春、訪れる


 それから約二年。

 駅前に隣接されている高層ビルに入っているレストラン。昼間はランチが手軽に食べられるお店としてテレビ番組などでも紹介されているが、夜になると雰囲気を一転させ、星空をイメージした店内の装飾が光り、とても神秘的な空間へと変化する。

 裕奈は紺色のノースリーブのワンピースを着、いつもの真っ直ぐ地面へと伸びているはずの髪は、今日はカールがかかっていた。

 ワンピースは上半身が花のレースになっていて、それが上品さを引き立てていた。

 受付で予約主の名前を告げると、既に予約主は到着しているようで、席に通された。

 一番窓際の正方形の席。

 そこの席に座り、頬付けを付きながら窓の外を眺めていたのは氷見晴だった。

「久しぶり」

「おう」

 声を掛けられ、やっと裕奈が到着したことに気づく。

 紳士姿の案内人は一礼するとすぐに去って行った。

 裕奈は椅子を引き、座る。バックを机下の荷物入れに入れ、再度ワンピースの裾を整え、晴の方を見た。

 すると、晴はいつもとかわらず困ったように笑う。そして、

「えっと、結婚おめでとう」

と、改まった挨拶が苦手なのか、もたもたと言う。相変わらず人懐っこい笑みをしていた。

 そんな表情の晴に、つられるように裕奈も笑った。

「ありがとう」

 裕奈の左薬指には、シンプルなデザインのシルバーの指輪が付いていた。

「俺より結婚先越されるとは思ってもなかった」

「私はやるときはやる女なんだよ」

「なんだよそれ」

 晴はおかしそうに笑う。二年前、いや中学の時からなにも変わらないその笑み。

また、こうして晴にあってしまう自分を思うと、 ああ、まだ晴のことを忘れられないのだなと思う。

けれど、前のようなわだかまりのような気持ちがなくなっていることに驚き、思わず笑ってしまった。

「今日こうやって会ってるけどさ、彼女に怒られないの?」

「まあ、多分大丈夫だろ」

「そうやってると、呆れられて振られちゃうよ。それにまだプロポーズしてないんでしょ?」

 図星を突かれたようで、晴はうっと言葉を詰まらせ、困ったような表情になる。何も言い返せずに黙っている。

「女は男性から結婚の話してほしいらしいよ」

「そういう、もんなのか」

「らしいよ。ネットで見た」

「そう言う裕奈はどうだったんだよ。その、プロポーズとか」

「うーん、最初から結婚前提のお付き合いだったから、お互いに意識してたから特別どうとかはなかったかな。けど、ちゃんとホテルの最上階のレストランで、プロポーズされたよ」

 そういいながら、左手の薬指を主張するように、持ち上げる。

 裕奈の夫の話に、驚きながら、少し感心したような表情になった。

「なんか、裕奈の旦那かっこいいな」

「でしょ」

 裕奈は悪戯っ子のように笑う。その表情はとても幸せそうだった。

「付き合い始めてもう三年でしょ?」

「そうなんだけどな」

「この意気地なし」

「なにも、言う事はございません」

 晴はしょげたように肩を落とし、今までずっと上げていた視線を下ろした。

 そんな様子の晴を少し楽しげに見る。

「でも、晴なら相手の事大切に思ってそうだから、きっと大丈夫だよ」

 その言葉に驚いたのか、晴は顔を上げ、裕奈を見る。

 そこには懐かしそうに彼方を見つめるような裕奈がいた。もうあのころの裕奈とは違うんだ。晴はそう感じた。

 そしてその言葉に返すように晴もまた、笑った。

我が夫よ、こうやって昔恋した男にいまでもあってるじけど、そんな私でもいいのかね?

 ねえ、どうなの?と、この場にいるはずのない夫に向かって声をかけてしまう。

 それを受け取ったのか知らないが、鞄の中に入っていたスマホがなった。

 スマホを取り出し、画面を見ると、夫からメールが届いていた。


『今、仕事終わったけど、そっちはまだ食事中?晩飯用意しちゃった?まだしてないなら、俺外で食べてくるけど。』


 そのメールを見て、裕奈は微笑む。

 どうしたのかと、晴が声をかける。もしかして旦那さん?なんて声も聞こえた。

「夫が、今仕事終わったっていうんだけど、これから一緒に食事しない?そっちの彼女も呼ぶ?」

「それは、楽しそうかもな」

 晴はそういうと、早速スマホを取り出して、恋人に連絡をしていた。

 裕奈も同じように、メールを夫に返した。


『今、中学時代の友人と食事してるんだけど、一緒にどう?紹介したいし。それに友人の恋人も来るみたいだし。』


 この後、到着した夫に、なんで男と二人で食事をしているのだと笑い交じりに怒られるのは、裕奈には内緒にしておこう。

 けれど、その時裕奈はこう思うことも内緒にしておく。

 ああ、この人と結婚して良かったって、思うことを。

 晴とは、こういう関係にしかなれなかったのだと、心に終止符がつくことを。

 内緒にしておきましょう。


 初恋は儚い。

 初恋は叶わない。

 その通り、叶わなかった。

 けれど願う。

 君に幸あらんことを。

 君がいつまでも笑ってくれることを。


 涙が流れ落ちたとき、胸の花は儚く散る。

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涙が流れ落ちたとき、胸の花は儚く散る 四季 未来 @cielo39

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