涙が流れ落ちたとき、胸の花は儚く散る

四季 未来

涙が流れ落ちた時、胸の花は儚く散る


 六月中旬。一般的には梅雨と呼ばれる季節だが、この街は日本の中でも北に位置しているため、梅雨と実感することはほとんどない。

 しかし、今年はというと、梅雨前線が北上し、この街でも雨が降る日が多くなっていた。

 普段なら、近くの公園から小学生の甲高いながらも、可愛らしい声が響いているのだが、今日もまた、三十分くらい前から降り始めた雨が、地響きを起こしそうになるくらい強く降り注いでいた。渇いていたはずの道路も湿り、水溜りもあちらこちらにできていた。木の枝が風で揺れ、そのたびに雨粒が跳びはね、地面に向かって落ちていく。

 都心部からは少しはずれた住宅街。

 地方開発のためか、それはよくわからないが、最近では高層マンションが建つようになっていたが、依然として二階建ての一軒家が多くみられる。

 氷見晴(ひやみはる)は青のカーディガンを頭の上から被り、大股で細い住宅路を走っていた。服は雨で染みが多くでき、髪は風呂上がりのように濡れていた。

 午後から雨が降るという天気予報が出ていたのにもかかわらず、それを無視し、傘を持たずに外に出た結果がこれだった。

 水溜りを蹴り飛ばしながら、必死に前へ進んでいるが、家までは距離がある。

 雨宿りしようにも、住宅街が広がるこの地域一帯ではそれは叶わない。天気予報に従っておけばよかったと心の中で後悔するも、雨は強くなる一方だ。

 ふと下に向いていた顔を前に向けると丁度道路に大きく剥きだした木があるのを見つけた。軽く雨宿りをして、誰かに車で迎えに来てもらおうか。そう思い、木の下へと逃げ込むようにして駆けこんだ。

 スマホをポケットから取り出し、電話帳を開く。母と父は仕事で家に居ない。となると残るは姉のみ。スマホを操作し姉に電話を掛ける。しかしスマホのスピーカーからはコール音が鳴るだけで、姉が出る気配はなかった。さらに数コール待つも出なかったため、電話を切った。

 どうしようかと頭を抱え、仕方ないので少し雨宿りをして雨が弱くなるのを待とうかと思ったその時、背後から物音がした。

 すぐに振り返るとそこには淡い紫色の傘を差した一人の女性が立っていた。

 胸にかかるくらいの地面へまっすぐ伸びた黒髪は、片側だけ耳に駆けられ、そこから見える耳には金色のピアスがついていた。白のレースのワンピースを着ていたその女性は、この熱気がこもる雨の中で、とても不似合いなくらいな爽やかさを持っていた。

 晴は少し驚いて足を一歩軽く引く。

 女性は晴の方を一点に見つめていた。その女性は鞄を持っているわけでもなく、こんな雨の中散歩でもするのだろうかと、晴は頭の中で考える。

 動こうとしない女性を見て、晴は早くこの場を去った方がいいのかと考えるが、この雨だ、もう少し雨宿りをしていきたい。

気まずいと思いながら、どうしようかと思っていると、彼女の口元が動いた。

「氷見、晴」

 不意に呼ばれた自分の名前に、少し遅れて口から言葉が漏れる。はっと口元を押さえるが、時すでに遅し。既に言葉を発っし終えた後だった。

 そんな晴の様子を見て、相手の女性は面白いとばかりに笑い、一層晴のことを見る。

 その表情がさらに晴を困惑させた。

 なぜ自分の名前を知っているのか。名前を呼ばれたものの、相手の女性が誰なのかわからずにいた。どこで会ったのかと、誰なのかと必死で記憶をたどる。

もしかしたら幻聴だったのかもしれないと思い始めていた時、頭の中で一人の女性、いや女子と言った方がいいのかもしれない。中学時代の同級生が思い浮かんだ。

 少しずらされた視線を目の前の女性に向け、目の前の女性のことを再度見直す。

そして確信したように口を開く。

「裕奈、か?」

 その女子、小宮裕奈(こみやゆうな)は口に手を抑えながら声に出して笑う。そして手を振りながら晴に近づいた。やっと自分の事に気づいたことが嬉しいのか、頬が緩んでいた。

