第6話 罪の代償と得たもの

 弓矢を撃ち落とし、接近。それを幾度と繰り返す。吸血鬼の身体能力は高く、ダメージは与えられるものの、致命打を与えるには程遠い。


「チッ…」


 と、エリーは舌打ちし、短剣に持ち替えた刹那、およそコンマ1秒で俺に肉薄し、素早い連撃を浴びせてくる。

 ギリギリ、剣の軌道がわかる。ならば冷静になりさえすれば、見える。僕は粗方予測をして、水蓮寺流唯一と言ってよい、パワー型の剣技を繰り出す。


「水蓮寺流羅刹、《金剛》ッ!」


 一閃に全身を使い、息を吐くと同時に振り抜くと見事に命中。エリーの小柄な体が吹き飛び、動かなくなる。


「げほっ……」


「……体がついてこないか?それとも体が先走って思考が追いつかないか?」


「ッ……黙れっ!」


 エリーは弓を番え、俺を射らんばかりの気迫で矢を飛ばす。魔力で強化された矢は高速で俺に向かってくる。そして、当たらずに流れて行った。


腕訛うでなまったんじゃないか?棒立ち相手に当たらないなんてさ」


「うるさいッ!」


「本当に君は僕が知るエリーか?」


 眉が一瞬、ほんの一瞬吊り上がった気がした。まあこちらも確証がある訳ではない。確証を得たいのなら、捕まえる他あるまい。刀を構えて、腰を落とすとエリーも短剣を逆手に持って疾走。狙いは……サラさんかッ!


「ッ……!クッソ!」


 即時に加速魔法陣を7重に組み、発動。何とかギリギリ間に入ってみせる。その際ギャリと嫌な音が響く。


「必死で守るね?私の次は彼女?なら、殺すのはその女の方がいいいかなぁ?」


 ブチッと、何かが切れる。が、何とか踏み留む。だからと言ってイラつきを殺し尽くすことはできなかった。だからすぅっと、息を吸い込んだ。これで怯んでくれれば良いのだが。


「黙れぇぇぇええ!!!」


 吼える。エリーは驚いたようで、ひっと声を上げて怯んだ。その隙を俺は逃さない。加速魔法陣で接近、柄頭で鳩尾を突く。そして手早く睡眠魔法陣紙で眠らせた。ふっと息をつくと、肩をトントンと叩かれる。振り返れば、龍双が何だか微妙な表情をしていた。


