第10話 アコライト・ロック・イン・ザ・ハウス
俺は心を決めて目を閉じた。
「――がなれ……!」
言われて声を発する直前、バスドラムの重低音が心臓に響いた。
ドッドッドッ。と
すべてを
「どうして生きさせてくれない!」
言葉一つ一つに重なるようにドラムの音が放たれる。
「何を
俺の叫びがマシンガンの弾丸なら、彼女のドラムはミサイルか爆弾だ。
「空虚が街で徘徊している! 悲しみはどこか! 嘆きはどこか! 全方位的に発射された怒りが空虚に
激しい弾幕の隙間、俺のブレスのタイミングでスティックをくるくると回す余裕さえ見せつける。
「花道家じゃなく花屋に! ピアニストじゃなく音楽の先生に! プロ野球選手じゃなく草野球チームに! 恋だ愛だって歌い尽くしてその優しい歌で人を殺したい! 銃口に溜めた雨水で遠くの国の命を救いたい! 理論武装をした内側から破壊したい! 最初から中には何も無かったと笑いたい! 生きていたい生きていたいって願うこの俺に生きる場所なんてどこにも無いんだって事を証明して死にたい!」
最後に撃ち放った弾丸に爆弾が当たって目の前で爆発した。
激しい炎が燃え上がって前髪が焦げた。
声もドラムも聞こえなくなると、辺りは空調の音で満たされた。
誰も何も発さない。
女性はおもむろに胸ポケットから箱を取り出した。
彼女はそこから一本
細い
「お、おい君!」
観客席から男の声がした。
女性は口角を吊り上げた。
その直後、ステージの上にサァーと雨が降った。
スプリンクラーが作動したのだ。
やがて咥えていた煙草から炎が消える。
小さく口を膨らませて、ぷっ、と勢いよく煙草を吐き捨てた。
「暑かっただろ?」
「ああ、うん」
「楽しませてくれた礼に、見せてやるよ」
何をと言う前に、彼女はスティックを構えた。
無茶だ。
ドラムの上に水が溜まっている。音なんて出るわけない。
だが彼女は構わずスティックを振り下ろした。
水が弾けて飛び散った。次々に飛び散っていく。それこそドラムにマシンガンが撃ち込まれていうように。
凄まじい音圧。とても水で蓋をしているとは思えない。
まるで雷鳴。
刹那。
――バチィッ!
電気が暴れる音がした。
スプリンクラーの水が楽器やスピーカーに掛かってショートしている。
直後、会場は暗闇に包まれた。
漏電防止のブレーカーが作動したのだろう。
それでも彼女は止まらない。
狂ったように叩き続ける。
ステージの至る所でスパークが跳ねる。
激しい光。
ここは雷雲の中だ。
この人は雷を
後ろの観客席が何やら騒がしい。
光を求めてここから出ようとしているのだろう。
馬鹿だな。
光ならここにあると言うのに。
彼女のスティックが止まったのは、観客たちが全員外に出た時だった。
オーディエンスはたった一人。
ずぶ濡れの俺。
目の前の雷神に拍手を送った。
ぴちゃぴちゃと。
闇の中、吊り上がった紅が開いた。
「オマエはさ。生き場ばかり探しているから辛いんだよ」
彼女はいつの間にか立ち上がり、目の前にまで来ていた。
「うちのバンドに入らないか? ちょうどギターヴォーカル探してたんだ。お前の生き場は用意してやれないが、死に場所なら用意してやれるぜ?」
その時生まれて初めて、呼吸をした。
「そのバンド、なんて言う名前?」
その時生まれて初めて、会話をした。
「アコライト・ロック・イン・ザ・ハウス」
最高の死に場を手に入れた。
アコライト・ロック・イン・ザ・ハウス 詩一 @serch
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