 笑うと目の下に涙袋ができ、艶のある赤い唇が弧を描く。

「久しぶり」

「久しぶり。びっくりした。お前、こんな綺麗だったか?」

「あら、昔は綺麗じゃなかったって言いたいの?あんなに人の髪型とかに興味なかったくせに、どうしたの、急にそんなこと言いだして」

「俺だって成長すんだよ」

「あら、あのまま成長が止まると思ってたのに、予想が外れたわね」

「悪かったな」

 裕奈はまた笑う。しかし、すぐにその表情は一転し、眉間に少し皺を寄せる。晴が傘を持っていないことに気づいた様だった。

「傘、持ってないの?」

「ああ、天気予報無視しで出かけたらこのありさま。迎えに来てもらおうかと思ったけど、生憎誰も電話に出ないし」

 晴は手に持っていたスマホを軽く上げて見せる。

 裕美は少し黙り考え込む。

そして、気まづそうに顔を上げる。

「あーごめん。貸してあげたいけどこれ以外傘持ってないんだよね。予備なくて」

 そう言って差していた傘を少し前に出し見せた。

「いや別にいいよ。このまま走って帰るし」

「でも、晴の家までかなり距離あるでしょ?」

 晴は裕名の質問に自分がしようとしていたことの愚かさに気付く。ここから晴の家までは軽く2キロメートルはあるだろう。雨の様子を見ると、さっきまでよりも雨が強くなった気がする。

晴は強く地面を叩く雨を見て顔をしかめた。

 そして諦めたようにして一度ため息をつく。そして肩をすぼめながら、

「…んまぁ、がんばって帰るわ」

と吐息を吐くように言った。

 どうしようかなんて呟いている晴を見て、裕美は、恐る恐る提案をする。

「あのさ、晴。家寄ってかない?あ、この後用事なるならいいけど。雨弱くなるまで雨宿りだと思って」

 晴は驚いて目を開き、裕奈を見る。少し悩んだように、首の後ろに手を当てる。

少し苦笑しながらも晴は裕奈の言葉に応えた。

「いいよ。久しぶりに話そっか」

 その返事を聞くと裕奈は嬉しそうに目を弓形にして笑う。不安げな表情が花が咲いたようだった。

「それじゃあ、中入って」

 そう言うと、祐奈は踵を返し始めた。その足取りは重力が半分になったのではないかと思うくらい、軽かった。

家の中に入ると、リビングへ通された。

必要最低限のものしか置かれていないような部屋だった。まるで、モデルルームのようだった。

リビングの奥には蓋の空いたアップライトピアノが置かれ、譜面台には楽譜が置いてあった。

「これで拭いて。あとカーディガン濡れてるから乾かすけど、どうする?」

「ん、ありがと」

祐奈は晴にタオルを渡す。

 晴はタオルを受け取る代わりに、カーディガンを脱いで裕奈に渡した。渡されたタオルで濡れた頭や服を拭く。

 裕奈はカーディガンを持ってリビングから出て行った。

晴が一通り濡れたところを吹き終わり、ソファーに座り一息ついた時、祐奈が再びリビングへ戻ってきた。

 そのまま、キッチンへ向かいやかんに水を入れてお湯を沸かす。食器棚から二つマグカップ出し、ティーパックを入れる。

 裕奈はソファーでくつろいでいる晴に向かってふと気付いたように問いかける。

「紅茶でいい?というか普段紅茶しか飲まないからそれしかないんだけど。あとは水か」

「いや、それで大丈夫」

「わかった」

 マグカップに沸いたばかりのお湯を入る。透明な水が赤みが懸かった茶色に揺らめきながら染まって行く。木のお盆に牛乳と砂糖が入った入れ物とマグカップを二つ、そしてスプーンを乗せる。テーブルに持っていき、晴の目の前のテーブルにマグカップを置いた。

