休息、そして新たな力

第YY話 いえ、何の問題もありません

「あー、やれやれ、やっぱり有益な情報はありませんね」


「そうだな」


「ここまで調べて何の被害もないんですから、やっぱりこの件はただの噂話じゃないんですかね?」


「そうかもな」


 とある日、とある場所にて、二人のスーツ姿の男が車を走らせていた。その車は黒と白のカラーリングが特徴の、今は点灯はしていないが緊急時にはそれを赤く光らせることもできるランプの付いた、言わば警察車両である。


 助手席に座る先程から悪態付きながらも運転席に座る男よりも多く話す男性は、『Mirage』を起動させると残りの対象者のリストを確認する。


「えーと、あ!次でやっと最後ですよ、先輩!」


 おしゃべりな男は嬉しそうに告げるが、運転席に座る彼の先輩は無表情のまま前だけを見て運転にだけ集中している。そんな堅物な先輩の反応を待つことなく、後輩は独り言のように話を続ける。


「大体、今回の件の発端はインターネット上で騒がれたただの噂話じゃないですか。被害者?もその家族もなーんも知らないっていうんだから、事件ですらありませんよね、ねぇ?先輩?」


 早く仕事終わらないかなというような顔をしてそう尋ねる後輩に対し、先輩は車を止めると深くため息をついた後に、真面目に答える。


「事実として、『Mirage』の一部『The World』のアプリに不具合があったことと、誰が言ったかは分からんがインターネットに不審な書き込みがあったわけだ。もしもの時に備えるのが我々の仕事だ」


 先輩はそう生真面目に答えると警察車両から降り、それを見た後輩は慌てて自分もシートベルトを外して外に出る。そんな彼らが降りた場所は四角いケーキのような形をしたマンションの前であり、彼らは迷うことなくその一室201号室へと向かう。


「最後は先輩がメインで聞き込みしてくれるんですよね」


「お前に任せておくと面倒だからな」


「えぇ、酷いなぁ~」


 先輩が部屋の前に設けられたインターホンを鳴らすと、どうやら部屋の中に人はいたようで彼が事情をインターホン越しに語ると、中にいた住居人はドアを開けてひょこりと現れた。


「ご協力感謝します。私、日上山警察署の桜井と申しますが、今お時間よろしいでしょうか?」


「はい、この後バイトがあるのでそれまでであれば」


「ありがとうございます。それでは早速ですが、貴方は阿澄慧さんで間違いないですか?」


「はい、間違いありません」


 まずは淡々と簡単な項目から質問し始め、これまた淡々と返す二人の横で、先程まで不真面目に見えた後輩であったが、彼もしっかりと二人の会話を手記にまとめていく。


「では、阿澄さんも事件直後は何の変化もなかったと?」


「はい、変な機械音がして、それに異変を感じましたのですぐに強制ログアウトをしました。健康被害などは特になかったです」


「・・・なるほど」


 今までに事情聴取した他の人達と同じことを阿澄青年は淡々と述べ、結果的には何の問題もないということが分かっただけであった。一通り聞き終え、もはや聞くことはなかったが、しかし桜井はふとしたことが気になり、そのことを口に出した。


「すいませんが、最後に一つ」


「はい、なんでしょうか?」


「阿澄さんはあの『The World』、確か『アヴァロン』で『アーサ』という名のアバターを使用されていましたよね?」


「はい、『アーサ』は私のアバターでした」


「そのアバターに対して何か課金などはされていましたか?今回の件で『ことで、そういった被害も報告として挙げられますが、いかがでしょう?」


「いえ、何の問題もありません」


 桜井の質問に対し、最後の最後まで真面目に何のためらいもなく答え切った阿澄青年は、それだけを言うと再び黙ってしまう。そして、しばしの沈黙の後、桜井は阿澄青年へと捜査の協力の感謝を述べるとそのマンションを去り、そそくさと警察車両へと乗り込んだ。


「あー、終わった、終わった!でも結局、何もなかったですねー」


「・・・」


「それに今までゲーム三昧で引きこもっていた人たちが次々と家を出て社会貢献しているって言うんだから、何の問題もないじゃないですか」


 助手席に座りぺちゃくちゃと話す後輩の横で、桜井は一人阿澄青年の話とこれまでの事情聴取した人達の証言を『Mirage』のAR機能から照らし合わせていた。それと同時に、彼の脳裏にこべりついて離れないのはあの阿澄青年の表情である。あれが本当に生きた人の表情なのかと、桜井はその点だけが不満であった。


「まぁ、あって事件前後の記憶の喪失か、多少の健康被害ぐらいなもので、この程度なら世間を騒がせる大事件ではないですね。言わば事故ですよ、事故。とは言え、あの会社も大変ですよね」


「何がだ?」


「いえ、ほら『アヴァロン』でしたっけ?あのゲームがなくなっちゃったのもそうですけど、あのゲーム制作した人も一人自殺したじゃないですか。やっぱあの会社呪われているんじゃないですかね?」


「あの手のデータの破損は珍しくないし、自殺もたまたま重なっただけだろ。そんなこと言っていたら、自殺が多い今の世の中は陰謀論だらけだな」


「まぁ・・・、そうですけど」


「・・・時に尋ねるが、あの青年の顔とこれまでの事情聴取した人達の表情は酷似していたか?」


「はい?・・・まぁ、皆無愛想でしたよね。ああいうのを“魂を何処かへ置いてきた”って言うんですかね」


「やはり、そうか」


「そうそう、まるで先輩みたいでしたよ」


「・・・なに?」


「先輩も負けず劣らずの無愛想ですよって話です」


「・・・」


 それ以上は何も言うことなく、桜井はまた真面目に無愛想な顔で車を走らせ、二人は静かに警察署へと戻っていった。


 今回の件が事件にしろ、事故にしろ、日本という社会には何ら影響は出ておらず、むしろ社会に貢献できずに『Mirage』に没頭していた人々が急に外に出て働き始めたというのだから、社会には良い結果であったのかもしれない。


 これにて原因不明の『Mirage』の『The World』の一つ、『アヴァロン』が突如として消滅した事件は、当時そこで遊んでいたプレイヤーたちへの事情聴取の結果からも何の問題もないことが実証された。原因は『アヴァロン』運営会社側の大型アップデートの際の機械的なトラブルであり、その際にデータが消えてしまったという話であった。今後そのような事故がない様に努めることを運営側は報告し、もし被害に遭った人がいれば順次対応するが『アヴァロン』自体の復活はないということで今回の件の幕は閉じようとしていた。


 そう、一人の青年がまでは。

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ゲームの世界に閉じ込められた!?でも、帰りたいとは思いません!! 辺銀 歩々 @hengin

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