第8話 修行開始
山登りを開始してから30分。僕たちはやっとの思いで水連寺本家の門前に着いた。高さ5メートルはあるであろう門はただならぬ雰囲気を纏っている。
僕は垂れている紐をグッと引っ張る。すると中々大きな音がガランと響いた。
「どちらさんで?」
「水連寺刀夜です」
「おお、刀夜か!今開けるぜ」
太く、ズンと低く響く声。昔聞きなれた声音だ。門が開けられ、姿を現したのは筋肉質な体付きの大男、
「久しぶりです、徹人さん」
「おうよ、後ろの2人がメンバーの?初めましてお嬢さん方、金木徹人だ」
「サラ・ヴァイスハートです、よろしくお願いします」
「ボクはエリーシャルロット・アークフェルトです、よろしくです」
「おうおう、両手に花で羨ましいこった。んじゃ、雪菜さんの所に案内するぜ。多分今は厨房にいるだろうし」
「お願いします」
徹人さんを追うように僕たちは敷地内に入る。すぐ右側には弟子さんたちが寝泊まりする3階建ての寮のような建物があり、反対方向には義父さんと義母さんが寝泊まりする日本家屋。
奥の方には修練場が何個かあり、今頃弟子さんたちが修行を行っている頃だろう。その手前、日本家屋の近くに食堂がある。
「雪菜さん、刀夜来ましたよー」
「あ、おかえりなさい刀夜君~。そしていらっしゃいサラさんと、エリーさん」
厨房からちらっと義母さんが顔を覗かせた。その際、左にまとめられたおさげ髪と豊満な胸が揺れた。色白の肌は雪のよう。垂れ目で、顔立ちがふっくらとしており、柔らかい雰囲気が溢れている。
「ただいま」
「お、お邪魔します」
「刀夜君、うちの2階にお2人を案内してあげて~。私今はここを離れられないから~」
「わかった。それじゃあとりあえず荷物を置きに行こうか」
僕はすぐ近くの玄関を入り2階の空き部屋に向かう。空き部屋と言っても、掃除は行き届いており、ゴールデンウイーク期間中快適に眠れることだろう。
「ここが2人の部屋だよ。荷物を置いたら玄関まで降りてきて。時間も時間だし、もうすぐ昼ご飯のはずだから」
そう言い残し、僕は自室に向かって適当にそこら辺に置く。ここも、掃除が行き届いている。最低限生活に必要な物しかない、寂しい部屋。僕はひとつため息を吐き、部屋を出た。
玄関でしばらく待っていると2人が降りてきた。
「刀夜君お待たせ」
「よし、じゃあ食堂に行こう」
「了解。それで、今日は何するのかな」
「んー、午後から少し体動かすくらいじゃないかな」
「少し、ね。それはトー君基準かな」
「まあそうだね」
意図が良くわからない問いに一応答える。するとサラさんが少し嫌そうな顔をした。ああそうか、今朝のことがあったからか。
「ああ、走り込むだけじゃないし、今朝よりはきつくないはずだよ」
「そ、そうなんだ。……べ、別に嫌だなーって思ったわけじゃないからね?」
「何にも言ってないよサラさん」
にこりと微笑んで指摘すると、サラさんは顔を赤くし、そっぽ向いてしまう。僕は怒ったのかと思い慌てて宥めると、その途中でエリーに止められる。
「な、何?エリー」
「サラちゃんは怒ってるわけじゃないぞー」
小さな声でぼそりと助言される。じゃあ何だというのだろうか。そうこう考えてるうちにサラさんが何故か食堂を通り越そうとするので、慌てて腕をなるべく優しく掴む。
「サラさん、そのまま行くと通り越しちゃうよ」
「あ、ホントだ。ありがと」
「どういたしまして。それじゃ、義母さんの所に戻ろうか」
食堂内に入り、厨房の様子を見ると、タイミングよく義母さんの姿を捉えた。
「義母さん、荷物置いてきたよ。何か手伝うことある?」
「んー、そうね~、誠さんと優香ちゃんを呼んできてくれるかしら」
「わかった。サラさんとエリーはどうする?」
「優香さんって、あの《聖女》の優香さん?」
サラさんの問いに、僕は頷くことで肯定した。僕の義姉である水連寺優香の2つ名は《聖女》。《神装印》が《ジャンヌダルク》で、身を削る代わりに効果量の多い支援魔法を使える特性があるのだが、
超がつくほどの有名人でもある。
「会ってみたいならついてきて。ついでに第5次聖戦の英雄である義父さんにも会えるし」
「じゃあ、行こうかな」
「ボクもー!」
「よし、行こう。それなりに遠い場所で修行してるだろうから、急ぎ目で」
僕は修練場がある方へ歩きそのさらに奥まで進んで行く。水連寺家が有している山の獣道のような道を。優姉は戦える系のバッファーだ。だからよく義父さんと戦闘訓練をしているのだ。山奥でするのは修練場が狭いからって言ってた。1つの修練場で一般的な体育館1個分はあるはずなんだけど。
山の獣道らしき道を進む度、金属が交わる音が聞こえ始め、次第に大きくなる。
