王女を辞めて村娘Eに再就職した私ですが、畑で王子を掘り当てて鍬を片手に冒険に出るようです

安崎依代@1/31『絶華』発売決定!

王女をやめて村娘Eに再就職した私ですが、畑で王子を掘り当てて鍬を片手に冒険に出るようです


「昨今の【物語不況】により、この世界は閉鎖されることになりました」


 やはり来たか、というのが私の感想だった。


 外の世界で『若者の活字離れが~』とか叫ばれている中、半ば人々に忘れ去られた物語であるこの世界がここまで存続できていたことの方が奇跡だったんだと思う。


「この世界の登場人物である皆様は、他の世界の登場人物となるべく就職活動をしていただきます。なるべく現状のポジションを活かせるような形での就職が望ましいかと……」


『王として就職できる世界がどこにあるというのだ!?』『王妃から身を落とすなんて真っ平ごめんよっ!!』と両親が泣き叫び、説明のために集められた臣下達がざわめく中、私は部屋の隅でなりゆきを眺めていた説明官その2にそっと近づいた。メインの説明官に詰め寄ることに忙しい皆は、そんな私の行動には気付いていない。


「あの」

「はい?」


 スーツ、という見慣れない衣服に身を包んだ説明官その2は、気配もなく近付いてきた私に多少ビクつきながらも私の方へ向き直る。


 そんな説明官その2に向かって、私は常々考えていた思いをぶちまけた。


「どこの物語でもいいんですけど、絶対メインキャラに絡まないような村娘Aに再就職するには、どうしたらいいんでしょう?」

「……はい?」


 怪訝に返した説明官その2は、眼鏡を眩しく反射させたのだった。




「いやだって私、【王女】なんてキャラジョブ、性にあってなかったんだもの」


 今日の天気は快晴。絶好のお洗濯日和。


 私は洗い終わった洗濯物を次々と洗濯ロープにかけていく。


「読む側から見たら『めでたしめでたし』までで終わるけど、こちとらその先まで生きなきゃいけないのよ。おまけに王女なんてなりゆきで国を救っちゃった元ニート男と結婚しなくちゃいけなくなったり、継母から虐められたり、命狙われちゃったりで危ない立ち位置じゃない。そんなの真っ平ごめんよ」


 パンッとシワを伸ばしたシーツが穏やかな風に翻る。そのシーツと晴れ渡った青空が繰り出すコントラストの美しさよ。


「んーっ!! 村人サイコーッ!!」


 手早くすべての洗濯物を干し終わた私は空に向かって大きく伸びをした。継ぎはぎの当たった、着丈が合わずに膝下あたりで裾が揺れる貧しいドレスが爽やかな風に翻る。窮屈なコルセットも、重たい宝石の飾りも、嵐でもなびかなかった豪奢なドレスも今の私にはない。


 ああ、なんて素晴らしいのっ!!


「ローズ、お洗濯はもう終わったかしら?」


 晴れやかな心で幸せを噛みしめていると遠くから声が響いてきた。振り返ってみれば、私を家族として受け入れてくれたおばあさんが手を振っている。


 私はそれに大きく手を振ってから洗濯籠を抱え上げた。


「ええ、ちょうど今終わったところです」


 私が登場人物として再就職したのは、町から離れた寒村に住む、子供に恵まれなかった老夫婦が引き取った天涯孤独の娘(人物ジョブ:村娘E)だった。この世界の王が住む都は遠く、隠遁した賢者もおらず、勇者候補が幼少期を過ごすには寒村すぎ、遠出した王子が通りかかろうにも街道からははるかに離れている。私が思い描いていたような『メインキャラには程遠い世界』が目の前には広がっていた。


 私はここで地味に、じみぃ~に過ごして一生を終える。それが保証されたような環境がここにはある。地味キャラ万歳! 寒村最高っ!!


