第9話 家族がいるから
「な、なんだ……これは……」
晩ご飯の時間になったのだが、食堂が宴会場のような賑わいを見せているのだ。既に酒に酔っているものまでいた。その中には、サラさんもいる。ちなみに酒の類は、ここ数百年で16歳まで引き下げられた。と言っても、全ての種類が飲めるわけじゃないが。
いくら魔力でアルコールを分解できると言えど、酔う者は酔う。
「あ、とうやくん、こっちこっちー」
「サラさん、完全に出来上がってるなこりゃ」
変に絡まれるだろうなと思いつつも、僕はサラさんが招いた座敷に座ることにする。拒否してもどの道絡まれるだろうし。
「サラさん、はいお水。そろそろお酒はやめなさい」
「えぇ……やーらー」
「やだじゃありません。ダメです」
酔っ払いの対応というのはやはり骨が折れる。しかし、こうしてると義父さんや徹人さんが酔った時を思い出す。あの時は本当に面倒だったなあ。まあそういうことだから、酔っ払いの対処は何とかなるはずだ。
「とうやくーんー、あとすこしならいいでしょー?」
サラさんは僕の腕にしがみつき、胸を押し付けてくる。なるほどそう来たか。ここは無視の方がいいかな。別に嬉しいからとかそんなんじゃない。単にこういうのは無理にはがそうとすると逆効果になりやすいからである。違う手段に出た時が、抵抗をするタイミングだと思っている。
案の定、効果がないと察したのか、すっと体が離れていく。さて、次はどんな手を打ってくる?サラさんが酔った姿は初めて見るのでパターンを全く掴めていないじゃ状況なので常に警戒する必要がある。
ちらと見ると、サラさんは膨れっ面で僕を見つめていた。可愛いから反応に困るな。思わずそっぽを向くと、サラさんは見事に僕の隙を突いてきた。
「どーーーん!」
と、無邪気にはしゃぐ子供のような掛け声とともに、サラさんは僕に全体重をかけてくる。隙を突かれた僕はうまく対処できずに押し倒されてしまった。いや、まだ詰んだわけじゃない。冷静に行こう。
「とうやくん」
「なんでしょう」
「わたしのこと、そろそろさら、ってよんでよー」
「そう呼べば今日はもうお酒飲まない?」
意味のない確認だとしてもとりあえず確認を取ってしまうのはなぜだろうか。だがまあ、頷けばとりあえず信用するとしよう。
「ん、のまないよ」
僕は息を吞む。上のポジションを取られているからか?言い方の問題か?僕の心臓が跳ねたような感覚に襲われる。ええいしっかりしろ!冷静に、ただ名前を呼ぶだけにすぎない。
「じゃあサラ。もう飲んじゃだめだよ?」
余裕なく僕が言うとサラは満足そうに、そして無邪気に笑って頷いた。喜んでくれて何よりだ。だが、何故か僕の上に乗ったまま動かない。一体何の意図があるのだろう。よくわからない現状に冷や汗が止まらない。
「サラ?そろそろ退いてほしいんだけど」
「でも、のまないとはいったけど、のくとはいってないもん」
もんって、可愛いかよ。違う今はそんなこと呑気に思ってる場合か。
「さん付けに戻そうか?サラ」
「う……」
それを言われると、と言った表情を浮かべ、サラは黙りこくってしまう。これは何とかなる。
「……じゃあもどしていいからこのままでいい?」
酔っていても頭は回るらしい。困ったものだ。もういいや、こっちが折れるとしよう。
「全く、じゃあサラ、どうしたら退いてくれるの?」
「んふふ、じゃあぎゅってしてもらおうかな~」
これは、少しばかりハードではないか。酔いが醒めてから何らかのトラブルになったりしないか?まだ僕は警察にお世話になりたくないぞ?
「……エリー、助けて」
僕は情けなくも近くで山盛りご飯を食べているエリーに助太刀を求める。だが、エリーはこちらをちらと見ただけでご飯を食べ続けている。
「えっと、エリー?」
「なに?」
「だから助けてって」
「助ける必要ないもん。思いっきり抱きしめたらいいんよ」
「大丈夫なのそれ」
「ボクが保証するよ」
「……わかった」
まだ抵抗があるし、本当に警察沙汰にならないか不安ではあるが、エリーが言うなら信じるとしよう。僕自身、案外まんざらでもないんだし。
そんなことはつゆ知らず鼻歌を歌ってご機嫌なサラをそっと抱きしめた。む、この抱き心地……きしゃと思いきややはり体は鍛えられていて、しっかりとした抱き心地……って何を考えている!?
