第5話 失われた命は
珍しく、8時に目が覚める。いつもより3時間も遅い目覚めだった。普通に動揺してしまう。たっぷり30秒を要して理解する。寝坊か。ま、まあ10時まであと2時間ある。遅れはしないだろう。だが、いつもの朝のトレーニングメニューをすべでこなすのは無理だな。いつもの半分くらいにしておこう。
僕はすぐにトレーニングウェアに着替えて出発した。終わった頃には9時を少し過ぎている。汗を流し制服の下にバトルウェアを着て刀を一応点検して校門に向かう。学園の敷地内とはいえ、校門までは10分ほどかかる。今出れば、10分前には着くだろう。
のんびりと歩いて校門に着き周りを見るが人影はない。1番乗りのようだ。仕方ない。僕は壁に寄りかかり目を閉じた。
無心無心。なんて、できるわけない。
「刀夜君…」
「ん、サラさんか。おはよう」
できるだけ平然を装って挨拶する。それからの会話は全くない。
約束の5分前。龍双と八雲さんが到着する。
「よっす刀夜。きてくれたんだな」
「まあな」
どうせこいつは護衛の件を知ってるだろうに。
「早く行って早く帰ってこようぜ」
急かすようにそう言って、僕は歩き出す。龍双と八雲さんはやれやれと言った表情で、サラさんはなんだか微妙な表情で僕に着いてくる。吸血鬼の捕獲は果たしてうまくいくのだろうか。まあ殺しても構わないらしいし、なんとかなるだろう。
校門から出て山を降りた所にバス停があり、そこから壁の近くまで行く。4門の1つの北門で外に出る許可書と、生徒手帳を見せ、壁外へ出る。ここからは人間が住む区域じゃない、荒廃した日本だ。向かうのは吸血鬼が最後に観測された森。かなり距離があるため中学生の内に免許が取れる魔法陣で動く無輪バイクで行く。借りれたのは2台。サラさんと八雲さんは免許を取ってから一度も乗ってないそうなので、仕方なく2人乗りで行くわけだ。もちろん、僕の後ろはサラさんだ。
「じゃ、失礼します」
「ん、落ちないようにね」
「刀夜準備できたか?」
「ああ」
「んじゃ行くか。俺が先頭走るわ。ほら八雲ちゃん!落ちたら危ないからもっと抱きついて!」
「龍双ちゃんが胸に気を取られて事故起こされたらたまらないからやめておくわ」
そうは言っているが、正直言って軽く抱きつこうが強く抱きつこうが胸の押し付け具合は大差ないのではないか。あんだけ大きいのだから。
「刀夜さん。見過ぎですよ」
八雲さんが悪戯めいた笑みを見せてきた。でもたかがそれだけで慌てることはまずない。
「見ていたことは認めるけどそこまで長い時間は見てないぞ?」
「刀夜さんはそういう反応しかしてくれないから面白味に欠けますわ」
八雲さんはくすくすと笑い僕は深くため息をついてヘルメットを被る。サラさんにもサイズが一回り小さいものを渡した。
「おーい、そろそろ行くぞー。あと八雲ちゃんは俺のだかんなー」
「はいはい別に狙ってるわけじゃないですよっと。重ね重ね言うけど、落ちないようにね、サラさん」
「……うん」
ぎゅっと、それも力一杯、抱きつかれる。あの時少なからず恐怖を与えてしまったと思っていたが、そうでもないのか?まあいい。僕はハンドルを握って浮遊魔法陣を展開し、継続加速魔法陣と減速魔法陣を待機状態にする。
「準備完了だ龍双。行こう」
「おけ。出発進行!行くぜ吸血鬼捕獲!」
継続加速魔法陣を発動。都度加速魔法陣で加速して目的地へと向かう。荒れた道路をしばらく走ると森に入る道が見える。
「この先に謎の建築物があるらしいんだ」
ザッとノイズが入ったあと、龍双の声が響く。現在装着しているヘルメットには、スピーカーが耳の近くにあり、会話が可能だ。
「いつ建てられたものだ?」
「わからない。突然現れたらしいからな。まるで顕現したみたいだって言ってたかな」
「まあ行けば全部わかるんじゃないか?」
「単純であればな」
龍双はやや低い声でそう言ってバイクを再び走らせる。5分ほど走らせただろうか。城が見えた。日本の城でなく、西洋の、だ。
「これが?」
「ああ、情報が正しければ」
「沙貴音さんの情報が間違いだったことは今の所ないけど、なんというか…パッとしない?」
「あ、みんな思ったけど言わなかった言葉言いやがったー」
その言葉、やる気のない声で言われるとみんな乗ってくれないぞ。
「とりあえず入ろう」
僕は《月詠見》を纏い、扉に手を当て、詠唱を開始する。
「【全てを見通す夜々の波動】《詠見の審判》」
《月詠見》の固有魔法を使用する。自身を中心に球状の波動が広がり城内の状況を把握する。罠や敵の類はいないようだ。
「大丈夫みたいだよ」
僕は扉を開け、城内に入る。中は昼間だと言うのに暗い。やけに不気味な感じだ。
「刀夜、人の気配はあったのか?」
「いや、僕の索敵にはかからなかったな」
