エピローグ

  エピローグ


 次の日のことだ。今日も今日とて補習を終えた重光は、帰り支度を整えて学校を出た。学期中なら八限ある授業も夏休み中は六限で終わるので、まだ夕方の四時前である。蝉時雨のなかをのんびりと歩き、周囲に自分たちしかいなくなったところで、重光は口を切った。

「……今日は時間がありますから、お茶でもどうですか?」

 すると隣を歩く観空が意外そうに目を瞠った。

「どういう風の吹き回しよ?」

「あなたと真剣に向き合うと云ったでしょう。話しておかなくてはいけないことがあります。たぶん、あなたもそれを訊きたいと思っているんでしょうけど」

「実はそうなのよ。炎天倒して、ゲーム内で一晩中祝杯あげた思い出を、今朝起きてファントムを回収したときに味わったのよね。それでいい気分でメールとかチェックしてたら、フレンドリストからホムラの名前が消えてるのに気づいたわ。なんなの? 絶交?」

「いえ、退会してアカウントを抹消しただけです」

 次の瞬間、観空はなにもない道の真ん中でいきなり転びそうになった。

「本田さん、どうしたんですか?」

「どうって――」

 ヒステリックに叫び出しかけた観空は、呼吸困難に陥ったように喘いだあと、こらえていたものを溢れさせるように叫んだ。

「退会? 退会って、消したの? レベル二二〇のアカウントを?」

「ええ、消しました。もうホムラに未練はありません」

「信じられない!」

 観空は勢いよく天を仰いだ。体が弓なりに反っていて、どうかすると後ろ向きに倒れてしまいそうな感じがしたので、重光はそっと彼女の手を取った。

「そんなに驚くことはないでしょう」

 すると観空はまた顔を前に戻し、恐ろしいものを見るような目で重光を見た。

「本当に信じられない。七年間積み上げたものを消すなんて、私だったら絶対できない」

「今までの頑張りが無駄になる? そういう考え方は捨てた方がいいですよ。損切りできなくて深みにはまりますからね。ま、かく云う僕もこの決断をするのに一年かかったんですけど」

 それに観空はなにか云い返そうとしたのか、大きく肩を吸い、重光を睨んで、しかしそこで意気阻喪したように項垂れてため息をついた。

「そう、アカウント、消したの……ヤンキー・オンライン、辞めるの……」

「辞める? 誰がそんなこと云ったんです?」

「えっ?」

 観空が弾かれたように顔をあげた。さっきから仰け反ったりうつむいたり、反応がいちいち面白い。と、そんなことを思いつつ、重光は云った。

「ジグソーパズル」

 藪から棒のその言葉に、観空はきょとんとしている。

「パズル?」

「ええ。本田さん、ジグソーパズルって完成させたら額に入れて後生大事に飾っておくタイプですか? 僕は……僕はパズルを壊してもう一度遊ぶタイプです」

 その迂遠な言葉の意味するところを理解したのか、観空は今日一番面白い顔をした。許されるなら、写真に撮っておきたいくらいだ。

「あなた、まさか……」

 それですべて伝わったと見た重光は、早くも踵を返していた。

「さて、それじゃあ本田さん、愛梨ちゃんのこと、くれぐれもよろしくお願いしますね」

「それはもちろんだけど――ねえ答えて! それ冗談なの? それとも本気?」

「もちろん本気ですよ」

 重光は薄く笑うと、先に立って歩き出した。


        ◇


 そしてその夜、ヤンキー・オンラインに新たなプレイヤーが現れた。名前はシュリ。身長一八〇センチ、黒髪に黒目をしたハンサムな青年でレベルは一、初期装備として選んだ服は龍柄のスカジャンにジーンズである。ヤンキーの命とも云えるバイクはまだない。

 そんなまっさらなルーキーが、新鮮な気持ちでヤンキー・オンラインの夜の街を漫ろ歩いていると、前方にヘッドライトの光りが見えた。

 ――プレイヤーか? この辺は百姫繚乱のシマだが、いきなり御対面か?