全く、時間を忘れて剣戟を交えるとは。
「義父さん、優姉。もうすぐご飯の時間だよ。そしてただいま」
「お、刀夜か?おかえり」
「おお刀夜!おっきくなったね!知らせてくれてありがとね」
優姉は僕を見つけるや否や抱きついてきて頭をわしゃわしゃと撫でだす。そしてしばらく撫でて満足したのか、ようやくサラさんとエリーに気付く。
「おや?刀夜、このお2人は?」
「は、初めまして。私、サラ・ヴァイスハートと申しますっ!」
「ボクはエリーシャルロット・アークフェルトです」
「サラちゃんにエリーちゃんね。ああそういえばお母さんがなんか来るって言ってたっけ。まあよろしくねー」
「わあ、本当に優香さんだ……」
サラさんは感激を受けているようだ。まあ、優姉が憧れの人というのは良くある話だ。
「ご飯だっけ。じゃあ行こう、お父さん」
「そうだな、行くとしよう。……刀夜、午後に1戦するぞ」
「はい」
義父さんは僕の返事を聞き終わってから悠々と歩き出す。
「誠さんもかっこいいね」
「それ聞こえるように言っちゃダメだよ?義父さん調子乗っちゃうから」
「おいこら刀夜~、要らんこと教えんなよ~?」
「お父さんかっこつけたがるからね」
「優香~、お父さんの威厳はもうゼロだぞ」
こんな風に軽口くらい言えるのが水連寺家だ。仲がいい方だろうと思う。
その後、昼ご飯を食べ、1時間ほど間を開けて午後の訓練が始まった。僕やサラさん、エリーはまず30分ほどかけて体をほぐしたのち、僕は義父さんと模擬戦を行う。模擬と言っても、真剣であるが。
「じゃあ行くぜ、刀夜。初めから本気で行く」
「お願いします」
義父さんは多少老いたものの、いまだ健在。全盛期とさほど変わらない強さを持っている。僕は《弧月》を顕現させ、構える。この模擬戦では、〈神装〉を使わず、魔法も使わない。純粋な技で相手を倒すために。
義父さんが《
駆けだしたのは、同時。いや義父さんの方が一瞬早かったか。僕は振り下ろされる《天叢雲剣》を受け止めるべく《弧月》を地面と水平にした。剣が交わる瞬間にぎゃりりと嫌な音を奏でる。義父さんは構うことなく、力で振り下ろす。その際曲線の山になった部分に引っかかり、刀が、そして腕が持っていかれる。
僕はそれに慌てず、右に回避行動をしながら反時計回りに回り、遠心力を加えた一撃を浴びせた。だが義父さんは剣の柄でそれを受け止め、振り上げる。それに対して、僕はすぐに上から抑えにかかった。しばらく鍔迫り合いをした後に同時に後退。
やっぱりちゃんとした型を意識するとやりにくい。いつか自然に使えるようになればいいが。僕は《弧月》を片手で持ち、姿勢を低くしたまま駆ける。型を崩した途端、いい具合に力が抜ける。
僕は義父さんの右側を通り過ぎるように駆け、その際に一閃浴びせた。それを義父さんは簡単に流し、斬りかかってくる。僕は半ば空中で体を捻じり、《弧月》で斬撃を防いで《白夜烏》で1本取ろうと振り上げる。
だが《白夜烏》の存在を知っている義父には想定内の出来事だ。一手足りない。どこかで何なしら想定を超えなければ。
僕は《白夜烏》を捨て、《弧月》で乱雑かつ隙を見せぬように斬りかかる。しかしそれでも義父さんは見切り、背後を取ってズンと全身の力を乗せた剣を振り下ろしてきた。
何とか止めたものの、片膝を付いているうえ、後頭部のすぐ上で受け止めた。このままでは押し切られる。
ぐらりと、勝手に体が後ろに尻餅をつくように倒れる。それと同時に、《天叢雲剣》を前方に押し流した。曲線部がうまく引っ掛かったからか、重圧が軽くなる。ある程度前に流したら両手を離し、義父さんに肉薄する。これは鳩尾に肘鉄を入れられる。
そう確信して肘鉄を繰り出すが、これも見切られていたようで、容易に防がれ地面に押さえつけられる。負けだ。
「マジか、決まったかなって思ったんだけど」
「……」
「義父さん?」
思わず顔を覗き込んでしまう。少し、おかしい気が……した気がする。でも特に変わった様子はなかった。
「ん?……ああ、確かにちょいと焦った。詰めが少し甘かったんじゃないか?」
「そうだと思う。ひとつひとつの動作の繋げ方が特に」
「その反省を自分なりに考えながら少し走ってこい」
「はい」
……気にしないでおこう。考えてもわからないのだから、気が散るだけだ。
***
刀夜が出ていったのを確認してから、俺ははあ、とため息をつきながらその場に座り込む。
「驚いていますね。誠さん」
柔らかな声音。雪菜に声だが、間延びしていない。本来の喋り口調だ。
「疑惑が確信に近づいたんじゃない?」
「見ていたのか」
「ええ。やっぱりあの子……」