「毎日こんなことの繰り返しで、ローズにはつまらないでしょう? そうだわ、ローズ! 今度領主様のお屋敷でダンスパーティーがあるそうなの! この辺りの娘さん達はこぞって参加するわ。ローズも一緒に……」

「いえ、結構です」


 だというのにおばあさんは事あるごとにそんなことを口にする。


 いや、ほんと、マジでやめて。いらないから、領主様との出会いとか。


「ローズ……?」

「あ、いえ……。私、男の人に慣れてなくて……。いきなりそういう場所に行くのは気恥ずかしいから……」

「ああ、そういうことね」


 思わずにじませた素の表情におばあさんは目を瞬かせた。私の虚無顔に戸惑いを隠せないおばあさんの前でいつもの『純情な村娘のローズ』を演じてみせれば、おばあさんの表情はすぐに納得の色に染まる。


 ごめんね、おばあさん。別に猫を被っているとか、別人格を演じているというわけではないんだけど。でもこういう『演じている感覚』は、再就職したての頃はどうしても出るものなのだと、私をこの世界へ斡旋した説明官も言っていたし。


 元の世界の両親である王と王妃の両親が嫌いであるわけではないんだけど、早くこの世界に慣れて、おじいさんとおばあさんを本当の家族と思えるようになれたらいいな、なんて最近は思っている。向こうの世界の祖父母は私が物心ついた時には亡くなっていたから、余計にそんなことを思うのかもしれない。


「今日は他に何かやることはある?」

「あら、ローズは働き者ね」


 小さな我が家に向かって歩きながらおばあさんに問えば、おばあさんはコロコロと可愛らしく笑った。寒村の老婆というキャラジョブでありながら、おばあさんはどこか品があって可愛らしい。一緒にいると、心がほっこり温かくなる。


「じゃあ、森の奥に住むおばあさんへお届け物を……」

「それはちょっと」

「森へ薬草を摘みに」

「森はイヤ」

「町へお買い物」

「さらに却下」

「魔女のおば」

「ナシ」


 こんな風に物語のフラグを立てようとする所さえなければ、だけどもっ!!


「まぁまぁ、ローズちゃんは案外ワガママね」


 おばあさんはしまいにはそんなことを言い始めた。ヒロインフラグを立てまくるのって、まさか確信犯じゃないよね……?


「じゃあ、畑仕事をしているおじいさんのお手伝い。それならどう?」


 その言葉に私はふむ、と少し考え込んだ。


 森に行けば狩猟に来ていた王子様や行き倒れたヒロインに遭遇する可能性があるし、町へ出れば王に見初められる可能性があるけれど、畑仕事をしていてフラグを立てたヒロインはいなかったはずだ。


 ……え? 出会えばフラグが立つと思ってるなんて自惚うぬぼれが過ぎるって?


 何言ってんのよ。


「【キャラジョブ:王女】の特性【出会い】【魅了】【恋愛フラグ建設】の三点セット舐めんなぁぁぁぁぁあああああああああっ!!」


 畑に立った私は雄たけびとともにくわを振り下ろした。おじいさんとおばあさんが丹精込めて手入れをしてきた畑の土は柔らかくて、畑仕事初心者の私の力でも十分耕すことができる。


「各物語のヒロインにはもれなくこのいらない三点セットが付与されてんのよっ!! 相手の男のステータスが高ければ高いほど有効に作用しちゃうのよっ!! つまりヒーローに出会った瞬間相手にベタ惚れされちゃうのよぉっ!!」


 私がいかに忘れ去られた物語のキャラクターであろうとも、王女であって、ヒロインポジションにいたことに変わりはない。つまり私の持つ特性もヒーローに対しては有効なのだ。恐らくヒロイン同士が相対すればよりメジャーな世界のヒロインの力の方が強く働くんだろうけど、うっかりこの世界のヒロインよりも早くヒーローに出会ってしまったら目も当てられない。私はそんな状況、全く求めていないんだからっ!!


