第三十六話 対決
ネットカフェの精算を済ませると店長が声を掛けてきた。
「もう遅い時間だから気をつけて。あの通り魔もまだ捕まってないし」
「とうとう亡くなった方も出ましたからね」
「警察もパトロールを強化してるみたいだから、あの後は起きていないけれど心配だよ」
「注意して帰ります」
階段を下りて通りに出る。
店長に言われたからではないけれど、つい周りを見回してしまう。
無事に家へ帰っても、さっきのミキとのやり取りが何か引っ掛かっていた。
文字から受ける印象だけど、どこか今までの彼女と違うような……。
でも、ふじみ台の神社を待ち合わせ場所にしてるしなぁ。
それにどうして僕が何もしなかったことを知っていたのか。
せっかくミキとまた接触できたのに、なんだかもやもやしたものが消えない。
翌朝も社内は慌ただしさを引きずっていた。
佐々部長のお通夜は明日と決まり、会社からも数人がお手伝いに行くことになった。その中には小島さんも含まれていた。彼女はどんな気持ちなんだろう。
取引先への連絡はメールではなく、営業部が手分けして電話で連絡することになった。
僕はそのどちらからも外されていた。支店長が配慮してくれたらしい。
仕事が手に着かないのは、佐々部長のことよりも今夜、ミキと会うことしか頭になかったから。それなのに水野は心配して声をかけてくれた。
(ごめんね。もっと早く君に色々と相談すればよかったのかもしれない)
心の中で謝りながら「ありがとう」と返した。
仕事を終え、ふじみ台へと向かう。
改札を出たのは八時前だった。北口を出てファミレスに入りカフェオレを頼んだ。
八時四十五分になり、店を出て南口へと向かう。
もう見なれてしまった商店街を抜けると、左に緩やかなカーブを描いた坂道に差し掛かった。
(いよいよだな)
この先には鳥居があり、神社の境内へ上る、あの石段が待っている。
やはりこの時間では人通りも少ない。
石段への登り口辺りには白い花が置いてあった。
臼井老人を弔うものだろう。
それを横目に見ながらゆっくりと階段を上っていく。
踊り場でいったん立ち止まり、境内を見上げたけれど暗いしここからではよく見えない。
深呼吸を一つしてから、また上り始めた。
境内にたどり着き、スマホで時間を確かめた。
あと五分ほどで約束の九時になる。
外灯を変えたのか、前よりも少しだけ明るい気がする。
社殿の方へ歩いて行こうとしたとき、右側の暗がりから足音が聞こえてきた。
(先に来ていたのか)
こんな時間にこっそりと潜んでいるなんて、ミキしか考えられない。
暗がりの中から近づいてくる。
ようやく明かりの下へ顔が見えて――
「あっ! あなたは……」
間違いない。
現れたのは僕が知っている顔、瀬田建設の三木さんだった。
「あなたが僕と話していたミキ……だったんですか?」
「あぁ、そうだよ」
三木さんは内覧のときとは打って変わって、押し殺したような低い声で答えた。
いったいどうなってるんだ。混乱して状況が呑み込めない。
「でもミキって女性じゃ……」
「ボクは始めから三木と名乗ったじゃないか。ハンドルネームとか適当な名前を付けるのは嫌なんだ」
神経質そうなちょっと高い声に変わり、三木さんは続けてまくし立てた。
「お前のほうこそカオルという男性のふりをして。実際には女性だったくせに」
「いや、男性のふりをしたつもりは――」「嘘つきっ!」
たしかに僕が女性であることをミキには伝えていなかった。
分かっていると勝手に思い込んでいたんだ。
愛人にさせられた話には同じ女性として共感したし、だからこそ交換殺人をしようと決めたのに。
それに女性だなんて嘘をついていたのはそっちじゃないか!
「わざわざ確かめるために事務所の移転検討を装って僕に近づいたんですか」
「ボクをだましたのがどんな奴だか知りたかったからね」
初めて会ったとき、僕に向けていた視線の理由が分かった。
三木さんはゆっくりと近づいてくる。
「あのメッセージもあなたですよね」
「そうだよ! 約束の日を過ぎてもお前は何もしない。だからお前のことを調べて脅かしてやったのさ」
何だ、この違和感は。
僕が臼井老人を殺した訳ではないけれど、三木さんの目的は叶っているのに。
何もしない、ってどういう意味だ?
思わず黙ってしまった僕へ、三木さんが詰め寄ってきた。
「お前の言う通り、ボクはあの爺さんをここで殺したんだ! それなのに、どうしてお前は殺してくれない? いつになったら門田を殺してくれるんだよ! 早くしないと会社の金を使い込んでいるのがバレてしまうじゃないかっ」
え、カドタって何の話?
それにあのとき臼井老人を突き落としたのが三木さん!?
そういえば背格好は似ているかもしれない。それにしてもこれはいったい……。
「ちょっと待って。あのお爺さんを殺すように頼んだのはあなたでしょ」
「なに訳の分からないことを言ってるんだよ。お前が『ブラックエンジェル』に殺してくれって書き込んできたんじゃないか」
「僕は頼んでなんかいないよ。そのサイトは最近になって初めて知ったばかりだし。僕もミキからあのお爺さんを殺してくれるように別の闇サイトで頼まれたんだ」
「でたらめな言い訳なんかするなっ!」
興奮したのか、三木さんは掴みかかってきた。
「お、願い、僕の話、も聞いて」
苦しくて途切れ途切れになりながら、手に力を込めたまま話し掛けた。
「あなた、が、お爺、さんを、突き落とし、たとき、僕も、ここにい、たんだ」
ぐいぐいと締められて声もかすれてしまう。
彼のほうが背はずっと高いし、力も強い。
徐々に押されて後ずさりする。
「くっそー! ボクが殺すのを見届けたくせに自分は何もしなかったんだな。馬鹿にしやがってっ!」
ものすごい形相で、彼が力任せに僕を突き放した。
その勢いで数歩後ろへ下がる。
「あっ!」
踏みとどまろうとした最後の一歩は、
バランスを崩し、背中から倒れていく。
石段に後頭部を打ちつけ、転がり落ちていく中で、いくつもの言葉や情景が浮かんでは消えていった。
顔も知らぬ誰かのために人を殺そうとした。
自分が憎む相手を殺してもらうことと引き換えに。
あんな誘いに乗ってしまったのがそもそもの間違いだった。
僕が話したミキは、
『女性でもできるでしょ』
ミキはそう言った。はじめから僕が女性だと知っていたんだ。
僕と三木さんをだましていたミキは誰なのか……。
あぁ……もう一度、水野に会いたかったな。
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