最終話 幻想の夜明け

最終話 幻想の夜明け


時は流れて、七年後。

果てに辿り着けばどんな願いも叶うと言われる、幻想と誘惑の道、

マジカルルート000。

まさに今その入り口に立ち、アスファルトをしかと踏みしめる若い女が一人。

「やっと、ね……」

道沿いに植わる宝石の煌めきを少し楽しんで一息つき、アクセルをかける。

彼女が乗るのはバイク。

と言っても、ただのバイクではない。

細いライトブラウンの毛が束になったようなマフラーを誇るそのフォルムは、まるで箒のようですらある。

走行音は静かそのもの。なめらかに、滑るように進む。


しばらくして彼女は、一軒のログハウス前で車体を止めた。

降りて、迷うことなく歩き、扉を開けて中に入る。

「こんにちは。――ご無沙汰してます」

「ふふっ、いらっしゃい」

中では妖艶なエルフがすでにポットに湯を沸かして待っていた。

「少し見ないうちに、随分大人びたわね。――とても綺麗よ」

「ありがとうございます。ポラリスさんの方こそ……変わらずお美しいです」

女は照れながらもやり返す。

もっとも、エルフの方は全くたじろがなかったが。

「コーヒーでいいかしら?」

その問いに答えながら、カウンターにかける女。

「はい。飲酒運転になっちゃいますしね」

「それもそうね」

そう言ってエルフはポットを手に取り、サーバーの上にセットされたペーパードリッパーに注ぎ始める。

と言っても少し注いだらポットの傾きを戻し、少し時間を置く。

蒸らしだ。

湯を浴びて膨らむ粉。この時点でもう、深みあるまろやかな香りが鼻腔をくすぐる。

三十秒ほどして、もう一度ポットが傾く。

柔らかく円を描きながら、静かに湯を落とすエルフ。

一定の水かさをキープしていき、サーバーのある目盛に達したのを確認し、ドリッパーを外す。

「はい、完成」

予め温められていた二つのカップに均等に注ぎ分け、その片方をカウンターの向こうに置く。

「ありがとうございます」

女はすぐに口を付け、舌の上で琥珀色の液体を転がす。

それは淹れた当人の容貌に似て、豊かな味わいだったと言う。

「それで、ここに来てるってことは――」

「はい。もう準備万端です」

自信たっぷりにそう言い切る女。

「そう。じゃあこの店も増築した方がいいかしら?バイトを雇ったりとか」

「あっ、いえ。そんな急には来ないんで、しばらくは大丈夫かと。

最初は関係者だけに制限して、そこから徐々に増やしていく予定なので」

「なーんだ。ここら辺、というかこの道自体お店少ないから、大繁盛間違いなしと思ったんだけど」

「心配しなくても皆さん来ると思いますよ?味もいいし、店主はポラリスさんだし」

むしろ人気が出過ぎて喫茶店なのに長蛇の列ができるのではないか、という心配すら女はしていた。

「そういうあなたの方こそ、恋人の一人や二人できたんじゃないの?」

「へっ?きゅ、急に何言うんですか?できませんよ、そんなの!

そんなことしてる暇なんて、どこにもありませんでしたから!」

「あらそう?老け込むような歳でもないでしょうに」

「いや、そういうことではなくて!……」

それからも二人はこの道のことから他愛ないことまで、あれこれに花を咲かせた。

二、三時間は軽く過ぎてから、女が立ち上がる。

「じゃあ、そろそろ行きますね。またすぐに来ます」

「ええ。いつでも来て」

店を出てバイクの下へ向かう女に続いて、エルフも外に出る。

「たくましく、なったわね」

「あはは、そうですかね?

