し、カタナは軽く口笛を吹いた。

「おや、あんたは炎天のサブヘッドの、ええっと……」

「ジンベエだよ!」

「ああ、そうそう。ジンベエさん。昔は王覇竜威武にいたんすよね。グレンホムラさんと戦うことになってどんな気持ちっすか?」

「うっせえ。あの人に喧嘩売ったときから腹は決まってんだ。テメーらこそホムラさんと組んで宣戦布告してきやがって。俺らの標的はホムラさんであってテメーらじゃねえんだから、喧嘩売ってこなきゃ長生きできたぜ。わかってんのか、固羅?」

「いや、先に喧嘩売ったのそっちじゃないっすか」

「まあそうなんだけどよ、テメーらのシマでホムラさんを見かけたって情報タレコミがあったんだから、そんなんガサ入れに行くに決まってんだろ。んで、ホムラさん見つかったんだから、そっからはホムラさんとの喧嘩になるだろ。そのついでに蹴散らされたレディース如きがよ、いちいち楯突いて来んなや。落とし前とか抜かしやがってピーチクパーチク、こっちは面倒この上ないぜ。どうせ勝てねえんだから、無駄な抵抗やめてそこどいてくれねえかな」

 そう云って自分たちを見るジンベエの目が虫けらを見るようなものだったので、カタナの心は鋼よりも冷たくなった。

「つまり弱小チームは殴られても踏んづけられても黙ってろってことっすね。やっぱおまえら、ぶっ殺し確定っすわ」

 カタナがそう云って塵地螺鈿飾剣を突きつけると、ジンベエは自分が見たものを疑うように目を見開き、やがて背を反らして呻き声をあげた。

「てめえ、それは、その刀は……」

 それで炎天のほかのヤンキーたちも気づいたらしい。次々にざわめき始める。

「あれは塵地螺鈿飾剣じぇねえか!」

「グレンホムラの愛刀だ! なんであいつが持ってんだ!」

 その反応に気をよくしたカタナは、しろい歯を見せて笑った。

「もらったんすよ! ちなみに当然プロテクトしてるので、私を倒しても拾えないぞオラ!」

「ち、ちくしょうっ! おい、たしか塵地螺鈿飾剣って……」

「ああ、七つ星レアの武器だからな。攻撃力が高いことはもちろんだが、装備しているだけでステータスに上方修正がかかったり、ライフが上乗せされたり、属性ダメージを軽減したり……とにかく七つ星レアの例に漏れず、クソチートアイテムだよ!」

「ふ、普通そんなもん人に譲るか?」

「くそーっ! わりに合わねえ!」

「ジンベエさん、こりゃ相手が五人と云っても……」

 炎天のヤンキーたちが見つめる先で、ジンベエは忌々しげに眉をひそめていた。

「ホムラさん、自分の持ってる装備やアイテムを分配して全体の底上げを図りやがったな。共闘宣言は聞いてたが、まさか七つ星レアアイテムを譲るとは……よく見りゃほかの奴らが持ってる武器も、ホムラさんが使ってたやつばっかじゃねえか……」

 そこでため息をついたジンベエは、一転、目の色を変えて叫んだ。

「テメーら、切り替えろ! 場所が狭えし、ちっとばっかし苦戦するぞ。だが勝てない相手じゃねえ。消耗したやつは元気なやつに交代して、確実にすりつぶしてやれェ!」

 ジンベエのその声が号令となり、炎天のヤンキーたちは雄叫びをあげて一斉に突撃してきた。カタナは一気にアドレナリンが出て、血湧き肉躍り、そして笑う。

「ぶっ殺せえやあ!」

 喉がひっくり返りそうな声を上げたカタナが、二刀を振りかざして炎天のヤンキーたちに斬りかかった。

 そこから乱戦が始まった。幸い、地の利はカタナたちにある。一本道の廊下が単純に狭いのだ。百姫繚乱の五人と炎天の五人が入り乱れたら、もうそれで空間がいっぱいになって、それ以上の人数をかけようとすれば、振り回す武器が当たったり体がぶつかったりして同士討ちが起こるだろう。