 自分の分のマグカップもテーブルの上に置き、ミルクと砂糖、スプーンも置く。

 晴は交差し組んでいた足を戻すと、マグカップに手を伸ばした。裕奈も向かい側のカーペットの上に足を崩すして座る。

「ありがとう」

 晴はふうふうと息を吹き込み、紅茶を冷ますようにしてからマグカップに口を付ける。数口飲むと、テーブルにすぐ戻した。

「なんか、すごい久しぶり」

「そうだな、何年ぶり?」

「えっと、中学卒業してからだから、8年とか?」

「多分それくらいだね」

「まあ、なんだかんだ同窓会とか、あとは普通に友達伝いで会ったりしてたけどな」

「そうだね」

 裕奈は晴との会話が途切れると、自身のマグカップに砂糖と牛乳をたっぷり入れて紅茶を飲む。

 落ち着かないと言うように晴は目線を部屋中に巡らしていた。

「仕事はどう?」

 それに対し、完全にくつろいでしまっている裕奈ののんきな声が部屋に響いた。

「うーん、先輩に怒られまくってる、かな。久しぶりに休暇取れて実家に帰ってきて、友達に会ってたんだけど、この有り様」

「天気予報を無視したのが悪い」

祐奈は少し厳しげな表情をする。そんな顔に晴は苦笑するしかなかった。

「なぁ、母さんとかは?仕事?」

晴はぽそりとそう言う。

「あー、そっか晴には言ってないんだっけ。お母さんもお父さんも二年くらい前に他界したんだ。この家、お父さん死んだから借金返す必要亡くなって、私が一人で住んでるんだよね。さすが一軒家、広い広い。そして冬は寒い。二階なんか全然使ってないよ」

 一瞬、晴の表情が曇ったと同時に、申し訳なさそうな顔をした。

 それに気にしないようにと裕奈が慌てて言う。

 急いで話題をそらそうと、晴は別の話を始めた。

「こんな広い家持ってるんだから、一緒に暮らす相手とかいないのか?結婚とか」

「私に彼氏がいると思う?」

「いないの?」

「いませんよ。いたら晴を家に上げてないし。何言ってるの。そういう晴は?」

 裕奈はふて腐れた様に唇を突き出す。

「一年くらい、付き合ってる人はいる」

 少しの沈黙の後、晴はそう答えた。真っ直ぐ向いていた視線を少しだけずらして照れた表情を隠していた。頬が緩んでいた。

「あら」

「なんだよそんな驚いた顔して」

 明らかさまに驚いた表情をした裕奈に対して晴は少し不満そう言葉を返す。

「いやあ、別に。そっか、彼女いるんだ」

「まあな」

 晴は目線を裕奈から反らし、再度部屋の周りを見回した。壁側に置いてある棚に目が行く。棚の丁度真ん中ぐらいに飾ってある写真の中に一枚、見覚えがある懐かしい写真があった。

「あの写真、飾ってるんだ」

 晴が指さした写真は茶色の木の額縁の中に入っている写真。中学生くらいの男子が三人、女子が三人映っていた。

「うん、なんとなく。というか結構この写真気に入ってるってるんだよね」

 裕奈は立ち上がり、棚の方へ行く。そして写真を手に取り、テーブルのところまで持ってくる。

「あのころがとても懐かしい。暇だ暇だって呟いてたあの頃に、今すごく戻りたいと思う」

「お前、俺んとこ来ては暇ーってうるさかったからな」

「そうだったそうだった」

「確かに、懐かしいな。今は仕事に明け暮れる日々。辛い」

「私も仕事忙しいよ。お互い様だね」

 裕奈はそう言うと儚げな表情で窓の外で振り続ける雨を見ながら話を始めた。

「私、大人になるのは少し嫌。いろんなこと知るっていいことだけど、でも、時たま泣きたくなるときがある」

 裕奈は悲しさと寂しさを隠すように、そして困ったように笑った。その表情はどこか達観している、というよりは達観しているように見せかけるようで、そしてそれと同時に抱きしめてあげたくなるような、そんな表情だった。