「……ん? そういえばこの世界のヒーローとヒロインって、どんな人なんだろう?」


 ふとそんなことを思った私は、鍬を頭上にかざしたまま首を傾げた。


 平々凡々な村娘に再就職できれば世界なんてどこでも良かったから、説明官にあまり深い説明を求めずにこの世界へ入ってきてしまったけれど、ここはどういう物語の世界なんだろう? 世界の片隅にずっと暮らしているおじいさんやおばあさんがこの世界の中心とも言える部分を知っているとも思えないし、下手に訊くとそういうことに興味があるのかと勘違いされて何かを画策されそうですごく怖い。


「今更あの説明官に会うのは無理そうだし……。気は進まないけど、やっぱりおじいさんかおばあさんに訊くしか……」


 無意識のうちに内心を口に出しながら、頭上で溜めに溜めた鍬を振り下ろす。十分に体重と重力と遠心力が乗った鍬はふっかふかの土に刺さって……


 ガゴッ!!


「ふぇっ!?」


 サクッといい音がした、と言いたかった所だけど、そうは問屋が卸さなかった。


 今まで経験したことのない手ごたえにジーンと両手がしびれる。思わず鍬から両手を離して振ってみたけれど、そんなことで走ったしびれは散ってくれなかった。


 何か硬い物には当たったけど一応地面には刺さっているのか、鍬は手を放しても倒れてはこなかった。一体何に突き立ててしまったのかと、私は恐る恐る地面を見つめる。だが耕された土とこれから耕される土に覆われた畑の地面からは何も知ることができない。


「……いきなり宝箱とか出てきたらイヤなんだからね……」


 私は再びそろりと鍬を握ると先っぽで表面の土をよけはじめた。……だって岩や石だったら取り除かないといけないじゃない。ここ、畑だもの。宝箱とかいきなり出てきたら、見なかったフリをして埋め直してやるけども!


 埋蔵物は思ったよりも深く埋もれていたのか、なかなか姿を現してはくれなかった。でも根気よく土をどけていくと、やがて明らかに土でも岩でもない物が露出してくる。


「……?」


 土に汚れて正しい色は定かじゃないけれど、黒っぽい色をしているような気がする。ほのかに丸みを帯びている気がするから、四角い物じゃなくて歪な球形の物体なのだろうか。明らかに岩石っぽい質感ではない。なんだかふんわりしているような気がする。大きさは……そう、人の頭くらいで……


「……え?」


 そこまで思った時点で、私ははた、と動きを止めた。夢中で動かしていた鍬を止めて、もう一度マジマジと埋蔵物を見つめる。


 ちょうど人の頭くらいの大きさ。黒髪のような質感の表面。土との境界線に露出した部分は、心なしか形の良いおでこに見えるような……


「……いやいやいやいや」


 ヒーローとも出会いたくないけれど、死体とも出会いたかったわけじゃない。おまけにこの感じ、埋め立てほやほやじゃないか。生首なのか全身なのかは知らないけれど、地面に対して垂直に埋まっている感じからして行き倒れがたまたま埋まったわけではなく、誰かが綺麗に意図的に埋めたに違いない。すなわちこれは殺人事件……


「お、おじいさんっ!! おじーさーんっ!!」


 ここはまさかサスペンスの世界だったの!? でも私はメインに絡まない村娘Eだったはず……というよりうちの畑から見つかったなら、犯人はうちのおじいさん、もしくはおばあさん、さらにもしかすると二人の共犯になるんじゃないっ!? もしかして騒ぎ立てずに静かに埋め戻しといた方がいいわけっ!?


 パニックになった私は中途半端な形で固まる。


 その瞬間、足を穴のふちに引っ掛けた私は埋没物が埋まったままの穴に片足を滑らせた。幸いそんなに深い穴じゃなかったおかげで怪我をすることはなかったけれど、体重の乗った一撃が埋没死体の頭頂部(仮)を思いっきり踏みつける。


「ぬぉっ!?」


 あまり元王女らしいとは思えない声を上げながらも私は何とか穴の中に踏みとどまる。


 その瞬間、足元からカチッと、得体の知れない音が響いた。


「カチッ?」


 私は思わず響いた擬音語を口に出しながら足元を見つめて首を傾げる。だが見詰めても見えるのは土に埋まった人間の頭頂部(仮)だけだ。


 そう、見えている分には頭頂部(仮)なんだけど……


「え? ちょっと待って、何この『キュィィィイイン』って音。明らかに畑で聞こえる音じゃないわよね? しかも明らかに音源ここよね!?」


 私はとっさに踏みつけた頭部(仮)から足を引く。


 その瞬間、微かな光が頭部(仮)から放たれていることに気付いてしまった。なんなのこれ、絶対に平穏無事に終わらないじゃないっ!!