まぁいろいろ苦労もしましたし、体力は付いたかなとは思いますけど」

女が自分の体躯を見回しながらそう言う。

「ううん。体だけじゃなくて、心も。

良い成長をしたってことが、手に取るようにわかるわ」

「ポラリスさん……」

「あなたは、私達の誇りよ。

――そしてありがとう。私のわがままで始めたことに、終止符を打ってくれて」

エルフが女の手を取り、礼を告げる。

対して女は緩やかに二度首を横に振る。

「……まだ、終わってませんよ。まだまだやるべきことが山積みですし。

そのうちポラリスさんの手も借りるかも」

「そうよね、まだこれからよね……。

わかったわ。何か困ったことがあればすぐに言って。できる範囲でなら、喜んで力を貸すわ」

「はい、お願いします」

それで女は、喫茶店を後にした。


霧に迷うことも無く、一週間かけてエメラルドの森を超え、湖水地帯を駆ける。

ひと際大きな、透き通る湖に差し掛かった。

女はまたも躊躇いなく水の中にバイクごと突っ込み、湖底を這うように進む。

水中とは思えないような景観を、懐かしみながら。

程なくして女は集落を見つけ、その中心に至ったところでブレーキをかけた。

そこに馴染みの顔を見つけたから。

「これはこれは、お待ちしておりましたぞ!」

「お久しぶりです、モンクさん。それにツァイも」

「ひっ、久しぶりだな」

あまり変わらぬ老爺と、大きく背を伸ばし精悍になった青年を前にした女。

若人の方の様子が何やらおかしいのに気付き、そちらを伺う。

「どうかした?」

「いや、別に、なんてことはないんだけどな」

しどろもどろなツァイの下に、一つの影が泳ぎ寄ってきた。

「兄ちゃんはね、照れてるんだよ」

「ばっ、お前、何言ってんだ!?」

それはまだまだかつてのツァイよりも一回り小さいくらいの子供だった。

「君は確か、弟君の――」

「フォンだよ」

「そうだ、フォン君だ!それで、どうしてお兄ちゃんは照れてるのかな?」

「それはもちろん、お姉ちゃんが美人さんになって帰ってきたからさ」

「ちっ、違ぇよ!テキトーなこと言うな、フォン!」

慌てふためくツァイを見て、女は落ち込んだふりをする。

「そうだよね、私なんて全然美人じゃないよね」

肩を落とし、大きくため息を吐く。

そんな芝居がかった動きを見ても、ツァイは見抜けずまた焦る。

「いや、そうじゃない!そうじゃないんだよ!」

「じゃあ、どういうことなの?」

「そっ、それはだな…………ああ、もう!」

みるみるうちに青年の顔は赤くなり、ついには逃げるようにどこかへ泳いで行ってしまう。

「あはは、ちょっとからかいすぎたかな?」

「はっはっは!若いとはいいですなぁ!」

残された三人は、顔を見合わせて笑いあった。


それからモンクは女を社に通し、村中の半魚人を集めて宴を開いた。

「急いで準備に取り掛かったので、あまり豪華なものはありませぬが」

老爺はそう謙遜したが、かなりのご馳走が運び込まれた。

女は目の前に出された膳に手を付ける前に、今一度話しかける。

「モンクさん、あの時のお酒って、まだありますか?」

「ええ、ございますぞ」

「少しだけ持ってきてもらってもいいですか?私も成人したんで飲んでみたくて」

「承知しました」

彼は女中に持ってこさせ、瓶の栓を開け、枡に注ぐ。

それを受け取り、口に運ぶ。

「……おいしいです」

「それはよかった」

女は、むこうで飲んだ日本酒の味を思い出し、その差を楽しんだ。

刺身をつまむことも忘れずに。


宴も終わろうかという頃、モンクが声をかけてきた。

「もう遅いですし、泊っていかれてはいかがですかな?」

実のところ、酒を飲んだ時点でそうしたいと思っていた女はその誘いをありがたく受けた。

通されたのは見覚えのある、社の客間だった。

ほろ酔い気分で用意された布団に潜り込み目を閉じると、なんだか心地よくてすぐに寝入ってしまった。