「黙れ」
俺は思わず語気を強めてしまった。だが、雪菜はただのひとつも表情を変えることはなかった。そのお陰で冷静さを取り戻した。
「……刀夜は俺たちの息子だ。それ以外ねえだろ」
「ええ、そうね。その通り」
雪菜はにっこりと笑って、俺を見る。その笑みに俺は安心感を感じた。
***
午後は初日ということで、スパルタな修行メニューではなく、基礎復習がメインのメニューだった。なのでそこまで疲れていない。物足りなさを感じてしまうと落ち着かないものだ。
だから僕はとある人物のもとに向かった。修練場の奥にある、修練場の半分ほどの大きさの小屋。
「徹人さん」
「おお刀夜か。どうした?」
「一戦、どうかなって思って」
「お、いいぜ。昔みたいに場外に飛ばしてやる」
「流石にそれはないですね。僕だって成長したし」
模擬戦の形式は確認するまでなく〈神装〉、魔法なし。徹人さんの《神装印》である《
「早く《弧月》を顕現させねえか。普通の刀じゃすぐにガタがくる」
徹人さんは大剣を持って、逆手に持つ。徹人さんの戦闘スタイルは基本的にオールラウンドだが、一度攻めの手に拍車がかかると誰にも止められない戦車だ。昔の僕はそれに耐えきれず吹っ飛んだ。慎重に行かなければならない。
「はい」
僕は《弧月》を顕現させ、それを片手で持つ。攻めて攻めて、後手後手に追い込むつもりだ。できるかは自信ないけどやるしかない。
「来い刀夜」
徹人さんは人差し指をくいくいと挑発をするように動かす。攻めさせるということは後手に回っても何とかなるということなのか?深すぎず浅すぎず攻める他ないか。
僕は今出せる最高速度で接近。両手でしっかりと握り、振り下ろして瞬時に腕を引く。そして一拍グッと溜めて顔の付近に突きを放つ。難なく大剣で受け止められるが、僕は敢えて踏み込んでいった。
力で押してくるとは思ってなかったのか、徹人さんの反応が少し遅れる。まあそうだろうな。力は徹人さんに遠く及ばないのだから。僕はできた隙を無駄にしないように次のアクションを起こす。突きの状態じゃ不安定なので鍔迫り合いの状態にし、更に押す。すると徹人さんはフルパワーで横なぎをしてきた。
狙っていた。顔を狙ったのは大剣で受け止めれば多少視界が塞がれる。そんな状態で大剣を横なぎに振れば、流しやすい一撃になる。ただ、しゃがんで潜り抜ける選択は安直だろう。だが、敢えて安直に行く。小細工をしたって予想を裏切ることは容易でない。
僕は頭上で大剣を流し、しゃがんですぐに斬り上げる。これによって徹人さんはバックステップで回避する他ない。
僕は畳みかけるべく常に間合いに捉えたままの状態を維持して攻撃の手を緩めず攻める。徹人さんは一旦防戦一方の状況と認めたのか、防御に徹し始める。
ここから徹人さんはどう巻き返すんだろうか。
そう思った刹那、徹人さんとの距離が限りなくゼロに近づく。この距離ではお互いに武器など振れたものではない。肉体面で負けている僕が下がらなければならないことは明白だ。ああやって詰められたということは、若干攻めすぎたんだろう。
こうなれば僕の有利は消える。五分五分、いや劣勢と思っていい。その後、やれるだけやってみたが、普通に負けた。まあ、吹っ飛ばなかっただけマシとしよう。
「お疲れさん、刀夜」
徹人さんが仰向けで寝っ転がっている僕に手を差し出してくる。僕はその手を取り、起こしてもらう。
「お疲れ様です。やっぱり技術だけとなるとパワーが上の相手だときつい」
「お前は多彩な強化魔法とハイクオリティーな基礎身体能力、そして所々でぶっこんでくる小技で差を埋めるからな」
小技、か。単に効果値が低いだけでもっと、強いはずなんだけど。何故か僕は《月詠見》にかかわるものの性能が悪い。《神装印》が不完全な場合、それを宿す人間に問題があると言われている。ならば一体、僕の何に問題があるのか。薄らと頭の片隅にある景色を思い出そうとするが、特に重い病気になったこともないし、大怪我をした記憶もない。
そうなると僕が認識できなかった範囲、物心付く前や暴走中に何かあったのだろうか。
「刀夜?」
徹人さんに呼ばれ、僕は現実に引き戻される。いけない、考え込んでいた。
「すいません、考え事してました」
「おう、そうか。そろそろ飯だろうし、行くか」
「はい」
今は考えるのはやめておこう。答えを導くのに、ピースが足りなさすぎるから考えても無駄だろう。
雑念を振り払うように頭を振ってから、徹人さんの後を追う。雑念を払ったからか、お腹が空く感覚が今襲ってきた。
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