 シュリはそう思って、車道の真ん中で立ちどまった。NPCの運転する車がクラクションを鳴らしながらシュリを避けて通っていく。そんな一般車両を威嚇するようにして、大きな音を鳴らしながら、三人のヤンキーがそれぞれのバイクに乗って姿を現した。

 左から順にモヒカン、スキンヘッド、リーゼントである。揃いの特攻服を着ており、それがシュリの前で止まると見下ろすような目でこちらを睨んできた。

「んだ、この野郎。見ねえ顔だな、馬鹿野郎」

「おまえ、どこ中? ゲーム始めて何年何月何日何時何分何秒?」

「俺らを誰だと思ってんだ? 泣く子も黙る北斗神犬だぞ! 道開けて土下座して見送らんかい!」

 シュリは思わずその場で膝から崩れ落ちそうになった。

「……なんだ、またおまえらか。てか、口上、変わんねえのな」

 そんなシュリの態度に大物ぶったところを感じたのか、スキンヘッドが顔をしかめた。

「ああ? なんだテメー! 見覚えねえぞ! てかよく見りゃレベル一じゃねえか! 始めたばっかだろコラ! ヤンキー・オンラインのしきたり叩き込んだろうか!」

「だいたいレベル一が堂々と道の真ん中歩いていいと思ってんのか! 轢き殺すぞ!」

「俺らはなあ、あのグレンホムラとも引き分けた精鋭部隊だぞ! 精鋭部隊!」

「……なに?」

 最後の一言さえなければ、もう面倒だから適当にやり過ごそうと考えていたシュリだったが、気が変わった。シュリは口だけで笑うと、鋭い目をして三人に訊ねた。

「誰と誰が引き分けたって?」

「グレンホムラだよ! あの伝説の! 全国制覇寸前まで行ったやつ! テメーもヤンキー・オンライン始めたんなら、名前くらい知ってるだろうが!」

「はははっ、面白いこと云うな。いいぜ、気に入った。バイク下りなよ、揉んでやる」

 するとモヒカンたちの顔に稲妻が走った。レベル一にこんな大口を叩かれては、激昂するのも無理はない。

「上等じゃねえか! 俺が行く! ヤンキーの荒波に叩き込んだらあ!」

 そう叫んでバイクを下り、突進してきたモヒカンがそのままシュリに殴りかかってくる。だがシュリはそれを躱し、相手の腕を取ると勢いを利用して投げ飛ばした。

「げふっ!」

 地面に叩きつけられたことで、ライフゲージがあっさり一割ほど削れた。シュリは手を離すと、素早く相手と距離を取りながら云う。

「知ってるか? レベル差があるから、俺がテメーを殴っても大してダメージは与えられねえが、投げは地面にぶつかってダメージを喰らうから弱者でも強者に一発お見舞いできるんだぜ」

「こ、この野郎!」

 モヒカンはめげずに立ち上がるとシュリに襲い掛かってきた。だがシュリは拳も蹴りも軽やかに躱して、逆に足払いをかけてモヒカンを転ばせた。それを見てリーゼントが叫ぶ。

「ど、どういうことだ!」

「プレイヤースキルってやつだよ。攻撃が当たったらそりゃレベルがものを云うが、戦いの呼吸と云うか、間合いと云うか、そういうのはやっぱ経験だからな」

「レ、レベル一がわけわかんねえこと云ってんじゃねえぞ!」

「こうなったら全員でやったらあ!」

 体勢を立て直したモヒカンに加え、スキンヘッドとリーゼントもバイクで突撃する構えを見せた。それでシュリも笑っていられなくなった。

 ――さすがにレベル一でレベル三〇を三人は無理かな。装備もないし。

 今度ばかりはやられると思って、シュリが観念しかけた、そのときだ。

 異様なまでに甲高いエンジン音が聞こえたかと思うと、一台のバイクが物凄い速度で迫ってきた。乗っているのは長い黒髪をたなびかせた眼鏡の美女だ。

「見つけたっすよ!」

「あれは、カタナ……」

 シュリのそのつぶやきが、リーゼントたちの叫びに呑み込まれて消える。

「げええっ! あれは二刀流眼鏡!」

「やべえっ! 追いつかれた!」

「テメーのせいだぞ、レベル一!」

「いや、知らんがな。つーか、テメーらまた性懲りもなくシマ荒らししてたのか……」

 シュリはそう云いながら、巻き添えを喰わぬようにと道の端に寄った。一方、モヒカンがあたふたと自分のバイクに駆け寄っていく。

「早くしろおっ!」

 スキンヘッドがそう叫んだ。

 ――ふふっ、自分だけ逃げないのは大したものだ。

 しょうもない連中だが、なかなかどうして、ヤンキー魂は持っている。だがスズキカタナのスピードを前にして、そのもたつきは致命的だった。バイクで突っ込んできたカタナがハンドルを手放し、その手に二刀を持つ。右手にあるのは塵地螺鈿飾剣だ。