「ちょっ!! 埋めればいいのっ!? 埋まれば鎮まってくれるのっ!?」


 私は思わず鍬を両手に構えたまま数歩後ずさる。だけど光は収まる所かさらに強くなっていく。心なしか地鳴りもしているような……って、心なしかじゃなくてしっかりはっきり地面が揺れてるっ!! 頭を中心にして地面揺れてるっ!!


「なっ!? なんなのっ!?」


 カッ!!


 恐慌状態に陥った私はとっさに頭上に鍬を振り上げる。


 その瞬間、頭部(仮)を中心にまばゆい光が走った。……本当に強いフラッシュが走る瞬間って『カッ!!』って音がするんだ!? 表現とかじゃなくて!!


 続いて『キュポンッ!!』とも『スポンッ!!』ともつかない音が響いたけど、光に目がくらんだ私には何が起こっているのかまったくもって分からない。せめて振り上げた鍬を下ろすべきか下ろさないべきかさえ分かればいいんだけども……


「麗しい御方」


 そんなことを思っている間に、声が聞こえてきた。


「勇猛果敢に農具を構え、勇ましい力で私の眠りを覚まして下さった御方よ」


 その声に私は思わず目を瞬かせた。そのおかげで最後の残光が散ったのか、ようやく視界が使い物になるようになる。


 そんな私の目に真っ先に映ったのは、畑の土に片膝を付き、キラキラした視線と笑みを私に向けて、片手を胸に、片手を私に差し出した、土にまみれた黒髪の美青年だった。


「難儀していた所を助けていただき、ありがとうございました。わたくしの名はジークフリート・エ・デ・ドルイッヒ。この国の第一王子となるべく、国立科学研究所の賢者様に製造されたものにございます」


 あ、やっぱりあれって頭だったんだ。というか私、その頭に向かって全力で鍬を叩き付けちゃったみたいだけど、大丈夫だったのかしら?


 ……って、そうじゃないくてっ!!


「王子っ!?」

「はい。世継ぎに恵まれなかった国王夫妻のために、国一の賢者様が創ったアンドロイド王子でございます」

「設定盛りすぎでしょ!!」


 寒村がこんなに中世ヨーロッパ風の世界観になってるのに何その超未来な設定!! せめて世界観統一しなさいよっ!!


 ……って、そこでもなくてっ!!


「ソ、ソウデスカ。ジャア私ハコレデ……」

「あぁ、なぜでしょう……。貴女様の手によって永き眠りより目覚めてから、胸の動悸が止まらないのです……」

「ヒィッ!!」


 ヘンテコアンドロイド美男子からさっさと逃走を図ろうと思ったのに、そっと、しかし逃げられないようにガッシリと手を取られる方が早かった。アンドロイドで土に埋まっていたはずなのに、柔らかくしっとりとして微かに温かい手は触れていて心地よい。


「……あったかい」


 思考回路がすでにショートしかけている私は口からポロリとそんな言葉をこぼしていた。それを受けた彼はニコッと、本当に嬉しそうに笑う。


「人並みに温もりもありますし、並みの男より生殖能力もあります。さぁ、私と子作りいたしましょう」


 腰に来る甘いバリトンボイスはいつまでも聞いていたくなる声音で、ほんっと創られたイケメンはずるい……


 って、今コイツしれっと、キラキラ王子オーラ放出しながら何言った?