「おらあっ!」

 電光一閃、カタナの塵地螺鈿飾剣が敵のヤンキーを切り裂き、やられたヤンキーはゴーストになって転がった。それを見たジンベエが舌打ちする。

「一撃でかよ! クソッ、あの刀……いったん下がれ! 誰か飛び道具持ってこい!」

「おお、さすがに判断早いっすねえ」

 炎天側が引いたので、カタナも一息ついてそう揶揄の声をあげた。

 ――結局、殺れたのは三人だけか。

 一方、こちらはカタナこそまだ悠然としているけれど残りの四人は重軽傷を負っている。さらに倒した三人のゴーストも、後退したところでジッポライターを取り出した。

「あー、レイズジッポ」

 チームフラッグを賭けた総力戦となれば、当然向こうもレイズジッポを出し惜しんだりはしない。ジッポライターに火が灯るや否や、ヨチヨチ歩きの可愛いゴーストと化していた炎天のメンバーが、いかついヤンキーのアバターに復帰した。

 ――二十四時間に一度だけ使える自己蘇生アイテム。まあ当然、みんな一人一個は持ってるっすよね。

 そうこうしているうちに、炎天のヤンキーたちがボウガンを構えた。無数のぎらつく鏃を見て、レディース少女の一人が引き攣った声をあげる。

「カタナさん……」

「びびんない、びびんない」

 とは云ったものの、飛び道具を前にしてカタナも攻め手をいていた。作戦の前提として、自分たちはGルームの扉を守らねばならない。しかし扉の前に釘付けにされていては、ボウガンの矢を浴びて針鼠になる。

「攻めましょう!」

 レディース少女の健気な声にカタナもその気になりかけた。が、それを聞いてジンベエがにやりと笑う。

「おうテメーら、こいつらが飛び出して来たら、何人かすり抜けて裏を取れ。数じゃこっちの方が上なんだ、挟み撃ちにしちまえば終わりだよ」

「あちゃあ」

 カタナは大きく顔をしかめた。そう、カタナたちにとって、扉を背にして戦っているのが最大の地の利である。それなら後ろは気にせず前方にだけ集中していればよい。しかし後ろを取られたら? そのときはあっという間にやられるだろう。

 守れば針鼠、攻めれば挟み撃ち、こちらも飛び道具で応戦したところで矢数が違う。

「うーん、どうするっすかねえ」

「はははっ、諦めろや。自分よりでかいチームに喧嘩売ったらこうなるんだよ。兵隊のテメーらがここでちょっと頑張ったところで、大勢はなんにも変わりゃしねえ――撃て!」

 それは一瞬だった。無数のボウガンの矢が、一瞬でドスドスと重たい音を立てて少女たちに突き刺さる。二刀で矢を叩き落としたカタナを除いた四人は全員が矢を浴びてもんどりうち、重傷だった一人と、頭部に即死ダメージを受けた一人がゴーストになって転がる。残る二人もライフゲージがレッドゾーンに入った。奇跡は、起きなかった。

「くそが!」

 そう吐き捨てたカタナは、せめてジンベエの首を落としてやろうと踏み出したが、そのときジンベエが余裕の笑みとともに銃を構えた。

「――えっ?」

 カタナが我が目を疑った次の瞬間、ジンベエの手にした銃が火を吹き、カタナの腹部を銃弾が貫いていった。ライフゲージが大きく減少し、たまらずカタナは膝をついた。

「……拳銃チャカ!」

「そうだよ」

 ジンベエは勝ち誇りながら、黒光りするオートマティック拳銃をカタナに向けた。そのときに炎天のヤンキーたちが雄叫びをあげて百姫繚乱の少女たちに襲い掛かり、生き残りの二人もたちまちゴーストにされたが、カタナだけはまだ生かされていた。

「テメーがなんでそれを……ま、まさか炎天はチャカをいくつも持ってるっすか?」

「いや、さすがにそれはねえ。ヤンキー・オンラインでチャカを入手するのは、日本で一般人が拳銃を入手するのと同じくらい難しい。炎天が持ってるチャカはこれ一挺だけだよ」

「てことは……」

「ふっふっふ。ヒデヨシさんは攻撃部隊を指揮する俺にチャカを預けてくれたんだ。武器やアイテムを分配して全体の戦力強化を図ったのはテメーらだけじゃねえってことよ」

 ジンベエはそう云いながら、跪くカタナの額に銃口を据えた。

「いやあ、やっぱり時代は銃だね。刀じゃ銃には勝てねえよ。リアルでも、ゲームでもな!」

 そしてジンベエの銃が火を吹き、カタナの額に風穴を穿った。即死したカタナはヨチヨチ歩きの小さなゴーストとなってその場に転がり、立ち上がってぽつんと佇んだ。そこへ同じくゴーストとなった仲間四人が集まってくる。

