大人雪

華也(カヤ)

第1話

『大人雪』



著・華也(カヤ)



『今夜は冷え込み、一部地域では雪が降る可能性が…』

そうワイドショーのアナウンサーが言っているのを聞いた気がした。

そんな、記憶の片隅にあった記録を再生しながら、友人の悠介(ゆうすけ)と私の部屋で話している。

「なあ、今年の冬って、雪降るんかな?」

冬に関する記憶の記録を再生している時に、なんてタイムリーな話を振ってくるのか。こいつエスパーか何かか?

悠介は、私の部屋のお客さん専用の椅子に腰掛けて、買ってきた雑誌を読見ながら、声の向きだけ私に向けて聞いてきている。

特に凄い聞きたいわけでもない疑問に対して、返答しなくちゃダメなのかな?と少しめんどくささが付き纏う。

私はスマホの画面を見ていた視線を、悠介の方へと送る。

元々金髪だった髪を、黒染めして、その黒が少し落ちて僅かに茶髪かかっている友人が視界に入る。

なんの雑誌を読んでいるのか?

ギターマガジン?

「つかお前、ギター雑誌って、ギター弾けたっけ?」

悠介がギターないし、楽器を弾いているところなんて見たことがない。

お前ができるのは、リコーダーくらいだろ。

「質問を質問で返すなや」

「いや、お前ギター弾けんやろ?なんでギターの雑誌読んでるん?」

まさか二十歳超えてるのに、ギターでプロのミュージシャン目指す気か?こいつは…。

弾いて見てはないけれど、悠介にギターの才能、音楽の才能は無いと思う。

俺の方がカラオケ上手いし、リズム感ないのが致命的じゃないのかな?