 会話が途切れ、裕奈の紅茶をすする音だけが部屋に響いていた。

 そんな中、晴が少しだけ戸惑い気に口を開いた。

「なあ、お前まだ俺のこと好きでいるのか?」

 唐突に始まった話に、驚きを隠せず、紅茶を飲む口が止まった。

 動揺を隠そうと、冷静を装うが、隠せていないのだろうと、自覚する。

「なんでそんな話」

「いいや。まだ、そうなのかなって普通に疑問なだけ」

晴は少し祐奈から視線を外す。祐奈は少し困ったように、同じく視線をずらし、こっそりとため息をつく。

「そうね、こうやって、晴を見て声をかけ、家に招き入れたくなるくらいには、未練はあるのかもしれないとは、思う」

「まだ心は中学生なのかよ」

「あのころは、晴に振り向いてほしくて必死だったよね」

「正直、すんげえうざかった」

そう口では言うが、晴の表情はどこか晴れやかだった。

「でしょうね」

そんな晴の表情をに苦笑するしかなく、気を紛らわすように、紅茶のカップに口をつけた。

「あの時の私は晴しか見えてなかったから。今思うとすっごく子供だったんだなって思うよ。けど、盲目的になるくらい好きだったのかも、しれない」

晴のことを好きになって、世界が変わった。

見えるものも、何もかも変わった。必死で彼を置い続けて、我武者羅に、でも、今思えばただのうざい女の1人だったのだろうと思う。

けど、それほど好きだったのだ。

「晴は、盲目的な恋とかしたことないの?」

「あるよ」

「あら、それも意外」

「でも、もちろん振られた」

「高校の時とか?」

「いいや、大学。対して美人ってわけじゃないけど、愛嬌があって可愛い子だった」

「それは、のろけ話?」

「いいや、ただの思い出話」

晴はそう言うと、少し懐かしそうに笑った。

それが少し、心を締め付けて、嫌になる。過去の女にも嫉妬をしてしまうほど、自分は器の小さい女なのだろうかと。

「なあ」

晴はそう言うと、さっきまでとは打って変わって、神妙そうな顔になった。

醸し出される空気が変わったことに気づき、祐奈は手に握っていたカップを、一層に強く握りしめた。

「もう、俺に囚われて生きるの、やめようよ」

心臓をナイフで突き刺された気分だった。

「祐奈が俺のことを想ってくれてるのも、知ってる。けど、俺はそれに答えて上げることはできない」

知ってる。全部、知ってる、わかってる。

けど、受け入れることができない。どっかで思ってる。もしかしたら私のこと好きなってくれるかもしれないって。

だから、そう思って家の前で雨宿りしている晴に声をかけた。

傘の予備がないなんて嘘。本当は両親の使ってた傘も、ビニール傘も、何本もある。

多分、晴も傘が無いなんて嘘だってわかってると思う。けど、嘘だとわかってて私の提案に乗ってきてる。

その優しさに甘えて、嘘をついた。

どこかで期待している自分がいる。

忘れられないでいる。

高校に入って、大学に入って、会社に入って、いろんな人に会ってきたけど、晴をいつも思い出してしまう。

晴といつも比べてしまう。

付き合った人も何人もいた。けれど、結局晴と比べてしまう。ずっと心の中で思ってる。

告白をしてくれたときも、晴ならこう言うだろうかと。プレゼントを貰った時だって、晴ならこんなものをくれただろうかと考えてしまう。

妄想癖があるのもわかってる。

忘れられない。

彼の、まっすぐで、前を向き、聡明で、強くて、賢い彼の背中がいつも胸の中に残っている。

忘れられるなら、とっくの昔に忘れている。

「知ってる」

ようやく口にできた言葉はそれだった。

下を向いたまま、現実から目を背けるようにして。

「わかってる。わかってるよ」

そう言いながら、顔を上げた。

泣きそうな顔ををしていたのだろう。目が合った時、晴の顔は少し驚きながらも、罪悪感で満たされているような表情をしていた。

「あ、えっと、ごめん」

そう言いながら、晴は机の上にあったティッシュボックスを取った。

結局、そのまま大したことを話さずに終わった。

途中で、沈黙に耐えきれず、テレビをつけたが、テレビ特有の騒がしさにうんざりしてしまった。

気づくと、雨は止んでいた。

部屋に木の隙間から太陽の光が差し込んでくる。

それに晴も気づいたようで、

「それじゃあ雨上がったし、そろそろ帰るわ」

「あ、うん」

