第6話 大団円

 日に日に私は周囲から孤立するようになっていった。今週に入ってからは特にひどい。誰も目を合わせようとしないし、挨拶しても軽く挨拶を返して逃げるようにどっかに行ってしまう。これまでは一緒に昼食を一緒にしていた同僚が少しはいたが、それもなくなった。もしかしたら自主退職するようにいやがらせをしているんじゃないかとすら思う。

 でも私を辞めさせることができる者などいない。なにしろ私は、この会社の部長や役員の秘密も全て知っているのだ。誰も無理強いすることはできない。だが、私はこんなことを望んでいたわけじゃない。なってみてからわかった。もっとふつうに努力が認められるだけでよかったんだ。

 金曜日、オフィスのドアを開けると誰もいなかった。あわてて時計を確認したが、あと10分で始業時間だ。ふだんならほとんどの社員は来ている時間だ。なぜ、誰もいない。不安がよぎり、何かの罠かもしれないと思う。知りすぎた私を殺す? まさかと思うが、これまで私が知った秘密全部を足せば人を一人殺してもおつりがくる。

 もうすぐ始業時間だが、いったんこの場を離れた方がいいかもしれない。いや、「かもしれない」じゃない。明らかにおかしい。確実になにか起きる。私はいったん開けたドアを閉めて、後ずさった。


「入らないの?」


 真後ろに同僚が立っていた。ダメだ、逃げられない。突き飛ばすかと思った時、そいつが私の肩を押した。え? 昨日まで絶対に近寄ってこなかったのに、なぜそんな接近する。やっぱり、なにかある。私がオフィスに足を踏み入れると、同僚や上司が机の下から一斉に現れた。やられる! と思った瞬間、拍手が起こった。

「課長昇進と誕生日おめでとうございます」

 上司が私に辞令を手渡してくれた。どういうことだかまだよくわからない。


「すごく驚いてるね。ふだんは情報の裏を読み取る内山くんだから、ずっと秘密にして表情も読まれないように距離をおいてたんだ。サプライズ決まってよかった」

 やっとわかった。ここしばらく私からサプライズを隠すためにみんなよそよそしかったのか。ケーキとお茶が配られる。こんなこと初めてだ。ふと見ると社長までいる。

「ちゃんとお礼を言う機会もなかったからね」

 社長はそう言って私と握手し、肩をたたく。本当はなにを考えているかわかる。好きにはなれないが、敵にはしたくない。そうだろう。

 だが、同僚や上司は社長とは違う。ちゃんと仲間として喜んでくれている。


「紅蓮の出番はないね」

 義眼堂で千瞳がつぶやくと、紅蓮はため息をついた。

「彼は失った半分に変わる新しい仲間を手に入れた」

 千瞳は愛おしそうに眼球の浮かぶ瓶を撫でた。

 紅蓮はぶつぶつ文句を言いながら、義眼堂のエゴサを始めた。網を広げて、客を増やさなければ飢えてしまう。欲望にまみれて、自分を見失う人間こそが彼女の獲物だ。



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義眼堂 あなたの世界の半分をいただきます 一田和樹 @K_Ichida

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