「なに?ミュージシャンでも目指すん?」

雑誌から視線をようやく、こちらに逸らして、悠介は知り合ってから何度も見てきたドヤ顔でくだらない事を言う。

「ギター弾けたらモテそうやん?趣味はなんですか〜?ギターです!って答えたいやん」

くだらない。

お前それ、中学生の発想ね。その歳で言うことじゃないでしょ。

呆れながらも、それでも会話を繋げてあげようと返答する。

「んで、ギターの雑誌を読んでなんか分かった事なんかあったんか?」

それを聞いた悠介は、サムズアップしながら雑誌のとあるページをこちらに見せてきた。

いくらこの部屋が6畳といっても、その距離からだと、雑誌の小さい文字は読めない。

「いや、読めないから。口に出せや」

いい加減視力悪いんなら、眼鏡かコンタクト作れや、と文句を垂れながらも、雑誌のギターの写真を指差しながら

「ギブソンってメーカーがいい感じらしい!」

「いくら?」

「30万!」

「アホ。んな金どこにある?」

「ボーナスで買えるやん!」

趣味にするとか、楽器演奏したいとか、ミュージシャン目指したいなら別に止めないけど、モテたいがために買うには、投資額が多過ぎる。

「もう一回言う。アホ。んな金あったら、ブランド物の腕時計か財布でも買えや。いつまでもそんなわけわからん聞いたことないメーカーの使ってんなよ」

悠介の財布は、高校生の頃に、アメ横の露店で買った、謎の長財布。

気に入ってるのかずっと使っているみたいだけど、聞いたこともないメーカーの、安っぽい生地を使っているので、ボロボロである。

腕時計は、これも高校生の時に買ったGショック。

もう少し、大人の買った方がいい。こんなバカな発言をしておきながら、一応は社会人なんだから。

「えー!でもこれカッコよくね?れすぽーる?って言うギターらしい!」

俺の方へ向けていた雑誌のページを、改めて自分の方へ向けて、「カッコいいんだけどなあ」と誰に言うでもなく呟いてる。

「なんか、そんな形のギター、ハードオフで1.2万で売ってなかったっけ?」

確か、良さげなミニテーブルを探しに行った時に、ギターやらベースやらが陳列されている場所で似ているのを見かけた気がする。

「マジでか?!車出して今から連れてってくれへん?」

雑誌を勢いよく閉じて、こちらを羨望の眼差しで見つめてくる悠介。

「もう店閉まってる時間だろ。それに今日、雪降るかもしれないから、車出したくない」

少しだけ気になっていた。

触れるのがめんどくさいと思ったからだ。

「なら、次の週末にハードオフ連れってってくれへん?」

いや、やっぱ気になるなあ…。

「んまあ、次の週末なら…いいけど」

特に予定は無かったから、買い物くらい付き合ってもいいかな。俺もいろいろ物色したいし。

「なら、決まりやな!来週決定〜!」

悠介はもう、この雑誌に用はないと言わんばかりに、買ってきた時に入れていたナイロン袋に雑誌を入れた。

…やっぱ、気になるから触れることにする。

「なあ…。なんでお前、へったくそなエセ関西弁使ってるん?」

今日、部屋に入ってきた時から気になっていた事をようやく聞けた。

「なんか関西弁ってかっこええやん!これから日常会話を関西弁にするから!」

「アホ」という言葉が出ないくらい、友人の悠介に呆れてモノが言えなかった。


───────


「んあ、もう終電近いわ。帰るわ」

「お〜う」

あれから悠介と俺は結局、普通の取るに足らない雑談をずっとしていた。

会社のこと、同僚のこと、気になる女性、昔のバカな思い出話。

そんななんでもないような会話を彩るのは、私の部屋のPCのスピーカーから垂れ流している音楽だ。

いつだって我々の青春、BUMP OF CHICKENだった。

昔だって今を全力で生きているし、今だって全力で生きている。

今この時が、10年後には、あの頃は青春してたなと、言うに違いない。

きっと、バンプも10年後も変わらず我々の青春なんだろう。

「んじゃあ、帰るわ。来週のハードオフ忘れんなよ?」

そう言うと、立ち上がり、雑誌と一緒に買ってきたビールの缶と、ポテチの袋を、同じナイロン袋に詰め込む。

ああ、こいつ本当にもう雑誌読む気ないな。そう察した。

「あー、俺も駅前のコンビニに買いたい物あるから、駅まで一緒に行くわ」

立ち上がって、Suicaと運転免許証が入った定期入れと財布とスマホ、家の鍵をポケットにしまい込んで、「んじゃあ、行くか」と顎で玄関の方を指す。

「コンビニで何買うの?コンドーム?」

お前は、いつまでも男子高生のノリやめろよ。あと…

「お前さ、気づいてないと思うけど、エセ関西弁抜けてんぞ」

「………せやな〜」

「思い出したように言ってんじゃねえよ」

いいから行くぞと、悠介の脇腹を家の鍵で軽く突き、外へと向かう。


───────


「寒っ」

外は天気予報通り、雪が降りそうな夜空に、凍りつくような気温だった。

気持ち、風も吹いているせいで、より冷たい空気が、ありとあらゆる角度から襲ってくる。

呼吸をするたびに、タバコをふかしているのかってぐらいの白い息。

マフラーしててよかった。首元から入る冷気がシャットダウンされているおかげで、実質、直接凍てつく空気に触れるのは顔と両手だけだ。

「寒っ!寒っ!ゴッサム!ゴッサムやん!」

またしても、ガキのリアクションである悠介。

マフラーをしていないので、首元にダイレクトに冷たい風が入り込む。

「ゴッサムって…それ、バッドマンに出てくる架空の都市の名前だろ?」

映画館で見て、気に入って買ったBlu-rayが部屋にあるので、結構内容や用語を覚えていたので、一応触れてみる。

歯をガチガチと言わせながら

「ちげえよ!スッゴイサムイを略してゴッサム!」

あー、うーん。そう。としか返事できなかった俺を許してほしい。

ただただ、お前の顔面を叩きたくなったよ。

「寒っ!寒っ!」と言いながら、全身をとりあえず満遍なく動かして温めようとしている悠介。

悠介、それやり過ぎて汗かいたら終わりだぞ…。

歩いてたら、自然と体も温まる。

家から駅まで徒歩で20分ほど。

遠くもないが近くもない微妙な距離。自転車で行こうかと思ったけど、この寒さの中、自転車は致命的だ。寒くて死ぬ。

仕方なく、悠介とくっつき過ぎないように歩く。

「寒っ!寒っ!」

と相変わらずうるさい。つか、ゴッサムどこいったん?

