第27話 “桶狭間の戦い”さ!!

 マルモル領最西端基地となったシダニア城に設けられた、荷物いっぱいの作戦対策本部というか秘密基地みたいな場所にて。


 冒険者・亜人連合軍対「カゴシマ」国王軍との決戦での作戦の発表が行われるということで作戦発案者のシゲルさんとガラハド、プレイヤーを代表して俺、マサムネ、レイ、ベッキー、フィー、それとNPCを代表してアスラン、戦人ガル、精人ミーシャさん、獣人ムイさん、土人ボルドー、義賊ビッカラさんの面々が集結した。


 俺たちが囲む大きな机の上には、『ミスラ』と書かれた駒と『アスラン』と書かれた駒が数個配置され、それぞれの駒同士が対峙するように戦場を模した紙の上に置かれている。そして、右端に『本陣』と書かれており、その前には壁や柵の絵が描かれている。一方、左端には『敵本陣』と書かれており、その前にずらりと『ミスラ』の駒が置かれていて、『アスラン』の駒よりも遥かにその数が多い。


 この駒の数が本当の戦力差を表していないといいが、これでは将棋の際に相手側に何故かチェスの駒が混じったかのような惨状である。


 すると、アスランが上座に立ちここに集まった一同を嬉しそうに見渡すと、その口を開いた。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。ここに、「カゴシマ」国に住む全ての種族が揃えたことを新国王として喜ぶばかりです」


 まずは、アスランは笑顔でそう言った。その顔からしてお世辞ではないだろうが、しかしこの光景を見るだけが俺たちの目的ではない。俺たちの目的はこの場所よりも遥か先にある、遥かに多くの亜人と人が自由な場所であることは忘れてはいけない。


 また、ここの対策室だけでなく、外にも数多くの亜人や人がアスランのその理想の下に集まっている。一番多いのは獣人のビーストたちが多く、続いて、戦人オーク、土人ドワーフ、最後に精人エルフである。ちなみに、エルフはミーシャさんしかおらず、他のエルフたちはわけあってここにはおらず各集落にて作業に勤しんでいる。


 また、ビッカラさんよりも毛むくじゃらで小柄なドワーフであるが、彼らは元々このシダニア城に連れてこられて武器整備などの雑用を強いられていた者たちばかりである。一応女性はいるらしく彼女らはここにいるボルドーのように毛むくじゃらではなく、小柄で可愛いらしいそうだが残念ながらここにはいない。


「しかし、喜んでいるだけではいられません。私と私の父の掲げる亜人と人との共存する国を叶えるためには、叔父であるミスラ王を打倒する必要があります。自由のため亜人と人との未来のため、どうか私に力を貸してください」


 そう言うと、アスランは凛と背を張ってから、皆の前で深々と頭を下げた。


 俺たち全員はそのアスランの姿勢に拍手をもって答えた。勿論、ここまでくれば俺たちも同じ気持ちであると。まぁ、俺たちプレイヤーにはそれ以外の理由もあるのですがね・・・。


「さてさて、ここからは本作戦の発表です」


 アスランの演説の後に、シゲルさんが話を進め始めた。その場にいる全員が身を乗り出し、その重要な話に耳を傾ける。


「まず、今回の作戦の要は“奇襲”です。よって、奇襲部隊と防御部隊に分けて編成を行いました」


 シゲルさんは一旦話を止め、全員を見渡したが、誰もそこまでの話で尋ねる者がいなかったので安心した様子で話を続ける。


「初めに、防御部隊の説明です。この防御部隊はハイル領とマルモル領の境に位置しますリリア平原にて、ここシダニア城を拠点にミスラ王軍の侵攻を阻止してもらいます」


 シゲルさんはそう言うと『ミスラ』の駒を1つ残して残りを全て前進させる。そして、俺たちの本陣の目と鼻の先、木の柵が描かれた紙の位置の前に置かれた『アスラン』の駒とぶつかる。


「防御部隊の第一陣は、木の柵を張り巡らした前で敵を向かえ討ってもらいます。ここの戦闘指揮はガルさんに任せます。一番厳しい戦いになるとは思いますがよろしくお願いします」