「死にさらせシマ荒らし! 斬鉄剣!」

 二刀三閃、女はバイクで駆け抜けざま、モヒカン、スキンヘッド、リーゼントを横一文字にぶった切っていった。体の上下が泣き別れになった三人が、たちまちゴーストとなって道に転がる。そしてバイクを急停止させたカタナが塵地螺鈿飾剣を掲げて勝ち誇るのを尻目に、リーゼントたちは三人集まって額を寄せ合うと、一様にため息をついてその場から消えた。

 それを見届けたカタナは一刀をアイテムストレージにしまうと、空いた手をハンドルに戻し、もう一刀は肩に担いでシュリを見てきた。

「おっすおっす。見ない顔っすね。レベル一っすか。始めたばっかの人っすね」

「……ども、シュリです」

 どうやらカタナはシュリの正体に気づいていないらしい。それはそれで面白いので黙っておこうかと思っていると、いきなりカタナが右手の刀、塵地螺鈿飾剣を逆手に持ってシュリに投げつけてきた。

 シュリは息を呑んだが、本気の投擲ではなかったので上体を逸らして避けつつ、刀の柄を掴んで受け止めた。これが戦いの最中だったら即座に投げ返しているところだが、相手がカタナだったのでシュリは威嚇するように刀を振ると、そのまま構えて眉をひそめた。

「いきなりなにをする!」

「はい確定。グレンホムラ、レベル一」

 指を差されながらそう云われ、シュリは思わず固まった。そのまま時間の止まったようにカタナと見つめ合う。エンジンがアイドリングする音だけが時を刻んでいた。

「……なんでわかった?」

「いやあ、だってグレンホムラの戦闘動画とかいっぱい上がってるっすよ? 刀の使い方とかは癖があるから変わらないし。なにより、うちのヘッドから聞いてたんす。『どうもあいつ、レベル一からやり直すつもりらしい。強くてニューゲームなんかないのにアホか』って」

 それでシュリは肩を落として苦笑すると、カタナの前まで歩いていって刀を返した。塵地螺鈿飾剣を受け取ったカタナがしろい歯を見せて笑う。

「これもう返さないんで」

「いいよ。テメーにやったもんだからな」

 ホムラがそう云うとカタナは嬉しそうに刀を仕舞い、それからポップアップサインを出してフレンドリストから誰かに連絡を取った。相手はどうやらマリアらしい。

「うっす、例の三馬鹿追いかけてたら見つけたっす。はーい、はいはい」

 その会話が終わったところで、シュリは不機嫌そうに訊ねた。

「マリアを呼んだのか」

「そうっすよ。なんか話があるみたいで……アイリちゃんも一緒っす。二人とも近くにいるんで、ちょっと待っててほしいっす」

「……まあ、いいけどよ」

 マリアたちには、もう少し強くなってから会いたかった。レベル一の、俎上の鯉のような自分を見せたくはない。それが男のプライドと云うものである。

 とまれ、ほどなくしてマリアとアイリーンがそれぞれのバイクに乗って姿を現した。

 マリアはシュリをつまらなそうに一瞥するとサイドスタンドを立ててバイクを下り、黙ってシュリに詰め寄ってきた。それにアイリーンが続く。

 二人がシュリの前に立つと、まずアイリーンがシュリの姿をしげしげと眺めた。彼女は蓮歩を運んでシュリを中心にぐるりと回って、三六〇度見てからやっと云う。

「えっと、それがお兄ちゃん先生の新しいアバターってことでいいの?」

「……おう」

「レベル一に、なっちゃったの?」

「そうだ」

「ホムラのデータは……」

「あれはもう消した」

「つまりお兄ちゃん先生は本当にグレンホムラのデータを全部消して、レベル二二〇のデータを消して、アカウントを取り直してシュリっていう名前で再スタートしたんだね」

「やっと理解してくれたか」

 シュリは微笑むとアイリーンに手を伸ばし、そのピンク髪の頭を優しく撫でた。するとアイリーンは目を細めてシュリの手に頭を押し付けてくる。

「ああ、この撫で方、本当にお兄ちゃん先生だ……」

 一方、シュリもまたアイリーンの愛らしさに目を和ませていた。そこへマリアがこほんとわざとらしい咳ばらいをして、シュリの目を惹きつけてから云う。

「あなたって本当に信じられない底抜けの馬鹿ね。普通やらないわよ。レベル二二〇のデータを消すのがまずありえないし、そのあとレベル一からやり直すってのがまさに狂人」

「そこまで云うことないだろ。喧嘩売ってんのか。タイマンなら受けるぞ」

「面白い冗談ね。レベル一が異能獲得者トッププレイヤーに戦いを挑もうだなんて。でも私は喧嘩を売りに来たわけじゃないの。その逆よ」

「逆?」

 話が見えず、眉根を寄せるシュリに、マリアは爽やかに手を差し伸べた。

「私のチームに入らない?」

「……いや、おまえのチームって男子禁制だろ?」

「今だけの特別サービスよ。カタナさんとアイリちゃんはオッケーだし、ほかのメンバーには私が話をつけてあげる。女の子いっぱい夢いっぱいよ。悪い話じゃないと思うけど?」

