遠い北欧の地、デンマークに移り住んで三ヶ月の男が、初めて迎えることになる冬と大雪のお話。
不思議な出来事や過激な事件の起こらない、静かで落ち着いた現代ドラマです。分量にしてわずか3,000文字と少し、ごくごく短いワンシーンでありながら、感覚や感情の面に深く訴えてくる物語。
遠い異国の地、生活のそこかしこに感じる郷里との差異。わずかな交友関係、神父さんの話す聞き慣れない言葉と、逆に現地に住む唯一の日本人の話す、馴染みある日本語の懐かしさ。丁寧に積み重ねられたそれらの描写が、読み手の心にゆっくり染み入ってくるかのような、この優しくも堅牢な読書感覚がたまらないお話でした。
風景や心情に魅力のある話でありながら、しっかりとドラマのあるところが好きです。物語としての軸、主人公の人知れず抱えた葛藤と、その解決。いや解決と呼ぶほど強い結末ではなく、例えば状況が変わったわけではないのですけれど、でもその中で何かひと区切りをつけるような感覚。現実的な、つまり決してご都合主義たりえない、丁寧で上品な「前に向かって拓ける」姿勢。このバランス、匙加減のようなものが本当に大好きです。
物語の開始時点と終了時点で、明らかに生じているなんらかの変化。客観的に目に見えるものではなく、「この物語を読んだ身だからこそ感じられること」としてそれがある。こういうお話はもう、無条件に良い話だと感じます。
総じて、とても丁寧で綺麗に積み重ねられたお話。行ったこともないデンマークの空気感を想像させてくれると同時に、しっかりと人物の抱えたドラマを届けてくれる、小品ながらも深く印象に残る作品でした。