深い眠りの後、女はいつもよりずっと早く目覚めた。

そういえばあの時もそうだったと思いながら、書き置きを残してもう発つことにきめた。

身支度をして箒を手に取り、社の前でバイクに戻したところ、後ろから声を受けた。

振り向いてみるとそこには、ツァイがいた。

「もう、行くのか?」

「うん」

「そういえばあの時言い合いになったのも、ここだったっけかな……」

彼は遠い目をしながら続ける。

「お前がやろうとしてること、聞いたよ」

「そっか」

「やっぱお前はすげえよ。俺もようやく外に出られるようになって一人前ってところだが、お前はそんなどころじゃない。――ほんと、尊敬してるぜ」

「……ありがと」

あまり褒められて少し照れ臭かったが、素直に女は受け取った。

「お前のおかげで、俺は救われた。それに何が大切なものかを思い出せた。

だから俺は、お前への恩返しも込めて、この村の長になりたいと思う」

そう語る青年の目は、しっかりと見開かれ、ぶれることがない。

「どんな輩が来たって、俺がこの村を守り抜いてみせる。

それならお前も安心して先に進める。だろ?」

「……間違いないね」

それで二人は別れ、女は先へ進んだ。

背中に、彼の頼もしさを感じながら。


湖から上がり山々を超えていくのに、十日程度はかかった。

最後の峠を越えると、そこは黄昏の世界だった。

少し立ち止まり、緩やかな傾斜の先を眺望する。

その草原のどこかには、女が長らく恋焦がれてきた者達が待つ。

踊る心を抑えながら再び進んでいき、とうとうあの小さな丘が見えてきた。

かつてその裏で出会った、愛しき者達。

そして今、女は丘の裏に至って見やるも、そこには何の跡形もない。

実のところそれは彼女の想定内だったし、新しい村を探しにいく気もなかった。

一刻も早く会いたいのはやまやまだが、今は先にやらねばならないことがある。

女は先を急いだ。


草原を超え、幽玄の世界を行き、洞窟へと潜る。

深く、深く。

ふと、暗い闇の先に紫の光芒が現れたのに気付き、その中へ飛び込む。

だだっ広いホールと、大きなアメジスト。

その下に、龍はいた。

「よう、相変わらずのちんちくりんっぷりだな」

もしかしたらいないのではないかと思っていたが、女の事を待ち構えてすらいた。

ここまでずっと変わった、と言われてきたのもあって龍の悪態は女の顔を緩ませた。

「そっちこそ会うなり馬鹿にしてくるなんて、変わってないですね。シリュウさん」

「あっはっは、違ぇねぇや」

豪快なその笑いを受けて、女も声を漏らして笑う。

しかし、すぐに龍は真顔に戻って言葉を発する。

「それはそれとして、だ。

お前が帰ってからすぐの話なんだけどな」

「……はい」

「なぜだか知んねぇけど、ババアが俺のことを追い回してきやがったんだ。

すぐ、だぜ?おかしいよなぁ?あいつが関知できるのは、星の下のことだけ。

俺が壁をぶっ壊したことが、そう簡単にバレるはずないんだよ」

「……えっと、それで、何が言いたいんでしょうか?」

もちろん何が言いたいのかなんて、わかりきっている。

それでもシラを切り通そうとしているのだ。

「お前さぁ、俺の事チクったよな?

それもご丁寧に、俺が本調子じゃないってことまで含めて」

「…………」

龍の半端じゃない圧力に、黙り込む女。

その姿をじいっと睨みつけてから、はぁ、とため息をもらす。

「……もういいよ。別に怒ってねぇし。

お前は見所のある奴だ。この世界のためにいろいろ頑張ってる。

だから今回は許してやる」

「……どうも」

とりあえずペコリと頭を下げておく女。

心ではあまり納得いっていないが。

「ただ、もうするな。

あいつと仲良くすんのはやめて、俺の側につけ。

そうすればおまけにボルヘだってついてくるぞ?」

「えっ?別にボルヘさんって、シリュウさん側ってわけでもないですよね?