「なんでこんな寒いかねえ〜。早く夏になって欲しいわ。夏!スイカ!海!川!山!キャンプ!」

ワードが高校生から退化して、小学生になっている。

「お前、夏は夏で、暑い死ぬ。こんな酷暑で、日本おかしいんじゃね?早く冬になれよって文句垂れてるじゃん」

「それはそれ。これはこれ」

腹立つなあ。

「ゴッサム!ゴッサム!」

しかも、ゴッサムまた言ってるし…。


───────


流石に終電が近い時間帯である。

人通りがほとんどなく、街灯だけが寂しげに地面のアスファルトを照らしている。

シーンという音が聴こえそうな光景だ。

闇にも無音にも音がある。

独特な何もない音。

そして、雪が降るであろう空の下の音と空気。

これはいつ降ってもおかしくない。

無言なのもアレなので、雑談しながら歩を進めているのだが、夜遅いということもあり、小声で喋っているつもりでも、言葉を発した振動は、冷たい空気を揺さぶり、周りのコンクリートぶつかり、反響して、大声で喋っているのではないかと勘違いしてしまいそうになる。

時々すれ違う車の走行音の大きさにびっくりしたり、今日は一段と世界が静かに感じる。

そんな中、視界に何かが落ちるのが見えた。

ぼやっとして、輪郭はハッキリしなかったが、その答えは10秒後にわかった。

白いふわりとした物が、チラチラと確実に空から降り注いでいる。

手のひらを前に差し出す。

手のひらの上に乗る物は、体温に焼かれ、あっという間に消失した。

「ああ、降ってきたなあ。雪」


───────


「あー、降ってきたか。通りでゴッサムだと思ったぜい」

「うるせえよ」

駅まであと10分、あと半分というところで、雪が降ってきた。

最初はそうでもないと思ったけど、結構降ってきた。

「これ、明日積もるパターン?」

少し困り顔で悠介が雪が降り注いでくる夜空を見上げる。

「この感じ…積もる可能性大だな」

「oh…」

子供の頃、幼稚園、小学生、中学生、高校生の頃は、雪が降るという事は、冬の一大イベントだった。

降り始めれば外に出て、なんでもない喜びの舞を踊るが如く、はしゃいでいた。

積もれば、もう遊ぶ以外の選択肢は無かった。

雪合戦、雪だるま制作、生まれたての積もった雪を食べてもいた。

今考えると、汚い排気ガスなどを吸った雪なので、汚い。

でも、子供の頃はそんなの御構い無し。

只々、楽しかった。嬉しかった。

大人達は何かと怪訝そうな顔をしていたが、我々にとっては、天の恵みそのものだった。

雪が降り積もる夜が好きだった。

積もった雪が、外の音という音を吸収して、雪が積もる音だけになる。

その静寂な世界が好きだった。

世界はこんなにも静かになるのだなと。

いつも、こんな静かであればいいのにとさえ思った。

車の走行音も、室外機の音も、人々の話し声さえも、雪の中へ吸収されていく。

それが今や、怪訝な顔をしていた大人達の気持ちが痛い程分かるようになってしまう年齢になった。

雪かき、路面凍結、交通マヒ、電車運休、遅延。

大人になったからこそ、現実的な事しか見えなくなってしまう。

積もったら、明日は滑らないように気をつけて歩かないとなあ。

家の前の雪かきどうしよう?

そんな事ばかりが頭を巡っていく。

駅まであと5分ほどのところに、ポツンと佇んでいた自販機。

悠介が小走りで向かい、飲み物を買っているようだ。

「ほれっ」

私に向かって投げてきたのは、ホットコーヒーだった。

しっかりとキャッチして、その暖かさが、逆に熱く感じた。

「あんがと」

「おうよ」

歩きながら、温かい缶コーヒーを、雪が降りしきるなか飲む。

体の内部から温めてくれる。

唐突に悠介が俺がさっきまで思ってた事と同じ事を言ってきた。

「なんかさあ、ガキの時は雪が降るって凄え嬉しかったけど、今はそうでもないな。なんか、大人になるって、ある意味寂しいものなのかもな」

ガラでもなく、感傷に浸っているのだろうか?

でも、同感だ。

大人になっていう事は、子供の頃に感じていた事を同じように感じれなくなるって事なんだ。

この雪が降っている事に喜びを感じられないように、俺も悠介も、一応は大人になってきているんだな。

駅まであと少し。

雪が降る世界の冒険も終わりだ。私は帰り道もあるけどね。

「なあ?」

「あ?」

「雪積もるかな?」

「この感じ、積もるんじゃね?」

「できれば積もって欲しいなあ」

「なんでよ?」

「電車運休になって、合法的に仕事休みたい」

「あー……それな」

子供は雪が降って思う事は、積もって欲しい。

でも、大人も積もって欲しいって思っている。別の意味で。

大人になるってこんなもんだよ。




END

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大人雪 華也(カヤ) @kaya_666

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