2日目.動揺

2

火曜の朝。

ピピピッ…ピピピッ…

「ん……」耳障りな電子音が部屋中に響いている。

ピピピピピピピピッ…

「…うるさいんだよ!」荒々しく目覚ましに怒鳴り、止めた。

目ぼけた眼でむくりと起き上がり、スタスタと一階に向かう。

どうやら夢をみていたようだ。そのおかげで目覚めはあまり良くなかった。どんなだったかはあやふやであまり覚えてない。

今日は随分と遅く起きたな。さっさと準備しよう。そう思いバシャバシャと顔を洗うが、あまりスッキリとしない。

付けた情報番組のお天気お姉さんが今日の天候を知らせていたが、耳にはあまり入らなかった。


「いってきます。」

はぁ、といつものようにため息をついて、顔色の悪い顔で歩く。火曜の朝も怠い。

バス停まであと少し。速度を上げて歩いた。

スマホをチラッとみた結果、ギリギリなようだ。いつもこう。

プシューッっとバスが留まる。ピッとカードを読み込み、後ろの方にドサっともたれる。

バス内の食事は禁止されているが、簡易的なゼリーを朝食に、口に咥えた。

弁当を詰める余裕もなかった。昨日遅くまでスマホをいじっていたせいだろう。

「ふぁあ…。」欠伸も溢れるほどに眠たい。

眠たげな目で窓越しに外を眺めた。ただの通学路。だけど、そこはあの道…

先生が事故で亡くなった道…

ちゅるりと飲み込み、ただのゴミと化した空のゼリーをリュックに押し込んだ。



「はよー!」岡、今日はちゃんと元気だ。

「おはよ」

「あれ、また寝れねーの?」何故?と尋ねると、どうやら俺の顔色があまり良くないようで。

「大丈夫、ちょっと夜更かししただけ」以前不眠症の類にかかったこともあって、心配してくれているようだ。唯一の友人に感謝し、鞄を片付けた。

不意に振り返ると、空席があった。窓際の、朝比奈さんの席。

「ずっと休むのかな」独り言を呟いて、前を向いた。

ホームルームも一限も、つまらなくて集中できない。最近はずっとこんな調子だ。

今になってぼんやりと浮かんだ今日の夢は、なんだか心配になるような、胸騒ぎが起きるような。

リアルな感触だったが、それでいてありえない、そんな夢だった。

そうだ、誰か、印象的な人物がいた。ヒトと言えるのかはわからないけれど。

それはどこの誰で、どんな存在なのか。あやふやだけど。

とても綺麗な目をした人だった。真っ直ぐと俺を見つめて、安心させるように問いかける。

やっと、何かが掴めそうだった。扉はあるけれど、開かない。そんなような。

この歳でメルヘンな夢にいつまでも取り憑かれるのは少しこわいな、そう思った。


午前の授業はまずまに終わった。

古文の朗読は眠気がさしてピークだったけど。最高につまらないと思う。

やっと昼休みだ〜…と伸びをすると岡も同じようにしていて、笑ってしまった。

「かけるは今日も弁当?」

「ううん、今日は売店いこうと思ってる」

じゃ、行こうぜ。と廊下を出た。昨日のように溢れかえるほど混んでいなかった。

売店前で「岡のオススメは?」

「焼きそばパンだろ。」両手に持ちながら言われた。予想どうりだった。

「だと思った」俺はメロンパンといつものようにコーヒー牛乳を買った。


教室へ戻る道中。あの、チャラついたやつ…昨日の帰りに話しかけてきた……やはり名前は出てこなかったが。

岡がくいくいと肘をついた。

「なに?」

「あいつだよ、進藤。お前の連絡先欲しいってやつ。ダチ?」

ちょうど目が合った。

「ふーん。知り合いってとこ」岡にはそう返したが、昨日初めて話したし、彼が俺の連絡先を執拗に欲しがる理由もわからなかった。


教室に戻り、机を並べようとすると、視界に入った。

幻覚ではなく、朝比奈さんが座って友達とご飯を食べていた。笑顔だったがやはりどこか暗く見えてしまうのは俺のフィルターのせいだろうか。

ジロジロ見過ぎだ。朝比奈さんの視線が移る直前に目を逸らした。

座って一息つくと、メロンパンの袋を開けた。久しく食べていないけど、どんな味だったかな。

顔の前に近づけると甘い匂いがした。

あむ、とかぶりついてみるとさっくりと口の中に甘さが広がった。おいしい………

「おいしい?」

岡がにこにこと聞いた。

「おいしいけど、たべる?」

嬉しそうに返事をされた。まったく、おねだり上手な奴。素直で愛嬌があるのも含めて人気なんだろうな。

甘くてサクサクなメロンパンと甘くてほろにがいコーヒー牛乳の相性はなかなかだった。

「立花くん!」突然響いた廊下からの声に正直驚いた。そして本当に俺のことなのか、と辺りを見た。