ポラリスさんを褒めてるのはよく耳にしましたけど、シリュウさんのことはむしろ逆の内容が多かったような……?」

「あの野郎、許さねぇ!!」

シリュウが叫ぶ。

「なんだよお前ら!揃いも揃ってポラリスのことばっか崇めやがって!

チクショウ!お前なんてさっさとどっか行っちまえ!」

そして右手を女に向け、バイクごと魔法で宙に浮かせて、出口の方へ動かす。

「こういうところが尊敬されない原因じゃないんですか!?

すぐセクハラしたり、無理やりしたり!」

「うるせぇ、なんとでも言え!」

「ええ、言わせてもらいますよ!ポラリスさんに!」

「勝手にしろよ!……いや、やっぱ言うんじゃねぇぞ!

別に怖いわけじゃないからな!ただ面倒なだけだからな!」

「どうだか!」

彼女はそのまま出口の向こうまで投げ飛ばされたが、着地だけはふわりとした。

おそらくシリュウが最後だけ気を使ってくれたのだろうが、それだけで許す気にはなれなかった。

女は絶対にポラリスに告げ口しようと誓い、洞窟を駆け抜けた。


そして、メルカートに着いた。

するとまたその姿を認めた民衆達が騒めいたが、それはかつてよりも前向きだった。

ある者が町長を呼びに行き、それ以外の者は仲間と抱き合ったり、女を褒め称えたりした。おそらく、彼らはずっとこの日を待ちわびていたのだ。

そのまましばらくして、威厳のあるドワーフが悠然とやってきて言った。

「お待ちしておりました。長旅お疲れ様です。

手筈通りに早速、儀式に取り掛かられますか?」

「いえ、一人だけ先に会っておきたい方がいまして……。

その方の下へ案内していただけませんか?」

「かしこまりました」

女がある名前を告げると、老夫は一つ頷いて歩き始めた。

それに黙って付いていった。


カルロスが案内したのは、大通りから少し外れた工房だった。

女は後で自分も行くからと老夫を先に神殿にむかわせ、その中へ入った。

そこでは若い女のドワーフが机に向かい、一心に何かに取り組んでいた。

扉が開くのに気付き顔を上げ、そこに女の姿を認めるや、目を輝かせて言う。

「ああ、帰って来てたんですね!ちょっと待ってください、これだけ仕上げちゃいますから!」

「はい。焦らずゆっくりやってもらって、全然構いませんから」

女は最初邪魔をしてしまったかと心配したが、喜んでくれたのを受けて胸を撫で下ろした。

五分もしないでドワーフは作業を終え、二つ椅子を用意して向かい合った。

「アデラさんもやっぱり、金細工の職人だったんですね」

「はい、そうなんですよ。ですけど、まだまだ父には追いつけそうもありません。

父の残していったものを見て、技を盗もうとはしてるんですけどね。

あの人は背中を見て学べ!っていうタイプでしたから、資料とかも無いですし」

女はその言葉に内心頷いた。

確かに、そういう人だよなぁ、と。

「むこうで父とは会いましたか?」

「ええ。会いました。それどころか、いろいろ助けてもらっちゃいました。

ボルヘさんはやっぱり、この道についての知識が豊富ですから」