 どうかしら? と云うようにマリアは小首を傾げた。その目がじっとシュリを見ている。そのまなぶたに焼き付けてやろうと思って、シュリはマリアに向かって中指を立てた。

「お断りだぜ」

 そう拒絶を突きつけられてもマリアは眉ひとつ動かさず、それどころか微笑んでみせた。

「下品ね」

「テメーが舐めたこと抜かすからだ。なんで俺がレベル二二〇のデータを捨てたと思ってる? 別のチームに入るんならホムラのままでもよかった。でも俺はもう一度自分のチームを持ちたいんだ。自分の旗を振りてえんだ。だからさ!」

 そこでシュリは両手を握り拳のかたちにし、万感を込めて云った。

「俺は俺の旗を振る。他人の旗は仰がねえ」

「……その言葉を聞きたかったのよ」

 マリアは差し出していた右手を満足そうに下ろすと、アイリーンを見た。

「だそうよ、アイリちゃん」

 するとアイリーンはマリアに向き直り、深々と一礼した。

「短いあいだでしたが、お世話になりました」

「ええ、残念だけど仕方ないわね」

 そんな二人のやりとりを目の当たりにしてシュリは首を傾げた。

「……なんの話だ?」

 そんなシュリをマリアがせせら笑った。

「ジグソーパズルの話で、あなたがなにを考えているのかは察しがついたわ。で、私の予測をアイリちゃんに話したら、彼女こう云ったのよ」

「アイリ、お兄ちゃん先生の作る新しいチームに入りまーす」

「な、なんだと!」

 シュリが思わずそう叫ぶ一方、マリアはため息をついてかぶりを振った。

「あなたがうちに来てくれればアイリちゃんのこと手放さずに済んだんだけどね……まあ、もともとこの子はあなたにくっついてた子だし、あなたが最後まで面倒みてどうぞ」

「いや、俺のチームは女人禁制にするつもりなんだが……」

 するとアイリーンは耳元に手をあてて、耳をシュリに向けてきた。

「ん? なに? 聞こえなーい」

 その態度でシュリは、これはなにを云っても無駄だと素早く悟った。

「はあ、しゃーねえな。おまえだけ特別だぞ」

「やったー!」

 アイリーンはその場でぴょんぴょん飛び跳ねながら一回転している。それを見て笑っているマリアに、シュリは真面目な顔をして云った。

「リュージが動き出したことでヤンキー・オンラインはまた戦国時代だ。先のことになるが、仲間を集めてチーム作ったら挨拶に行くから、そのときはよろしく頼むぜ」

「ふん、調子のいいことを……」

 マリアが腕組みしてシュリをすがめで睨んでくる。それにシュリが苦笑いしていると、アイリーンが駆け寄ってきた。

「お兄ちゃん先生、見て見て」

 そう云ってアイリーンがARメニューを操作する仕草を見せたかと思うと、シュリたちの目の前にいきなりバイクが現れた。アイリーンの愛車であるヤマハのV-MAXだ。

 その素晴らしいバイクを惚れ惚れと見つめながら、シュリは残念そうに云った。

「アイリ……わかってると思うが、俺はゲームを始めたばかりでまだバイクがない」

「うん。だから――」

「まさかおまえのケツに乗れってか?」

 アイリーンの腰に腕を回している自分を想像すると、なんとも情けなくてシュリは目を覆いたくなった。だがアイリーンはちょっと怒ったように云う。

「違うよ、お兄ちゃん先生が運転するの。アイリは後ろ」

「えっ?」

「バイク乗りたくないの? 全国制覇とかはただのポーズで、このゲームの一番の楽しみは、気の合う仲間とバイクで走ることなんでしょ? アイリのバイク、貸したげるよ?」

 その言葉は凄まじい誘惑となってシュリの心を鷲掴みにした。遠慮もあるが、それよりもバイクに乗って風になりたいという欲望の方が遙かに勝る。

「……乗る」

 シュリがつまらないプライドを捨てて素直にそう云うと、アイリーンはにっこり笑ってシートを軽く叩いた。

「どうぞどうぞ」

 シュリは一つ頷くとバイクに跨り、エンジンをかけた。もうそれだけで全身の血がざわめいてくる。早く走り出したいと思ってアクセルを空ぶかししていると、アイリーンが後ろに乗ってシュリの腰に手を回してきた。これで準備万端だ。