「お前のことじゃねえの?」岡が廊下を指して言った。

こちらを向かって歩いてきたのは女子生徒。れなさんだった。生憎苗字はまだ聞き出せていない。

「えっと、なに?」大きな声で言うからみんなこっちを見ていた。

「昨日ノートありがと!じゃ!」ポンと小さなチョコレートを俺の手に乗せてあっという間にいなくなった。

売店で買ってきてくれたのかな。風のように行ってしまった彼女は、見かけによらず、律儀なんだなあ、と思った。


午後は午前よりスピーディーに感じた。計算を夢中で解いていたせいか。ー

「今日もバイト?」開放感にガヤガヤした教室で聞いた

「今日はない。帰ろーぜ」鞄をリュックのようにして言った。変な奴。

「うん、いこ」

玄関にて。

人が多い中、岡がいきなり叫ぶ。

人気者な彼のことだからなお、周囲から視線が集まることはわかっている。

「うっわなんか入ってるんだけど!!手紙!?」奇声をあげれば特に。

1人で興奮する岡を横目に「あけてみなよ」と笑った。

封筒には オカノ先輩へ と丁寧な字で描いてあった。宛先は不明だ。

ハートのシールをゆっくりと剥がし、中を覗くと一枚の便箋が。

岡がワクワクしながら開くと、驚くことに白紙だった。何度も確認したが、何の変哲も無い紙だ。これに誰かの情が込められているとでも言うのだろうか。

「何だこれ、イタズラかよ〜〜!?」

面白半分。がっかり半分、と言ったところだろうか。大げさにリアクションをする岡。

「書くの忘れてたとか?」

流石にねーだろ、と突っ込まれ、笑いながら玄関を出た。

岡はやさしく手紙を元に戻し、ゴミ箱に捨てた。

振り向くと、玄関の方では一年生が岡の話に夢中なようだ。俺の苗字を囁くのも聞こえた。

目があってしまい、気まずかったので急いで岡に追いつこうとした。

一歩足を踏み出すと日差しが強かった。

眩しくて辺りが見辛い。室内との明暗の差にくらくらした。

校門を出るとスマホを忘れたことに気がついた。

「わり、教室にとってくる」

「おーおー、待ってるわ」

来た道を足早に駆け抜けジリジリと照るコンクリートから逃れた。

外との差で暗がりになっているように感じ、おぼつかない足取りで靴を履き替え、よろよろと階段を登り、教室へ。

ドアは開け放たれており、数名の生徒が喋っていた。

俺の机の上にはスマホが。ああよかった。全く、鈍臭いのも大概にしろよ。

岡が暑い中待っているんだし、早く行こう。

素早く階段を駆け下りた。玄関は先程より混雑していなかった。

履き替えようと靴を脱ぎ、顔を上げると目の前には朝比奈さんがいた。

正直驚いた。音もなく目の前にいるんだから。頭がおかしくなったのかと思い、瞬きをして目を凝らすと、驚くことに手紙を持っていた。現実だ。

少しくしゃくしゃになった、白い封筒。きっと岡がさっき捨てた…

きっとあの手紙は朝比奈さんが岡へ宛てた手紙で。捨てられてしまって、ゴミ箱から取り返したのだろうか。きっと内容は溢れる想いで書けなかった、とか。切ないような表情は今日ずっと悩んでいたからだったのか?

独りよがりに朝比奈さんの淡い想いを想像し、モヤモヤとした。

勝手な妄想を繰り広げた後、口を開いた。

「あ、朝比奈さん、それ岡に?」

口からこぼれ落ちた。聞かなくてもわかるのに。確認したかったんだ。

「ああ、立花くん。岡野くんに…これは、えっと…」

どう答えたらいいのかわからなそうで、困惑する朝比奈さんを前に、俺はよくわからない、嫌な感情を覚えた。

「俺いくね。あいついい奴だし、きっとちゃんと渡した方が受け止めてくれるよ。」

口ごもる朝比奈さんを目に、じゃあねと声をかけて、パッと踵を返すと足早、というより駆け足で校門を出た。

最後まで聞くのに怖気付いてしまったんだ。きっと感じの悪い態度だっただろう。

ぜえぜえと息を荒げた俺をみて「運動不足解消?」と笑われた。

ちげーよ、逃げてきたんだよ。とは格好がつかなくて言わなかった。

もちろん彼女の想いも、何ひとつ。


家に帰ると制服も脱がず、脱力するようにソファに雪崩れた。

自分がわからなかった。俺は何でこんなにむしゃくしゃしているんだろう。

頭に中にはただグルグルとマイナスなイメージと感情が渦巻いている。

ため息を唸るように吐き出し、立ち上がった。

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目まぐるしく苦しい 三辻 ペネ @MITUMI___PENE

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