「任せておけ!!我らオークの戦士がここからは何人も通さん!!」


 その俺たちなら絶望しかない言葉に、しかしガルは頼もしくもその分厚い胸を強く叩き、大きく頷いた。


「防御部隊の第二陣は、頃合いを見計らって左右の城門より出撃してもらいます。戦闘指揮はフィーさんに任せます」


 その言葉にフィーは余裕な表情で「あいよー」と軽く答える。その様子に本当に大丈夫か?という不安もあるが、この人の実力はオークとの戦いから幾度となく見せてもらっているので信頼はある。


「最後に、防御部隊の第三陣は、城壁から皆さんの状況を見ながら援護します。第三陣並びに全ての総戦闘指揮は私が取ります。ガルさんとフィーさんは戦闘も大事ですが、私から送る合図にも注意し、それを各部隊に伝達よろしくお願いします」


 最後にそう伝えると、シゲルさんは緊張からか大きく息を吐いた。簡単に説明はしたものの、彼は頭の中で幾度もシミュレーションしているに違いなく、彼だけはこの作戦がどれだけ過酷になるのかが見えているに違いない。


 以上が当日の防御部隊の動きであるらしいが、簡単に説明すると、ミスラ王軍の進撃を食い止める『ライン』がガル率いるオーク主体の第一陣。その進撃を食い止めた後にミスラ王軍に追撃を仕掛ける『センター』がフィー率いるドワーフと騎馬主体の第二陣。それら第一陣と第二陣の動きを監視し、変動する戦場に常に的確な援護を送る『カバー』がシゲルさんの率いるビースト主体の第三陣。


 そして、防御部隊の隊長としてシゲルさんが奮闘するという仕組みだ。


「防御部隊の各種動きに関しては後で説明するとして、次はこの戦いの要である奇襲部隊の説明です」


 少し休憩したシゲルさんが話を再開する。それと同時に俺やレイ、マサムネに緊張が走る。ここからが俺たちの役目であるのだから、しっかりと聞かなければ本気で命に係わる。


「奇襲部隊は、ガラハド君を隊長として、我々防御部隊が時間を稼いでいる間に敵本陣へと奇襲を仕掛け、ミスラ王の首を取ってこの戦いを終了させてもらいます」


 ・・・以上。


「え、終わり!?」


 その簡単すぎる説明に思わず口から言葉がこぼれてしまった。これではあまりにも雑な説明すぎるし、それにそんなに上手く奇襲できるとも限らないはずだ。しかし、そんな慌てふためく俺を見て、急に笑いだしたのはガラハドであった。


「安心しろ、ボウズ。ここからは、俺が説明してやる。まず、アーサ、レイ、マサムネ、お前たちは勿論奇襲部隊だ」


 何が勿論なのかは分からないが、とりあえず黙っておく。


「奇襲部隊の最初の動きとしては、各人散開して敵の本陣を捜索する」


 そう言うと、ガラハドは机の上に置かれた絵の『敵本陣』を指差す。


「ちなみに、むやみやたらではないぞ。あらかじめリリア平原で戦う場合で想定される敵本陣の位置に関しては調べてある。後は、当日になってそのポイントを見て回るだけだ」


 そのガラハドの言葉に少し安堵する。敵のすぐそばで延々と探すのは命がいくらあっても足りはしない。


「敵本陣を見つけたら、そのまま待機。そんで防御部隊の活躍でミスラ王の部隊の数が減り出したらそのタイミングで突撃を仕掛け、ミスラ王の首を取って終わりだ。だが、ちんたら戦っていたら敵の本陣だ、いくらでも兵士は集まってくる。速さが求められる上に、奇襲である以上二度はない。一回の奇襲でこの戦いを終わらせるためにも、重要なのは速さだ」


「・・・1つ問題があるぞ」


 淡々と告げるガラハドの説明に対して、黙っていたレイが冷静に口を開く。


「たとえ、敵本陣が私たちの想定した場所にあり、たとえ、ミスラ王の周りの兵士が離れたとしてだ。どうやって敵に気付かれずに接近する」


 レイの言葉にうんうんと頷く俺とマサムネ。そうです私たちもそれが言いたかった・・・はずです。


 レイのように冷静に考えれば、確かに奇襲部隊が少人数であったとしても、敵本陣近くには見張りもいるだろうし、姿だけでなく音でも感知されてしまう恐れがある。となればこんな不安定な策が果たして上手くいくのか?