 カタナたちは言葉少なに何事か話すと、廊下をGルームとは反対の方向へ向かって歩き出し、炎天の男たちから距離を取って振り返った。

 そんなカタナたちを見て、ジンベエは拍子抜けしたような顔だ。

「なんだ、レイズジッポ使わねえのか。二十四時間に一回だけならコンティニューできるのがヤンキー・オンラインだろうが。まさか持ってねえわけねえよな」

 それにカタナたちはなにも答えない。ただゴースト状態の、力の抜けるような可愛い顔でじっとジンベエたちを見つめている。

 と、炎天のヤンキーの一人がジンベエに笑いながら云った。

「戦意喪失したんじゃないんすか? レイズジッポ使ってライフ半分で復活したからって、またすぐぶっ殺されるだけっしょ」

「……かもしれん。だが、釈然としねえ」

「じゃあどうしますか?」

「ゴースト状態でいられるのは十分間だけだ。石橋を叩いていくなら、十分待ってこいつらが復活ポイントに戻されるのをきっちり確認しておきたいところだが……」

「でもこいつらの復活ポイントって、このアジトっすよね?」

「ああ、すぐ近くで復活する。てことは、待っても意味がねえ。だが念のためだ。誰か二人、こいつらを見張っておけ。変な動きを見せたらすぐ報せろ。ほかの奴らは俺と一緒にGルームに突っ込むぞ!」

 おう! と勇ましい返事が返り、カタナたちを見張る二人を残して、炎天のヤンキーたちはGルームの扉の前に勢揃いした。

「さあて、ガーディアンさんと御対面だ。行くぞ踏み破れオラァ!」

 横一列に居並んだ数人のヤンキーたちが、勇ましく扉に体当たりを試み、そして全員はじき返された。なかには尻餅をついた者もいる。

「か、かてえ」

「諦めんな。Gルームの扉は普通の扉のようには破壊できねえが、その代わりライフゲージが設定されてる。扉に攻撃しまくれば、そのうちぶっ壊れるはずだ」

「でもGルームの扉ってめちゃめちゃタフじゃん。普通にやったら一時間かかるよ」

「てかロックは? 正統派にロック解除でいこうよ。誰かロック解除スキル持ってるやつ、扉横のパネルいじって。それなら五分とかからず終わるっしょ!」

 そうしてヤンキーの一人が扉の横にあったパネルの前に立ち、電子ロックされているGルームの扉をいとも簡単に開錠してしまった。

「これでばっちりだぜ、ジンベエちゃん!」

「ようし! テメーら今度こそガーディアンさんと御対面だ。行くぞオラァ!」

 そしてふたたびヤンキーたちが扉に体当たりを試み、またしても全員はじき返された。それを見てため息をついたゴースト・カタナが、ペンギンのような手を挙げて云う。

「あのねえ、あんたら。それ逆っす。押して開けるんじゃなくて引いて開けるんす。Gルームって防衛の都合上、扉の形状は色々カスタマイズできるじゃないっすか。シャッターにしたり檻みたいにしたり……ウチのは外開きの観音扉なんすよ」

 するとジンベエがちょっと顔を赧くしながら叫んだ。

「そ、そういうことは先に云えオラァ! テメーら、引けコラァ!」

 ジンベエの号令一下、炎天のヤンキーたちは扉の把手に取りつき、一斉に扉を引き始めた。両開きの中央に縦の亀裂が走ったかと思うと、みるみる扉が開いていく。

 そしてその先に、身長二メートルほどのロボットがいた。上半身は人型、下半身は四足で、両手に大ナタを持っている。Gルームのガーディアンだ。外見や装備はカスタマイズ可能で、ヘッドがログアウト中は無敵化する特性を持つが、族戦争中はその特性も封印されている。戦闘力はレベル五〇程度、ジンベエたちにとっては造作もない相手だ。

「よおし! こいつを倒せばフラッグは手に入れたも同然だ! 行くぞ!」

 おおおっ! という炎天の男たちの雄叫びに紛れて、カタナは四人の仲間に囁いた。

「……じゃあ予定通り、ガーディアンが倒されたタイミングで行くっすよ」

 四人が黙って頷いた。

 やがてガーディアンが大きな音を立てて倒れたとき、カタナたちを見張っていろと命じられた二人のヤンキーもGルームの方へ視線をやった。大きな敵が傾き、倒れていくのはそれだけで見応えがあるものだ。