 晴はマグカップに残っていた紅茶を一気に飲み干し、ソファーから立ち上がった。祐美も同じく立ち上がり、リビングから出ていく。

 そして、乾かしておいたカーディガンを持ってきて、晴に渡す。

 ありがとうと一言言って晴はカーディガンを受け取り、羽織る。そしてショルダーバッグを肩に書けると、玄関へと向かった。

「それじゃあな」

 晴は靴を履くと、また微笑みながら言う。

 ほんの一瞬、嘘くさくない、そんな笑みに惚れそうになる。

 彼を盲目に追い続けた、あの頃を思い出して、また追いかけてしまいそうになる。

 でも、知っている。それが誰に対しても向けるものだってことを。自分に興味なんて一切ないことも。彼はいつだってそう。人を勘違いさせるだけさせて、終わる。

 無意識なんだってわかってる。

 いつだって、晴は優しいから。

 いつだって、悩みを言えば聞いてくれる、弱音を吐けば受け止めてくれる。けれど、彼は誰に対してもそういうことをする。

 勘違いしていた。自分が特別だって。

 けれど、彼がいつまでも胸の中で残る。わだかまりのように。

 忘れなければいけない。前を向かなければいけない。そう暗示のように言い聞かせて過ごしてきた。

 両親が死んだときだって、晴が慰めてくれたらいいなんて、おかしな妄想をしてた。

 なぜ、一番にこだわるのか。

 多分、今自分に恋人がいないのも、一番にこだわり続けているから。

 わかってる。

 ごめん、と心の中で謝る。

 きっと、私は一生あなたのことを忘れられない。いつまでも、あなたのことを想い続けるだろう。そんな私の重い愛を、これからも無視してほしい。

 そして、私にもし恋人ができたとしても、ごめん。別の男を想い続けている私を見逃して。浮気じゃない。まして晴と恋人になりたいなんて、思っていない。ちゃんと愛してるから。

 ごめん。けど、許して。自分勝手だけど、許して。

 悪くないのかもしれないと、思ってしまう。

 こうやって、誰かのことを思い続けながら生きることは。なにもない、虚無な心よりは、いいのだと思う。

 そう、思うことにしよう。

しょうがないのだ。これは運命なのだ。彼と出会ってしまった私の運命。生涯囚われていくしかないのだ。

だけど、前を向かなければいけない。

後ろを向いて、過去ばかりをみていてはいけない。

これからは未来のことを考えよう。

 そう、心に思うと、自然と同じような笑みがこぼれた。

「うん、またね」

「ああ。また今度どこかであったらな」

「そうだね。今度会うときは、」

そこで、言葉を一度切る。

晴はどうしたのかと不思議そうな表情になる。

「今度会うときは、彼氏を紹介してあげるよ」

してやったりと笑った。

晴はそれを聞いて、一瞬戸惑ったが、すぐに笑いをこぼし、今日一番の笑い声を上げた。

嬉しそうなその表情をは、祐奈にとっては寂しくもあったが、これでいいのだと、自分に言い聞かせた。

「お前に彼氏なんかできるのかよ」

「できるよ。私の本気、見てみなよ」

まるで、宣戦布告ではないかと思った。

きっと晴もそう思ったのだろう。お互い、睨みつけるような笑みを浮かべるも、それが面白くて、最後には息を漏らしたように笑ってしまった。

「それじゃあな」

晴はそう言って、ドアを開いた。

晴を見送る祐奈の顔をは、晴れやかだった。

 裕奈は笑みを浮かべながらドアから出ていく晴を見送った。

 開かれたドアからは雲の隙間からのぞく太陽の光が差し込み、少しだけ眩しく感じる。

道に光が差し込んだように、頰を照らす太陽は、真っ暗な道に光を差し込んでいるようで、少し情緒的なものに見えた。

 ドアが完全に閉められると裕奈は一階の自室へ向かった。

 パソコンデスクの上に置いてあるスマホを手に取ると、メール返信画面を開いた。

そして器用に親指で操作を始めた。

そうして、送信ボタンを押すと、すぐに画面の電源を落とした。

真っ暗になった画面のには、祐奈の微笑みが写っていた。

 

『明後日の午後、予定開いてますよ!

 ぜひぜひ、ご一緒させてください。

 美味しいお店を教えてくれると言うことで、お腹を空かせておきますね(笑)

 それでは、楽しみにしてますね。』



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