 だが、その質問に対して、ガラハドは困惑する様子もなくただ鼻で笑うと堂々と答えた。


「”桶狭間の戦い”さ!!」


「「「桶狭間!?」」」


 そのまさかの言葉に作戦を何も知らないプレイヤーは驚き、NPCの皆様に至っては何のことだと首を傾げた。


 そんな動揺と静寂の中、ガラハドはなぜか俺を指差した。何だか嫌な予感がする。


「はい!アーサ君、”桶狭間の戦い”とは?」


「はぁ?」


 すると、いきなり歴史の授業が始まった。ニヤニヤと笑うガラハドは気に食わなかったが、しかし黙っていれば俺が馬鹿だと思われるので高校時代にのんべんだらりと受けていた日本史を思い出す。


「お、織田信長と今川義元の戦い」


「はい、正解!それで?」


「それで!?えーと、少数不利な織田軍が今川軍に勝った」


「うんうん、それでそれで」


「あー、織田信長は地元の人から情報を聞き出して?」


「違う違う、もっと大事なことがあるだろう」


「んーーー?」


 ガラハドと俺のその不毛なやり取りに、ふと何かに気が付いたレイがその答えを導き出した。


「・・・“雨”か」


「そう!その通り!レイちゃんに百点!」


「百点って何だよ・・・」


 その点数の真相はさておき、確かに、桶狭間の戦いにおいて織田信長が勝てた要因の1つに雨が降っていたからという話がある。雨が織田軍が近づく音と姿を消し、今川軍が雨宿りをしている最中に奇襲を仕掛けて少数不利な織田軍は勝利を掴んだという話。


 とはいえ・・・。


「でも、雨って言ってもどうするんだよ?相手が攻めてくるタイミングで都合よく雨でも降らせるのか?雨乞いでもするのか?」


 俺のもっともな質問に対してガラハドは何故か得意そうに、そして今度はムイさんを指差した。


「彼女が教えてくれる」


「えぇ!?」


 皆の注目が集まる中、いきなり話を振られたムイさんはビクッと驚きつつも健気に話し始める。


「わ、私たち獣人の中には、天気を予測できるものがいるんです。私も天気を予測できまして、数日後の天気であれば、はい、わかります!」


 ムイさんはモフモフした自分の尻尾を撫でながら教えてくれた。そうか、そうなのか・・・。それはさておき後でその尻尾をモフりたい。


「ん?ということはその話が本当だとして、つまり雨に乗じて奇襲を仕掛けてミスラ王を倒すってこと?」


「その通り!名付けて“桶狭間”大作戦!!」


 別に名付ける必要はなかったと思うが、確かに、これなら奇襲が成功する条件がかなり揃っている。


「後は、アスラン君がどちらの部隊に入るのかです」


 ガラハドの奇襲作戦紹介寸劇が一通り終わると、今度はシゲルさんがアスランにそう告げた。


 言うまでもないが、アスランはこの戦いにおける最重要人物である。そのアスランが防御部隊に入れば士気も上がるし、何よりもアスランの身が保障される。しかし、奇襲部隊がたとえ成功したとしてもすぐには終戦できずに防御部隊の被害が増える可能性がある。


 一方で、奇襲部隊に入って、自らがミスラ王の首を掲げれば戦いの決着が早く付き、無用な戦いはなくなる。しかし、こちらの御大将が危険にさらされる可能性はぐんと上がり、加えて奇襲部隊の役目が更に増えることとなる。


