終幕

(ちょっと遅くなっちゃったな)


 陽が落ちて、すっかり辺りは暗くなっている。

 時刻を確かめるともう六時を過ぎていた。この腕時計も叔父からものだけれど、なかなかいい。あんな年寄りにはもったいない逸品だ。


 銀行口座の名義変更のために金融機関を回るだけで半日以上もかかってしまった。

 不動産の相続登記も、法務局の受付は五時までだっていうし焦ったけれど、なんとか無事に終わってホッとした。

 あとは税理士さんに相続税を算定してもらって納付するだけ。

 それなりの金額を税金として持っていかれるんだろうが、これだけの資産ならお釣り以上のものが残る。


 駅から店へと向かいながらヘッドホンを取り出して、ジューダス・プリーストの『ペインキラー』をスマホで再生する。

 それにしても――出来過ぎなくらいに上手くいった。



 叔父の臼井は俺の祖父母が離婚したときに母方へ引き取られたが、兄である親父とは連絡を取り合っていたらしい。

 若いころに始めた不動産の転売、いわゆる土地ころがしでかなりの資産を作り、仙川市のふじみ台で悠々自適の生活を始めた。

 かなり悪どいことをやっていたらしいと亡くなった親父は嘆いていたが、結婚もせず、唯一の肉親である俺にも甘い顔を見せないような人だった。

 そんな叔父が、遺産を市に寄付するなんて言い出したときには本当に驚いた。

 今まで俺だって色々と世話をしてきたっていうのに。

 そこでひらめいたのが交換殺人。


 俺が経営しているネットカフェ――この開業資金も叔父に出してもらった――の常連さんに山瀬という真面目そうな女の子がいた。女性がウチみたいな店に足しげく通うのも珍しい。

 彼女がうちの店で何をしているのか以前から気になっていた。

 そこで、こっそりと隠しカメラを仕掛けたブースへ案内するようにしたら、やばい闇サイトに入り浸ってることが分かった。

 このことを知っていたから、彼女をうまく利用すれば交換殺人が出来るんじゃないかと考えた。


 まず彼女のハンドルネーム・カオルを使って、三木という男と接触した。

 そして彼女が店に来た時にはミキとして取り入る。

 二人へ叔父をターゲットにした交換殺人を持ち掛けて、どちらでもいいから実行してくれたら御の字。もし失敗してもこちらには火の粉が掛からない。

 俺の作り話を二人ともすんなり受け入れてくれ、計画に乗ってきた。

 それほど精神的に追い詰められていたのだろう。


 叔父が死んだときにはどちらがやったのか分からなかったけれど、おそらく三木が殺したはずだ。

 奴はカオルのことを探り出し始めたから、他人のふりをして山瀬さんの本名や住所など、会員登録の情報をちょっと教えてあげた。

 代わりにと言っては何だが、彼女には三木が使っていた闇サイトを教えてあげたし。

 

 しかし彼女には気の毒なことをした。

 まさか、三木に殺されてしまうなんて。しかも叔父と同じようにあの神社の階段から突き落とされて。

 叔父が事故で死んだ後、あの神社には監視カメラが設置されたことを彼は知らなかったんだろうな。

 すぐに犯行がばれてしまって三木も飛び降り自殺してしまった。

 これで真相を知る者は誰もいない。

 こんなに幸運でいいのかね。笑いが止まらない。

 何か運を使い果たしたんじゃないかって気さえしてくる。



 笑みを噛み殺しながら歩いていると何かが肩にぶつかった。


「痛っ」


 後ろから走ってきた大学生らしい男がリュックを背負ったまま、こちらを見て何か叫んだけれど、ヘッドホンの中はフルボリュームでギターソロが流れている。

 男はそのまま振り向きもせずに駆け出していった。


「まったく、ひどい奴だなぁ謝りも――」


 今度は、後ろから勢いよく誰かがぶつかってきた。

 振り返ると目の前に黒いスカジャンを着た若者の顔があった。目が血走って下卑げびた笑いを浮かべている。


 なんだ? 背中が熱い。


 急に目の前が暗くなって……。





「ただいま入ったニュースです。

 やぶヶ丘市の連続通り魔事件で犯人が逮捕されました。

 本日、夜六時過ぎに同市川長かわなが町で男性が襲われたところを、警戒中の警察官に現行犯逮捕されました。

 襲われた男性は心肺停止状態で搬送されましたが、搬送先の病院で死亡が確認されています。

 繰り返します。

 本日、夜六時過ぎ――」




               ― 了 ―

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交換殺人って難しい 流々(るる) @ballgag

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