第2話 動く心

 サラさんとの戦いの後、僕は1度寮に戻り、教室へと向かう。その道中で、多数の生徒からちらちらと見られる。一体なんなのか。僕は気になったので聴覚強化。こっそり聞き耳を立てた。


「あの人あの動画の人だよ」


「ああ、サラ・ヴァイスハートに引き分けた動画でしょ?たしかに本人ねー」


「最下位って話だけど本当なのかな」


「確かに剣の腕凄かったね。強化魔法(バフ)も」


「《神装印》がちょっと残念だね」


「そうだね、まともな《神装印》なら前線を支えられる逸材だったね」


 ここまで聞いて、僕は強化を解除した。好奇心で動いてはいけない。それが思い知らされた。


 ***


 2年F組の教室に入るや否や、僕は大人数に囲まれる。これ程の影響力となると、龍双が僕とサラさんの戦いの記事を書いたのだろう。


「模擬戦のダイジェスト動画見たぜ!お前強いな!」


「うちのクラスに、こんなにも強い人おると思っとらんかったわ〜」


「もしかしてと思ってたけど、水蓮寺流の流派だったんだな」


「水蓮寺流?」


「知らねえのかよ、第5次聖戦で活躍した水蓮寺誠さんが使ってた剣技のことだよ」


 水蓮寺流が世に知れ渡るきっかけとなった第5次聖戦。義父である水蓮寺誠が暗黒神に致命傷を与え、戦略的撤退に追い込んだのだ。

 それはさておき、この状況。これでは席に着けそうにない。どうしたものかとあぐねいていると背後、つまり廊下が少し騒がしくなってきた。


「刀夜君」


「あ、サラさん。どうしたんですか?」


「放課後、訓練でもしない?ウォーゲームに向けて」


「え、ええいいですけど」


「決まりだね。じゃ」


「あ、はい」


 有無を言わさぬ雰囲気だったな。けれど、僕には彼女が元からそういった人には見えない。彼女がどこか他人を避けている節があるのではないか。

 そんなことを考えながら人と人の間を縫って自分の席に向かう。その途中。


「サラ・ヴァイスハート1人目のメンバー捕まえたのか」


「でも、なんか小物じゃね?実力はあるんだろうけどさ」


「それな」


 その呟きは小さく、でもはっきりと、僕の耳に届いた。これまで僕に対する対応は無関心。それが今ではサラ・ヴァイスハートのチームの一員の小物。正直言ってしまえば、とてつもなく、迷惑だ。

 でも今更逃げ出すわけにいかない。ていうか沙貴音さんから逃げられない。

 放課後になると、サラさんが僕のクラスまでやってきた。


「行きましょうか」


 僕にそれだけ言って歩き出す。僕は黙ってついて行った。向かった先は僕がいつもお世話になっている第20訓練所だった。

 中に入ると、突然カチッと音が鳴る。振り向けばサラさんが鍵を閉めていた。


「ふぅ…じゃ、始めよっか?」


「いいんですか?閉めて」


「沙貴音さんには貸切申請してるから」


「そうですか」


「あと、敬語じゃなくていいよ?」


「そうだね」


 まあ確かに同年代で敬語と言うのも…おかしい訳ではないが僕と彼女の関係ではおかしいと言えなくもない。


「それで、訓練って何やるの」


「嫌そうな顔するね。とりあえず一戦しようよ」


 先程の教室での雰囲気はなく、柔らかい笑顔を僕に向ける。


「まあ、了解」


 まあ、一戦だけならと、僕は承諾した。


 ***


「一戦だけって話じゃなかったっけ」


 結局のところ、十数試合はした。お陰で汗だくである。


「だって!だって!勝てないんだもん!」


「魔法と〈神装〉なしって言ったのサラさんじゃないか」


「それでもさ、ちょっとくらい手加減してよ男でしょ?」


「確かに男ではあるけど、《メタトロン》の補正があるんだから、フィジカルにおいて差は無いに等しいよ。僕の《白夜烏》は補正無いし」


「う〜!」


 もうこれどう対応したら正解なんだろうか。わざと負けた所で満足しないだろうし。


「とりあえず休憩しません?」


「………わかった」


 渋々、といった表情で、サラさんは僕の要求を飲む。よかった、流石に体力が持ちそうになかった。


「じゃあさ、少し私の話相手になってよ」


「別にいいけど」


「私最近ストーカーされてる気がするんだよ」


「そっか。………ん?」


 あれ?深刻な感じなのか?