「な、なあ刀夜」


「ん?」


「いや、すげーびびった」


「ああ、ごめん。僕今まで人前でこんなに叫ぶことないからさ、びびるんじゃないかなって思って」


 僕は申し訳なさそうな顔を作ってはははと乾いた愛想笑いをする。


「まあとりあえず捕獲できた訳だし、帰ろうか」


 僕は早く帰りたい一心でそう言う。龍双はうんうんと頷いて、賛成の意を示す。


「あーでも刀夜、この子どうやって運ぶんだ?」


「乗り物に変形機構があるはず。多分サイドカーみたいになると思うよ」


「……つくづく沙貴音さんは万能だよなあ」


「《想像》した物を《創造》できる。チートだよ本当に」


 僕はエリーを担ぎ、適当な窓から外に出る。途中、浮遊魔法陣を組んで即発動させ、重力による加速を軽減。衝撃吸収魔法陣を3重に組んで着地した。

 そして、魔導無輪バイクの変形機構を弄る。すると瞬く間にサイドカーになった。

 僕はサイドの方にエリーを寝かせ、魔導拘束具で万が一の時に備えた。見てて痛ましいが、仕方のないことだ。


「サラさん」


「あ、うん」


 僕はサラさんが後ろに乗った事と、龍双の方の準備が整ったかを確認して、バイクを走らせた。


 ***


 学園に戻ってすぐ、沙貴音さんの元に向かい、今回の件の報告をし、そしてエリーの対処方を告げた。


「ご苦労だったな。もういいぞ」


 僕の報告を聞いた沙貴音さんは特に何も反応もなく、出て行くように促したような気がした。いや、確実に促している。


「あの、少しいいですか?」


「なんだ?吸血鬼はお前が言った通り、檻にでも入れて、血液を摂取させないようにするぞ?」


「それはしてもらわなきゃ困ります。えっとですね、面会とかできませんかね?」


「何故」


「確かめなきゃいけないことがあるので」


「……そうか。いつ頃来る」


「3日後の午前中には」


「わかった。もう帰って寝ろ」


「……失礼しました」


 僕は一足先に部屋を出て、寮に向かって歩く。その後ろを慌てて飛び出してきたサラさんが追ってきた。


「刀夜君ッ!」


「……何?」


「あ、えと……ごめん、何でもない。途中まで一緒に帰らない?」


「うん、いいよ」


 僕は承諾し、歩き始めるとサラさんは隣に並んで歩く。話した内容は、他愛のないものであった。聞きたいことがあるだろうに、彼女は聞くことなく、女子寮近くでまたねと手を振った。僕も振り返し、男子寮に戻った。

 それからサラさんは何かと側にいる。登下校の際は必ず一緒にと言ってくる。

 僕は心地よいと感じてしまった。しばらく触れられなかった適度な距離の暖かさがあった。そしてエリーとの面会の時がやってきた。

 沙貴音さんの案内で連れてこられたのはこの学園の地下。そこにエリーはいるそうだ。


「この扉の先にいる」


 重厚な鋼鉄の扉を指す。もう既に威圧感があり、怖気付きそうになる。が、そんなこと言ってられない。

 グッと力を入れて扉を開けると、エリーが鎖に繋がれていた。特に変わったところは、ない。


「やあエリー」


「……何?」


「いや、変わらないね?」


「…?それが?」


「わからないならいいさ」


 一度、深呼吸を挟む。


「僕を殺したいかい?エリー」


「うん」


 即答であった。だがこちらにも死ねない理由くらい存在する。だからただって訳にはいかないな。


「じゃあ、チャンスをあげるよ。一対一で、戦うのはどうだ?」


「……それでいいよ。ボクならそれでも問題なくトー君を殺せる。見殺しにした怨み、全部ぶつける」


 引っかかる。が、何を言うにもタイミングは今ではない。僕は小瓶を取り出し、エリーに差し出した。


「じゃあ、はいこれ」


「何?」


「僕の血液だ。それ飲んだら、第二十訓練場に連れてきてもらえ」


 後は沙貴音さんに任せて一足先に向かう。その途中で、サラさんに出会った。


「どうしたの?」


「……どうするつもりなの?」


「エリーと、戦う。けじめつけないといけないから」


「……頑張って」


「……ああ」


 何か言いたげな表情をしていたが、正直それに構っていると普通に死ねる。ちゃんと集中しなければ。

 十分ほど経ったか、目の前にエリーが現れた。


「ねえトー君、無抵抗で死ぬ気ない?」


「いや、ないね」


「……あんなことしておいて?」


 突然グッと声が低くなって空気が重くなった。だが、恐怖を感じるほどではない。長い長いため息をついた。


「確かに、僕は許されないことした。エリーが殺されたって思った僕は暴走して、村を襲った兵士はおろか、 生き残った数少ない村人さえも、僕が殺したんだから」


 しんと、場が静まり返る。エリーもこのカミングアウトは予想外のようで、驚いたような表情を見せていた。


「ッ!なら、なおのこと死ねッ!」


《アグナ・ビュレアー》を顕現させ、矢を天に向けて放つ。すると空中に魔法陣が浮き上がり、無数の矢が降り注ぐ。

 僕はすぐに《弧月》を顕現。反応速度上昇魔法陣、継続加速魔法陣を即座に組み、発動。加速魔法陣を十個待機状態にし、適度に加速魔法陣を発動させ矢の雨を掻い潜る。避けきれないものは斬り落とし何とかして切り抜けた。


「来い、《月詠見》」


「射抜くよ、《アルテミス》」


 エリーは《アグナ・ビュレアー》短剣の形に変え、エリーから接近してくる。過去の彼女が使っていた、身体能力の高さを使って必ず一定距離を置いて弓で射る戦い方と正反対なことから、殺意が高いことを察せられる。