「んー、じゃあ吸血鬼ここにいないんじゃないか?」
「索敵妨害された所がある可能性もあるから、手分けして探そう。単独行動は、流石にないかな?」
「んじゃ二手でいいんじゃね?」
「……………まあ、そうだね」
「じゃあ行くか刀夜!」
「向こうは?」
僕は指差す。流石に女子2人だけって言うのは大丈夫なのだろうか。
「正直に言って、あの2人俺ら2人より強いだろ」
「いやまあ、否定はできないが」
「というわけで何かあったら大声で俺たちを読んでくれ!」
「あ、ちょ、龍双!?」
突然のことで対処が追いつかず、引っ張られるがままにされる。
「どうしたんだ龍双」
「どうしたはこっちのセリフじゃないか?」
「いやまあ、確かに何もなかったなんて言える状況ではないね」
龍双が言っているのは僕のサラさんの関係のことだ。あの日以来、あまりサラさんと話していない。
「あの時に怖がらせたかもだしね」
「逆だろうに」
「…いやまあ」
「とにかく話してみろって。お前が避けてどうすんだ」
「まあ、そうだな」
「決まりだな。とりあえずこのまま探索と行くか。心の準備はしっかりな」
「ああ」
とにかく歩いて探索。しかし特に収穫もなくサラさんたちと合流できてしまった。
「そっちは何かあった?」
「いいえ、何もなかったわね」
「隠し通路とかあんのかな」
「《詠見の審判》した時にはそんな反応なかったけど、もう一度試してみるよ。【全てを見通す夜々の波動】《詠見の審判》」
球状に波動が広がり、構造をくまなく脳内に浮かべる。
「少し違和感がある所があるね。さっきはただ僕が気付けていないだけだったよ」
「まあ、見落としはあるあるだよ。行こうぜ」
僕の案内で違和感のあったポイントまで行く。そしてそこで壁を入念に調べた。すると凹む所があった。漫画でよくみるやつだな…
「階段か」
現れたのは上へ続く階段。既に怪しい雰囲気に包まれている。
「僕が先頭で行くね」
そう言って、僕は一歩踏み出した。辺りは真っ暗なので光の初等魔法で辺りを照らしながら進む。その途中に罠の一つでもあると思ったがなかった。
雰囲気は本当に怪しいのだ。だけど、同時に僕を歓迎しているような、そんな雰囲気もある。とにかく今は進むか。
「大丈夫だから来ていいよ」
「おう!了解だ!」
さて、2階は…特に何も変わらない。やはり歓迎されている。早く来てと、誰かが言っているみたいだ。
進む。なんとなくわかる気がする。どこに、彼女がいるのかが。その彼女ってのが誰なのかも、歩みを進めるごとに鮮明になる。
「おい刀夜、そんなにガンガン進んでいいのか?罠は?」
「ない。全くない。なんせ、招かれてる」
「招かれてる?」
「ああ」
どこに行けばいいかわかる。3階、4階と進みそして最上階へ到達。扉を開くと、銀髪の少女がそこにはいた。昔長かった髪はバッサリ切られており、ボーイッシュだ。
「………久しぶり、エリー」
「うん、久しぶりだね。トー君」
あの日、僕が守れず死んでしまった人。エリーシャルロット・アークフェルトが、僕の目の前にいる。疑問よりも、嬉しさが勝ってしまって、一歩一歩、無意識に彼女の方へ歩いていってしまう。
「ずっと会いたかった」
「ああ、僕もだ」
手が届く。届く距離にいる。触れられるんだ。今度こそ、守れるんだ。
頬に触れた刹那、腹部に強烈な痛みが生じる。見れば、ナイフが突き刺さっていた。刺したのは、エリーだ。
雑に引き抜かれるナイフ。逆棘が付いていたのか、嫌な引っかかりを覚える。
「いっ、てぇッ!」
思わずうずくまってしまう。血が止まらない。
「刀夜大丈夫か!?」
龍双が飛び出し僕とエリーの間に割って入る。そのすぐ後にサラさんが僕の側まで走ってきた。
「ッ!刀夜君!」
「だい、じょうぶ…」
僕はとある固有魔法の存在を思い出し、詠唱を口を隠して行う。
「【夜の月は全てを見通す。見るは未来のみか、其れは否。月は時に過去を見通し未来に告げる。其れにて変わりゆくは現在。変革の詠見は此処に】、《
痛覚に耐えながらなので何度か噛みそうになるが、無事に5文詠唱を終える。
「うん、大丈夫」
「えっ?」
僕は立ち上がり《弧月》を構える。
「ッ…何で!?」
「何でも何も、エリーなら知ってるはずなんだけどな…まあいいや。大人しく捕まりなさい」
「やだよ。わた、ボクはトー君に復讐するためにいるんだもん」
「へえ、やる気?」
「やる気。《アルテミス》《アグナ・ビュレアー》」
「《月詠見》《弧月》」
双方〈神装〉と〈神器〉を顕現、戦闘態勢に入る。昔は仲良かったのに、今は何故こうして敵対しているのか。
分かっているんだ。僕が一番悪いってことくらい。
僕は歯噛みし、エリーに斬りかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます