第1話 戦う理由無き者

 世界が黒に染まった。暗黒軍と呼ばれる暗黒神率いる魔族の集団の侵略を日本が最初に受けた。日本は成す術なく、北海道を失ってしまう。ゼウスはそれを見かねたのか、とある力を人間に授けた。《神装印しんそういん》。神が扱う武器や攻撃手段の具現である、〈神器じんき〉。防具や防御手段の具現である、〈神装しんそう〉。この2つの概念がその中にある。それから5度も聖戦と呼ばれる、暗黒神と人間の戦いが繰り広げられた。その途中、暗黒軍に対抗できる戦力を確保するために、武術や魔法の訓練などに重きを置く学校、《戦争学園》を開校。その存在と、魔法学の超発達により、現在日本は侵略を3割に留め、魔法学の最先端の技術を保有する国となった。

 その《戦争学園》の1つである聖命せいめい学園のとある一角、学園中央にある中庭で、僕、水蓮寺刀夜すいれんじとうやはベンチに座り、缶コーヒーを飲みながらとある人物を待っていた。


「よっす、刀夜」


 肩をぽんと叩かれる。振り向けば茶色でトンがった髪型の一見チャラい印象を受ける人物が立っていた。彼は加我龍双かがりゅうそう。僕の親友で、情報屋。新聞部の次期部長である。服さえ着崩さなければ、多少はまともに見えるだろうに。


「よ、龍双。約束時間前とか、珍しいじゃん」


「毎日時間通りに行く努力はしてるんだぜ?」


「どうでもいいよ。んで、情報って?」


「そう急かすなって。なんだ?そんなに欲しいのか?欲張りだなぁ」


 ふざけたように龍双は勿体ぶる。


「お前の顔面にこのコーヒーぶちまけるぞ」


「あー、それは勘弁。えーっとだな、まずウォーゲームが個人戦から三人一組の団体戦になったことかな」


 ウォーゲーム。学生同士で模擬戦を行い、実力を競う大会だ。体育祭の代わりに行われている。

 ま、今更ではあるが、戦争を想定するなら三人一組スリーマンセルは鉄板だろう。関係ないだろうけど。


「おっと刀夜、カンケーねーみたいな顔するなって、関係あるっちゃあるから」


「なんで」


「サラ・ヴァイスハートって知ってるか」


「知らん」


「即答!?有名人だぞおい。まあいいや、そのサラってやつが今、ウォーゲームのチームメイト探ししててだな、片っ端から対戦ふっかけてるんだ」


 これはなんと迷惑な。そう思いながら、黙って続きを待つ。


「それで、昨日の放課後から対戦ふっかけてるんだけど、30人と戦って無敗。まあ、上位のメンバーはほぼ全員すぐにチーム組んでるから、大して強くない奴しか残ってないから当然の結果と言えば当然かな」


「へえ、面倒だね」


 それだけ言ってコーヒーをぐいっと口の中に流し込む。


「だから明日くらいには対戦しろって言ってくるぞ。上から順に潰してるらしいし」


「へえ」


「もしかすると『戦う理由』、見つかるんじゃねえの?」


 その一言に僕は押し黙る。しばらく沈黙が続く中、僕はその沈黙を壊すように鼻で笑う。


「ないな。何がどうなって『理由』になるんだよ。ないよ。ないない」


「全力否定だなおい。ま、成るように成るさ。頑張れ。ちなみに手を抜いてわざと負けたりしたら連戦要求されるから、真面目にやった方がいいぜ。じゃあ俺は教室行くよ」


「肝に銘じておく。じゃあな」


 僕は適当に手を振り残りのコーヒーを飲み干した。


 ***


 放課後、僕はすぐに寮に戻って、龍双から送られてきたサラ・ヴァイスハートのデータを見た。神装印は《メタトロン》。短剣に10機の浮遊砲を武器に、どんな間合いでも対等に戦うことができる。そのことから二つ名は《斬砲戦乙女オールレンジヴァルキュリア》。浮遊砲は硬度が高く、盾として使用してくる。その他に筋力値などもあったが、強化系魔法バフでどうとでもなるので無視した。

 うーん、真面目にやってもボロ負けしそうだな。僕の神装印、《白夜烏びゃくやからす》は人工物で、〈神装〉がなく、〈神器〉も硬度だけが取り柄の刀だ。

 僕は強化系魔法バフが得意なので、フィジカルでは有利を取れると思うが…今ひとつ言えることがあるとすれば。


「面倒だ」


 これだけである。

 まあ龍双が成るように成ると言っていた。全くその通りだ。

 僕は刀の手入れを済ませてから風呂に入り、寝る準備を整えて寝た。

 目が覚めるとカーテンの隙間から薄っすらと光が射し込んでいる。時計を見れば5時、いつも通りの起床時間である。

 僕はランニングウェアに着替え寮を出る。すると出入り口で、1人の女子が立っているのが見えた。

 サラ・ヴァイスハートだ。煌びやかな金髪を後ろで括っていて、金色の目は透き通るほど澄んだ金色。シュッと細い顎の輪郭。外国人によくある高い鼻。薄い桜色の唇。そして肌は適度に白く、美しい。スレンダー美人という言葉がよく似合う人だ。女子にしては身長が高いだろうか。僕と10センチ程度しか違わない様に見える。

 まさかもう大抵の生徒を試したのか。しかし、5時だぞ?気合の入りようが違うなぁ。などと考えていたら、見つかった。


「貴方が、水蓮寺刀夜さん?」


「ええ、そうですが」


「よかった。もう噂などで聞いているのではないですか?」


「ウォーゲームのチームメンバーを探してるみたいですね。それで、最後は僕ですか?」


「そうですね、刀夜さんで最後です」


「じゃあ、さっさとしましょうか」


「話が早くて助かります。フィールド展開、お願いします」


 サラさんがそう言うと、どこからともなく機械の音声が流れてきた。


『バトルフィールドを展開します。転送まで残り10秒』


「手を抜かないで下さいね」


「はい。僕が今出せる全力は出しますよ。期待しないでいただければと思います」


「大丈夫ですよ。試合数0の最下位に期待するものもないですから」


 その一言で、僕の思考からどうやれば手を抜いたと見抜かれずに負けられるかという考えは綺麗さっぱり無くなっていた。


 ***


 バトルフィールド・システム。当学校の理事長である九条沙貴音くじょうさきねが作り出した一種の魔法だ。この魔法は校内全体が効果範囲であり、双方同意の上、戦闘開始を示唆しさする言動したことを条件に発動する。対戦者は仮想空間に転送。死のない空間で殺し合う。

 双方、《神装印》を展開した状態でフィールドイン。

 サラさんは純白のドレスに身を包み、10機の浮遊砲が後方で円を描く様に配置されている。そして右手には光輝く短剣が握られている。その姿を目視した瞬間、カウントダウンが10から始まる。

 さて、初動はどうするか。最高速度で接近してもいいが、もしも走っている直線上に浮遊砲の射線とぴったり重なってしまえば、避けられない。回避が可能な加速で接近しよう。

 僕はカウントダウンが0になり、ブザーが鳴ると同時に加速魔法陣を3重に敷き、即座に発動。サラさんに肉薄、斬り上げる。


「ッ!?」


 流石と言うべきか、目を見開きながらもサラさんは短剣で止め、砲門をこちらに向けてきた。押し通せないと察した僕はすぐさま後ろに跳びのき、浮遊砲の一斉射撃を回避、すぐさま接近する。牙突、腕を引いて数回斬りつける。大降りにならない様に気をつけながら。

 お互い強化を用いながら激しい攻防を繰り広げる。


「中々やりますね」


強化系魔法バフは得意なんで」


 強化は強化でも、僕のタイプは瞬間型。効果が大きく、持続性がない。タイミングをミスしなければフィジカルにおいて引けを取ることは素の身体能力に天地の差がない限りないと言える。それに加えて筋肉を電気で刺激し、一瞬だけ強化するのも併用している。

 舐めてかかって《神装印》の性能を駆使しなければ、こちらが有利になるよう立ち回ることは容易い。

 彼女はその考えに達したのか、短剣を淡く輝かせる。そしてそれを指揮棒のように操る。それに応じるように浮遊砲が変形し、エネルギーブレードを展開した。対近距離モードだろうか。

 僕は刀身を魔力で包み、駆け出す。魔力で包んだのは、刀がエネルギーブレードに焼き切られるのを防ぐためだ。


「《神装印》の性能を使わせたのは、褒めてあげます。凄いですね」


「そんな棒読みで言われましてもっ!」


 加速魔法陣で接近し、上級強化魔法ハイバッファメントである、反応速度上昇魔法陣を発動する。若干スローに見える景色の中、有効な手を探る。

 ブレードになりながらも防御性能に変わりはない。それを操る彼女の技量も相まって鉄壁と化している。

 付け入る隙は無いように思う。こちらに多様な攻撃手段があれば、何処かに隙を見いだせるかもしれないが。

 それからは20分と攻防が続き、試合時間は残り5分と残っていない。


「本気を、出してくださいよ」


 不意にぽつりと呟かれる。そう言われても無理もないかもしれない。僕は大して息切れしていないが、サラさんは激しくという程ではないが、肩で息をしていた。


「わかりました」


 僕はそれだけを言って、両手で握っていた刀を片手で持つ。継続加速、継続加力を発動。そして必要に応じて瞬間強化を混ぜるために魔法陣を敷き、待機状態にする。

 彼女を見やると、いつでもかかってこいと言わんばかりの威圧を感じた。

 ならばと、僕は刀を投擲、同時に加速魔法陣を6重に敷き、発動させた。刀にも2重程加速を仕込んでいる。直線を描いてサラさん目掛け飛ぶ刀を加速で抜く。そのまま彼女の後ろまで行き停止、すぐさま加速で距離を詰めた。水蓮寺流は剣術のみならず、体術の心得もある。なんとか挟み撃ちのようなものが完成した。しかし、サラさんはこれを全て回避してみせる。僕は飛んでくる刀をキャッチし、牙突。


「ッ!」


 それをサラさんは飛んで避け、隙を突こうと短剣を構えた。僕はすぐさま刀を逆手に持ち、乱雑に薙いだ。それによりサラさんは体勢を崩す。その隙を見逃す訳なく、刀を振り下ろした。

 しかし、刃は届くことなく強制的に止まっていた。タイムアウト。時間切れによる戦闘の強制停止。


『戦闘終了。引き分け、順位の変動なし。転送を開始します』


 さて、終わったし、1度寮に戻るか。


「待って」


「何でしょう?」


「何で、そんなにも実力があるのに、戦わないの?」


「………『戦う理由』がないですからね」


「じゃあ、私とウォーゲームに出ませんか?」


 僕は冷たい視線を向けた。


「何で」


「何でって、ウォーゲームは特別な理由がない限りは強制参加ですよ」


「……は?」


 なん…だと。待て、そんなの、龍双は言ってなかったぞ?

 僕はすぐさま龍双に電話をかける。


『はいもしもし』


「おい龍双、ウォーゲーム強制参加って本当か?」


『そうだよ。言ってなかったっけぇ』


「言われてないよ!」


『まあ、沙貴音さんがお前対策した結果だな。言ったろ?『戦う理由』見つかるかもなって。頑張れ』


 通話を切られた。僕はひとつため息をついて、サラさんに向き直る。


「……わかりました、よろしくお願いします」


「よろしくお願いね、刀夜君」


 黒くけがれた歯車がギジリと音を立てながら回り出した。軋み出した。僕は微妙な表情のまま、何処と無く虚空こくうを見つめた。

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