 どちらも一長一短、アスランとしてはどちらを選択しても苦汁を舐める結末になりそうだ。


 そして、アスランはこれまでの話を聞き、答えを導き出した。どれを選んでも後悔するなら、より自分でその後悔を背負える道をアスランは選んだ。


「私は・・・、奇襲部隊に参加しこの手で叔父との戦いに決着をつけたいと考えます」


「命の危険がありますよ」


 間髪入れずにそう告げたシゲルさんに対して、だがアスランはゆっくりと首を振り、その決心した顔をここに集まった皆に見せる。


「皆さんも大切な命を懸けてくれています。私も命を懸けなければなりません」


 そう答えるアスランの姿は既にこの「カゴシマ」国の王の姿を感じられた。あの時俺たちが助けた青年はこの数か月にして王の風格を纏い始めていたようであり、嬉しい思いでいっぱいである。


 また、シゲルさんもアスランの決めた答えに納得がいったのかニッコリと笑顔をみせた。勿論、俺たちもアスランのその答えに賛成する。それに俺たち奇襲部隊がアスランを守りさえすればいい話でもある。


 あれ?てことは俺たちって責任超重大なんじゃ・・・。


 そんな俺の苦悶に答えは出るはずもなく、作戦会議も終盤に迫ったその時、シゲルさんがもう一度渋い顔で口を開いた。


「皆さん、今回の作戦、実は事前に対処できない難点が2点あります」


 これなら何とか勝てるかもと勢い付いていた俺たちはしんと静まり返り、険しい表情のシゲルさんの話に耳を傾ける。


「1点目は、相手側にもプレイヤー、もとい冒険者がいます。都市に侵入できた者からの情報ですが、彼らはかなりの手練れのようです。どうやら、都市にいた多くの冒険者たちを一夜にして殺したとか。そして今は王宮に住み着きミスラ王の手下でもあるらしく、間違いなくこの戦いに出てくるでしょう」


 その話に脳裏を過ったのは、忘れもしない以前出会ったPKプレイヤーキラーの男である。おそらく、アスランをあの夜襲ったあいつとその仲間たちであると予想でき、そんな彼らと今回の戦いの中で出会う可能性がある。


 俺たちが戦ったのはその内の一人、変な剣を持った男だけであったが、あいつの考え方や戦闘方法からしてどいつも一癖も二癖もありそうな厄介な相手に違いない。


「2点目は、ミスラ王軍にはその冒険者以外にどうやら何か隠し玉があるようです。詳しくは分からないのですが、その隠し玉がかなりの戦力になるとか」


 最後に告げたシゲルさんのその話に一同がざわめき始める。


 兵の数でも質でも劣るアスラン新国王軍は果たして本当に勝てるのだろうか。奇襲作戦は本当に上手くいくのか、防御部隊の時間稼ぎはどれくらい稼げるのだろうか。


 そんなそれぞれの不安が立ち込める中、しかし1人の青年が口を開く。


「この戦いの勝利は奇跡かもしれません。私たちには勝利の可能性が限りなく低いかもしれません。しかし、私はこの目で亜人と人が肩を並べて話し合い、助け合い、立ち上がるという奇跡を見ています。今のこの状況は私と父が夢見た奇跡なのです。そんな奇跡を体験した私たちであれば、そんな亜人と人たちであれば、もう一度奇跡を起こせるはずです。多くの者が傷つき、命を落とす戦いになるとは思います。ですが、亜人と人が共に生きられる国を目指して、どうか皆さんの力を貸していただきたい!」


 アスランの言い放ったその言葉は沈みそうになったこの場の空気を一気に掃い去ったようであった。


 目の前にいる未来の王のため、亜人と人とが共存できる未来のため、今ここに、亜人と人と、国者と冒険者の決意が固まった。


「おおおおぉぉぉぉぉ!!!やるぞぉッ!!!!!」


 俺たちもアスランに負けじと声を張る。気持ちでも負けないと腹の奥から声を上げる。


 全ての決着がつく戦いはもうすぐそこまで迫っている。


 俺たちの未来を変える“鍵”までもうあとわずか少しまで迫っているのである。今更俺たちに退くという選択肢はない。元の世界に帰らないためにも、この一戦を制せなければ俺たちの求める理想郷は手に入らないのだから。

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