 だが、エリーがどうしようと、僕がなんとしでもやらないといけないことに変わりなどない。どうな形になろうと。


「【来れ夜、我が夜。空を覆え】、《夜来理よくり》」


 詠唱を終えるとあたりは夜になる。

 夜にすると、身体能力的に吸血鬼の方が有利となる。だが、《月詠見》を使う上で、夜にすることは自身の魔力の節約になる。基礎魔力量の多くない僕はこうやってやりくりする他ないのだ。


「【集え我が夜。月の女神の一刀に】、《夜牙一刀やがいっとう》」


《弧月》が夜を纏い始める。それに僕は更に力を注ぐ。


「【昇華】《夜叉絶刀やしゃぜっとう》」


 仮面の瘴気が強まる。通常状態ならば慣れたが、ここまでくるとまだ痛い。意識も気を抜けば失ってしまうかもしれない。だが恐らく、これが最適解なのだ。

 超近距離戦が繰り広げられる。お互いが一挙手一投足すべてを把握しきり、一歩たりとも引かない激しい攻防。互いの体には、ちょっとした切り傷すら付かない。隙を見せる暇などない。見せた時が、最期になる。

 極限状態の剣戟は観るものを魅せる。馬鹿な野次馬たちは、一言すら口にできぬほど。

 その拮抗を、崩すッ!

 この状況で、僕はあえて隙を見せる。予想通りそれとほぼ同時のタイミングで仕掛けてきた。僕は短剣の突きを、左手に刺させて《弧月》を振り下ろそうとしたが、刃届くことなく、腹部に鈍い痛みが響く。エリーの放った渾身のアッパーが腹にめり込んでいた。


「ごぼぁッ!がぅ、ごッげぼッ!」


 痛い。叫びそうになるのをぐっと堪え、エリーを見る。すると不敵に笑っていた。


「勝負ありだね、トー君」


 エリーはそう言って、短剣を弓に変える。そして、エリーを中心に魔力が渦巻き出した。《アルテミス》の極大魔法か。


「……近距離で撃てば、エネルギーが収束しきれなくて、バラバラの死体が出来上がるかもね」


 僕が呟くと、エリーはニマッと笑った。刹那、強風が吹き荒れた。


「【嗚呼、大地よ。嗚呼、森よ】」


《アルテミス》の極大魔法の詠唱が始まる。


「【我が声を、願いをお聞き下さい。我、森の秩序荒らす者に裁き願う】」


 極限まで、集中力を高める。


「【それが叶わぬというのなら、我直々に願いを一矢に込めて放とう】」


 そして、輝く。


「《狩猟女神一矢アルテミシアプファイラル》‼︎」


 ***


「ッ……!」


 私は辛抱堪らず飛び出そうとすると、八雲ちゃんに止められてしまう。


「なんで止めるの」


「よく考えて、刀夜さんが何も考えなしに攻めますか?」


「どう言うこと?」


「私の知る限り刀夜さんは確実に当てられる時に攻めの手を繰り出します。でも、あの時は確実性が、全くない」


 だから、と小さく言って、刀夜君を見る。釣られて私も見ると煙の中に煌めきが見えた気がした。


 ***


 輝いた刹那、凄まじい暴風が吹き荒れた。僕は立っている。エリーは、地に横たわった状態であった。


「かはっ…なん、で?」


「……そろそろ、エリーの真似事をしないでくれ」


 これまでの時間でわかったことがある。蘇る昔の記憶。紅き記憶。燃ゆる村、迸る鮮血。その中を駆ける僕。その途中で、僕に助けを求めた黒髪で、いつも僕の側についてきていた人懐っこい女の子。


「なあ、ユイナ」


 名を出した瞬間、エリーもといユイナはしまったというような表情になる。顔に出やすい奴だ。


「なにを証拠に」


「その体だ。エリーは48時間血を飲まずにいたら体が元に戻るんだ。でも戻ってないよね?こんなことが可能なのは、憑依による特異体質の相殺だけ。体変化の特異体質と体不変の特異体質が相殺されている。もうこれだけで、本当の正体は1人に絞られたも同然なんだ。それにエリー本人が極大魔法の欠点を知らないわけがない」