「そうだったんですか!それは、きっと父も喜んだでしょうね!」

「はい。きっと」

女は少し考えてから、自信を持ってそう返した。

「それと、ボルヘさんから伝言を預かってまして……」

ゴホンと咳ばらいをしてから、続ける。

「『我が妻と娘へ。長らく心配をかけたが、もうじき帰る』だそうです」

そう言って、二人は顔を見合わせて笑った。

その伝言が、あまりに彼らしかったから。


その日、女は大事な用を済ませてから前と同じ神殿近くの家に泊まり、明朝にメルカートを発った。

全速力で、来た道を引き返す。

シリュウのことは無視したし、暗い道の中を目を凝らして進んだ。

洞窟を抜け、森を抜け、草原に差し掛かった時、懐から金の時計を取り出す。

それから目を瞑り、思い描く。誰よりも、会いたい人が居る場所を。

再び目を開いたとき、道は光でもって指し示された。

彼女は一もなく二もなくその後を追う。

まだほの暗い草原の中を、風を裂いて疾走する。

きっと彼らはもう起きているはずだ。その確信が彼女にはあった。

とうとう光の先に、いくつかの三角のとんがりが目に入る。

彼女の胸が期待に膨らむ。

畑の近くにはやはり、輪ができている。

そこに住む者達が集まってできた輪が。

その中に、ずっと会いたかった相手の姿を認めつつバイクを止め、全速力で走る。

もうとっくに目は合っていたから、相手の方も駆け寄ってくる。

そして二人が、一つに戻る。

「ただいま、ジロー……!」

「おかえり、アリッサ……!」

ギュッと抱き合い、再会を喜ぶ。

そうするだけで二人は、千の言葉より多くの事を共有できる。

そこへミランダを始めとする他のジャッカロープ達も集まって、大きな円になる。

それはかつてと同じ光景。

しかし、彼らを包み込む背景は全く違う。

暗い世界の端。東の果ての地平線において、曙光が煌めく。

「あれが、太陽なのね……。私、生まれて初めて見たわ」

ミランダが感嘆の声を漏らす。

「はい……。あれが、太陽です」

アリッサも、眩しさに目をくらませながら、しっかりと見据える。


昨日アデラと別れたその足で、アリッサは神殿に向かった。

そして石板に手をかざし、願いをかけた。

その願いは――

『この世界を、人間界に戻してほしい』

というものだった。


アリッサはこの世界に訪れた、三千年ぶりの夜明けを目に焼き付けながら、思う。

この七年間のことを。

彼女はその間中、死に物狂いで走り続けてきた。

あの日決めた誓いを、守るために。


七年前、アリッサはジローにこう言った。

『私は、この世界を人間界に戻す。たとえ、何年かけてでも』

それは二者択一の否定。突拍子もない第三の選択肢。

家族や絆を失うことなく、幻獣達の未来をも救うという、最も欲張りな。

それを思いついたきっかけは、アデラとの会話にあった。

『父が人間を思いやったような心が、人間の方にはないんだろうかって』

『一度すれ違っちゃったら、もうやり直せないんですかね?