「子供に恵まれなかった国王夫妻のために創り出された存在ですので、世継ぎには困らぬよう、私の種からは国王の血を引く子が生まれるように創られているのです」

「は?」

「必ず子宝に恵まれるよう、ありとあらゆるテクニックを搭載しております」

「はぁ」

「必ずや甘美な夜を貴女に」

「いえ、いりません」

「ひでふっ!!」


 スン、と表情が抜け落ちた瞬間、私は取られていない方の手で鍬を振り抜いていた。私の手をがっちりホールドして放さなかったポンコツ王子もさすがに鍬の襲来は想定していなかったのか、派手に横回転をかましながら転がっていく。


「ローズ? ローズや、どうしたんだい?」


 殺人的な打撃音が聞こえたのか、ようやくおじいさんが私の元へやってきた。できればもっと早く来て、あいつをとっちめてほしかったんだけど。


 私はやってくるおじいさんの方へ顔を向けるといつになくいい笑みを浮かべてみせた。


「なんでもないわ、おじいさん。少し粗大ゴミが埋まっていただけ……」

「おぉ! お前は私が創りしジークフリート!!」


 って、こいつ知ってるんかいっ!!


 てか今『私が創りし』とか言った? この人、私が創ったって言った!?


 思わぬ言葉に笑顔のまま固まる私の傍らを走り抜けたおじいさんは、半ば畑に突き刺さる形で止まったアンドロイド王子に駆け寄ると王子を助け起こしている。聞きたくもないのだが、何やら涙の再開が繰り広げられているようだ。


「ジークフリート、お前が『運命の恋人を探しに行く』と言って直立不動のまま大空へ飛び立っていって何年が過ぎたことか……っ!! お前が国王夫妻に御目通りせぬまま飛び出していったせいで研究終了に納得してくれなかった王と私がどれほど押し問答をしたと思っているっ!? 探しに行ってくると無理矢理押し切って城を出たものの探す気もなくばっくれてここに畑を開き趣味の農作業に精を出しておったが、まさかこんな場所に突き刺さって埋まっておるとは……っ!!」


 おーいおいおいと感動の再開に涙している雰囲気を醸してはいるけれど、よく聞かなくても中身は文句だ。そしておじいさん、そんな設定だったなんて聞いてないわよ。


「追手の王妃に追いつかれ、あわや連れ戻されるかと思った矢先にお前が見つかってわしは安心した。これでようやくわしは解放される」


 ん? 待って。今『追手の王妃』って言わなかった? 王妃自身が追手になってることにも突っ込みたいけど、ポジション的に王妃っておばあさんになるんじゃ……っ!?


「賢者様、さらに朗報です。運命の恋人も見つかりました」


 どこが平凡な村娘Eなんだ詐欺だ詐欺……っ!! と内心で叫んでいた所にありがたくない報告が飛んできた。ギクッと体を強張らせながら二人を振り返れば、相変わらず爽やかな王子様スマイルを浮かべた美青年アンドロイドと、見たこともないような悪代官スマイルを浮かべたおじいさんが私へ顔を向けていた。


「そうかそうか、やはり【キャラジョブ:王女】のスキルは強い。説明官を騙し抜いた甲斐があったわい」

「説明官を騙し抜いた!?」

「ジークフリートは人工物とは言え王子。行方知れずになった王子を引き寄せるためには王女スキルを持つ娘を手元に置くのが一番効率的じゃが、生憎この世界には【王女】【姫】のキャラジョブを持つ者はいなくてのぉ。外の世界から連れ込むために、一芝居打ったのじゃ」


 ヒャッヒャッヒャッと妖怪じみた笑いを上げるおじいさん。おじいさん、キャラ、ブレてますよ……


 ってそこでもなくてっ!!


「王妃と組んで寒村の老夫婦を演じ、村娘のキャラを募集する。まぁどんなキャラジョブの娘がやってくるかまでは分からなんだが、【王女】か【姫】が来るまでやろうとは思うておったでのおっ!!」

「ま、待って! 説明官のことや外の世界のことをどうやって知って……っ!? あまつさえ説明官を騙し抜くなんてどうやって……っ!?」

「わしは賢者じゃぞ? そんなことお茶の子さいさいじゃっ!!」


 いやいや『賢者』ですべてを片付けるなんて設定が雑にもほどがあるわよ!!