「えっと、サラ?いつまこうしていれば?」
「もうちょっと」
「あっはい」
とりあえず何していいかわかんないので背をトントンと優しくあやすように叩いてみる。が、特に反応が返ってこない。どうしたんだろ。俺はサラさんの体を揺すろうとして、やめた。寝息が微かに聞こえたからだ。
「エリー、寝ちゃったんだが」
「そりゃ、今日はきついトレーニングしてないとはいえ、結構動きっぱなしだったし、酔って騒いでたんだから疲れてるでしょ。そこにすーじゃなくて、トー君に抱きしめられながら背中トントンされたら寝るでしょ」
すー、の所が気になったが、言い直したということは、言ってはならないことだということだ。追求しない方がいいだろう。
「にしても、その言い方じゃ僕は安眠グッズみたいだな」
「実際に得意じゃない?状態異常魔法」
「毒は無理だけどね。さて、サラはどうするべき?」
「部屋で数分寝かせようか、酔い醒めるかもだし。ボクとサラちゃんは早めに来て食べてたから、今から運ぼ」
「じゃあ僕は運んだらここに戻るからサラのこと見ててくれる?」
「おっけー」
「じゃあ行こう」
僕はサラをお姫様だっこして、サラとエリーが寝泊まりする部屋まで運んだ。しっかし、静かに寝るな。サラって。普段は可愛いより美人の方が強いが、寝顔は何だかあどけない。
「トー君変な気起こしてない?」
「起こしてないです。普通に過ごしてても寝顔なんて見れないだろうから見てただけだよ」
「んなきりっとした表情で言われても、ボクからしたらちょっとキモイ」
「事実ではあるが酷いな。……おっと、もう着いたのか」
「まだお姫様だっこしてたかった?」
「別に、そういうことじゃないよ。じゃあ、エリーよろしくね」
「はいよー」
何とも頼りない応答であったが、まあいいだろう。僕は晩ご飯を食べるために食堂に戻った。
***
刀夜が食堂に戻って十数分後。サラはゴロリと寝返りを打った後にゆっくり目を覚ました。サラは起きてすぐ、軽い頭痛を覚える。そういえば、ここはどこだろうか。見渡すとエリーが視界に映る。次に、ここが自分らが寝泊まりする部屋だと視認した。
「おはよサラちゃん」
「おはよー。エリーちゃんが運んでくれたの?」
「うんん、トー君がお姫様だっこして運んだんだよ」
「え!何それ起きとけばよかった!」
予想通りの反応にエリーはふふっと笑ってしまう。だが、サラには何のことだかさっぱりだった。エリーは何でもないと手ぶりで伝える。
「そういえば、サラちゃん酔ってる時の記憶ある?」
「んー、思い出そうとしたら思いだ…………ッ!?」
サラは酔っても記憶があるタイプなようで、顔を真っ赤にして慌てふためき始めた。その様子に、エリーは笑いを堪えられずに声を上げて笑い出した。
「可愛かったよー、サラちゃん。さらってよんでよ~」
「やめて!?マネしないで~!」
「ぎゅってしてもらおっかな~」
「だからエリーちゃん!?」
サラはエリーの口を封じるべく飛びかかる。その後、刀夜が部屋のドアをノックしたのを皮切りにこの戦い(?)が終わった。
***
晩ご飯を食べ終わった後、30分ほど休んでから風呂に向かった。我が家の風呂は大浴場で男と女が分かれている。今の時間帯は水連寺家と客人が入る時間なので、体を洗った後、広い浴槽の中央でゆったりと浸かる。
その少し後にぺたぺたと、足音が聞こえてきた。義父さんかな。
「やっほ、刀夜」
「……優姉。ここ男湯」
「いいじゃんか、家族なんだし!」
「はぁ……まあいいけどさ、せめて少しくらい隠してほしい」
僕がそういうと、優姉はえー、と言いながら頭をわしゃわしゃと洗い始めた。あれが《聖女》ねぇ……僕にはかけ離れているようにしか見えないが。
優姉は頭の次体をざっと洗って、僕の後ろに背中合わせで座った。
「照れてくれないの?刀夜。私あの頃より結構育ったぞー。特におっぱい!」
「そうだね。見えたからわかる」
「エッチだなー」
「そう思うならば優姉だって、隠してなかったろ」
「まあね、家族だもん」
「………そうだね。家族だ」
「……認めてくれるの?」
「もう僕は子供じゃないよ」
「……そうだね」
お互いの顔は見えない。が、恐らく、嬉しいやら悲しいやらって感じだろうと思う。
水蓮寺家に引き取られてすぐの頃、僕は優姉のことを避けていた。生きる希望も何もない僕にとって、優姉は眩しすぎる存在だったのだ。
僕は優姉を沢山傷付けた。なのに、彼女は僕を許すことしかしなくて。それが逆に苦しくなって、また距離を空けて、それを優姉が詰めてくる。そんないたちごっこを繰り返してたっけ。
「あの頃はごめんね」
「……何のこと?」
「……何でもない」
「ねぇ刀夜」
「ん?」
「刀夜が、どんな存在だとしても、私は絶対に側にいてあげる。だから、怖がらないで。いつでもお姉ちゃんに頼っていいんだから」
何でもないような言葉に聞こえる。でも、深い意味が隠れている。そう思ったのは、僕と、優姉に、いや、水蓮寺家に共通の認識があるのだろう。
僕は未だに確定しきれていない。突き詰めていかなければならない。恐れて、逃げてはいけないんだ。
「優姉」
「ん?」
「ありがとう」
「ん、どういたしまして」
家族がいる。だから恐る事なんてない。そう思うと、心の突っかかりが取れたようなそんな感覚を感じた。
「それで、今何かお姉ちゃんに相談はあるかな~?」
優姉はがばりと、後ろから抱きついてくる。この人は本当に心臓に悪いことをしてくる!
