第5話「彼女は嘗て僕にいった。――君とフレンチトーストを」

 そこからは慌ただしく過ぎた。アズマの協力で呼んだ警察は、殺人事件の目撃情報と、八頭に対する傷害でクリスを拘束した。


「救急車は?」


「動けますし、このまま自分で夜間病院へ行きます」


 救急車を固辞こじする八頭は、クリスを早く連れていくように、と警官へジェスチャーする。


 警察も心得たもの。


「では、後日、連絡が行きます。その時は」


 目撃者として呼び出しがある事を告げ、パトカーに乗り込み、走り去った。


 静かになった所で、八頭はアズマへいう。用意していたセリフだが、それでアズマが納得するかどうかは分からない。


「これで勘弁しろ」


 霊による復讐を果たさせる訳にはいかないが、法による裁きは受けさせる。これから警察はクリスが今まで犯してきた殺人を追及し、三人分も事件が明るみに出ればクリスに下される判決は、死刑以外にない。


 それでも、だ。


「……うん」


 アズマは釈然としない顔をしていた。


「……」


 そうだろうなとは思う八頭だったが――、


「!」


 走り去るパトカーへと視線を向けた瞬間、目をかされた。



 だ。



 後部座席の更に後ろ、トランクしかない――人が座っていられるがない場所に、人の姿が見えている。ゆらゆらと、輪郭があやふやなのが何よりの証拠だ。


 ――仕留めてなかった!


 クリスに肩を刺されていた事が災いした。を貫通させ損ねたのだ。銃弾が不向きである理由に、を貫く事ができなければ霊は仕留められないというものがある。剣や槍で貫通させ、を繋げる事が鉄則である。額ではなく、喉を貫いたというのも失敗だった。喉は霊の急所ではない。


 だが今から追い掛けても間に合うか?


 ――無理だ!


 八頭は一も二もなく、相棒に飛びつく。


「アズマ!」


 八頭が声を荒らげた。雷を操るアズマならば、ここからでも霊を貫く攻撃が可能だ。


 しかし――、


「……ヤダよ……」


 アズマは、霊へ向けて自分の力を使う事を拒否した。今でもアズマは、クリスを守る事に反対だ。


「……頼むよ」


 八頭の声を震えている。


「今、霊を放置したら事故るぞ。その時、お巡りさんは誰に復讐すればいい?」


 経緯はどうあれ、止めるしかないではないかというが、それで納得できるならば、アズマも拒否などしない。


 八頭の気持ちも分かるが、クリスを助けなければならない不条理は、アズマの心に深々と爪を立て、小さな身体を悲しみで震えさせている。


「アズマ……頼むよ」


 もう一度、八頭がいう。



「俺が誰から引き継いだか知ってるだろ?」



 その一言はアズマの顔を上げさせ、ポロポロと涙をこぼさせる。


 八頭も同じく涙を流していただろう。


「俺にとって、死神の仕事が、どんな意味を持ってるか。俺だって、腹の底では納得なんてしてねェよ。でもな、でも――」


 納得しなければならない理由がある。


 八頭の前任は、若くして鬼籍に入った八頭の恋人。


 恋人が残した言葉が、八頭とアズマを打つ。



 ――理不尽な事が多い仕事だけど、必要な時もあるから……。



 それが今だ。クリスだけでなく、パトカーに乗っている――ただ職務を果たしている善良な男が犠牲になる。


「う……うう……」


 アズマも彼女を知っている。彼女の仕事も、彼女の気持ちも、彼女の何もかもを知っている。


 その仕事だといわれると――、霊へ一筋、眩しい光が迸った。


 稲妻は、マイナスエネルギーの塊だ。


「……フレンチトースト」


 アズマが涙を浮かべた目で、八頭を見上げていた。


「チョコバナナフレンチトースト、欲しい……」


「ミックスジュースも付けて、な」


 二人と一匹で食べた、定番デザートだった。

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非正規の死神と隣人の雷神、あと殺人鬼 玉椿 沢 @zero-sum

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