「えっと?し、深刻なんでしょうか…」


 ついつい敬語になってしまう。するとその様子を見て、サラさんは笑い出した。


「あくまでもかもしれないってだけだから、そこまで深刻に捉えなくていいよ。それで、さ。もしもの時にあれだから護衛でもしてくれないかなって」


「まあ、それくらいなら、いいけど。かなりパッとしない護衛になるな」


「いいのいいの。体裁は必要だよ。それに刀夜君なら安心する気がする」


「そんなに信頼されてもなあ」


 僕は笑い事のように捉え、冗談めかしてそう言うと、サラさんは真剣な眼差しをこちらに向けてきた。


「私は無条件で信頼したりしないよ」


「…昨日知り合ったばかりなのに?」


「言っても信じてくれないかもだけど、私には、《心》が見えるから」


 未だに真剣な眼差しは僕に向けられる。僕は流石に睨めっこに耐えられず、顔を逸らした。


「まあ、信頼してくれるってことなら、僕はそれに答えるだけだよ」


「ん、ありがとうね」


「別に。どういたしまして」


「じゃあ早速今日からお願いね?」


「了解」


 そう言って、サラさんは女子シャワー室に向かって行った。どうやら終わりにするらしい。非常に嬉しい。僕も汗を流すため、男子シャワー室に向かった。

 僕が更衣を終えて10分後。サラさんが姿を現した。結構濡れっぱな髪。しっかりと水気を取っていないのか。


「サラさん、髪乾かそうよ」


「面倒じゃない?」


「じゃあ僕がやる…から……」


 僕は驚く。自然と自分の口から出た言葉に。いつもの僕ならば、早いに越したことはない。不必要に首を突っ込まない。そんな奴なはずだった。


「えっと、今のは、その…」


「やってくれるってことならしてよ」


「え?あ、うん。わかった」


 僕はまず大体の水気を取ってドライヤーをかける。温風をしばらく当てていると乾いたので、冷風に切り替える。


「冷風って、意味あるの?」


「水で浮いたキューティクルを引き締める役割があったんじゃなかったっけな」


「へぇ〜」


「自分で聞いておいてすごいどうでも良さげな返事が返ってきたな…」


 そんなこんなで、髪を乾かし終え、サラさんを女子寮まで送る。その道中。


「刀夜君、もう1人のメンバーどうする?」


「んー、僕はあまり他人に興味がないから、サラさんに任せようと思うよ」


「んー、そっかあ。正直言うとまだ決まってない人で実力が同等以上の人いないんだよね」


「龍双が出れるなら良かったんだけどな」


 龍双は僕とは戦い方のベクトルが違うが、同等の強さがある。しかしあいつが記者の道を行こうとしているのを止めることはできない。


「まあまだ時間あるし、大丈夫だよ」


「その問題はお前がこっちのチームに入れば解決するぞ」


 突然投げかけられる言葉。前方を見れば、そこには筋肉質な大男が立っていた。その後ろにも、細身の男がいた。

 刹那、温度が下がったように感じた。


「何度も何度も、しつこいです。私にボロ負けしたんですから、諦めて下さい」


「手加減してたんだよ。いいから来いよ」


「もう彼と組みましたから。では」


 そう言って大男の横を通り抜けようとするサラさん。しかし、腕を掴まれ止められる。

 見ていられない。


「模擬戦をしましょう」


 僕はそう言っていた。今日は何かと驚くことが多い気がする。


「僕が勝ったら、諦めて下さい」


「どうすんだサラ・ヴァイスハート」


「大丈夫?」


「うん」


「なら分かった」


「じゃあ行くぜ最下位。手加減くらいしてやる」


「その心配はありません。加減する暇なんてないから」


 僕は彼を知っている。3年のゴズイ・ゼルログ。《神装印》は《トール》。瞬間火力は世界最強とも言われている。しかし基本的攻撃はトロイ。僕には勝つ確信があった。


『フィールド展開』


 ほぼ同時に言い、転送される。《トール》を纏った彼は雷神の具現であるかのような迫力があった。〈神器〉は大型のハンマー。

 見るからにトロそうだ。僕は《白夜烏》を鞘ごと顕現させ、低く構える。そしてカウントが0になった刹那、加速魔法陣を8重に敷く。

 今の僕の最高速度で駆け抜ける。その際腹部を掻っ捌く。致命傷となったはずだ。

 僕は派手に転がって、壁に激突してようやく止まる。速いのはいいが、コントロールが効かない。最高速度なんて出すもんじゃないなと、同じことをして足を折ったことを思い出しながら改めて思った。

 試合時間はたったの2秒。またすぐに転送された。


「卑怯だぞてめえ」


「卑怯?何処がですか?戦闘開始前、僕は居合の構えをしました。そこからある程度の予測ができるはずです。では」


 僕はサラさんの腕を掴んで歩行速度が速くならないよう気をつけながら女子寮に向かう。


「…刀夜君。ありがとう」


「どうしたとは聞かないのか」


「聞いても分かんないって言われそう」


「まさしくその通りだ。自分が1番驚いてる」


 何故模擬戦を申し込んだのか、何故こうも躍起になってサラさんの近くから他を排除しようとするのか。


「とりあえず、明日もよろしくね。私は朝8時に寮を出るから」


「あ、はい」


 朝もなのか。別にいいんだけど。


「じゃあ、おやすみ」


「はい、おやすみなさい」


 僕はサラさんの姿が見えなくなるまで、その場に突っ立っていた。本当に僕は、どうしてしまったのだろうか。その疑問に悩んだところで、わかりやしない。僕は早々に考えるのをやめた。

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