「……」


「さて、ユイナ。僕を殺そうとしなかったのは何でだ」


 先の極大魔法。矢の軌道は明らかに外れていたのだ。いくらユイナでも、あの近距離で外すとも思えない。再会した時も、何故心臓を狙わなかった。


「……私は《悪》だから。あんたに会いたいって気持ちだけじゃ、現世に留まれなかったの。だから復讐の念を持ってた。それだけよ」


「……そっか」


「でも、だからってあんたが罪を償わなくていいってことじゃない。わかるでしょ?」


「ああ」


「わかるよ、あんた、戦いを避けてるでしょ?昔より角が取れたのはいいけど、丸くなりすぎだよ?」


 バレバレだった。何もかも、全て。


「戦いなさいよ」


 欲しかったもの。理由だ。殺すことしか能がないと言っても、過言でない僕が守るために戦う理由。


「戦って戦って戦って戦って戦って、守って戦った果てに死になさいよ。それがあんたにできる唯一の償いじゃない?」


「……そう、だな」


「約束できる?」


 ふっと、彼女は笑う。そこに、かつて死んだユイナの面影が、見えたような気がした。


「ああ、できる」


「ならよし。うん、これでいい。この子は返すから。ばいばい」


 それは言うなれば操り人形の糸が全て同時に切り捨てられたように、動かなくなる。呼吸はしているが。

 感謝しなければ、理由を与えてくれた人に、与えようとしてくれた人に。そして、戦おう。

 …………。

 でも……今は少しだけ。少しでいいから、泣かせてほしい。


 ***


 既に陽は落ちた。保健室内には僕と、ベッドで寝ているエリーのみがいた。ここの担当である美咲さんは用事があるようで、沙貴音さんの所に行った。

 うとうとしていると、コンコンとノックがされる。


「どうぞ」


 本来なら美咲さんの役割だが、まあいい。入るように促すと、サラさんが保健室に入ってきた。


「……どうしたの?」


「ああうん、ちょっとね。沙貴音さんから、ここにいるって聞いて、少し、話したくて」


「そっか」


「……この子、エリーちゃん、だっけ。どう?容態は」


「大丈夫だよ。吸血鬼は再生能力が高い。憑依によってその能力が低下していたけど、異常な回復速度で回復してる」


 一度だけ、すっと頭を撫でると、エリーは身動ぎをして、パチリと目を開いた。起こしてしまったか。


「んー、おはようトー君……なんか大っきくなったね?」


「もうこんばんはの時間だよエリー。そりゃ1十年近く経ったからね。成長するさ」


「十年?ボク十年も寝てたの?」


 やはり、記憶はないか。稀に記憶があったりするのだが、残念だ。


「真っ二つになるまでは覚えてるんだけどねぇ。まあいっか、数十年寝ることは昔はいっぱいあったし。それでトー君、そちらさんは彼女さん?」


 エリーがサラさんを見て、僕に問いかけてくる。僕は首を横に振った。


「違うよ。こちら、サラ・ヴァイスハートさん。僕の友人だ」


「……ふーん」


「なんだよ」


「いや、なーんも。ねえねえサラちゃん」


 エリーがこっちこっちと手招きをする。それを見て、サラさんはチラと僕を見た。まるで、どうしようと訴えているような、そんな感じに思えた。なので、一度だけ、コクリと頷く。するとサラさんは頷き返して、エリーの側に行く。

 エリーはサラさんの手を取って、くいと引っ張り抱き寄せた。何かヒソヒソと話している聴覚強化を使えば聞こえそうではあるが、やめておく。気になるが我慢だ。

 突然、サラさんが顔を真っ赤にして飛び退いた。エリーはニヤニヤしてるし、なんなんだ?


「トー君」


「はい」


「帰っていいよ?」


「うん?」


「女の子水入らずで話したいし」


「ああ、なるほど?もし何処か行くなら一応連絡して。タブレット端末の予備渡しとくから。そこに僕のメアド入れてるし」


「了解ー」


 頻りに手をひらひらと振るエリーともう少し粘ってと言わんばかりのサラさん。エリーに逆らうと痛い思いをするのを知っている僕は、すすすーっと保健室を後にした。

 その後、エリーからサラさんの所で寝泊まりするという連絡を受け、沙貴音さんに連絡しておいた。

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