種族が違ったら、わかり合えないんですかね?』

そういう言葉が、アリッサの中に根を張って、芽を出した。

いや、違う。

彼女は元々、心の奥底ではどちらも手に入れたいと願っていた。

けれど無意識のうちに無理だと諦めてしまっていた可能性に気付かせたのだ。

それを明確なビジョンにまで育て上げたのが、ポラリスの言葉。

『あなたはここまでの全てを、あなた自身の手で掴み取ってきたのよ』

『今、あなたの前に開かれてる道は、決して二つだけじゃない』

弱く、潰えそうな可能性の光を引っ張り上げて、立派な選択肢の一つとして、再提示してくれた。

そして、ジローの言葉が、それを選び取る勇気をくれた。

『俺は、お前がこの道でたくさん悩んできたのを、ずーっと隣で見てきた。

だから知ってる。……最後にはその全てに答えを出してきたってことまでな』

『だからお前も、自信を持て。なかなか決めきれないで悩む自分に、自信を持て』

結局のところ、アリッサが選んだのは、最も自分の希望に忠実で、最も自分に厳しい選択肢だった。

選び取る前から、その先には多くの困難が予想された。

でもアリッサは心の底から強く願ってしまっていた。

何一つ諦めずに、全てを手に入れたいと。

そのためなら、どんな困難も苦ではないと。


翌朝、カルロスやポラリスにも同じことを話した。

二人共驚いたが反対はせず、こちらのことは私達に任せてほしいとすら言われた。

それを信じてアリッサはひとまず願いをかけずに道を去り、人間達が幻獣達を受け入れる状況を作ってから戻ってくることにしたのだ。


まず彼女が始めたのは、学園に戻っての猛勉強。

教育課程の全てを一年で収めて飛び級で卒業してみせた後、大学に入った。

専攻は、生物学と考古学。それらの分野に強い大学を選んで進んだ。

そこで彼女は幻獣の研究を進めながら、理解者を探した。

幻獣の実在を信じてくれて、彼らが人間界に復帰するのに協力してくれる人を。

慎重に、丁寧に見極めた。

そして遂には出会うことができた。その人物は歴史地理学の教授だった。

彼は古代からの地図を収集するうちに、ある事に気が付いた。

三千年前を境に、隣国が一つ、土地ごと消滅しているという事実に。

彼は数年前にそのことを学会で発表したが、十分な理解を得られなかったどころか狂人といういわれすら受けていた。

それを知ったアリッサは、彼に全てを打ち明けてみることにした。

最初はろくに取り合ってもらえなかった。君も僕をからかっているのだろう、などと言われて。

そこで彼女はボルヘを説得し、身の安全を確保できる場所でその教授と会ってもらった。さすがにドワーフを目の前に突き付けられては教授も信じるしかなく、協力を確約してくれたのだ。

この一件が、アリッサに自信を与えた。

研究者の中には、彼のように不審な点に気付き始めている人間が少なからずいるはずだと。

だからその次は、似たような境遇にある生物学者を探した。

絶滅危惧種の保護の方法を研究する者や、種が絶滅した原因を探る者達。

そういう人物を見つ出し、性格面を鑑みた上で、ボルヘと共に説得を重ねる。

地道に、粘り強く。

そうして三年が経つ頃には、アリッサ達は大所帯となった。

あらゆる分野から、幻獣達の実在のファクトが集まり、いつしかそれは学会にセンセーショナルを巻き起こした。

マジカルロードに、幻獣達は実在する。

それが新しい、科学界のスタンダードとなったのだ。

残された問題は、いかにして幻獣達を人間の手から守るかに集約された。

アリッサは自らがリーダーとなって、国やその連合組織に直談判に行った。

マジカルロードを保護する条約や枠組みを作ろうとして。

しかし、急な事態に全く足並みが揃わず、議論は遅々として進まない。

そんな状況を変えたのは、やはり生き証人のボルヘだった。

彼は危険を省みずに矢面に立ち、マジカルロードの実情を整然と語り聞かせた。

その様は、人々に衝撃を与えた。

波紋が波紋を呼び、どんどんと大きな動きになっていく。

知性ある生物の全てに人と同じだけの権利を認めるべきだという主張や、絶滅に瀕した生物を保護するのは当然だという声が、無視できないほどに盛り上がったのだ。

そこでようやく国家は重い腰を上げ、マジカルロードの復帰への道のりが真剣に取り沙汰されるようになったのだった。

全てのことが、アリッサの思い通りに運んでいったわけではない。

しかし彼女は結果として、賭けに勝ったのだ。

人間の善意を信じるという、大きな、大きな賭けに。


そしてとうとう、長い夜が明け、太陽が昇る。

この道が人間界に戻ったことの、何よりの証として。

今ここに、三千年の幻想は終わりを告げ、現実が始まる。

でもその現実は、厳しさや困難だけを与えるものじゃない。

愛する者達を抱きしめて、アリッサはそう実感する。

――私は、これからも進み続ける。

自分が一番進みたい道を、何一つ諦めることなく。

きっとこれからも、様々な困難が私達を待ち受けているだろう。

でもその全てを乗り越えられる。

乗り越えた先で笑える未来が、はっきりと思い描ける。

だって私は、一人ではないから。

この道がそう、教えてくれたから――。


「おかえり、アリッサ!おかえり!」

ジャッカロープ達の大合唱が、まだ暗い空の下にこだまする。

前聞いた時よりも、ずっと人語が巧みになっている。

ジローが彼らに教えたのだろう。

だから彼女も、笑顔でこう返す。

「ただいま」

そしてアリッサは、愛の中へと帰っていった。


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マジカルルート000 hugo @hugo23

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