「さぁて、ばあさん……もとい王妃に知らせて、二人とも引き取ってもらわなければ……」


 なんだか一気に雲行きが不穏になってきた。


 目の前にいる変態ヘンテコアンドロイド美男子は人工物とはいえ一応この国の王子で、私は今でこそ村娘Eだけど、そして騙されてやってきたわけだけど元は別世界の王女。結婚するには何の障害もないし、この妖怪じみた賢者ならたとえ障害があっても『わしは賢者じゃぞ!』の一言でどうにかしてしまうに違いない。


 何てことなのっ!! 私はこんな展開、イチミリも望んでないのにぃっ!!


『お困りのようかな?』


 アンドロイド王子と結婚して子作りのち王妃ルートなんて絶対ごめんよっ!! と内心で叫んだ瞬間、どこからともなく声が響いた。これまたダンディーな声に私は無意識のうちに返事をする。


「ものすっごく困ってるっ!!」

『助けをお求めかな?』

「メッチャ求めてるっ!!」

『よろしい。微力ながらお力添えいたそう』


 ……って答えちゃったけど、あんた誰?


 と思った瞬間、今度は私の手元から光が生まれた。ハッと視線を落とした私の目に映ったのは……


『我が名はエクスカリバー。大地を割り、豊穣の実りを約束する者。我が力を求めし乙女よ、我が名を呼べっ!!』

「鍬なのにエクスカリバーっ!?」

「ぬぅっ!? 封じられしいにしえの農具を目覚めさせるとはっ!!」

「えっ!? これそんな御大層な代物だったのっ!?」


 納屋に転がっていた薄汚れた鍬なのにっ!?


 ……ってええいっ!! もうこの状況を何とかしてくれるならなんだっていいわよっ!!


 私は鍬を両手で握ると頭上に振り上げた。胸いっぱいに空気を吸い込み、下腹に力を込める。


「や、やめよローズ!! その鍬の力を使いこなした者はかつて一人も……っ!!」


 おじいさんが本気で焦っているけど、知ったことかっ!!


「エェェェェェクスカリバァァァァァアアアアアアアアアッ!!」


 絶叫とともに鍬を振り下ろす。サクッと柔らかい土に刃先が入った瞬間、私は本日二回目の『カッ!!』という発光音を聞いた。その向こうで『ドゴォッ!!』という、中々日常では聞けない地響きをともなう重低音が響く。


 その音が何だったのか理解したのは、視界が色を取り戻し、私の呼吸が多少落ち着いてからだった。


「……え」


 周囲の景色が一変していた。


 私を中心にしてクレバスが走る大地。衝撃に吹き飛ばされたのか、おじいさんと変態アンドロイド王子の姿は見えない。まるで激しい戦闘があった戦場の跡に立つかのように、私は一人荒涼とした大地に立っていた。


 ……いやいや、さすがにこれはやりすぎなんじゃ……っ!!


『ぬぅ。我の力をここまで引き出すとは』


 何あんたは感心したように言っちゃってんのよっ!!


 どうしよう……。王女フラグはへし折れたけど、何か違うフラグが立っちゃったような気がする……っ!!


「こ、これは何事だっ!?」

「はっ! あの姿は……っ!!」

「伝説に謳われた『鍬の勇者』!!」


 ほらやっぱり駆け付けた野次馬がフラグを立て始めたじゃないのよぉっ!!


「私はただの村娘Eですっ!!」

「あ、待ってください勇者様っ!!」

「解決して頂きたいクエストがっ!!」

「勇者様が逃げるぞっ!! 捕まえろっ!!」


 こうなった三十六計逃げるが勝ち! とばかりに逃げ出してはみたけれど、鍬は重いし野次馬も中々にしつこい。【キャラジョブ:王女】の体力値は低いのよぉっ!!


『再就職をして、運命が転がり始めたようだな、我が主よ』

「こんな運命、望んでな───いっ!!」


 鍬を片手に始まった新米勇者の冒険は……


「勝手なエピローグつけるのやめてくれるっ!? 始まらないし、続かないんだからぁっ!!」



《END》

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