「おお、やったやった」

 と、見張りのヤンキーが笑いながら手を叩いたところで、カタナたちは一斉にレイズジッポに火を点けた。愛らしいゴーストの姿が掻き消えて、カタナたちが元の姿を取り戻す。だが勝利の瞬間にあったジンベエたちはそれに気づかず、ワイワイと浮かれてGルームへ雪崩れ込んでいった。

「よっしゃあ! 作戦第一フェーズ完了だ! あとはこのフラッグをヒデヨシさんのところまで運ぶだけ……って、おい。フラッグはどこだ?」

 ジンベエが不思議そうにGルームのなかを見回した。彼が事態を把握するまであと五秒といったところだろうか。

 ――その五秒で決める!

 カタナは強い意思とともに静かな一閃を放ち、見張りの二人を後ろから不意打ちにして音もなく斬り捨てた。

 一方、Gルームにぞろぞろと入っていった炎天のヤンキーたちは、そこにあるがらくたをひっくり返し始めた。本来、百姫繚乱のGルームは綺麗に整頓されている。あのがらくたは本作戦を遂行する上でカムフラージュのためにわざと置いたものだ。

 がらくたの一つを蹴っ飛ばしたヤンキーがジンベエを振り返って云う。

「フラッグないっすよ、ジンベエさん」

「ない……?」

 そう繰り返したジンベエが、突然、あっと声をあげた。

「まさか、片道戦術!」

「気づいたときにはもう遅いっす!」

 二刀を鳥の翼のようにひろげたカタナが、振り返ったジンベエたちの視線を釘付けにするあいだに、二人の仲間が扉を片方ずつ、押して閉めにかかる。一瞬のことで、炎天のヤンキーたちは動けなかった。ただ部屋の真ん中からジンベエが愕然と叫んだ。

「テメーら、フラッグ、持ち出しやがったな!」

 そう、ヤンキー・オンラインの縄張り争いにおいては、防衛部隊が自旗を守りつつ攻撃部隊が敵旗の奪取を試みる往復戦術が一般的である。敵のシマでは敵チームメンバーのステータスにプラス補正がかかることや、罠や伏兵の存在を考えると、旗を持ったまま敵地に攻め込む片道戦術は非常に危険だからだ。だが今回、百姫繚乱はそれでも片道戦術を採用せざるを得なかった。このアジトと、からっぽのGルームに敵勢を引きつけるために。

「いやあ、だってハドーに四〇〇受け持ってもらっても二〇〇対二〇っすよ? こんなの普通にやったら負けるんだからセオリー通りにやるわけないっしょ、バーカ!」

「テメー!」

 ジンベエが怒りに任せて飛び出したとき、扉が完全に閉められた。すぐに仲間の一人が扉脇のパネルに飛びつき、扉を電子ロックする。その直後、扉に体当たりする凄い音がした。カタナは一瞬、冷やりとしたが、扉は破られなかった。

「くそっ! 開けろボケ!」

 扉越しのくぐもった声に、カタナはにやりと笑って答えた。

「開けるわけないっしょ。でもってGルームの扉って基本電子ロックで、パネルと開錠スキルがあれば開けられるけど、Gルームの室内側にパネルってあったすっかねえ?」

「あっ……」

「これは旗取りゲームだから、Gルームの扉は破れるようになってるっす。でもGルームのなかに閉じ込められたアホが脱出することは想定してないっすよね」

「な、なめてんじゃねえぞ! パネルがないなら扉をぶっ壊せばいいだけだろうが!」

「そっすね。でもこっちは時間稼げればいいんで。一時間、扉を攻撃する作業どうぞっす」

 扉のライフは多いっすよ、とカタナがせせら笑ったとき、仲間たちが声をかけてきた。

「やりましたね!」

「あいつら馬鹿だから見張り以外全部入りましたよ!」

「これで残りは外を囲んでるやつらが五十人!」

「そうっすね、これだけやってもまだ五十人、相手にしなきゃっす」

 カタナは苦笑いして、先ほど不意打ちにした見張りの二人を見た。その二人はゴースト状態のまま成り行きを静観している。情報を持って帰るために観察しているのだろう。

 ――ゴースト状態でいられるのは十分。十分経過するとアジトの復活ポイントに強制転移し、デスペナルティを支払って復活する。ゴーストはゲームに干渉できないからこっちもやつらを追い払えない。