「じゃあな、マリア、カタナさん」

「バイバイっす」

「また明日学校でね」

 そう、明日もまた学校で補習がある。予備校も愛梨の家庭教師もあるし、二学期になったら学校行事があるから生徒会役員として大忙しになるだろう。そして来年は受験生だ。

 ――でも、だけど、このヤンキー・オンラインでくらい。

「……行くぜ!」

 シュリはギアを一速ローに入れてアクセルを開け、夜の街へ向かって加速していった。風を感じる。どうしてスピードは、こんなにも自分をいい気分にさせてくれるのか。

「ああ、やっぱバイクって最高だな! はーはっはっはっは!」

 そのままシュリはバイクをどんどん加速させ、疾走していった。

 郊外へ出て街灯りがまばらになってきたところで、シュリがぽつりと云う。

「なあ、アイリ。やっぱ今すぐチーム作るか」

「えっ、今すぐ?」

「ああ。もう少しレベルを上げて、仲間を十人くらい集めてからの方が手堅いと思ったんだが、バイクに乗って気が変わった。こういうのは勢いが大事だ。まず旗を振らねえと集まる仲間も集まらないしな。だから今やろう! 俺とおまえの二人だけのチームだ!」

 するとアイリーンがぱっと顔を輝かせて訊ねてくる。

「名前は決めてるの?」

「ああ。王覇竜威武オーヴァドライブはリュージがほとんど同じ名前のチームを引き継いでやがるからな、全然違う名前で行く。その名も――」

「その名も?」

王道楽土チャンプロードさ!」

「チャンプロード……」

 そう噛みしめるように繰り返したアイリーンが、両手を高々と突き上げて万歳をした。

「かっこいい!」

「だろ?」

 気をよくしたシュリは路肩に寄ってバイクを停めた。街灯りが遠くに見える峠の道だ。周囲には誰もいない。見ているものは月と星、そしてアイリーンだけである。

「じゃあ立ち上げるぞ」

「もう?」

「勢いが大事だつったろ。おまえは唯一の初期メンバーだ。気合入れていけよ、アイリ!」

「うんっ!」

 その元気な返事を聞いたシュリは、ARメニューを出して新チーム結成手続きを始めた。かくしてヤンキー・オンラインにまた新たなチームが生まれ、ワールドマップが拡大し、本拠地の場所が地図で表示される。そして最後に、シュリにあるアイテムが贈られた。それは旗だ。高さ二メートルほどの旗竿に、真紅の四角い旗が取りつけられている。それが突然、シュリの右手に現れたのだ。それを握りしめたシュリは、その重みに感動して震えながら云った。

「……旗のカラーやデザインは、あとでカスタマイズできるんだ。チームの名前や色んな文言を刺繍したりしてな。だが旗自体は、たとえ俺たちがログアウトしてもこの世界に残り続ける。チームの命なのさ」

王道楽土チャンプロードの、チームフラッグ……」

 そう呟いたアイリーンに頷きを返し、シュリは云った。

「持つか?」

「えっ、いいの?」

「こいつをGルームに収めなきゃ、おちおちログアウトも出来ねえからな。今夜は麗しの我がアジトへ向かって夜通し走ることになるが、俺はバイクを転がさなきゃならん。旗の持ち手はおまえしかいない。今夜だけ特別に、俺の旗に触らせてやるよ」

 するとアイリーンはたちまち浮き立った様子で旗に手を伸ばしてきた。

「うん、持つ持つ!」

 そしてアイリーンがチャンプロードの旗を、右肩に担ぐようにして掲げた。それを見たシュリはふたたびバイクのハンドルを握る。

「それじゃあ行くぜ。転がり落ちるなよ?」

「うん!」

 その返事を聞いて、シュリはバイクで走り出した。ラン・フォー・ザ・ナイト。夜に向かって走る。胸のなかで渦巻いていた熱い魂が、声となって迸る。

「天上天下唯我独尊! 全国制覇目指していくんで、夜露死苦!」

「夜露死苦っ!」

 チャンプロードの旗が夜の風にたなびいた。

                                     (了)

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 暴走族オンライン ――リアル優等生の僕もゲームの世界じゃ天上天下唯我独尊!―― 太陽ひかる @SunLightNovel

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