「ああもう、こういうところだよ!優姉に相談しにくいのは!」
「いいじゃんか、減るもんじゃないんだし!」
「恥じらいを持て!?押し付けないで!?」
「ふっふっふ、逃がさないぜ」
ああもう、酔っ払いよりたちが悪い!
「《月詠見》、【夜は夜に移り行く】、《
「あっ、ちょっとずるい!」
「日を改めて相談する!今は嫌だ!」
僕はそう言い残して、そそくさと逃げた。
***
「日を改めて、か」
相談する気はあるのだと知り、嬉しく思う。昔なら、なーんにも言わないくせに。やっと、家族になれたんだなって思えた。無理かもって思ってたけど、刀夜の方から歩み寄ってきてくれた。
そうなったきっかけは、連れてきた2人かな?どっちだろ?両方?
これは今すぐ聞かなきゃ。まだ着替えの途中だろう。
「刀夜ー!ちょっと待って聞きたいことがあるから!」
***
「男湯の方、優香さんの声しなかった?」
サラがぽつりと呟く。それに対し、エリーはぷかぷかと浮きながらはあ、とため息をついた。
「ボクに聞こえないとでも?」
「だよね」
「気になるなら、サラちゃんも行ったら?」
「ダメよ。そんな破廉恥なこと」
「って言ってる間に優香さんと一線超えたりして」
「な、なに言ってるの?だって
そういうサラは額に冷や汗をかいている。事実をわかっていながらも、それから目をそらしていると、エリーは確信した。
「そうだね、血が繋がってないからセーフだけど」
言い終わったコンマ一秒後にはサラが駆けだしていったのは、言うまでもないだろう。
***
《
そして辛うじてパンツを履いたところで扉が開く音が2つ聞こえた。
「刀夜!待ちなさい!」
「刀夜君!血が繋がってないからって一線超えたらダメだよ!」
「2人共何なの!!?特にサラ!?」
「いやね?別になにしようが双方の同意があればいいんだけどさ?」
「とりあえず落ち着かない?お願いだから落ち着いて!そして服着てきて!」
僕は何とか落ち着けようとする。体に触るのは気が引けるが、騒いだ挙句タオルが落ちて露出するよりかはマシだろう。僕はサラの両肩をがっちりつかんで至近距離でじっと目線を合わせる。
「サラ、落ち着いて」
「……落ち着いた…………」
サラは目をぱちくりとさせながらも、呟いて腕を下した。その刹那、手で押さえられていてタオルがはらりと地面に落下する。僕は最速で目を逸らすも、見えてしまったことには変わりなくて、赤面してしまう。
そして、その事実を認識したサラは、恐らく僕よりも顔が真っ赤になっているであろう。
そして……
「ひゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」
大爆発。僕は《メタトロン》の浮遊砲のぶっ飛ばされた。意識が薄れてゆく中、微かに聞こえた声。その子が1番なんだ、と。少し悲しそうな声音だった。
その後、復活した僕はサラに呼ばれ、サラとエリーが寝泊まりする部屋に来ている。要件はもちろん、僕と優姉が一緒に風呂に入っていたことについてだ。
「さて、聞かせてもらおうか」
そう言ったのはサラではなくエリーだ。サラは布団に丸まって団子のようになっていた。
「聞かせてもらおうかって、先に入ってたのは僕なんだけど」
「そーじゃない、何してたのかってこと」
「何って、なんだろ?勇気もらってた」
「は?なんの」
「んー、僕のことをいつか話す勇気って言うのかな」
「今じゃないんだ」
「うん。自分でも、よくわかってないから」
「ふーん。だってさ、サラちゃん」
エリーがそう言うと、サラがひょこっと顔を出した。
「無罪」
「よかったね」
「なんの裁判だよ。もう僕は部屋に戻るよ。明日からハードだろうから、早く寝たほうがいいよ」
僕はため息をつきながらそれだけは伝えておいて、部屋を出ようとした。ドアノブを回さなかったのは、サラに腕を掴まれたから。
「話してくれるんだよね?」
小さな声でサラが呟く。近くにいる僕ですら、ギリギリ聞き取れるくらいの声。
「もちろん。今は、待ってほしい」
「うん、わかった。おやすみ、刀夜君」
「ああ、おやすみ。エリーもおやすみ」
「んー」
僕は返事を聞いた後、一拍おいてから出て行く。きぃっと
でも、扉が閉まる直前。ちらと見えたサラは………
……僕が恐れていた時と同じような、察しがついてるくせにわかってるくせに理由を付けて言わずじまいで、それを隠すように微笑みを浮かべていた。
カタストロフ・クリーク 海風奏 @kanade06mikaza
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