「レイズジッポ使わないんすか?」

 カタナがそう突いてみても、彼らはなにも云わなかった。

 そのうちに、扉越しに男たちの声が聞こえてきた……。

「ジンベエちゃん、こうなったら『死に戻り』しかねえよ。死んでゴーストになればアジトにワープできる」

「それはそうだが、この状況じゃ敵の手にかかって死ぬことはできねえ。自殺や味方殺しによるデスペナは、警官マッポに捕まったときの逮捕ペナルティより重いぞ!」

 そう。わざと死んでゲームに干渉しないゴーストになり、危険地帯をすり抜けたり、敵地に潜入して情報を集めたり、拠点に撤退したりするゴーストプレイは戦術的に有効とされているが、同時にそれ相応のペナルティも科せられていた。自殺や、故意のフレンドリーファイアによる自殺ペナルティは、通常のゲームでは考えられないほど重い。

「お、俺は厭だ……レベルダウンも、所持金没収も、アイテムのプロテクト枠の永久削減処分も、ジッポ系アイテムの無期限使用停止処分も、どれも受けたくない……!」

「じゃ、じゃあどうするよ、ジンベエちゃん?」

 ややあって、扉越しにジンベエの決意に満ちた声がした。

「テメーら、よく考えろ。まず外に残してきた仲間が五十人いる。あいつらが俺らを助けようと動いてくれるはずだ。もちろん、そのあいだに敵の攻撃チームがヒデヨシさんたちと接触するだろうが、向こうはホムラさんを入れても十六人、対するこっちはヒデヨシさん率いる精鋭チームが百人! 負ける道理がねえ!」

 お、おお……と、わずかに希望で膨らんだ声があがった。

「でもジンベエちゃん、ヒデヨシさんにはなんて云う? フレンドリストからダイレクトコールで連絡できるけど……」

「そ、そうだな……とりあえず敵が片道戦術をやってることは伝えなくちゃならねえ。でもって足止め食ってるから、駆け付けるのに時間がかかることも伝えよう。メッセージで」

「メッセージで? それって双方向じゃなくて、一方通行のやつ?」

「そうだ。それでヒデヨシさんから折り返しのダイレクトコールがあったら、そのときは観念しようぜ」

「Gルームに閉じ込められちまったってことは?」

「……そこは伝えなくてもいいだろう」

「……いいのかなあ」

「いいんだよ! それ伝えて自殺して戻って来いって云われたらどうすんだ! つーか、俺らが行かなくてもヒデヨシさんたぶん勝つし! いや、一〇〇対十六なら勝ってもらわなくちゃいけねえ! 俺らのヘッドなんだから!」

 そしてジンベエの声が扉を貫いて放たれる。

「外にいる見張りの二人! テメーらどうせ不意打ちでやられてゴーストになってんだろ! 外で囲んでるやつらに俺らを助けてくれって伝えてくれ! 俺らは全力で、この扉攻撃すっからよォ! 頼んだぜ、オイ!」

 するとそれを聞いて、ゴーストになっていた見張りの二人が頷き合い、回れ右して走り出した。カタナたちにそれを止める術はない。

 ――ま、死に戻りされなかっただけで御の字っすかね。

 そのとき扉の向こうでジンベエの威勢のよい声がした。

「ようし、扉をぶち破るぞ!」

「おおお!」

 元気を失わぬその叫びにカタナが苦笑したとき、レディース少女がカタナを見上げて不安そうな声で云う。

「カタナさん……」

「とりあえずアイテムストレージからバイク出すっすか」

「え? ここで?」

「そうっす。さっきは思いつかなかったけど、バイクを盾にすればボウガンの矢くらい防げるっすよ。残り五十人……ヘッドたちがヒデヨシを撃破するまで持たせるっす!」

 すると四人は一瞬呆然としたようだが、すぐに全員が目に力を込めて次々に云う。

「よっしゃ! ホムラさんから貰ったばかりのエリミちゃん、盾代わりにしちゃうのはもったいないけど並べますよ!」

「飛び道具の打ち合いになりますよね! あたしボウガンやスリングショットあります!」

「ははっ、その意気っす」

 カタナは四人を頼もしげに見て笑った。

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